不完全な人達

神崎

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二人の夜

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 煙草に火をつけて、清子は煙と一緒にため息を付いた。女同士というのは本当にやりにくい。香子は隙あれば男の話題に繋げようとするし、あとはネイル、化粧、芸能人なんかの話題。身にならない話ばかりだ。
 苦痛すぎる。清子はそう思いながら携帯電話をみる。そこには史からのメッセージが届いていた。
「そろそろ例の話題にいかないか。」
 隣にいるのはわかっている。だがその隙を全く与えないのだ。
「失礼します。桃サワーと熱燗と、なす田楽です。」
 髪の長い無愛想な男の店員がそういって、テーブルにそれらを載せる。そして空になった皿やグラスを下げてくれた。どうしたら良いものだろうか。清子はそう思いながら、酒をお猪口に注いだ。
 そのとき香子がトイレから帰ってきた。
「なす田楽来たんだ。」
 言葉は明るいが、表情は少し暗い。何かあったのだろうか。
「桃サワー来てますよ。」
「うん……。あのね……徳成さんに相談したいことがあるって言ってたじゃん。」
 酒を飲む手が止まった。やっとその気になったのだろうか。煙草に口を付けて、向かいに座っている香子はその先に口を付ける。
「何かありましたか?」
「あのさ……。編集長とはもうセックスしたの?」
「は?」
 驚いてお猪口を離しかけた。
「付き合ってるような感じがしたし、それならもうしたのかなって。」
「ちょっと待って……あの……どうしてそんな話題に?」
「……昨日……見たから。」
「え?」
「イタリアンの店入っていったでしょ?あそこ、あたしも付き合ってた頃連れて行ってもらったことがある。付き合った子しか連れて行かないってたし。」
「……。」
 参ったな。それを見られていたとは思わなかった。
「ただ単にあそこの店に行きたかっただけでしょう。夕べは確かに編集長のつてで、他社のウェブ関係の事情をお伺いしに行きましたけど。」
「それだけ?」
「……そうですね。」
 まさか覗きをしたあとにセックスをしたなど言えるわけがない。香子に気があるのだったら尚更だ。
「編集長と付き合ってた時期があるって言ったことがあるよね。」
「はい。」
「そんなに長い期間付き合っていたわけじゃないの。一ヶ月くらいかな。やっぱ手慣れてた。」
 やはり普通の女性でもそう思うのか。自分が自分の体ではないくらい感じたのは、やはり史のテクニックからだったからかもしれない。
「でもさ……急に別れを切り出されたの。」
「はぁ……。」
「原因って思い浮かぶのは一つしかないんだけどね……。その……。あたし昔、一本だけAVに出たことがあるの。」
「企画女優ってことですか?」
「うん……。あたし、事情があって大学は実家から遠い所を選んだんだけど、その大学の時に付き合ってた彼氏がさ、借金作って逃げたの。そこから風俗行くのもホステスになるのも嫌だったから、一気に借金を返せる額がもらえるって、そういうことをしたわ。」
 そういう事情があったのか。つくづく男運の悪い女だ。
「それを知られたから、編集長が別れを切り出したと?」
「それしかなくって……しかもさ、あのメーカーとは二本出る契約をしてたの。でも……結局ビビっちゃって。お金は半額返して、借金はホステスして返したけどさ……。結局あたし、中途半端に仕事から逃げ出したんだよね。そういうの編集長嫌がるから。」
 理解できなくはない。AVは気持ちいいことをして、大金がもらえる良い職業だと思うかもしれないが、実際は違う。
 がんがんにライトが当たるベッドで、数人の好奇の目にさらされながらセックスをするのだ。それも、ある程度の個性がないと生き残れない。個性とはつまり、胸が大きいだけではなく濡れやすい、感じやすい、それが出来なければ、何人もの男優と絡まないといけない、SMのようなことをしないといけない。
「……明神さん。編集長はそんなことでは別れを切り出さないと思いますよ。」
「え?」
「こういう世界にいた方ですから、一度AVに出演したからと言って引いてしまうようなことはないと思います。どこか違うところに理由があったのでしょう。」
「違うところ?」
「それは本人ではないとわかりませんが……。」
 煙草を消して、清子は香子をみる。そしてついに口を開いた。
「明神さん。私もあなたに聞きたいことがあるのですが。」
「え?何かしら。」
 すると清子は携帯電話を取り出して、ウェブを開く。
「このサイトを知っていますか。」

 香子たちがいる部屋の隣では、晶が煙草を消して史をみる。史の表情は変わらない。
「……なぁ。何で明神と別れたんだよ。」
 すると史は少し笑っていった。本当の事は言えない。
「別に理由はないよ。ただ、違うなって思っただけ。」
「そんな理由で別れるのは、明神にとっても辛いだろうな。」
 お互いの家に行って食事を一緒に作ったり、普通にデートをしたり、セックスだって悪くない。従順でやることを拒むこともなく、最初にしたときよりもどんどん開発されるのは、男だったらたまらないだろう。
 だがそんな問題ではない。
 付き合って欲しいと言われて、素直に受けた。付き合えば感情も出てくるかと思ったが、同僚であるという枠から解き放てない自分が悪かったと今は思える。
「君は、愛とはどうして付き合ってるんだ。」
「……別に。体の相性も良いし、好きだと思ったから。」
「清子の代わりに?」
「……それは否定しない。あの姿勢はよく似てるし。」
 仕事となれば手段を選ばない姿勢は、愛も清子もよく似ている。
「君も愛に失礼なことをしているな。」
「知り合いだっけ。愛とは。」
「あぁ。昔色々あってね。」
「ったく……ここでも竿姉妹かよ。」
 晶は呆れたようにその焼酎を飲んでいた。
「違うね。愛とセックスをしたことはないな。ただ……。」
「何だよ。」
「今の恋人に言えるようなことじゃないってことだ。」
 愛に初めて会ったのは、二年前ほどだったかもしれない。
 おそらく愛はあのときヨーロッパから帰ってきたときだった。史もこのときくらいから「pink倶楽部」の編集長に抜擢された時期で、中途採用でなおかつキャリアも三年くらいしかたっていない若者に、編集長をさせる上の考え方がわからないと、陰口を叩かれていた。
 自分でもそう思う。三十代になったばかりで、編集長になれたのはAV業界に顔が利くからだと期待されているからだろうし、部数が下降気味でお荷物だった「pink倶楽部」は廃刊寸前だった。
 そこに史を添えて「pink倶楽部」を廃刊にすれば、史をこの出版社から追い出す良い口実になると思っていたのかもしれない。
 いらいらしながら、史は一人であのイタリアンレストランへ行き悶々とした日々を送っていた。そのとき同じように悶々としていたのが愛だった。
 ずいぶん存在感のある愛に気後れしながらも、二度、三度、そこで会うと顔見知りになる。
 だが誓って言うが、史は愛とセックスどころかキスすらしたことはない。
 愛が迫ってきたこともあったが、史はきっぱりとそれを断っている。史は追われるのを嫌っていたし、本来気持ちのない女性とセックスやキスをしたくないと思っていた。
 だから夕べ、あんなに清子を求めたのは本当に清子を想っていたから。欲しいと思ったから。
 この向かいで酒を飲んでいる男なんかに渡したくない。
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