不完全な人達

神崎

文字の大きさ
上 下
35 / 289
同族

34

しおりを挟む
 修正を終えて、清子はその画像を史に見せる。すると文は少し笑って言う。
「いいね。袋とじはコレでいこう。」
 画像の編集は気を使う。文章もまた気を使うのだろうが、エロ本の大半は文章よりも写真を重視する。かといって見せすぎると良くない。モザイクがありすぎるのも良くないのだ。
「あぁ、徳成さん。例の件だけど。」
「はい。」
 史のいた事務所に話を聞きにいくのだ。史の昔のつてで話を付けてくれた。もちろんそれに史も着いてくる。
 史は正直気乗りはしていない。だが二人でどこかへ行くというだけで、浮かれてしまう。多少の心苦しさは仕方ないだろう。
「コレでどうだろうか。」
 史はメモ紙を一枚折り畳むと、清子に手渡した。清子はそれを見てゆっくりとうなづく。
「わかりました。」
 堂々と二人で出かけるとは言えない。以前二人で飲みに行っただけでも噂になり、清子は一時肩身が狭かったのだ。だから知られるわけにはいかない。
 だからこそっとメモ紙に事務所近くのカフェを指定した。そこで待ち合わせをしていくのだ。
 こっそりデートをするようで、嬉しかった。
 その様子を香子は見ながら、少しため息を付く。

 史が指定したのは、この町とは少し離れている街だった。若者の街で、清子はそこへ行ったことはない。だが史がいた事務所を調べると本社はその街にあるらしい。
 清子はもらったメモ紙のカフェを、トイレから帰るときに調べてみた。通り沿いにあり、割とわかりやすいかもしれない。そのとき、向かいから香子が歩いてきた。
「徳成さん。」
「はい。」
「……帰るなら、ついでに倉庫からプリンターのインク持って行ってくれる?ブラックが切れそうなの。」
「わかりました。」
 プリンターはあまり使うことがないので、部署に大型のモノが二台あるだけだ。そのうちのインクが切れそうなのだろう。
 だがそんなことを言いたいのではない。史と何かあったのだろう。そう聞きたいのに、何も言わせない。
「……あのさ……。」
 もう行こうとした清子に香子は話しかける。
「どうしました?」
「編集長と何かあった?」
「何かとは?」
 表情が変わらない。だが清子は普段からあまり表情を変えない人だ。何かあっても表情に出ないだろう。
「あぁ……そうだった。明神さんにも話があったんです。」
「あたしに?」
「今度時間をとれませんか。すぐに終わりますから。」
「いいわ。今日、二人で飲みに行く?」
「今日は予定があって……。」
 史とどこかへ行くのか。そう思うと拳に力が入る。
「じゃあ、今度ね。」
「わかりました。」
 清子はそう言ってその場を離れる。そして課の横にある倉庫の扉を開いて入っていく。それを見て、香子はトイレへ行こうとした。そのとき、倉庫の扉が開く音を聞いた。振り向くとそこに入っていったのは史だった。
「……。」
 密室で二人きり。使い古されたAVのようだ。だが清子相手では何も起きない。そう思いたいのに、その扉を開ける勇気もないのだ。

 脚立を使ってプリンターのインクを探していると、どうやらここにもインクがないようだ。黒のインクはすぐ切れるので、箱で在庫を切らさないように一番上の棚においているのだがそれもない。清子は少しため息を付いて、総務課に連絡をしようと思いながら脚立を降りようとした。
 そのとき倉庫の扉が開いた音がして振り向く。そこには史の姿があった。
「徳成さん、いたんだ。」
「えぇ。プリンターのインクがないとか。」
「俺も持ってこようと思ってた。」
「でも在庫もないですね。総務課に連絡をしないと。」
 脚立に上がっている足が生々しい。そこに触れたくなるが、そこで触れたら大騒ぎになるだろう。それより以前に清子がそれを望んでいない。
 だがそこにも用事がある。史はその下から清子に声をかけた。
「そこにPPC用紙ある?」
 その言葉に清子は折りかけた脚立をまた上がり、再び棚の上を見る。そこには束になった用紙が二つあった。
「それはあと二つありますね。」
「一つ持ってきてくれないか。」
「はい。」
 用紙の束を清子は手にすると、今度こそ脚立を降りた。そして史に手渡す。
「用紙も発注しないとな。」
「ボードに書いておかないと。」
 必要な消耗品は、気が付いた人がボードに書く。それを発注したら消していくのだ。届いたら、納品書がボードに貼られることになる。それを見ながら、無駄な在庫を抱えないようにしているのだ。
「在庫が切れそうになったら発注するように言っているんだけどな。インクの黒なんて、すぐ無くなるから。」
「そうですね。」
 倉庫は狭い。だから脚立を片づける清子との距離が近い気がする。思わずその腰に触れたくなった。だが自分を押さえないといけない。
 そのとき前に一緒になったバスのことを思い出す。あのときも距離が近かったので引き寄せたいと思っていたが、うまく自分を押さえれていた気がする。
 だが今は駄目だ。明との距離が近い気がする。それが許せない。
「徳成さん。」
 不意に声をかけられて、清子は振り向いた。
「はい。」
「……今日の待ち合わせの場所わかる?」
「さっき調べました。見つけやすそうなので、良かったです。」
 だが無難なことしか言えない。それが悔しかった。
「良い店なんだ。コーヒーも美味しいし。コーヒー好きなんだろう?いつも飲んでる。」
 よく見てるな。清子はそう思いながら、脚立をしまう。
「えぇ。家ではインスタントで十分だと思うんですけど、やはり丁寧に入れると美味しいですね。豆の種類なんかはよくわからないけど。」
 その言葉に史は少し笑った。清子らしい言葉だ。
「葵さんの店もいい店だっただろう?でもあそこもやはりもうすぐ閉店するらしいよ。」
「そうですか。閉店する前に一度行っておきたいモノですね。」
「だったら今度……。」
「一人で行きます。昼間だったら行けないこともないと思うので。」
 突っぱねているように見える。自分との距離を取るようにしているように見えて、やるせなくなった。
「いいや。一緒に行こう。二人だったから何ともなかったけど、年頃の女性が一人で行くようなところじゃないしね。」
「歳はそうでも私には欲情しませんよ。」
 清子はそう言って、史の横を通って倉庫を出ていこうとした。そのとき、腕が後ろから回される。それは史の腕だった。両腕が体を後ろから包み込むように回されて、用紙が床に落ちた音がする。
「徳成さん……イヤ……清子。」
「やめてください。」
 清子は冷たくそう言うと、その腕を振りきって倉庫の扉を開ける。
 抱きしめたのは一瞬だった。なのにその感触が倉庫を出てもリアルに感じられる。
「あれ?編集長。用紙を取りに行ったんじゃないんですか?」
 清子はいつものように自分のデスクに戻り、部下にそう言われた史は少し苦笑いをしてまたオフィスを出ていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...