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同族
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休憩時間になり、晶は急いで一階に降りる。早めに来ていて良かった。すぐにエレベーターに乗ることが出来たから。
一階に付くと、ゲートをくぐる。するとカフェの喫煙席から、清子と我孫子が出てきた。清子の表情は少し晴れていたような気がする。その表情をこの間見た。そうだ。あの表情は香子のごたごたがあったとき、電話をして切ったときの表情だった。
「……お前昼は食わないって言ってたけど、この暑さだし何か口に入れた方がいいんじゃないのか。」
「そうですね。同じ事を同僚にも言われました。だから補助食品だけは口に入れとこうと思って。」
「そんなんで足りるか。」
清子の頭を撫でて、笑っている。その顔がさらに晶をいらつかせた。
「またいつでも連絡入れろよ。」
「お世話になりました。」
頭から手を離して玄関へ向かおうとする我孫子は、こちらを見てにらんでいる男がいるのに気が付いた。それを見て少し笑う。
「徳成。」
もう行こうとしていたのに、急に声をかけられて清子は不思議そうに我孫子をみる。
「どうしました?」
「彼氏がやきもきしてるぞ。」
我孫子の視線の先には晶がいる。すると清子は少し笑って我孫子に抗議する。
「彼氏じゃないです。同僚ですよ。」
「ふーん。」
我孫子は怒っているような晶の元へいくと、笑いながら手を差し出す。
「何?」
「初めましてかな。我孫子だ。」
手を差し出されたという事は、握手をしろと言うことだろうか。気持ち的にはしたくないが、差し出されたのを拒否するわけにもいかない。晶は手を差し出して、その手を握る。あまりごつごつした手ではないようだ。
「久住です。清子と同じ職場でカメラマンです。」
「カメラ……へぇ……。だからか。徳成。」
二人に近づいた清子は不思議そうに我孫子をみる。
「何ですか?」
「例のヤツ、こいつが撮ったのか?」
「さぁ……どうなんですかね。久住さんが入社していた時期かわからないんですけど。」
清子は不思議そうに晶を見ていた。
「……何の話だよ。清子。」
「徳成です。ここは職場ですよ。久住さん。」
清子は冷たくそういうと、我孫子はたまらずに笑い出した。
「何だよ。つめてぇな、徳成。」
「冷たいも何も、普通の事じゃないですか。」
「……そうだけどさ。久住さん。あんた、ここいつ入社?」
「……あんたに何で言わないといけないんですか。」
挑発的に晶はいうと、さらに我孫子は笑い出す。その笑い声に食事をするために外に出て行く社員達が、こちらを見ていた。目立ちすぎる。
清子は二人を連れると、外に出て行った。
最近、この近くの公園で屋台が数件出ている。この辺のビジネスマンを狙っているであろう、テイクアウトの弁当やカレー弁当が軒を連ねていたのだ。その中には飲み物だけの屋台もある。
清子はそこで再びコーヒーを手にする。そして晶と我孫子はそれぞれの好きなモノを買って、あいている東屋にやってきた。屋根だけでベンチとテーブルがあるその東屋は、影が出来ていて直射日光は避けられた。
そこで我孫子は改めて晶に名刺を差し出す。すると驚いたように晶はそれを見た。
「大学の研究所?ってことは教授か何かですか?」
「そんな立派なもんじゃないよ。臨時の教授。空きがあってね、そこに声がかかったんだ。専門は、ウェブ関係。セキュリティーからソフトの開発まで何でもね。徳成は良い生徒だったな。こう……鋭いとこばっか聞いて、余分に金をもらいたいくらいだ。」
「前にも聞きましたね。その話。」
コーヒーを飲みながら、清子は少し笑う。我孫子には心を開いているのだろうか。だから笑えるのだ。そう思うと、心が苦しい。
「お、うまいな。このカレー。屋台のカレーなんかって思ったけど。店はしてんのかな。」
「夜にしてるみたいですよ。」
「じゃあ、妻と今度行ってみるか。」
「え?奥さん?」
「うちの妻は若いぞ。徳成と変わらない。ほら、今度一歳の息子。」
我孫子はそう言って携帯電話の写真を見せた。そこにはどことなく清子に似た女と、子供が写っている。
「自分の息子と同じ歳くらいの奥さんですね。」
「あーうちのドラ息子は、海外を放浪しててな。この国にはあまり帰ってくりゃしねぇ。」
妻がいる。そして息子がいる。晶は少しほっとしたように、買ったサンドイッチの紙を開けた。中の具は選べるようになっていて、タマネギのスライスとレタス、それに厚切りのベーコン、トマトソースが挟まっていた。
「……で、久住さん。」
「はい?」
携帯をしまうと、我孫子は晶の方をみる。
「ここに入ってどれくらい?」
「もうすぐ二年ですね。俺、お盆前くらいに入ったから。」
すると我孫子は清子の方をみる。清子は少しため息を付いて、晶の方を見た。
「二年だったら可能性は低いですね。さっきのバックナンバーは五年前くらいですか。」
「そうだな。裸になっちまえば、時代はわからないし。」
その言葉に晶はじっと清子をみる。
「何の話だよ。」
「……アイコラです。」
「アイコラ?」
「有名な芸能人の顔だけ切り抜いて、体をAV女優やグラビアモデルの写真に入れ替えるんです。」
アイコラの存在は知っていた。好きであればあるほど加工するのかもしれない。
「……あぁ。そんなのまともに観るヤツいるのか?」
「いるとは言えません。でもいないとも言えないんです。そんなとき、そのタレントなり女優なりがうちがそんな写真を出しているからだと言われたら、うちは反論できませんから。」
「だからセキュリティだけでなく、画像のコピー禁止をするように忠告したんだ。」
「ウェブ上だけではなくそれは本誌にも関わることですから、それも含めて我孫子さんに相談を。」
我孫子はカレーの具材を見ながら少し笑う。
「どうしました?」
「コレ、もつ煮カレーだ。ごっちゃ煮で、好きだな。」
コーヒーを飲みながら、清子はそのカレーを見る。
「カレーってずっと食べてないですね。」
「マジか?」
「一人だし。作ったところで、何日も続くから。」
さすがに何日もカレーを食べていると、体からカレーのにおいがするような気がしていたのだ。どうしてもと言うときにドライカレーを作るが、それ以外は口にしない。
「連れてってもらえよ。ほら。」
我孫子はそう言って晶を薦める。しかし清子は首を横に振った。
「怒られますよ。」
「誰に?」
「恋人に。」
コブ付きか。我孫子はため息を付いて、晶の方を見る。おそらく、晶は清子に気があるのだろう。だからここまで追いかけてきたのだ。
前に一緒にいるところを見た史よりも、自然体に見える。そう言う相手がいるのは良いことだ。
そのとき清子はちらっと携帯を見る。
「あ、すいません。私、もう休憩が終わるんで……。」
「そうか。お前は早めに休憩に入ったんだっけな。」
そう言って清子はコーヒーを手にして、席を立つと会社の方へ戻っていった。
「徳成は、前に見たときよりも女っぽくなったな。」
「……そうですか?毎日会ってるとわからないもんですね。」
「お前が関係してるのかね。」
「俺じゃないでしょ。」
「そうかね。恋人がいても構わないと俺は思うけどな。」
「……。」
「何でも良いよ。徳成が人間っぽくなった。それだけで、娘が育った気になるし。」
「娘?」
「あぁ。あいつ、親族がいないんだろう?あいつが結婚するときは、俺が親族の席に座ってやるよ。」
意地悪く笑い、カレーを食べ終わる。
「……よろしくお願いします。」
「そのためにはちゃっちゃっと別れるもんと別れろよ。二股は絶対ばれるからよ。」
「そんなもんなんですか?」
「当然だろ?女は敏感だぞ。お前の女は気づいてないのか?」
「さぁ……お互い仕事しか見えてないって感じで……。」
サンドイッチの紙をくしゃっと丸めると、炭酸水を口に入れる。よく冷えた炭酸水は、体の中も浄化してくれそうだ。だが心までは晴れない。
愛に別れてほしいなど、まだ言えない。
一階に付くと、ゲートをくぐる。するとカフェの喫煙席から、清子と我孫子が出てきた。清子の表情は少し晴れていたような気がする。その表情をこの間見た。そうだ。あの表情は香子のごたごたがあったとき、電話をして切ったときの表情だった。
「……お前昼は食わないって言ってたけど、この暑さだし何か口に入れた方がいいんじゃないのか。」
「そうですね。同じ事を同僚にも言われました。だから補助食品だけは口に入れとこうと思って。」
「そんなんで足りるか。」
清子の頭を撫でて、笑っている。その顔がさらに晶をいらつかせた。
「またいつでも連絡入れろよ。」
「お世話になりました。」
頭から手を離して玄関へ向かおうとする我孫子は、こちらを見てにらんでいる男がいるのに気が付いた。それを見て少し笑う。
「徳成。」
もう行こうとしていたのに、急に声をかけられて清子は不思議そうに我孫子をみる。
「どうしました?」
「彼氏がやきもきしてるぞ。」
我孫子の視線の先には晶がいる。すると清子は少し笑って我孫子に抗議する。
「彼氏じゃないです。同僚ですよ。」
「ふーん。」
我孫子は怒っているような晶の元へいくと、笑いながら手を差し出す。
「何?」
「初めましてかな。我孫子だ。」
手を差し出されたという事は、握手をしろと言うことだろうか。気持ち的にはしたくないが、差し出されたのを拒否するわけにもいかない。晶は手を差し出して、その手を握る。あまりごつごつした手ではないようだ。
「久住です。清子と同じ職場でカメラマンです。」
「カメラ……へぇ……。だからか。徳成。」
二人に近づいた清子は不思議そうに我孫子をみる。
「何ですか?」
「例のヤツ、こいつが撮ったのか?」
「さぁ……どうなんですかね。久住さんが入社していた時期かわからないんですけど。」
清子は不思議そうに晶を見ていた。
「……何の話だよ。清子。」
「徳成です。ここは職場ですよ。久住さん。」
清子は冷たくそういうと、我孫子はたまらずに笑い出した。
「何だよ。つめてぇな、徳成。」
「冷たいも何も、普通の事じゃないですか。」
「……そうだけどさ。久住さん。あんた、ここいつ入社?」
「……あんたに何で言わないといけないんですか。」
挑発的に晶はいうと、さらに我孫子は笑い出す。その笑い声に食事をするために外に出て行く社員達が、こちらを見ていた。目立ちすぎる。
清子は二人を連れると、外に出て行った。
最近、この近くの公園で屋台が数件出ている。この辺のビジネスマンを狙っているであろう、テイクアウトの弁当やカレー弁当が軒を連ねていたのだ。その中には飲み物だけの屋台もある。
清子はそこで再びコーヒーを手にする。そして晶と我孫子はそれぞれの好きなモノを買って、あいている東屋にやってきた。屋根だけでベンチとテーブルがあるその東屋は、影が出来ていて直射日光は避けられた。
そこで我孫子は改めて晶に名刺を差し出す。すると驚いたように晶はそれを見た。
「大学の研究所?ってことは教授か何かですか?」
「そんな立派なもんじゃないよ。臨時の教授。空きがあってね、そこに声がかかったんだ。専門は、ウェブ関係。セキュリティーからソフトの開発まで何でもね。徳成は良い生徒だったな。こう……鋭いとこばっか聞いて、余分に金をもらいたいくらいだ。」
「前にも聞きましたね。その話。」
コーヒーを飲みながら、清子は少し笑う。我孫子には心を開いているのだろうか。だから笑えるのだ。そう思うと、心が苦しい。
「お、うまいな。このカレー。屋台のカレーなんかって思ったけど。店はしてんのかな。」
「夜にしてるみたいですよ。」
「じゃあ、妻と今度行ってみるか。」
「え?奥さん?」
「うちの妻は若いぞ。徳成と変わらない。ほら、今度一歳の息子。」
我孫子はそう言って携帯電話の写真を見せた。そこにはどことなく清子に似た女と、子供が写っている。
「自分の息子と同じ歳くらいの奥さんですね。」
「あーうちのドラ息子は、海外を放浪しててな。この国にはあまり帰ってくりゃしねぇ。」
妻がいる。そして息子がいる。晶は少しほっとしたように、買ったサンドイッチの紙を開けた。中の具は選べるようになっていて、タマネギのスライスとレタス、それに厚切りのベーコン、トマトソースが挟まっていた。
「……で、久住さん。」
「はい?」
携帯をしまうと、我孫子は晶の方をみる。
「ここに入ってどれくらい?」
「もうすぐ二年ですね。俺、お盆前くらいに入ったから。」
すると我孫子は清子の方をみる。清子は少しため息を付いて、晶の方を見た。
「二年だったら可能性は低いですね。さっきのバックナンバーは五年前くらいですか。」
「そうだな。裸になっちまえば、時代はわからないし。」
その言葉に晶はじっと清子をみる。
「何の話だよ。」
「……アイコラです。」
「アイコラ?」
「有名な芸能人の顔だけ切り抜いて、体をAV女優やグラビアモデルの写真に入れ替えるんです。」
アイコラの存在は知っていた。好きであればあるほど加工するのかもしれない。
「……あぁ。そんなのまともに観るヤツいるのか?」
「いるとは言えません。でもいないとも言えないんです。そんなとき、そのタレントなり女優なりがうちがそんな写真を出しているからだと言われたら、うちは反論できませんから。」
「だからセキュリティだけでなく、画像のコピー禁止をするように忠告したんだ。」
「ウェブ上だけではなくそれは本誌にも関わることですから、それも含めて我孫子さんに相談を。」
我孫子はカレーの具材を見ながら少し笑う。
「どうしました?」
「コレ、もつ煮カレーだ。ごっちゃ煮で、好きだな。」
コーヒーを飲みながら、清子はそのカレーを見る。
「カレーってずっと食べてないですね。」
「マジか?」
「一人だし。作ったところで、何日も続くから。」
さすがに何日もカレーを食べていると、体からカレーのにおいがするような気がしていたのだ。どうしてもと言うときにドライカレーを作るが、それ以外は口にしない。
「連れてってもらえよ。ほら。」
我孫子はそう言って晶を薦める。しかし清子は首を横に振った。
「怒られますよ。」
「誰に?」
「恋人に。」
コブ付きか。我孫子はため息を付いて、晶の方を見る。おそらく、晶は清子に気があるのだろう。だからここまで追いかけてきたのだ。
前に一緒にいるところを見た史よりも、自然体に見える。そう言う相手がいるのは良いことだ。
そのとき清子はちらっと携帯を見る。
「あ、すいません。私、もう休憩が終わるんで……。」
「そうか。お前は早めに休憩に入ったんだっけな。」
そう言って清子はコーヒーを手にして、席を立つと会社の方へ戻っていった。
「徳成は、前に見たときよりも女っぽくなったな。」
「……そうですか?毎日会ってるとわからないもんですね。」
「お前が関係してるのかね。」
「俺じゃないでしょ。」
「そうかね。恋人がいても構わないと俺は思うけどな。」
「……。」
「何でも良いよ。徳成が人間っぽくなった。それだけで、娘が育った気になるし。」
「娘?」
「あぁ。あいつ、親族がいないんだろう?あいつが結婚するときは、俺が親族の席に座ってやるよ。」
意地悪く笑い、カレーを食べ終わる。
「……よろしくお願いします。」
「そのためにはちゃっちゃっと別れるもんと別れろよ。二股は絶対ばれるからよ。」
「そんなもんなんですか?」
「当然だろ?女は敏感だぞ。お前の女は気づいてないのか?」
「さぁ……お互い仕事しか見えてないって感じで……。」
サンドイッチの紙をくしゃっと丸めると、炭酸水を口に入れる。よく冷えた炭酸水は、体の中も浄化してくれそうだ。だが心までは晴れない。
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