不完全な人達

神崎

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ツケ

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 寮や社宅は会社に一応用意されていて、中には小説家や漫画家が缶詰になるための部屋もある。間取りはホテルのようにも見えるが、ちゃんと洗濯機やキッチン用品もあるようで今日から生活をしようと思えばすぐに出来そうだと、清子は思っていた。
 それにすべてがこの会社の近所にある。町中にあるこの辺のアパートやマンションは家賃がとても高い。なのにその半分から三分の一は会社が見るというのだから、清子が借りているウィークリーよりも安いかもしれない。条件が良ければ、そこに住んでも良いかもしれないと思っていた。
 だが史も着いてくるとなれば話は別だ。しつこい男だ。たいていなら興味がないといえば引き下がるものだが、セックスをしてからこちら本当に恋人のように振る舞ってくる。
 まぁ……セックスをしてしまったのは同意でもあるし、それに流された自分も良くない。清子はそう思いながら、また間取りを見ていた。
「どの部屋にするんだ。」
 急に声をかけられて、清子はふと前を見る。するとそこには晶の姿があった。
「久住さん……。」
「お前、昨日は大変だったんだってな。」
 晶は朝、顔を見せたが、そのあとはずっと外に出ていたのでまともに今日話をしていない。
「そうですね。」
「で、会社の寮に入るって?」
「次の号がでるまでですけど。」
「なぁ。それって俺が行ってもいいのか?」
 何でこんなことばかり言うのだろう。清子は少しため息をついて、晶を見る。
「やです。」
「まぁ、お前ならそう言うと思ったけどな。」
 晶はそう言って少し笑った。
「明日荷物を運ぶのか?」
「えぇ。休みですし、この間引っ越したばかりなのですぐに行けそうですね。」
「車を出してやろうか?」
「いいえ。あまりないので良いです。」
 清子の荷物はパソコン周りをのぞけば、大きめのキャリーケースにはいるくらいしかない。それだけものに執着がないのだろう。
 本を良く読んではいるが、本も二、三回読んだら売ってしまう。何度も読み返したい本だけ手元に残し、どうしても手放したくなければダウンロードをしていたのだ。
 その時オフィスに史が戻ってきた。史も清子のデスクに近づくと、話しかけてきた。
「どう?部屋は決まった?」
「絞れてるんですけどね。」
 一つは、少し古いがWi-Fiも完備していた1Kの物件。駅の裏にあって、歩いてでも来れそうだ。
 もう一つは、新しい物件だが駅からは少し遠く、バスを使った方が良いかもしれない。だが住宅街で割と静かだと思った。
「俺、こっちにしようと思ってね。」
 史が指さしたのは、新しい物件の方だった。
「どうして?」
「セキュリティが利いてるから。それに駐車場がついてるし。」
「こっちも駐車場ついてるんですよね。でも私車持ってないし。」
 すると晶はその新しい物件の方を見て、少し笑った。
「ここって花火見えるな。」
「え?」
「河川敷で花火があるじゃないですか。確かにこの辺からの屋上ビアガーデンでも見えるけど、こっちで見た方が近いし。編集長がここにするんだったら、花火の時の会場は決まったな。」
「俺の家でするつもりか?」
「ビアガーデンのたっかいビール飲むよりも、量販店でケース買いした方が安いでしょ?」
 その会話を聞きながら、清子は頬杖をついた。心はその新しい物件に転がりそうになっていたのだが、さっきの倉庫の件もある。史と同じマンションなんかにいれば、なんだかんだと言って部屋に上がり込んでくるかもしれないし、また流されてセックスをしてしまうかもしれない。
 そう考えれば違うアパートに行こうかと思う。
「徳成さん。徳成さんもこっちのマンションにしないか?」
 史はそう言って、新しい物件の方を差し出す。
「……どうしてですか?」
「まぁ……俺もいろいろあって、そっちの方がありがたいってこと。俺の都合だけどね。」
 はっきりとは言わない。何か誤魔化された感じもするが、清子はまたその物件の方を見る。
「編集長……あんた……。」
 晶はそう言って史から視線をはずした。

 結局史と同じマンションに決めた清子と史の元へ、書類と鍵が用紙とともに送られてきた。
 史の部屋は五階建ての三階。清子の部屋は四階。階が違うだけで楽になる。清子はそう思いながら書類を見た。そこにはそこに入る期間や汚したり破損した場合は、自己負担になることなどが記されている。その辺はウィークリーと変わらない。
 部署と名前を書いて印鑑を押す。これを帰りに人事部に届ければいいのだ。清子はそう思いながら、その書類を脇に置いてまたパソコンの画面を見始めた。
 その時、オフィスに先ほどの高田という女性が入ってきた。
「正木編集長。お部屋決めたみたいですねぇ?」
「あぁ。確約書を帰りに届けようと思ってた。」
「週刊誌の方に用事があったんでついでに寄ってみたんですけど、もう書けたんだったらついでに持って行こうと思って。」
「ありがとう。徳成さんも書けてるなら、渡してあげて。」
 ヘッドホンをつけようとした清子はその声に、その脇に置いている封筒を手にして高田に手渡した。
「どうぞ。」
「はーい。じゃあ、お預かりします。」
 そう言って高田は出て行った。その後ろ姿を見て、清子は少しため息をついた。
「……ねぇ。編集長と徳成さん。同じマンションにしたみたいだね。」
 香子は女性社員にその話をされてから、少し不機嫌だ。
「何で一緒にしたんだろうね。そんなに四六時中居たいのかな。」
 少し嫌みのつもりで香子はいった。しかしその隣の女性は、首を横に振る。
「違うよ。たぶん……あれでしょ?」
「あれ?」
「編集長ってストーカーに合ってたじゃん。」
 史はいつも涼しげな顔をしているが、自分のパソコンにはいってくるそのメッセージに、ずっと悩まされていた。社内チャットではなく、パソコンのメールボックスだ。そこに前、SNSでフォローされた女性がストーカーのようになり、SNSを辞めてつながりがなくなったと思ったら、今度は会社のメールに女性からメッセージが届くようになったのだ。
 最近は特に酷い。
 おそらく清子に言い寄っているのを、この女性も知っているのだろう。だから嫉妬しているのかもしれない。
「女の人と居て、恋人が出来たと思えば諦めてくれるって思ってるんじゃない?」
「そんな甘いものかなぁ。」
 会社の個人宛のメールアドレスを知っている人は少ない。なのにそれを知っているということは近い人物なのかもしれない。かもしれないというのは予想だ。
 それにこのことを清子にも相談したい。そのいい機会になった。
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