不完全な人達

神崎

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同族

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 小学生の頃、史は剣道の道場に通っていた。放課後の十六時から十九時まで、決まった時間に練習をするのだ。
 だがあの日、たまたまその道場へ行くとコーチの都合で今日の練習は休みになっていた。防具や竹刀を手に史は自分の住む団地へ帰ってくると、そこにはリビングで母が父ではない見覚えのない男と一緒にいるところを見てしまった。
 見たことのない母の表情と、半裸の体と、男のそれが母と繋がっているところと、史はいけないと思いながらもそこから目を離すことは出来なかった。
 そのときのことを少し思い出す。
 藪の中に隠れて暗がりの中、男が女のシャツの下から手を入れているようだった。
「ん……。」
「あまり声を上げるなよ。誰か来ちまう。」
 もういるのだけど。史はそう思いながら、肩に手をおいている清子を見下ろした。清子はそれをじっと見ているが、表情は変わらない。
「あっ。そんなに引っ張らないで……。」
「感じてるのか?ん?こんな外で、誰かから見られてるかもしれないって思って興奮してんのか。」
 シャツをまくり上げられて、男はその乳首を引っ張り上げた。嫌らしい手つきで胸を揉んでいる。
「結構胸があるね。」
「……もう行きましょう。こんなところにいても無駄ですから。」
「そういわないで。ほら……スカートの中に手が入ってる。」
 ここからでもはっきり聞こえるくらい水の音がする。誰かに見られているかもしれないという羞恥心と、野外でこんなことをしているという罪悪感が女を濡らしているのだ。
「んあっ……。」
「すごいな。ほら。ぐっちょぐちょ。やらしい女。」
 困ったように清子は史を見上げる。すると史もふとそれに気がついて、清子を見下ろした。
「……編集長……あの……。」
「ん?」
「いいえ……何でも……。」
 清子は視線をはずして、史の向こう側をみようとした。するとそこにも人の吐息が聞こえる。どうやら他にも人がいるらしい。
「AVとは違って、モザイクもないからね。ほら……もう下着がないようだ。」
 指を入れられて、スカートをあげられたまま指が入っている。それを出し入れされて、ますます卑猥な音がしていた。と同時に、向こう側の人の吐息も荒くなっている気がする。
 そのとき、史は清子の肩をぐっと引き寄せた。その行動に、清子は驚いたように史を見上げる。
「あの……。」
「黙って。気づかれるよ。」
 少しうつむいた。だが史はその顔をのぞき込むように見ている。やがて視線が合い、ゆっくりと史が清子の顔に近づいてくる。
「……やです。こんなところで……。」
 清子はそういってその体に手をかける。
「誰も見てないよ。」
 相変わらず女があえぐ声が聞こえる。だがもう耳に入ってこない。目の前にこんなにいい女がいるのだ。そんな女が目にはいるだろうか。
「清子。好き。」
「違いますから……。」
「嘘じゃない。本音。清子……。」
 近づこうとした。だがその顔に手をかける。
「や……。」
 その置かれた手に手を重ねて、引き離す。そしてそのうつむいている唇に、唇を重ねた。ふっとアルコールの匂いがする。
「……ん……。やめ……。」
 史は強引に清子を抱き寄せると、また唇を重ねてきた。舌で唇を割り、夢中で唇を重ねた。
「ん……。ん……。」
 唇を離して、史は熱っぽく清子を見る。そして抱きしめようと手をかけたときだった。
 ぱすっという音がして、セックスをしていた男女がこちらを見た。しまった。傘が倒れてしまったらしい。その傘を手にすると、史は清子の手を引いて、その場から逃げるように去っていった。

 走って公園の外に出ると、史は思わず笑ってしまった。
「……ばれると思ってなかったのにな。」
 あくまで爽やかだ。誰がこの状態でのぞきをしてきたなどと思うだろう。
「……編集長。いつもこんなことを?」
「のぞきなんかする訳ないよ。でもこの公園は夜になったらあぁいう輩が多くなるってのは聞いたことがあるし、久住はそれを撮影に行ったことがあるしね。」
「素人を?」
「そんな訳ないよ。仕込みをしている。」
 さっき繋がれていた手を離す気はないらしい。だが離さなければいけない。清子はその手をふりほどこうとしていた。だがふりほどこうとすればするほど、史は手を離そうとしない。
「遅くなったね。電車はあるかな。」
「たぶんありますね。十二時近くまであったはずだから……。」
「……。」
 このまま帰す気はない。キスは出来たのだ。その次もしたい。
「清子。このまま帰る気なのかな。」
「え?」
「俺は帰す気はないよ。」
 清子はうつむいてそして史を見上げる。
「あの……編集長。私はそんな気はなくて……。」
「駄目。帰さない。ずっと我慢してたんだ。君が好きだってことも、久住と何かあったことも、全て、我慢してた。でも無理。今夜は離す気はない。」
 その言葉にぞっとした。だが清子は強気に首を横に振る。
「やです。帰りたい。」
「だったら君の部屋にいく。」
「イヤです。」
 あのキスだけで酔いが醒めてしまったのだろうか。
「じゃあ、ホテルに行く?近くにあるし。」
「行きません。」
 本音じゃない。唇を重ねたとき、清子だってそれに応えていたのだ。心底イヤなわけではないのだろう。
「編集長。私でなくても、違う方からも言い寄られているでしょう?その方を誘った方が……。」
「俺は君がいい。と言うか……君じゃないといけない。こんなに好きになったのは久しぶりだから。」
 清子の手が震えている。迷っているのかもしれない。
「……。」
「清子。来て欲しい。君が人を拒否しているのはわかる。だけど、それを払拭させたい。」
「駄目です。私は……一人で……。」
「一人なんて言わせない。」
 史はそういって清子を引き寄せた。そしてその体を抱きしめる。
「や……。」
「来て。」
 道行く人たちが、二人を見て高い口笛を吹く。それだけ見られているのだろう。
「やめてください。こんな目立つところで……。」
「だったら来て。」
 そういって体を離す。すると清子は諦めたように言った。
「……わかりました。でも……私は……編集長に気持ちが今のところないです。」
「振り向かせる。」
「すごい自信ですね。」
 すると史は少し笑って、清子の手を引いて駅の方へ向かう。
「昔はこういうことばかりしていたからね。こんなに強情なお嬢さんは初めてだけど。」
 手は握っても握り帰されることはない。だがきっとこの後は握り返してくれる。なぜならさっきのキスだって、応えてくれたのだから。だったら少しは清子も気があるに違いない。その希望はあった。
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