不完全な人達

神崎

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ツケ

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 煙草を消して、清子は史を見上げてみる。こんなに完璧に見える男だ。優しくて、背も高く、何より整った顔立ちをしていて、体も細いながらもがっちりとしている。よく気が回り、怒号することもない。穏やかで、紳士。それが史のイメージだった。
 SNSでそんな男性が身近になるのは、ファンにとってはたまらないだろう。だがあくまでそれはファンとの距離だ。いくら距離が近くても、あくまでその距離を大切にしないといけない。男優であっても一個人なのだから。
「メールは、会社のメールのみですか?」
「あぁ。」
「携帯は?」
「携帯には入っていない。」
「メッセージは取っていますか?」
「メールは基本消せない。社内チャットは会社の内部の事だから、重要なことはプリントアウトするようになっていたり、データとして保存するかもしれないけれど、メールは外部との接点としても使われるから消すことはできないよ。」
 そうだった。ということはそのメールは保存されているだろう。
「アカウントを追跡することはできます。その人が送ったかとか、それを特定することができるはずです。しかしその方が今回の盗聴を仕掛けたとすると……探らなくても予想がつく。」
「誰だと思う?」
「この寮を用意した人物です。この寮はいつでも貸し出せるようにしているのですか?」
「そうだね。ずっと使うことを事前に言っておけば、ハウスクリーニングの業者が掃除をして使えるようになる。その間にガスや水道の契約をする流れかな。」
 史も煙草の火を消すと、その部屋を見渡した。業者が来ているだけに、綺麗に掃除してある。窓ガラスすら曇り一つない。
「だとしたら……業者が入った後に部屋に入った人物でしょう。おそらくチェックをしに来るとかと言って、部屋に入ることが可能な人物。」
「……人事部なら可能だな。」
 人事部は人が限られている。相当数の社員を管理しているのに、人事部の人数は十人ほどなのだから。
「その誰かではないかと思います。ただ……先ほど、編集長は盗聴器のことを人事部に問い合わせると言っていました。」
「あぁ。」
「何の音も聞こえなくなった部屋は、おそらく不自然に思うでしょう。盗聴器や盗撮器をはずしに来るかもしれません。」
「そいつが?」
「えぇ。なるべく早く、その盗聴器のことを上のものに言った方が良いかもしれないですね。」
「黒澤さんにだけは伝えておこう。」
 そう言って史は携帯電話を取り出した。しかしその手を清子は止める。
「どうしたの?」
「言ったでしょう。人事部の誰かがしていることです。それを統括する方が、あっさりほかの部屋を用意しますとは言いません。そして盗撮器自体が、「嘘」であるといいかねないと思いませんか。」
 その言葉に史は確信を得た。清子は全く他人を信用していない。それは自分もそうなのだろうか。そう思ったとき、史の手がぎゅっと握られる。
「でも……そんな盗撮器や盗聴器があるところにいたくはない。」
「……そうですね……。」
 確かに自分の生活などを他人にのぞき見られるなど気持ちの良いことではないだろう。すると清子は、うなずいてバッグの中からペンを取り出した。
「これを部屋に置いてください。」
「これは?」
「ただのボールペンに見えますが、ICレコーダーです。容量は二十四時間ほど。これのスイッチを入れて置いておく。仕掛けた方は、それがレコーダーだとは気づかないはずです。今夜、もし何の音もしなければ、気づかれたと思って盗聴器などをはずしに来ると思います。その音だけでも録音できればいい。」
「なるほど……。」
「初期化します。少し待ってください。」
 清子はそう言ってペンの先を回して細かいスイッチを当たっているようだった。その様子を見て、史は少しため息を心の中でつく。
 清子はずっとこんな事をしていたのだろうか。誰も信じられず、心のより所がないまま、自分一人で生きていくためにずっとこんな事をしていたのだ。
 一人など言わせたくない。自分がずっとそばにいてあげたい。そう思う。
「……今夜はホテルか何かに泊まりますか?週末なのでビジネスホテルは厳しいかもしれませんが、まだこの時間なら……。」
 清子はペンから目を離して、時計をみる。すると史は少し笑っていった。
「ここに泊まりたい。」
 その言葉に清子は少し怪訝そうな顔をした。
「やです。」
「清子。」
「編集長。この間、自分で言いました。ゆっくりと時間をかけて自分を見てほしいと。私はまだ編集長を見てません。」
「駄目。俺がここにいたい。」
 すると清子は少しため息をついて、携帯電話を取り出す。
「編集長が居るんなら、私がホテルへ行きます。というか……家に帰ろう……。」
 その時史はその手首を掴んだ。思わずその力に携帯電話を落とす。
「な……。」
「清子。駄目だ。俺がどれだけ我慢していたかわかるか。どれだけ君に触れたいと思っていたのかわかるか。」
「や……。」
 捕まれた手が、手のひらに移る。ぐっと手を握られて、もう片方の手も握られた。テーブルを背にして身動きがとれない。思わず清子は顔を背けた。
 いつもの史ではない。優しくて、ソフトな史の印象はもうそこにない。強引に自分のモノにしようとしているただの男がそこにいた。
「やめてください。編集長。」
「史と呼ぶんだ。清子。」
 片方の手を離されて、その手が清子の顎をつかみ正面を向かされる。どんどんと顔が近づいてきて、いきなり唇をふさがれた。
「や……。」
 拒否をしているのに、次に唇が触れたとき強引に舌を絡ませ始めた。舌が強引に清子の舌を愛撫するように絡ませてくる。水の音が耳に伝わり、それがさらに清子の頬を染める。
 唇を離すと、清子の頬が赤く染まっている。これだけで感じているのだ。そう思うともっと感じさせたくなる。
 手を離してジャケットのボタンを一つ一つはずし始めた。
「え……。」
「したい。」
 あの量販店でコンドームを買っておいて良かった。この歳になればコンドーム一つ買うのは別に恥ずかしくはない。だがその後ろに清子が居たのを、店員がちらっとみたのを少し失礼だと思っていたが、今はそれでもいいと思える。
 ジャケットの前をはだけさせて、白いブラウス越しに胸に触れた。ブラウスの下は下着だろう。なのに触ってみると、堅くなり始めているそこの感触がわかる。
「あっ……編集長……。あっ……あの……せめて、シャワーを浴びたい……。」
「我慢できないな。このままでいい。言っただろう?匂いもまた興奮するんだから。」
 香水の匂いも化粧品の匂いも、制汗剤の匂いすらない。わずかに汗の匂いがするその香りがそそられる。
 ブラウスのボタンを上からはずして、完全には脱がさない。その隙間に手を入れた。すると下着の感触と、その下に手をはわせると柔らかですべすべした感触が伝わってきた。
「ん……。」
 堅くなり始めているそこに指をはわせると、我慢していた声が漏れる。
「もう堅くなってきてる。前も思ったけど、結構嫌らしい体しているよね。」
「知らないです。そんなこと。」
 手探りで堅いところに触れ、指でつまみ上げると思わず声を漏らした。
「あっ……。」
 やはり直接みたい。手を離して、ブラウスの中の背中に手を回す。そして下着のホックを取った。緩くなった下着をずらし、その胸に手を当てようとしたときだった。
 ぐううぅ……。
 思わず手が放れた。そして清子を見ると、先ほどの感じていたときよりもさらに顔が赤くなっている。お腹が鳴ったのが恥ずかしかったのだろう。
「……そっか……。君はお昼も食べてないんだよね。」
「すいません。こんな時に……。」
「いいや、俺もお腹は空いてる。」
 手を離して体をよけると、清子は乱れた服を整えた。
「そっちの大通りにファミレスがあったよね。そこに行かないか。」
「……そうですね。今日くらいは……。」
 思えば食材も買っていないのだ。かといってコンビニではメニューに限りがある。だったらファミレスの方がましだろう。
「それからこれを仕掛けたいし。まだ盗聴器はあるかな。」
「確認します。それから目立たないところに置いていてください。」
「わかった。」
 ジャケットのボタンを留めた清子は、冷静にバッグを手にしようとした。その時だった。
「続きは、食事の後で良いかな。」
「……。」
「これで終われると思わないで。今日はここに泊まるし、これからも泊まるかもしれない。とっちにしても……今日は寝かせないから。」
 一晩中でもしたい。何度も絶頂に誘いたい。清子が史を求めてくるまで。
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