不完全な人達

神崎

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同族

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 食前酒と言って赤でも白でもない、ピンク色のワインを清子は不思議そうに見ていた。口に入れるとほんのり甘く、ジュースのようだと思う。
「甘い。」
「食前酒だからね。甘いモノはあまり好きじゃないのかな。」
 史はそう言ってそのワインを口に入れる。
「別に苦手ではないです。食べたいと思えば、ケーキを食べることもありますし。」
 ふと思い出した。祖母がまだ元気だった頃、祖母は海女をしながら昼間はスーパーの総菜コーナーで働いていたのだが、たまに清子のためと買い物ついでにふわっとした黒糖で出来たサツマイモが入った蒸しパンを買ってくることがあった。
 それが唯一の甘いお菓子だった。好きでも嫌いでもなかったが、祖母の心遣いが嬉しかったのを思い出す。
「デザートも美味しいんだ。」
「そのようですね。」
 メニューにはデザートの写真もある。それは生クリームの添えられたティラミスや、シブーストがある。イタリア料理の店のようだが、フランス菓子があるのはその辺にこだわりがないのだろう。
「で……慎吾さんは明神さんの件をどういっていた?」
 その話題を聞きたかったのだろう。あの会社の場では史は美夏と男優の話をしていたし、清子はずっと慎吾とウェブ関係のことを相談していた。お互いがほとんどお互いの話を聞いていなかったのだ。
「AVに出るとき、おそらく大きな会社であれば契約書を書いているはずだと。」
「契約書?あぁ。あの会社では契約するときかならず書いているね。」
「そこに使用をされたときは、使用料としてある程度の額が会社に入り、その何パーセントは本人に渡ると。その期間は、著作権の通りです。それを契約させているみたいですね。」
「死後七十年。」
「なので、もし使用を会社が許可しているならば、会社にも何らかの額が入っていると思われます。現在、編集長の動画が無料動画で流されているモノは慎吾さんが見つけ次第、管理者にそれを警告しています。」
「……その通りだよ。微々たるモノだけど、俺にもその金額は支払われている。」
「人気があるようでしたからね。」
「芸能人じゃないんだけど。」
「同じようなものです。」
 だから自分なんかを見ることはない。清子はそう言って突っぱねているが、史はそう思わないらしい。ワインをぐっと飲むと、料理を運んできた一子が驚いたように見る。
「お嬢さん。そんなにぐいっと飲むものではないわ。」
「……そうなんですか?」
「度数は日本酒と変わらないけれど、甘いからつい飲み過ぎることもあるし……。それに、ワインは飲み慣れていないのでしょう?」
「そうですね。」
「普段飲み慣れないモノは、お酒に強くてもすぐ酔ってしまうこともあるのよ。」
「……はぁ……。」
「史さん。グラスワインにしておく?」
「……そうだね。そうしてくれるかな。」
 酒を飲んでも顔色が変わらない清子を、少しでも変えたい。そう思って連れてきたのに、当てが外れそうだ。史は心の中で舌打ちをした。
「今度……明神さんと食事をする約束をしました。」
「個人的に?」
「はい。この動画の件もどう思っているのかも知りたいし……。もしかしたら余計なお世話をしているのかもしれないのですから。」
「そんなことはないと思うよ。俺だって、自分の動画がただでみれるようにしてあるのは気分が良くないと思ってる。それに一度しか出ていないのだったら、なおさら気分は良くないと思うよ。」
「……そうですか。」
「徳成さん。その場に俺がいてもいいだろうか。」
「編集長が?」
「もしも明神さんがこの件に関して軽く考えているなら大間違いだと思うし、会社にも関わることだ。」
「そうですね……。そちらの方が良いかもしれませんね。」
 そうすれば香子も安心して話を聞けるかもしれない。そのあと二人が元の鞘に戻ってくれればいい。自分ではなく別の人に。

 結局デザートまでは手が伸びなかったが、ワインは普通の人の二、三倍は飲んでいたように思える。一子は呆れたようにボトルで飲んだ方が安かったかもと言っていたが、史は少し笑いながらそれだけの価値はあったと言っていた。
 こんな酒の量で酔うことはなかったが、あまりワインは飲み慣れていない。家に帰ればビールか、たまに自分へのご褒美として買う少し高めの焼酎や日本酒を飲むくらいだ。清子は自分の頬に手を当ててみると、少し熱い気がした。おそらく酔っているのだろう。
 携帯電話で時間を見ると、まだ電車は出ている時間だ。雨もあがっているし、このまま帰ろうと公園の方へ足を向けた。
「徳成さん。」
「はい。」
「少し歩く?結構顔が赤いよ。」
 思っているよりも頬が赤いのかもしれない。鏡を見たわけではないのでわからなかったが、他人から見るとそうなのかもしれない。
「赤いですか?」
「うん。色っぽいね。」
「編集長も酔ってますね。」
 顔は少し赤いが、やはりあのワインだけでは思ったよりも酔っていない。酔って何かしようという考えは、やはり清子には通用しない。しかしやはり清子も酔っているに違いない。顔色だけでは無く饒舌なのだから。
 公園にやってくると、恋人たちが寄り添いながら歩いているのを見た。自分たちもそう見えればいいと思っていたが、その距離は縮まることはない。
 そのとき清子の足が少し止まった。公園の道路には街灯があり明るいが、街路樹の奥の藪には光が届かない。そこに何かが動いた気がしたのだ。
「猫?」
 猫が盛っているような声だ。夏だがそんなのがいるのかと気になったのかもしれない。
 そのとき史は清子の肩に触れて、耳元で囁いた。
「のぞきしてみる?」
「犯罪ですよ。」
 清子はそう言ってその手を振り払った。
「大丈夫だよ。男と女二人でそう見つかることはないし、本当だったらこんなところでしているのが、犯罪なんだから。」
「……。」
「気になるんだろ?」
「「pink倶楽部」でそういった写真を見ましたが……本当にしていると思わなかったです。だからいるんだと思っただけですから。」
「どこまでしているのか、俺も気になる。」
「変態ですか。」
「男だからね。」
 再び肩に手をおいて、その藪の方へ足を進めようとした。だが清子の視線は呆れているように見える。だがその視線もなぜか嬉しい。どんな形でも良いから、清子と一緒にいたかった。その一心だった。
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