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長い夜
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風呂に入っていたのだろうか。いつもよりも顔が上気していて、どことなく色っぽい気がする。最初に来たときは、全くそんな感じに見えなかったが割と美人だと思う。
「徳成さん。夜分遅くに悪いね。」
「いいえ。まだ起きていましたし。」
「正木編集長は部屋にいないようだが、どこにいるかわかるかな。」
「いいえ。個人の連絡先も私はわからないので。」
「……そうか。」
「何がありましたか。」
清子がそう聞くと、黒澤は汗を拭っていう。
「人事部に正木編集長に関するメッセージが届いてね。」
「……メッセージ?」
黒澤はそういってバッグからファイルを取り出して、清子に手渡す。するとそこにはメッセージの本文とメールアドレスが載っている。アドレスにはhinakoとやはり同じアドレスだった。
本文には「正木史から、弄ばれて捨てられた。そしてまた新しい女に手を出している。」と書いてあり、画像には今日、量販店で買い物をしていた清子と史の姿がある。
「仕事帰りに量販店で買い物か。」
「ここで必要なモノがあったので、一緒にいましたが……想像のようなことはありません。」
「恋人ではないと?」
「上司と部下です。しかも期間限定の。」
そのとき清子はその文面を見て、少し首を傾げた。
「どうかしたかな。」
「……誰がこんなモノを会社宛に?」
「さぁ……彼はAV男優の時期があった。そのときのファンからじゃないのかな。熱狂的な。」
黒澤はそういってその紙を奪い取るように、清子から取り上げた。しかし清子は続ける。
「おかしいですね。」
「何が?」
「字が違うから。」
そのこと場に黒澤は慌ててその紙をみる。
「編集長がいつか言っていました。正木という名字は珍しいので、芸名に使った。だが本名をそのまま使う勇気はないので、違う字を使ったと。」
「違う字?」
清子はうなづいて、正木の字と、昌樹の字を指で書く。
「「pink倶楽部」の編集長のコラムも、ホームページのコラムも、やはり同じ「昌樹」という名前を使っています。と言うことは、名字の「正木」を知っている人間は限られている。」
すると黒澤は焦ったように清子に言う。
「だとしたら、このメッセージを送ったのは……。」
「内部の人間です。それも……編集長に近しい人物。」
黒澤の喉仏が下がる。つばを飲み込んだのだ。
「黒澤さん。どうしてこんな事を?」
清子は表情を変えずにそういうと、黒澤はいきなり清子の首に手を回す。
「清子!」
思わず助けようと、史は玄関の方へ向かっていった。しかし清子は体を沈ませてその腕をつかむと、その後ろ手に回った。
「いたたた!痛い!」
その表情に、史はぞくっとした。そうだ。昨日と一緒だ。遠慮なく肩の関節を外す、腕を折る、と言っているようだと思う。
盗聴器や盗撮器を仕込んだのは黒澤だった。
黒澤は元々AV男優をしていて、葵の旦那である裕太より以前から「気持ち悪い男が美形の女優と絡む」といういわゆるキモ○ンと言われるジャンルで活躍をしていた。
だが流行というのはすぐに廃るもので、裕太は結婚を機にAVの裏方についたが、黒澤は何とか残れないかと必死に自分を売り込んだ。
しかし一昔の男優など見向きもされることはなく、自分の性癖もあって女優からNGを出されることも多くなった。
結局黒澤はそのまま引退し、遅咲きながらも事務の専門学校に通うと運良く「三島出版」に就職が決まった。
まともな仕事だし、自分の性を売りにしない分、気を使うことは多かったがそれはそれでいいと思っていた矢先だった。
その当時「pink倶楽部」の編集長をしていた男が、史のグラビアを見せてきたのだ。「エロ○ンだとよ。こんな優男がさ。」
顔がよくて背が高くあくまでソフトに女性に接する史は、自分が売りにしていたことと全く正反対だった。それにSNSでも人気があり、コメント一つ一つにも丁寧に対応していた。それが人気に拍車がかかる。
「……こんな男が……。」
そのとき黒澤に悪魔が囁いた。その評価を地に落とせと。
女の偽名を使い、ストーカーのようにつきまとった。結局史は、思い詰めたように男優を辞めた。だが元AV男優などどこにも雇ってもらえるわけがない。
そこで黒澤は、「pink倶楽部」の人材が足りないのと、ネタ不足から、史を推薦することにした。史はその話に乗り、何も考えずに「三島出版」に入ったのだ。黒澤に感謝すらしているのを見て、黒澤もまた表向きの返事をする。感謝をされ、信頼を得た。全てが黒澤の思惑だと知らずに。
清子は手袋をして、史の部屋の盗聴器、盗撮器を外す。そこには黒澤の指紋が付いているだろうから。それを鑑定してもらい、会社の意向を問うのだ。警察に届けても良かったが、会社的には表沙汰になって欲しくないことかもしれない。
「これはしかるべきの所に出したあと提出します。」
「しかるべき?」
史はそう聞くと、清子は冷たく言った。
「一応、民間にも調査機関があるので、そこでおそらく指紋などを調べることも出来ます。それを会社に提出して、警察に届けるなりすると思いますが……。」
だが黒澤の表情はそんなことをしなくても自殺しそうだと思う。全てがばれて、ここから飛び降りそうだと思っていた。
「編集長の好きにしてください。」
「俺の意向じゃないよ。会社がどうするかだ。」
「それもそうですね。上のものに伺いを立ててみたら。証拠はいくらでもありますし……。」
「海外のメールサーバーを使ったんだ。そんなに簡単に……。」
すると清子は座り込んでいる黒澤の目線に座り込み、冷たく言った。
「海外の方がわかりやすいんですよ。この国の人はこの国のドメインしか使わないから。それに海外の方がセキュリティも、全てが甘い。それがわかってて使ってたんですか?」
ウェブ関係で清子の右にでる人がいるだろうか。それも黒澤の計算外のことだったのだ。
「……編集長。SNSを運営する会社に問い合わせれば、メッセージを復活させることが出来ます。そうなさいますか。」
「必要ある?」
「証拠は多い方がいいのではないですか。」
今度こそ史の前に出ることはないだろう。清子はそう思いながら、うなだれてまるで老人のようになった男を見下ろした。
「徳成さん。夜分遅くに悪いね。」
「いいえ。まだ起きていましたし。」
「正木編集長は部屋にいないようだが、どこにいるかわかるかな。」
「いいえ。個人の連絡先も私はわからないので。」
「……そうか。」
「何がありましたか。」
清子がそう聞くと、黒澤は汗を拭っていう。
「人事部に正木編集長に関するメッセージが届いてね。」
「……メッセージ?」
黒澤はそういってバッグからファイルを取り出して、清子に手渡す。するとそこにはメッセージの本文とメールアドレスが載っている。アドレスにはhinakoとやはり同じアドレスだった。
本文には「正木史から、弄ばれて捨てられた。そしてまた新しい女に手を出している。」と書いてあり、画像には今日、量販店で買い物をしていた清子と史の姿がある。
「仕事帰りに量販店で買い物か。」
「ここで必要なモノがあったので、一緒にいましたが……想像のようなことはありません。」
「恋人ではないと?」
「上司と部下です。しかも期間限定の。」
そのとき清子はその文面を見て、少し首を傾げた。
「どうかしたかな。」
「……誰がこんなモノを会社宛に?」
「さぁ……彼はAV男優の時期があった。そのときのファンからじゃないのかな。熱狂的な。」
黒澤はそういってその紙を奪い取るように、清子から取り上げた。しかし清子は続ける。
「おかしいですね。」
「何が?」
「字が違うから。」
そのこと場に黒澤は慌ててその紙をみる。
「編集長がいつか言っていました。正木という名字は珍しいので、芸名に使った。だが本名をそのまま使う勇気はないので、違う字を使ったと。」
「違う字?」
清子はうなづいて、正木の字と、昌樹の字を指で書く。
「「pink倶楽部」の編集長のコラムも、ホームページのコラムも、やはり同じ「昌樹」という名前を使っています。と言うことは、名字の「正木」を知っている人間は限られている。」
すると黒澤は焦ったように清子に言う。
「だとしたら、このメッセージを送ったのは……。」
「内部の人間です。それも……編集長に近しい人物。」
黒澤の喉仏が下がる。つばを飲み込んだのだ。
「黒澤さん。どうしてこんな事を?」
清子は表情を変えずにそういうと、黒澤はいきなり清子の首に手を回す。
「清子!」
思わず助けようと、史は玄関の方へ向かっていった。しかし清子は体を沈ませてその腕をつかむと、その後ろ手に回った。
「いたたた!痛い!」
その表情に、史はぞくっとした。そうだ。昨日と一緒だ。遠慮なく肩の関節を外す、腕を折る、と言っているようだと思う。
盗聴器や盗撮器を仕込んだのは黒澤だった。
黒澤は元々AV男優をしていて、葵の旦那である裕太より以前から「気持ち悪い男が美形の女優と絡む」といういわゆるキモ○ンと言われるジャンルで活躍をしていた。
だが流行というのはすぐに廃るもので、裕太は結婚を機にAVの裏方についたが、黒澤は何とか残れないかと必死に自分を売り込んだ。
しかし一昔の男優など見向きもされることはなく、自分の性癖もあって女優からNGを出されることも多くなった。
結局黒澤はそのまま引退し、遅咲きながらも事務の専門学校に通うと運良く「三島出版」に就職が決まった。
まともな仕事だし、自分の性を売りにしない分、気を使うことは多かったがそれはそれでいいと思っていた矢先だった。
その当時「pink倶楽部」の編集長をしていた男が、史のグラビアを見せてきたのだ。「エロ○ンだとよ。こんな優男がさ。」
顔がよくて背が高くあくまでソフトに女性に接する史は、自分が売りにしていたことと全く正反対だった。それにSNSでも人気があり、コメント一つ一つにも丁寧に対応していた。それが人気に拍車がかかる。
「……こんな男が……。」
そのとき黒澤に悪魔が囁いた。その評価を地に落とせと。
女の偽名を使い、ストーカーのようにつきまとった。結局史は、思い詰めたように男優を辞めた。だが元AV男優などどこにも雇ってもらえるわけがない。
そこで黒澤は、「pink倶楽部」の人材が足りないのと、ネタ不足から、史を推薦することにした。史はその話に乗り、何も考えずに「三島出版」に入ったのだ。黒澤に感謝すらしているのを見て、黒澤もまた表向きの返事をする。感謝をされ、信頼を得た。全てが黒澤の思惑だと知らずに。
清子は手袋をして、史の部屋の盗聴器、盗撮器を外す。そこには黒澤の指紋が付いているだろうから。それを鑑定してもらい、会社の意向を問うのだ。警察に届けても良かったが、会社的には表沙汰になって欲しくないことかもしれない。
「これはしかるべきの所に出したあと提出します。」
「しかるべき?」
史はそう聞くと、清子は冷たく言った。
「一応、民間にも調査機関があるので、そこでおそらく指紋などを調べることも出来ます。それを会社に提出して、警察に届けるなりすると思いますが……。」
だが黒澤の表情はそんなことをしなくても自殺しそうだと思う。全てがばれて、ここから飛び降りそうだと思っていた。
「編集長の好きにしてください。」
「俺の意向じゃないよ。会社がどうするかだ。」
「それもそうですね。上のものに伺いを立ててみたら。証拠はいくらでもありますし……。」
「海外のメールサーバーを使ったんだ。そんなに簡単に……。」
すると清子は座り込んでいる黒澤の目線に座り込み、冷たく言った。
「海外の方がわかりやすいんですよ。この国の人はこの国のドメインしか使わないから。それに海外の方がセキュリティも、全てが甘い。それがわかってて使ってたんですか?」
ウェブ関係で清子の右にでる人がいるだろうか。それも黒澤の計算外のことだったのだ。
「……編集長。SNSを運営する会社に問い合わせれば、メッセージを復活させることが出来ます。そうなさいますか。」
「必要ある?」
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