不完全な人達

神崎

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二人の夜

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 他愛もない話しかしていないように聞こえる。そう思いながら史はビールを飲んでいた。そしてその向かいには同じような表情の晶がいる。
「つけようぜ。」
 そういっては行っていった居酒屋の隣の部屋に席を取ったが、薄いついたては天井まで繋がっていないので、香子が中心に話をしているようで清子はそれに答えているだけに聞こえる。それも聞いたことをうん、うんとうなずいているらしくそれを見て、香子が自分で解釈して納得している。
「これでライターかね。」
「明神さんはライターじゃなくて編集だ。本業じゃないからな。」
 しかし香子はその豊満な肉体を武器に、よくAVの監督や女優にまで良く話を合わせて、同じような雑誌ではあまり聞かれない話も良く聞いてきている。それは評価が出来るところだ。
「あんた、明神さんって呼んでなかった時期もあるんだろ?」
 焼酎のロックに変えた晶は、史にそう聞く。
「あぁ。あったな。一ヶ月無かったくらいだったが。」
「あの二人は竿姉妹か。」
 その言葉が下品だとわかっていても史は表情を変えない。
「俺らは穴兄弟だろう?」
 こう返されるとは思ってなかった。晶は不機嫌そうに焼酎を口に入れる。芋の香りのする焼酎だ。癖があるがこれが好きだった。
「清子はあれを聞きたいんだろ?」
「あぁ。動画の件か。」
「あんたも知ってたのか。」
 史は同じ焼酎をお湯割りで飲んでいる。夕べも酒を飲んだが、焼酎は焼酎で良さがあると思っていた。
「昨日熱心に聞いていたからな。」
「誰に?」
「昔の知り合いだ。」
「あんたの知り合いって……男優の事務所?」
「あぁ。そこのホームページを担当している男が、セキュリティを管理している。結構しっかりしているらしくて、話を聞いてみたいと言っていたから紹介した。」
 その流れで食事でもしてホテルへ行った。という感じであれば、ただ単に清子は流されてセックスをしたのだろう。そんな軽い女だったのか。十年もセックスをしていない割には貞操が軽い気がする。
「待てよ。男か?」
「あぁ。事務所の社長の息子らしい。凄く頭が切れるヤツだ。その上、ハーフで男前。」
「あんた以上に?」
「俺くらいなのはごろごろいるのが男優だ。」
 こんな男前がごろごろいたら大変だろう。そう思いながら、目の前のもろきゅうに箸をのばす。
「男優か?そいつも。」
「いいや。女が苦手らしい。だから清子とも仕事の話しかしてなかったようだな。俺も社長とは仕事の話しかしてない。そうだ。久住。今度、花柳翼のオファーを取るから写真を撮ってきてくれ。」
「へぇ……あんな人気者の写真を撮るなんてな。ちょっと前のあんたによく似てるよ。」
「言うほど似てないと思うんだがな。さてと……。」
「どこ行くんだ。」
「トイレ。」
 そういって史は席を立った。そして清子たちに気づかれないように、そっとトイレへ向かう。
 用を足して、部屋に戻ろうとしたときだった。
「あ……。」
 トイレに行こうとした女性が足を止める。
「ん?」
「昌樹さんですよね。男優の……。」
 すると史は少し照れたように笑い、頭を少し下げる。
「元、だけどね。」
「わぁ。お会いできるなんて嬉しい。握手して下さい。」
 OL風の女性は、そういって史の手を握る。正木というのは本名の名字だったが、珍しい名字だったのでこの名字だけで男優の活動をしていた。もちろん字は変えてあり、男優名は「昌樹」と名乗っていた。
 引退して九年。だが未だにこうやって声をかけられることは少なくない。それが悪いとは思えないが、正直複雑だった。この女も自分の映像から史の体の隅々まで知っているという事実は、変えられない。
「コラムも読んでます。面白くって……。」
「ありがとう。」
「誰かと飲みに来ているんですか?」
「同僚とね。今はサラリーマンだし、早く帰らないと。」
 早く戻らないと、清子たちが重要な話をしているかもしれない。だから急かすように女にそういった。だが女は引き下がらない。
「あたしも同僚とのみに来てるんです。良かったら一緒に飲みませんか。」
「いいや。仕事のことも話をしたいから、遠慮しておくよ。じゃあね。」
 やんわりと断り、史は自分のいた部屋に戻ろうとした。そのときだった。自分の部屋の隣から、見覚えのある男が出てくる。金色の癖のある髪。背は高く、手足の長い男だ。
「……。」
 男も史に気が付いて、声をかける。
「あ……っと……昨日会った……誰だっけ。」
「正木です。」
「あぁ。そんな名前だった。」
 慎吾は清子にしか興味がなかった。だから史のことを覚えているわけがない。慎吾は頭をかいて、史に近づく。
「清子は?」
「今日はいないよ。」
「恋人ってのは四六時中一緒にいるもんかと思ったけどな。」
「そんなことはないよ。俺には俺の都合もあるし、彼女には彼女の都合があるだろう。」
 あえて否定はしなかった。清子はまだ「恋人」だと認めているわけではないのに。
「ふーん。」
 すると自分のいた部屋から、晶が顔を出した。
「編集長。そこでグダグダしゃべってると気づかれる。」
「あぁ。そうだな。悪い。」
 急いで自分の部屋に行こうとした史に、慎吾は声をかける。
「なんか聞いてんのか?」
「……ちょっとな。」
 そのとき清子たちのいる部屋ののれんがわずかに動いた。まずい、出てくるのではないだろうか。清子なら良いかもしれないが、香子はまずい。
 そう思いながら、史は部屋に戻ろうとした。その後ろ姿を見て、慎吾はため息を付く。こんなにこそこそしないといけないような仕事なのかと。
 いなくなった廊下に出てきたのは、茶色の髪を綺麗に巻いたまるでAV女優のような女。この女の話を聞いているのだろうか。
「ん?」
 この女どこかで見たことがある。慎吾は首を傾げて女を見ていた。
「あ……トイレどこだっけ。」
 そういって女はきょろきょろと周りを見渡している。
 そうだ。この女は、前にウェブ上でちょっと話題になっていた女だ。何年か前にリリースされた評判のいいAVが無修正で一部が流れていると。そうか。AV女優だったのか。こそこそこういう女の話を聞いているのも大変だな。そう思いながら、慎吾はトイレに向かっていこうとした。そのときだった。
「すいません。トイレどこですか?」
 香子の方から慎吾に声をかける。
「そっちです。」
「ありがとう。」
 近寄ると香水の匂いがした。慎吾の嫌いな匂いに少し眉をひそめる。
「あんた。」
 慎吾も同じ方向へ向かおうとしていたので、自然と声をかけることが出来た。
「はい?」
「もうAV出ないのか?」
 その言葉に香子は走るようにトイレに逃げ込んだ。
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