不完全な人達

神崎

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 史と二人の部下達は、愛や他のモデル達と話をしている。普段はAV女優なんかと話をすることはあるが、こんなにハイクラスのファッションモデルなんかと話をすることはない。だから新鮮だったのだろう。
 そしてその中に香子の姿もある。当初はAVに出たことがあると怪訝そうな顔をしていたモデル達だったが、愛の一言で「普通の女性だ」とその話の中に加わっていた。
 史はその輪の中には加わらず、カウンターの向こうにいる仁と話をしている。昔なじみの仁はヤクザの息子だった。長男であるため、その家督を継ぐのが一般的かもしれない。だが仁は愛人の息子であるため、十歳の頃に家を出されたのだという。
 だからといって同情することはない。ただ話が合うと言うだけ。合わせなくても自然に笑いが出る。それに愛とは今は顔を合わせたくなかった。話をすれば余計なことを聞きそうになる。
「やだ。そんなモノ使わなくてもさぁ、マンネリなんか無いわよ。」
 普段はモデルとしてすました顔をしているからかもしれないが、男達と話をしているときは下世話な事も平気で話をしている。
「でもさ、俺、早いしなぁ。」
「持続力?早漏は回数で勝負でしょ。」
「それか、食べ物から変える。その辺は愛が詳しいよね。」
 その言葉に愛は驚いたようにモデルを見た。
「あたし?」
「そう。食べ物こだわってるじゃん。現場で用意されたモノなんか絶対食べないし、飲み物すら水筒持参だもん。」
「お酒は飲むのに?」
 不思議そうに香子が聞くと、愛は少し笑っていった。
「お酒を飲んだり、外食をしたいときもあるわ。そんなに自分に厳しくしていたら、絶対保たないもの。」
「体重計とにらめっこしてさ、太ったらジムへ行ってさ。あたし達そんなこと出来ないわ。」
 外国でモデルをしていたのだ。体型では欧米人に勝つわけがない。だったら出来ることをやるだけだと、愛はずっと思っていただけだった。
「彼氏が良く黙って付いてくるよね。」
 その言葉に、男達がざわめく。
「彼氏いるんだ。」
「どんなヤツ?やっぱモデルなのかな。」
 すると愛は笑いながら言う。
「同業者はイヤよ。衝突するじゃない。」
「確かに。だから愛の彼氏はカメラマンね。ロマンティックよねぇ。自分を綺麗に撮ってくれた人と結ばれるなんて。」
 モデル達はそう言って少し笑っていた。だが実際にそのカメラマンに会ったとき、正直どこがいいのかわからなかった。
 うだつの上がらないぼさぼさの髪。筋肉質でもない細身の体型、背だってそんなに高くないのにやや猫背で、少し背が低いようにも見える。
「ロマンティックねぇ。」
 そう言って史は酒を口に入れた。そう言えば、今日、オフィスを出るとき清子は晶を待つと言っていた。表紙のモデルにケチが付いたからだ。
 あれから晶を待ってすぐに帰ったのだろうか。もしかしたら二人でどこかへ行ってしまったのだろうか。以前にセックスをした仲だったというのだから、それくらいならしそうだと思う。
「浮気は気にならないの?」
 香子が聞くと、愛は手を横に振る。
「思ったよりも仕事人間でね。あたしも人のことは言えないけどさ、立場上では彼氏って言えないからお互いフリーのふりをしてる。だから言い寄られることもあるっちゃあるみたいなんだけど、全く興味を示さないって他のモデルが言ってた。だから、信用はしてるわね。」
 ずいぶん自信たっぷりだ。その様子に香子は心の中で舌打ちをする。清子に言い寄っているのは、目に見えてわかっているのだからこのまま清子と晶がくっついてくれればいいのにと思っていたのだ。
 そうすれば清子に言い寄っている史が、また自分に振り向くかもしれないと思っていたのに。

 食器を洗うと、清子はソファーで煙草を吹かしている晶を見る。そして外のベランダにつながる窓を見た。もう雨は上がっている。
「帰らないんですか?」
「良いじゃん。ここにいても。」
 自分の家のようにくつろいでいる。そう思いながら、清子は携帯電話を取り出した。そして例の動画のサイトを見る。香子の動画は確かに削除されているが、数日すれば別のタイトルでアップされるかもしれない。または別のシーンを切り取ってまたアップされるかもしれないのだ。
 それに別のサイトでアップされる可能性もあるのだ。そうなればそれを虱潰しで同じ事をするわけにはいかないし、このサイトのように機敏に動くわけではないだろう。
「やはり……。」
「ん?」
「メーカーに言ってもらうしかないですね。」
「あぁ……明神のヤツ?」
「本格的に動いてもらわないといけないし……。それから、うちも同じ事を載せた方が良いですね。」
 そう言って清子は仕事用のバッグから手帳を取り出した。そしてソファーに座ると、それをメモしはじめる。
「うちも同じ?」
「うちで出した画像なんかを無断でアップロードしないことを警告するんです。個人で楽しむのは一向に構わないんですけど、商業目的で使ったり、SNSにあげることを禁止する意向を明日載せます。それから本誌にも……。」
 手帳をのぞくと、走り書きが沢山ある。気になったことなどをずっとメモしているからだろう。
「……近いですね。」
 だが清子が気になったのは、その手帳を覗き見る晶との距離だった。気になったように、清子はソファーの端に寄る。だがそれでも晶が付いてくる。
「良いじゃん。見せろよ、ケチ。」
 距離が気になったが、晶が気にしていたのはその手帳の中身だったのだろう。考え過ぎかと清子は思ったが、よく考えればそんなことを簡単に人に見せてはいけない。この中身は自分の飯の種だからだ。
「後は編集長に話をします。」
 そう言って清子はその手帳を閉じた。すると晶はぷっと頬を膨らます。
「ケチ。」
「勝手に言ってください。」
 そのときふとソファーの側にあるローテーブルの下に、雑誌があるのに目を留めた。煙草を消して、その雑誌に手を伸ばす。するとそこには「pink倶楽部」があったのだ。
「お前、うちの雑誌買ってたのか。」
「先月号ですね。どんな雑誌なのか知りたくて。」
 それを手にしてページをめくる。すると自分が映した女優のページが出てきた。水着ではなく手で胸を隠しているが、その放漫な胸を寄せてあげていると大きな胸がさらに大きく見える。
「漫画みたいなおっぱいだな。」
「そんなに大きかったら、肩凝らないんですかね。」
 その言葉に晶は少し笑った。まさかそんな感想が出ると思ってなかったから。
「だから奴ら体の手入れに余念がねぇよ。エステだ、ジムだ、美容室だ、ヨガだって忙しいみたいだな。」
 ページをめくっていくと、袋とじがある。それも破られた跡があり、手で破いたのではなくきっちり刃物で切ってあるところが几帳面だ。
「この号は、緊縛だったな。」
 四十代だという女性が裸体に縄に縛られて吊されている。痛そうだと思うよりも先に、それが綺麗だと思った。
「緊縛師っているの知ってるか?」
「えぇ。話には。」
「もっと綺麗に写せたはずなんだけどな、編集長に言わせるとそんなにアーティスティックに写しても困るらしい。あくまで袋とじで、エロがメインだからってさ。」
「……そうなんですか。」
 だからだろうか。女性が縛られている表情よりも、縄に食い込んでいる贅肉や、縛られている胸が強調されているような気がした。縛られてその周りの皮膚が少し赤くなっている。それが良いらしい。
「ほら、見ろよ。」
 次のページを見ると、一人掛けのソファーに両足を広げられるように縛られた女性が、性器にディルドを当てられている画像だった。性器はディルドがあるので、モザイクはかかっているが、さすがに生々しい。
「……。」
「なに絶句してんだよ。慣れろ。」
「こういうのも載せないといけないのかと思って。」
「性趣向なんて人それぞれだろ?なんなら、通販の靴のサイトで抜くヤツもいるからな。」
「靴?」
「足フェチ。」
「なるほど……。」
 納得するように、清子は改めてそのページを見る。いろんな性趣向があって良いはずだ。だからこういう世界もあっても良いと思う。
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