不完全な人達

神崎

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二人の夜

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 手を捕まれてやってきたのは、オフィスの隣にある倉庫だった。晶はその手を思いっきり引っ張り、奥にある壁に思いっきり体をぶつけてしまう。
「いった……。」
 頭をぶつけなかっただけましだ。清子はそう思いながら、ずれた眼鏡をかけ直すと、振り返った。思ったよりも近くに晶がいる。清子は強気に晶を見上げる。
「何なんですか。久住さん。」
 晶は何も言わずにまた清子に近づいた。そして胸ぐらに手をかける。窮屈だからと一番上のボタンだけははずしていたブラウスの襟刳りをずらされると、そこには小さな赤い打ち身のようなものがあった。やはり昨日史と会っていたのだ。こんな跡が付くくらい情熱的に求め合ったのだろう。奥歯がぎりっと音を立てる。
「何回したんだ。」
「え?」
「編集長としたんだろ?何回したんだって聞いてんだよ。」
 その言葉に清子はぐっと黙り、その手を振り払った。
「久住さんには関係ないです。」
「俺とやってそれからしてねぇって聞いた。お前、処女みたいなもんだろ?編集長は男優してたし経験は豊富だ。何回も出来るだろうしお前みたいな感じやすい女は、何度だってイかされるだろ?」
「そんなことをここで言う必要はないでしょう?」
「あるね。そんな跡を付けたまま目の前をちらちら歩かれてたら、仕事に影響があるかもしれねぇし。」
 ムキになっている。それだけ悔しかったのかもしれない。
「……何度も言いますが、ここで言う必要はない。外で聞き耳立ててる人にも私が誰とセックスしようが関係ないでしょう。」
 その言葉に晶は舌打ちをする。あれだけ騒いで清子を連れてきたのだ。痴情のもつれだと噂するのは必然だろう。
「だったら……今夜、お前の所に行く。そこでわけを話せよ。」
「やです。話す必要はないでしょう?」
「お前……。」
「昔、あなたと何かあったのかもしれない。だけど、それはあくまで昔。今の恋人を大切にしてあげて下さい。」
 そういって清子は晶の横を通って、オフィスに戻ろうとした。
「おい。」
「もう話す必要はないでしょう?」
 そういって清子はドアを開けると、そこには数人の社員がいた。どうやら本当に聞き耳を立てていたらしい。
「……あー。インクがさぁ……。」
「ブラックなら、昼に総務課から来るそうです。」
「そう……ありがとう。」
 そういって社員たちはオフィスに戻っていく。清子はそれを見て少しため息を付いた。だから人間は面倒くさい。

 定時になり、清子は荷物をまとめる。どうやら夕べは普段使わない筋肉を使ったせいか、体がバキバキだ。こういう日はゆっくり風呂にでも浸かりたい。そう思いながら、バッグを手に持つ。そのときふと夕べのことを思い出した。
 そういえば夕べも風呂には入ったのだ。だがゆっくりするというにはあまりにもかけ離れている。
 ふとデスクの上にあった「pink倶楽部」のバックナンバーを目にした。そこには特集で、この国の主たる歓楽街にある風俗店の紹介をしていた。ソープランドというのは知識ではあるが、こんなに疲れる風呂を毎日しているのだろうか。だとしたら、肉体労働とあまり変わらない。
 そのとき香子が清子に近づいてきた。
「徳成さん。昨日さ、飲みに行くって話してたでしょう?」
「そうですね。いつが良いですか?」
「今日とかでもいい?」
「これからですか?そうですね……。」
 ちらっと史の方をみる。すると史もそれに気が付いたのか、わずかにうなづいた。
「わかりました。今日は予定がないので、行きましょう。」
「相談したいことがあるし。」
「私にですか?相談できることがありますかね。」
 男に関してのアドバイスは全く期待できない。とすると、パソコン関係か、ウェブの関係か。もしかしたら香子もそれを知っているのかもしれない。だとしたら話が早いのだが。
「何?二人で飲みに行くの?」
 史も荷物を片づけて、バッグを持っていた。
「女同士で話したいんです。」
「二人で上司の愚痴?」
「やだ。そんなんじゃないですよ。」
 香子はそういって笑っていた。こうしてみると普通に見える。だが清子は今日の香子は少し違って見えた。時折暗い顔をして、うつむいている気がしていたのだ。
「飲みに行くの?俺も行きたい。」
 晶もそういって話に加わってきた。
「女同士だって。」
「男の相談は徳成には出来ないだろ?」
 晶はそういってからかうと、清子は少し笑った。夕べは初めてすることばかりだった。新鮮でエスコートしてもらえるのが、普通の女性だったらうっとりするような事ばかりだったかもしれない。唯一初めてではなかったのはセックスくらいだろう。しかしまだこれがいい思い出になるかはわからない。

 半個室の居酒屋で、のれんだけが下がっている。そこに香子と清子は向かい合って座った。
「何を飲む?」
「生で。」
「前もビールだったのに良く太らないよね。」
「仕事が終わったら自宅で飲むこともありますから。」
「あたし、家では飲まないもんな。食べ物は?」
「厚焼き卵と豆腐のサラダを。」
「良いねぇ。揚げ物は?」
「それはまたあとで。」
 店員に注文を伝えると、改めて清子は出されたおしぼりで手を拭いた。そして香子を見ると、やはり自分とは正反対に見える。茶色の髪は綺麗に巻かれて、ピンク色のマニキュアにはビーズだかスパンコールだかのようなものがついている。仕事がしにくくないのだろうか。
「ネイル。いつも綺麗ですね。」
「うん。友達がネイルサロンしててね、良く実験台にされるんだ。徳成さんは爪が短いね。」
「ちょっと神経質かもしれないんですけど、白いところが見えるのが嫌なんです。こう……爪にゴミが溜まりそうで。」
「わかる。あれっていらっとするよね。化粧は?」
「眉毛を書くくらいですね。マスカラは苦手で。」
「そう。でも徳成さんって綺麗に化粧したら化けそう。ねぇ。十月にさ、謝恩会があるの知ってる?」
「あぁ。社員さんの慰労会みたいなものですか。社員旅行がない代わりに、そういったものをすると聞いてます。」
「そのとき一緒にドレスを見たいな。レンタルだったら安いよ。」
「派遣でも呼ばれるんですか?」
「いつもは呼ばれてたよ。そのときは一緒に選んであげる。」
 そのとき店員が声をかけて、ビールとピンク色のカクテルを持ってきた。突き出しは、冷や奴のようだ。
「徳成さんっていくつだっけ。」
「二十五です。」
「三つしかかわらないのね。」
 三年しか生まれた歳は変わらないのに、どうしてこうも違うのだろうか。
 史と香子はつきあっていたという。本来、史はこういう人を選ぶのではないのだろうか。決して鶏ガラのような体を好んでいるとは思えない。
 なのにどうして夕べはあんなに抱いたのだろう。昼間に何回されたと晶に聞かれて、少なからず動揺したのはそういうコンプレックスからだったのかもしれない。
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