不完全な人達

神崎

文字の大きさ
上 下
31 / 289
流出

30

しおりを挟む
 清子も煙草を吸い終わると、ちらっと晶を見る。晶は「pink倶楽部」にあるAV男優のページを見ているようだった。そこには白いワイシャツを全部脱がせないで、ちらっと鍛えられた腹筋や胸の筋肉が見える。
「こういうの女は好きだよな。」
「らしいですね。」
「お前は好きじゃねぇのか?」
「別に……あまり考えた事も無いことですから。」
 すると晶は清子の手を引いて、自分の胸に手を当てる。すると思ったよりも堅い筋肉の感触が伝わってきた。
「……何をするんですか。」
 だがすぐに手を引っ込めた。
「欲情しねぇかなって思って。」
「しません。もう帰ったらどうですか?私、まだやることがあるし。」
「何?」
「新種のコンピューターウィルスが発生したそうなので、その対処を。」
「色気がねぇ話だな。」
 その前にシャワーを浴びたい。だが晶がいればそんなことも出来ないのだ。さっさと帰ってくれないだろうか。そう思っていたときだった。
「清子。」
「徳成です。」
「それはもう聞き飽きたって。でもこの場だったら、別にそう呼んでもいいんじゃないのか。知らない仲じゃないんだし。」
「……久住さん。昔は昔です。今は恋人もいるのでしょうし、その方を見ないとその方に失礼ですよ。」
 だから放っておいて欲しい。自分は一人なのだから。
 そのとき晶の手が向けられた。びくっと体を震わせる。また何かするのかと思ったのだ。しかし晶の手は耳に触れる。
「ピアスもあけてないのか。」
「必要ないです。」
 体に穴をあけてまで綺麗にする必要性を感じない。清子らしい言葉だと思う。
「化粧もほとんどしてねぇし……でもこの唇はすげぇ赤いな。口紅塗ってんのか?」
 指が唇に触れる。そして徐々に、その距離が近くなっていく。
「清子。」
「駄目です。」
「今更止められるか。」
 そのとき、晶の携帯電話が尻のポケットの中で激しく鳴る。それが気になって、清子は晶の肩を押す。
「電話ですよ。」
「……イヤ。」
 肩に置かれているその手を握ると、手の甲に唇を這わせる。すると清子の頬が赤くなった。
「やめて……。」
 電話が切れた。それと同時に、晶はその体を抱き寄せた。さっきも抱き寄せた体だったのに、いくら抱いても抱き足りない気がする。
「清子。ずっと……こうしたかったんだ。清子。」
「駄目です。」
 清子はそう言って体を押しのけようとした。しかしその力が強くて引き離せない。
「清子。」
 耳元で囁かれる声。自分のモノではないのに、勘違いさせてしまう。だが違う。きっとこの人だって離れるのだ。そもそも自分のモノではない。恋人のモノなのだ。
「や……。」
 それを思い、清子はそう言って思いっきり力を入れて体を無理矢理離した。
「帰って……。イヤなんです。」
「俺は……。」
「何も言わないで。帰って。」
 清子の目に涙が溜まっている。顔を逸らしたとき、その涙がつっと頬にこぼれた。
「本当にイヤじゃねぇだろ。」
「イヤです。」
「だったら何で泣いてんだよ。」
 また手を伸ばす。そして今度は清子の濡れている頬に手を這わせて、こちらを向かせる。まっすぐ見られる懐かしい瞳が、さらに胸を高鳴らせた。
「俺が別のヤツのモノだから、泣いてるのか?」
「……違います。」
「だったら……。」
「違う。私は……誰も信じたくないから……。私の問題です。お願い、何も聞かないで帰って……。」
 清子は目を伏せる。あなたを見ていないと誤魔化すようにした行動だった。だが目から涙が次々とあふれてくる。晶はそれを拭い、清子の顔に近づいていく。目を閉じた清子に近づき、そして唇が軽く触れた。
「……や……。」
 触れた瞬間、晶も震えていることに気が付いた。晶もまた緊張していたのだ。
 拒否しようと顔を背けても正面を向かされる。そして何度も唇を重ねてきた。拒否をやめたように顔を背けないのを感じて、頬に当てている手を下ろして手を握る。そして次に唇を重ねたとき、その閉じている唇を舌で割った。
「ん……。」
 夢中だった。何もかも忘れてキスを重ねる。徐々に清子もそれに答えるように、舌を絡ませてきた。音を立てて夢中で舌を絡ませると声が漏れた。それがまたかき立てて、一旦離してもまた繰り返したくなる。
 何度か唇を重ねて改めて唇を離すと、清子はその晶の顔を見る。頬が赤くなって、髪の奥の懐かしい目がこちらを見ていた。思わずその視線から目をそらず。自分の気持ちを見透かされそうだったから。
「清子。やべぇわ。」
 そう言って晶から視線を離した。その視線は下を向いている。
「何?」
「立ってきた。」
 その言葉に思わず体を押した。そして清子は立ち上がると、怒ったように晶を見下ろした。
「勝手に抜いてろ。」
 少し笑い、晶は再び鳴り出した携帯電話を取り出して相手を見る。それは愛だった。
「もしもし……どうしたんだ。ん……悪い。コンビニに行ったとき、携帯を車に置いてた。着信にも気が付かなかったし……悪かったよ。」
 素直に謝る姿に、清子は相手が愛だろうとため息を付く。話をしている間に、少しずつ距離をとる。
 本来は愛の恋人なのだ。こんな事をしてはいけない。だが晶に背を向けたまま、唇に触れた。晶とセックスをして十年間、清子は男とセックスはおろかキスすらしていなかったのだ。なのにこんなに素直に自分がキスを受け入れたことに、戸惑っていた。
「わかったよ。どこに行けばいいんだ。……そこなら三十分くらいで行ける。……わかった。じゃあ、またあとでな。」
 電話を切ると晶はため息を付いて立ち上がると、後ろを向いている清子を背中から抱きしめた。
「清子……。」
「やめて。」
 その腕を振りきると、晶を見上げた。
「もうやめて。待ってる人がいるんでしょう?」
「……お前しか見てねぇよ。やっぱ俺は、お前しかいないんだ。」
「やめてって。そう言うの。やなの。」
「俺がイヤか?」
「あなたじゃない。」
「だったら編集長ならいいのか。俺じゃなくて、編集長だったらキスしたいと思ってたのか。」
「違う。私は……誰も好きにならない。一人で生きていきたいから……。」
 意固地になってる。また涙が溢れているから。だがその頬に手を触れると、それを振り払われた。
「待ってるんでしょう?行って。」
「また来る。」
「来ないで。来るんなら、住むところを変えるわ。編集長にも知られたし、良い機会だと思うから。」
「編集長もきたのか。」
 清子の言葉に焦ってしまった。史もここに来て、清子に手を出したのだろうか。さっきまで絡ませていた舌を、史も味わったのだろうか。
「……もう行って。これ以上何も話さないから。」
「だったら、もう一度させろよ。」
 そう言って晶は少し身を屈めると、唇を重ねた。最初から舌を入れて、その舌を舐める。
 立ち尽くしている清子の体を抱き寄せると、晶はその部屋を出ていった。だがその拳はぐっと握られている。
 史もここに来たのだ。だから素直にキスをさせたのだろうか。そう思うと、悔しさが溢れてきそうだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話

まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)   「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」 久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...