不完全な人達

神崎

文字の大きさ
上 下
62 / 289
長い夜

61

しおりを挟む
 風呂に入っていたのだろうか。いつもよりも顔が上気していて、どことなく色っぽい気がする。最初に来たときは、全くそんな感じに見えなかったが割と美人だと思う。
「徳成さん。夜分遅くに悪いね。」
「いいえ。まだ起きていましたし。」
「正木編集長は部屋にいないようだが、どこにいるかわかるかな。」
「いいえ。個人の連絡先も私はわからないので。」
「……そうか。」
「何がありましたか。」
 清子がそう聞くと、黒澤は汗を拭っていう。
「人事部に正木編集長に関するメッセージが届いてね。」
「……メッセージ?」
 黒澤はそういってバッグからファイルを取り出して、清子に手渡す。するとそこにはメッセージの本文とメールアドレスが載っている。アドレスにはhinakoとやはり同じアドレスだった。
 本文には「正木史から、弄ばれて捨てられた。そしてまた新しい女に手を出している。」と書いてあり、画像には今日、量販店で買い物をしていた清子と史の姿がある。
「仕事帰りに量販店で買い物か。」
「ここで必要なモノがあったので、一緒にいましたが……想像のようなことはありません。」
「恋人ではないと?」
「上司と部下です。しかも期間限定の。」
 そのとき清子はその文面を見て、少し首を傾げた。
「どうかしたかな。」
「……誰がこんなモノを会社宛に?」
「さぁ……彼はAV男優の時期があった。そのときのファンからじゃないのかな。熱狂的な。」
 黒澤はそういってその紙を奪い取るように、清子から取り上げた。しかし清子は続ける。
「おかしいですね。」
「何が?」
「字が違うから。」
 そのこと場に黒澤は慌ててその紙をみる。
「編集長がいつか言っていました。正木という名字は珍しいので、芸名に使った。だが本名をそのまま使う勇気はないので、違う字を使ったと。」
「違う字?」
 清子はうなづいて、正木の字と、昌樹の字を指で書く。
「「pink倶楽部」の編集長のコラムも、ホームページのコラムも、やはり同じ「昌樹」という名前を使っています。と言うことは、名字の「正木」を知っている人間は限られている。」
 すると黒澤は焦ったように清子に言う。
「だとしたら、このメッセージを送ったのは……。」
「内部の人間です。それも……編集長に近しい人物。」
 黒澤の喉仏が下がる。つばを飲み込んだのだ。
「黒澤さん。どうしてこんな事を?」
 清子は表情を変えずにそういうと、黒澤はいきなり清子の首に手を回す。
「清子!」
 思わず助けようと、史は玄関の方へ向かっていった。しかし清子は体を沈ませてその腕をつかむと、その後ろ手に回った。
「いたたた!痛い!」
 その表情に、史はぞくっとした。そうだ。昨日と一緒だ。遠慮なく肩の関節を外す、腕を折る、と言っているようだと思う。

 盗聴器や盗撮器を仕込んだのは黒澤だった。
 黒澤は元々AV男優をしていて、葵の旦那である裕太より以前から「気持ち悪い男が美形の女優と絡む」といういわゆるキモ○ンと言われるジャンルで活躍をしていた。
 だが流行というのはすぐに廃るもので、裕太は結婚を機にAVの裏方についたが、黒澤は何とか残れないかと必死に自分を売り込んだ。
 しかし一昔の男優など見向きもされることはなく、自分の性癖もあって女優からNGを出されることも多くなった。
 結局黒澤はそのまま引退し、遅咲きながらも事務の専門学校に通うと運良く「三島出版」に就職が決まった。
 まともな仕事だし、自分の性を売りにしない分、気を使うことは多かったがそれはそれでいいと思っていた矢先だった。
 その当時「pink倶楽部」の編集長をしていた男が、史のグラビアを見せてきたのだ。「エロ○ンだとよ。こんな優男がさ。」
 顔がよくて背が高くあくまでソフトに女性に接する史は、自分が売りにしていたことと全く正反対だった。それにSNSでも人気があり、コメント一つ一つにも丁寧に対応していた。それが人気に拍車がかかる。
「……こんな男が……。」
 そのとき黒澤に悪魔が囁いた。その評価を地に落とせと。
 女の偽名を使い、ストーカーのようにつきまとった。結局史は、思い詰めたように男優を辞めた。だが元AV男優などどこにも雇ってもらえるわけがない。
 そこで黒澤は、「pink倶楽部」の人材が足りないのと、ネタ不足から、史を推薦することにした。史はその話に乗り、何も考えずに「三島出版」に入ったのだ。黒澤に感謝すらしているのを見て、黒澤もまた表向きの返事をする。感謝をされ、信頼を得た。全てが黒澤の思惑だと知らずに。

 清子は手袋をして、史の部屋の盗聴器、盗撮器を外す。そこには黒澤の指紋が付いているだろうから。それを鑑定してもらい、会社の意向を問うのだ。警察に届けても良かったが、会社的には表沙汰になって欲しくないことかもしれない。
「これはしかるべきの所に出したあと提出します。」
「しかるべき?」
 史はそう聞くと、清子は冷たく言った。
「一応、民間にも調査機関があるので、そこでおそらく指紋などを調べることも出来ます。それを会社に提出して、警察に届けるなりすると思いますが……。」
 だが黒澤の表情はそんなことをしなくても自殺しそうだと思う。全てがばれて、ここから飛び降りそうだと思っていた。
「編集長の好きにしてください。」
「俺の意向じゃないよ。会社がどうするかだ。」
「それもそうですね。上のものに伺いを立ててみたら。証拠はいくらでもありますし……。」
「海外のメールサーバーを使ったんだ。そんなに簡単に……。」
 すると清子は座り込んでいる黒澤の目線に座り込み、冷たく言った。
「海外の方がわかりやすいんですよ。この国の人はこの国のドメインしか使わないから。それに海外の方がセキュリティも、全てが甘い。それがわかってて使ってたんですか?」
 ウェブ関係で清子の右にでる人がいるだろうか。それも黒澤の計算外のことだったのだ。
「……編集長。SNSを運営する会社に問い合わせれば、メッセージを復活させることが出来ます。そうなさいますか。」
「必要ある?」
「証拠は多い方がいいのではないですか。」
 今度こそ史の前に出ることはないだろう。清子はそう思いながら、うなだれてまるで老人のようになった男を見下ろした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...