不完全な人達

神崎

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ツケ

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 「pink倶楽部」のホームページ、及び、本誌には「画像、文面、内容を複製、模写をする事は、刑事罰及び罰金に処せられる」などの文言がのせられた。ホームページの画像はいっさいの画像のコピーやリンクをコピーすることが出来なくなり、一時はアクセス数が減ったような気がする。
 それにウェブの反応は厳しいものだった。
「そんな文言のせても関係あるか。」「実際誰がそんな処置するんだよ」などウェブ担当の清子のもとには辛辣な内容のメッセージが届く。
 だが清子はその上をいく。
 どうしても加工出来ないユーザーと清子の技術の差は歴然だった。そしてそれを何とかしようとするユーザーと、その内容から減少していたアクセス数も徐々に増え始めていた。
 また新しい加工をした。清子はプリントアウトされた画像を手にして少し笑う。
「何笑ってんだよ。」
 撮影から帰ってきた晶が、清子の手に持っている紙を奪いとるように手にした。
「んだよこれ。俺が撮ったヤツじゃねぇか。」
 写真はウェブ上にあげた画像をプリントアウトしたものだった。それをそのまま印刷すると、ランダムに黒い縦線がはいるようにしていたのだ。これでは印刷しても意味がない。
「コピーも出来ないようにしてますし、印刷してスキャンしてもこれでは意味がない。」
「文章もか?」
「文章は文字化けしてあるようにしてます。まぁ……文章は、画像よりももっと世の中は厳しいですけどね。」
 ちょっと似てるだけで模倣ではないかという時代だ。コピーは文章の方がやりやすいだけに、世の中の目は厳しいのだ。
 そのとき外から史が戻ってきた。珍しく疲れた顔をしている。
「お帰りなさい。どうでした?」
 定例の会社内の会議だったのだ。月に一度ほどするもので、その中にはウェブ課のものもいたが、最近は清子のお株を奪われそうで躍起になっている。
「まぁ……うちは廃刊をまのがれたよ。」
「部数は上がってますからね。」
 本誌に至っても同じ現象が起きている。加工しようとする読者とそれを阻止する作り手の攻防は続いているのだ。
 自分のデスクに座った史を見て、写真を選択していた香子が立ち上がり史に近づいていく。
「それで……新規の雑誌の企画どうでした?」
「来年の春、創刊する。編集長は明神さんが良いという上からの達しがあった。」
 その言葉にわあっと周りの人が大げさに騒ぎ立てた。
「その若さで編集長ってすごいねぇ。」
「あれでしょ?エロ○ンの雑誌。」
「確かに半分はそうだけど、一応文芸誌になるらしいぜ。」
「女性向けのヤツな。」
 女性のための性の雑誌。女性はあまり性にがつがつしていないというのが一般的で、貞淑であることがよいとされていたのはもう化石の時代の話。今は女性向けの風俗もあるし、十八禁のソフトも女性が買うこともある。
 それに目を付けたのが、上の考えだった。だが史の表情は複雑だった。それは「pink倶楽部」の内容もそれに伴って変えていかないといけないだろう。男性だけではなく、女性にも手を取って欲しいと女性向けの記事を載せていたのだが、それが受けていることもあって部数が上がっている。だが専門誌が出るとなると、内容がかぶってしまう。今後は男性向けを中心に載せるしかないのだ。
 デスクに戻ってきた史はパソコンを起動させて、考えを巡らせていた。風俗のことや、性癖については割と出尽くしたところもある。かといって目玉になるような女優はそういない。
 それにもっと気になることもある。ちらっと仕事をしていた清子を見る。いつもとなんの変化もないように見えるが、あのときの夜を忘れてない。乱れた体も、赤く染まる頬も、とろっとした表情も、自分を求める手も、全てがまだリアルに覚えている。あのときの夜を思い出すだけで、体が熱くなるようだ。
 だがそれ以降、何もない。香子のことを相談したあの夜すら、「体が疲れている」といってそのまま電車を降りていったのだ。セックスできなくても良い。抱きしめて眠るだけでも良かったのに、その人ことが言えなかった。だから今は後悔している。
 やがて昼休憩の時間になった。次々と席を立つ社員たちの中、香子は別の社員たちに声をかけられていた。
「お祝い行こうよ。今夜、飲みに行かない?」
 香子はその誘いに手を横に振る。
「ごめん。今日は終わったら、弁護士さんと会う予定にしててさ。」
「あ、そうなんだ。」
 香子は我孫子に紹介された弁護士とともに、メーカーへ顔を出したのだ。話は割とスムーズに行われ、今では香子が出ていたAVはもう販売されていないし、ウェブ上でも目にすることはない。だが水面下で香子の顔に加工をされて出回っているものもある。それを摘発するために、今日は話をしに行くのだ。
 弁護士は割と若い男でこんな男で大丈夫なのかと思っていたが、冷静にメーカーの担当者と話をしているのを見て良い人を紹介してもらったと胸をなで下ろした。
「だったらさ、週末にみんなでお祝いしようよ。」
「週末って花火があるじゃない。どこも多いよ。」
「だからー。花火見ながらお祝い。ビアガーデンとか今ならまだ予約間に合うしさ。ねぇ、編集長。みんなで行きましょうよ。」
 食事をしに外に出ようとしていた史は、その誘いに笑顔でうなづいた。
「いいね。梶原さん。人数聞いて、予約いれといてくれないか。」
「わかりました。」
 ビアガーデンの話で盛り上がっている中、清子はバッグを持ってオフィスを出て行く。おそらくこんな話にも興味が無く、そのまま行こうとしているのだろう。

 まだ誰もいない喫煙所で、清子は携帯電話を手にしてメッセージを送っていた。相手は慎吾だった。一度二人で講習会へ行ったが、我孫子の講習とはまた違った講師の講習は、視点が違って良い刺激になったと思う。やはり我孫子ばかりに頼るのも悪かったのかもしれない。
 違う講習があれば、慎吾に誘ってもらおうと思っていたのだ。
 するとすぐに慎吾から返信が届いた。今度、リストを渡したいので会うことは出来ないかということだった。自分の予定を思い出してみる。
 最近、残業することも多くなった。ウェブの管理を強化したことでメーカーには歓迎されたが、見ている人には不満があるらしい。その対処に最近は追われていることもある。週末なら何とかなるかもしれない。そう思ってメッセージを送ろうとしたときだった。
「やぁ。」
 喫煙所に入ってきたのは史だった。清子は首だけで会釈をすると、またメッセージを送ろうとしていた。
「今度の週末は、みんなでビアガーデンへ行きたいんだって。行きたい人を今募っている。」
「私は結構です。」
「予定が?」
「そうですね。予定が入りそうなので。」
 誰かと会うのだろうか。誰と会うのだろうか。晶なのか、それとも慎吾なのか。思い切って史は煙草を取り出して火をつけると、清子に聞いた。
「デート?」
「違います。慎吾さんが講習会のリストを下さるそうなので、そちらの会社にお邪魔しようかと。」
「慎吾さんと?」
「はい。何か?」
 慎吾と会う予定にしていたのか。慎吾は清子を全く女としてみていない節があるが、どんなことで男と女になるかわからない。しかもあの美貌だ。清子も全く相手にしていないとは言っても、押されれば転がってしまうところもある。自分がそうしたのだから。不安はつきない。
「そのあとでも合流すればいい。」
「多人数の飲み会は苦手です。」
「だったら今度また一対一で飲む?」
「いいえ。」
 そのとき別部署の週刊誌担当の男が喫煙所に入ってきた。清子がいるのを見て、少し笑う。
「徳成さん。良かったここにいて。」
「何かありましたか?パソコンのトラブルでも?」
「いいや。実は、週末に飲み会をうちの部署でするんだけど、徳成さんはしょっちゅうこっちの部署のパソコン関係で世話になってるし、良かったらそのお礼もかねて、飲み会に来ないかなと言ってたんだ。」
 その言葉に清子は少しため息を付く。断ろうとしたときだった。
「悪い。週末はうちの飲み会があってね。」
「あぁ。そうたったのか。そりゃ、部内の飲み会の方が優先だよな。うん。わかった。じゃあ、また今度にしておくよ。」
「……はい。」
 そう言って男は喫煙所を出て行った。清子恥じろっと史を見上げると、ため息を付いた。
「行かないわけにはいかなくなったじゃないですか。」
「嘘つきたくない?」
「出来れば。編集長は涼しい顔をして嘘を付くんですね。」
「嘘恋愛ばかりしてたから。本気で抱きたいと思ったのは、君だけだと思うよ。」
 あきれたように清子は煙草をもみ消すと、喫煙所をあとにしようと思った。しかしその二の腕を捕まれる。
「それは本音。信じてよ。」
「……離して。」
「信じるまで言うから。」
「……そんな日は来ません。」
 腕をふりほどくと、清子は喫煙所をあとにした。そして片隅にある自販機でコーヒーを買うと、オフィスに戻っていく。
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