不完全な人達

神崎

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花火

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 電車を降りて駅を出ると、清子は空を仰ぎ見る。雲一つ無い晴天は、いつの間にか秋の空で少しずつ空が遠くなる気がした。それでもビルの間からみる小さな空。いつも降りる駅とは違い、若い人が多い町だ。
 S区は一度史と来たことがある。あのときは成人映画を見て、喫茶店へ行った。その喫茶店はもう無い。
 行く先はその方向とは逆方向。若者がたくさんいて、ファッションビルがあって、お洒落な建物が建ち並ぶところ。普段はこんなところに用事はない。洋服も化粧もネイルも自分には縁がないと思っていたからだ。
 だからジーパンとスニーカーと黒いシャツだけに袖を通し、一つに結んだだけの髪の清子はとても浮いて見える。バッグにはいつものパソコンは入っていない。今日はパソコンをいじる暇はないだろうと思ったから置いてきたのだ。それに身軽な方が良い。今日は沢山歩くのだろうから。
 その雑踏から少し入った一つのビルの前に立つ。一階は古着屋のようで、古いベスパが置いてあった。こういうモノは好きだ。買うことはないが、見るだけで想像するから。古いアロハシャツや、腕時計を見ていると、中から厳ついモヒカンの男が出てきた。半袖でも昼間はまだいけるが、その半袖からは派手な入れ墨が見えた。
「姉ちゃん。今日は良いやつ入ってたぜ。六十年代のアロハ。女でもいけそうだぞ。」
「あ……いいえ。ちょっと見てただけですから。」
「そうか?別に女でも身につけて良いやつとかもあるけど。時計とかさ、男物を付けてる女もいるし。」
「時計ですか……。」
 確かに腕時計は必需品だが、あまり大きいと邪魔になる。
「あとはジッポーとか。でもあんた煙草吸いそうにねぇな。」
「いえ。喫煙者です。」
「へぇ。見かけによらねぇな。ジッポー?」
「はい。」
 清子はそういってバッグの中から、煙草を入れているケースを取り出し、そこからジッポーを取り出した。
「へぇ。良いジッポー使ってるな。手入れもよくされてるし。古いけどまだ現役で使えそうだ。」
「祖父のモノらしいです。」
「あんたの祖父さんのモノなら、年代物だな。大切に使いなよ。じゃあな。」
 ジッポーを手渡され、男は街の方へ向かう。見かけによらず、良い人のようだ。
 そして清子はその店の脇にある階段を上がっていく。用事はその二階なのだ。ドアを開けると一階のロックの音楽とは少し違って、テクノのような音楽が耳に付いた。そして整髪料や薬剤の匂いがする。
「いらっしゃいませ。予約はされてますか。」
 金色の髪をした男が、笑顔で迎え入れる。
「あ……徳成といいます。」
「あぁ……茜さんの……。聞いてます。お荷物をお預かりしますよ。」
 金色の髪の男はそういって、清子に手を差し伸べた。清子もそれに習ってバッグを男に差し出す。カウンターの向こうにあるロッカーにバッグをしまうと、男はカウンターの向こうに清子を案内した。
「徳成さん。」
 広いフロアの片隅に、香子がいすに座って髪を巻かれていた。少し時間がかかるらしく、お茶を飲みながら雑誌を見ていたのだが、清子の姿に振り返る。
「すいません。ちょっと遅れてしまいました。」
「別に、あたしたちも来たばかりだし。梶原さんが今着付けされてる。」
 昨日まで校了で、あまり寝ていない割には元気だ。そう思いながら、清子はいすに座った。すると先ほどの金色の髪の男が清子の肩にタオルをかけて、白い色のクロスをかける。
「オーナー。準備できましたよ。」
 すると壁の向こうから、白髪交じりの男が出てきた。ぼろぼろのジーパンや、白いシャツだが短くカットされた髪は清潔感がある。
「お、君が徳成さん?茜から話を聞いてる。お世話になってるね。」
「いいえ。すいません。お忙しいときに。」
「いいんだよ。これも商売だ。」
 秋祭りに「pink倶楽部」のメンツたちが、みんなで行くという話は避けられそうになかった。そして女性たちは、梶原の両親がしているという美容室で浴衣を着るという話でまとまったのだ。
 正直気が乗らない。というか、全く乗りたくない話だったが、足並みは揃えないといけないだろう。そう思いながら、渋々この美容室へやってきたのだ。
 他の人たちはランチをしてからここに来たようだが、昼は食べない清子は直接この美容室へやってきた。美容室は苦手だが、知っている顔がしている美容室ならと我慢したのだ。
「お。ちょっと毛先が痛んでるね。切ってしまいたいところだ。」
 結んでいるゴムを取られて、ブラッシングされる。全く引っ張られている感じがしないのは、それなりに心地良い。
「切ってもかまいませんよ。」
「そうだね。このまままとめると頭が大きくなりそうだ。顔が小さいから、頭だけ大きいとバランスがとれない。でも毛量もあって、真っ直ぐではないようだね。黒々している髪は、健康的な証拠だ。染めたことはないの?」
「無いですね。」
「パーマは?」
「したこと無いです。」
「高校生みたいだ。」
 高校生だった時期は短かったものだが、そう見えるのだろう。
「毛先だけ切ろうか。ブラッシングを自分でするときも楽になるし、髪を乾かす時間も短縮されるよ。」
 それは助かる。そう思いながら、そのハサミの音に清子は目を閉じた。すっと眠気が来るように思える。
 カットが終わったらしく一度立ち上がりざっと髪を流され、髪を流されると改めて髪をまとめられる。
「わぁ。梶原さんその浴衣良いねぇ。」
 その声に清子は少し目を開ける。
「赤。良いでしょ?あ、徳成さん来たんだ。ねぇ。徳成さんの浴衣、何でも良いって言ってたから、こっちで選んだけど良い?」
「えぇ。別にこだわりは。」
 髪をまとめられながら清子は言うと、梶原は少し笑った。
「ね、母さん。彼女、紺色似合うと思わない?」
「そうね。肌が白いし。良い浴衣があるのよ。あたしが若いときに着てたやつだけど。」
 そういって別の部屋から出てきた女性を、清子はちらっとみる。その女性は細身で、小麦色の肌をしていた。梶原とはあまり似ていないと思う。
「……。」
「やだ。あたしも若いときもあったのよ。今はサーフィンにはまってて、すごい焼けちゃったけど。」
 それにしても似ていない。だがそのことについて何も聞く必要はないと思っていた。
「次は、誰かしら。」
「あ、あたし。」
 他の女性が髪のセットを終えて、その母親と別の部屋へ向かう。
「徳成さんは運動は?」
「出来ないことはないですけど、あまりすすんでしようとは思いません。体を使わないので、なまってきたと思ったらジムには行きますけど。」
「それでこんなに細いのか。」
 髪をまとめる手を休めないまま、父親は話しかけてくる。
「食べても太らないんです。」
「体質もあるだろうね。俺もそうだ。ビールが好きでね、結構飲むんだけど腹は出ない。」
「お酒を飲む方は、太らないみたいですね。原因がお酒ではなくつまみだからでしょう。」
 祖母も同じような体型をしていた。こういうところで似るものなのだろう。
「茜は、子供が出来たら太るかもしれないな。あいつの母親がそうだったし。」
「え?」
「あぁ。今の妻は後妻なんだ。」
 そういうことか。やはり血の繋がりはないから、似ていないのだろう。
「後妻って言っても、何番目よ。今のお母さんは、よく続いてると思うよ。」
「仕事が早いからな。あいつは。」
 そういって父親が笑う。きっともてるのだろう。美容師というのはこんな人ばかりなのか。香子はそう思いながら、髪にピンを刺されていた。香子の髪をまとめているのも、梶原の弟になるが半分しか血の繋がりがない男だ。全く血の繋がりのない弟もいる家庭は、きっと複雑だろう。
 だから梶原はそんなことをしたくないと、今度結婚する人とはお墓も一緒にはいるのだと公言している。あの何股もしていた美容師とは違うと思いたいと香子は思っていた。
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