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流出
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男が連れてきたバーは地下にある。浅黒い肌の男やこの国の言葉が全く通用しない女も居て、とても多種多様だと思う。ここへ連れてきた男はとても軽薄そうに見えたが、その人達一人一人に言葉を使い分けて話をしている。それで香子は少し感心していたが、よく考えれば中卒だという清子も仕事相手に使い分けて話をしている。
ようは学歴ではないのだ。そう言われているようだった。
「どうしたの?」
カウンターの向こうにいたのは、背の高い女性に見えるがれっきとした男性だった。名前を仁という。こういう仕事をしていれば仕方ないのかもしれないがとても気の回る男で、一人で取り残されているような香子にも気軽に話を降ってくれる。
連れてきた男は別の男と何か話をしているようだったから。男とはこういうところで気が回らないものなのだ。
「気後れしちゃって。」
「あら。そうなの?気を使わなくてもいいのに。」
緑のベルベットのワンピースはフリルが沢山ついていて、おそらくパニエ何かも入っている。いわゆる仁はロリータファッションの愛好家なのだ。性趣向も男性だと思っていたら、そこはきっちり女性なのだという。
「男のケツの穴にチ○コ入れる趣味も、入れられる趣味もないわ。」
そう言って仁は笑っていた。そのとき店に一人の女性が入ってきた。女性が入ってきただけですごい存在感だと思う。背が高く、手足が長く、そして細い。話したことはないが、顔を知っている。それは愛だった。
愛は晶の恋人だ。そしてその後ろには同じような女性があと二人いた。
「……仁。奥の席空いてない?」
「あいにく先客がいるわ。カウンター席かそこのテーブル席。」
「仕方ないわね。テーブル席に座りましょ。」
そう言って空いているテーブル席に座った。愛は普通通りに見えるが、付いてきた女性のうち一人は表情が暗い。何か深刻な話をしているのだろう。
メニューを見て、注文をすると三人は声を潜めて話し始めた。だがその内容は香子にも聞こえてくる。
「だから言ったじゃん。だからさぁ……。」
「歳的にも厳しいしさ。かといって結婚なんてまだ出来ないし。第一相手がいないよ。いいよね。愛は。彼氏がカメラマンで、出版社勤務。いざとなったら食べさせてもらえるじゃん。」
その言葉に香子は酒を噴きそうになった。それが晶のことだとは思わなかったからだ。
「会社には確かに勤務しているけどさ、でもその分冒険しなくなったって言うか……。」
「贅沢よ。世界回ってふらふらしてるよりよっぽどましだわ。」
確かに晶は世界を回って写真を撮っていた。それは一年のほとんどを雪と氷で覆われた島国や、サバンナでインパラを狙う豹の美しさ、一面を珊瑚で覆われた海など、それは多種多様だった。
そのころが一番生き生きしていたような気がする。なのに、今はAV女優や男優、たまにファッションモデルなんかを撮ったりするくらいだ。
愛はきっとその晶の視線の奥の目が好きになったのだと思う。
「……それに最近なんか違うのよね。」
「何が?」
「香里と一緒。何か別に女がいるみたいな。」
「そうよ。そんな話をしに来たんじゃないの。香里さぁ、どうすんの?子供。」
話がごちゃごちゃしだしたな。香子はそう思いながら、酒に口を付ける。すると男が香子の所に戻ってきた。
「香子ちゃん。酒が無いじゃん。追加しても良いよ。」
「明日仕事だから、今日はもうこれくらいにする。」
「良いじゃん。もう一杯だけ。俺のおすすめがあるんだ。仁。アレ出してよ。」
すると仁は呆れたように、そのカクテルを作り出した。この男のやり口は知っている。スピリッツはだいたいがアルコール度数が四十度から四十五度。だが中には、もっと八十度というモンスター級の度数のモノがある。それをカクテルとして作れば、口当たりは甘いが飲み終わった頃には足が立たなくなる。
男はそれを狙っているのだ。あわよくばホテルに連れ込もうとしている。香子という女性は、昔AV女優をしていたのだから、今更一人入れ込もうと二人入れ込もうと関係ないだろうという男の言葉もわからないでもない。
そのとき、入り口に三人の男が入ってきた。
「いらっしゃい。どうぞ。カウンター席しか空いてませんけど。」
香子は振り返ると、顔をひきつらせた。そこには史と二人の部下がいたからだ。
「明神。偶然だな。」
「編集長こそ。」
編集長という言葉に、愛が反応した。すると驚いたように史を見る。
「史。」
「愛理。お前もここにいたのか。」
「えぇ。ちょっと相談があってね。」
すると二人の女性はこそこそと話をしている。史がなかなかの男前だったからだろう。
「アレ?それファジー・ネーブル?」
「みたいなものよ。ちょっと手を加えているけどね。お飲みになります?」
仁はそう言ってそのコップを香子の前に置いた。
「美味しい。」
香子はそう言ってそのグラスに口を付ける。
「……仁さん。」
史はそう言って立ち上がる。
「どうかした?」
「……ファジー・ネーブルってピーチリキュールとオレンジジュース。それくらいは俺でも知っている。なのに何でジンが置いてあるの?それって八十度くらいあるヤツだろ?」
その言葉に男の顔色が青くなった。
「……明神。それ以上口を付けるな。足が立たなくなるぞ。」
「やだ。そんなことをしてるの?」
愛も口を押さえて仁を見る。
「さぁね。あたしは入れろって言われたから入れただけ。その男にね。」
そう言って仁は男を指さした。
「……。」
ばつが悪そうに男は頭をかく。そして香子の代金も払うと、立ち上がった。
「どうせAV女優なんかしてた女だ。股がゆるゆるに決まってんだろ。」
そう言って男は出て行ってしまった。
「AV女優?」
「やだ。そんな人なの?」
愛と一緒に来た女はそう言って口を押さえた。しかし愛は表情を変えない。
「今はしてないんでしょ?」
「えぇ。一本しか出てないし。」
「だったらいいじゃない。昔のことなんかどうでも良い。」
愛はそう言って酒を口に入れた。その姿に、香子は少し清子を重ねた。
清子もきっとそう言うだろう。
「……愛さんって、うちの職場の人に似てる。」
すると史はもらった酒を口に運びながら、少し笑った。
「何だよ。」
「何か……徳成さんも同じようなことを言うだろうなと思って。姿は細いだけが似てるってだけだけど。」
すると仁は少し笑いながら言った。
「愛に似てるなんて、どんな人かしら。史さん。今度連れてきて頂戴。」
「あぁ。ついでに徳成さんは、そのカクテル飲んでもけろっとしてるだろうね。」
「酒を飲ませて何かしようって気にはならないわ。飲ませた男が不幸ね。」
その言葉に部下達も笑った。
ようは学歴ではないのだ。そう言われているようだった。
「どうしたの?」
カウンターの向こうにいたのは、背の高い女性に見えるがれっきとした男性だった。名前を仁という。こういう仕事をしていれば仕方ないのかもしれないがとても気の回る男で、一人で取り残されているような香子にも気軽に話を降ってくれる。
連れてきた男は別の男と何か話をしているようだったから。男とはこういうところで気が回らないものなのだ。
「気後れしちゃって。」
「あら。そうなの?気を使わなくてもいいのに。」
緑のベルベットのワンピースはフリルが沢山ついていて、おそらくパニエ何かも入っている。いわゆる仁はロリータファッションの愛好家なのだ。性趣向も男性だと思っていたら、そこはきっちり女性なのだという。
「男のケツの穴にチ○コ入れる趣味も、入れられる趣味もないわ。」
そう言って仁は笑っていた。そのとき店に一人の女性が入ってきた。女性が入ってきただけですごい存在感だと思う。背が高く、手足が長く、そして細い。話したことはないが、顔を知っている。それは愛だった。
愛は晶の恋人だ。そしてその後ろには同じような女性があと二人いた。
「……仁。奥の席空いてない?」
「あいにく先客がいるわ。カウンター席かそこのテーブル席。」
「仕方ないわね。テーブル席に座りましょ。」
そう言って空いているテーブル席に座った。愛は普通通りに見えるが、付いてきた女性のうち一人は表情が暗い。何か深刻な話をしているのだろう。
メニューを見て、注文をすると三人は声を潜めて話し始めた。だがその内容は香子にも聞こえてくる。
「だから言ったじゃん。だからさぁ……。」
「歳的にも厳しいしさ。かといって結婚なんてまだ出来ないし。第一相手がいないよ。いいよね。愛は。彼氏がカメラマンで、出版社勤務。いざとなったら食べさせてもらえるじゃん。」
その言葉に香子は酒を噴きそうになった。それが晶のことだとは思わなかったからだ。
「会社には確かに勤務しているけどさ、でもその分冒険しなくなったって言うか……。」
「贅沢よ。世界回ってふらふらしてるよりよっぽどましだわ。」
確かに晶は世界を回って写真を撮っていた。それは一年のほとんどを雪と氷で覆われた島国や、サバンナでインパラを狙う豹の美しさ、一面を珊瑚で覆われた海など、それは多種多様だった。
そのころが一番生き生きしていたような気がする。なのに、今はAV女優や男優、たまにファッションモデルなんかを撮ったりするくらいだ。
愛はきっとその晶の視線の奥の目が好きになったのだと思う。
「……それに最近なんか違うのよね。」
「何が?」
「香里と一緒。何か別に女がいるみたいな。」
「そうよ。そんな話をしに来たんじゃないの。香里さぁ、どうすんの?子供。」
話がごちゃごちゃしだしたな。香子はそう思いながら、酒に口を付ける。すると男が香子の所に戻ってきた。
「香子ちゃん。酒が無いじゃん。追加しても良いよ。」
「明日仕事だから、今日はもうこれくらいにする。」
「良いじゃん。もう一杯だけ。俺のおすすめがあるんだ。仁。アレ出してよ。」
すると仁は呆れたように、そのカクテルを作り出した。この男のやり口は知っている。スピリッツはだいたいがアルコール度数が四十度から四十五度。だが中には、もっと八十度というモンスター級の度数のモノがある。それをカクテルとして作れば、口当たりは甘いが飲み終わった頃には足が立たなくなる。
男はそれを狙っているのだ。あわよくばホテルに連れ込もうとしている。香子という女性は、昔AV女優をしていたのだから、今更一人入れ込もうと二人入れ込もうと関係ないだろうという男の言葉もわからないでもない。
そのとき、入り口に三人の男が入ってきた。
「いらっしゃい。どうぞ。カウンター席しか空いてませんけど。」
香子は振り返ると、顔をひきつらせた。そこには史と二人の部下がいたからだ。
「明神。偶然だな。」
「編集長こそ。」
編集長という言葉に、愛が反応した。すると驚いたように史を見る。
「史。」
「愛理。お前もここにいたのか。」
「えぇ。ちょっと相談があってね。」
すると二人の女性はこそこそと話をしている。史がなかなかの男前だったからだろう。
「アレ?それファジー・ネーブル?」
「みたいなものよ。ちょっと手を加えているけどね。お飲みになります?」
仁はそう言ってそのコップを香子の前に置いた。
「美味しい。」
香子はそう言ってそのグラスに口を付ける。
「……仁さん。」
史はそう言って立ち上がる。
「どうかした?」
「……ファジー・ネーブルってピーチリキュールとオレンジジュース。それくらいは俺でも知っている。なのに何でジンが置いてあるの?それって八十度くらいあるヤツだろ?」
その言葉に男の顔色が青くなった。
「……明神。それ以上口を付けるな。足が立たなくなるぞ。」
「やだ。そんなことをしてるの?」
愛も口を押さえて仁を見る。
「さぁね。あたしは入れろって言われたから入れただけ。その男にね。」
そう言って仁は男を指さした。
「……。」
ばつが悪そうに男は頭をかく。そして香子の代金も払うと、立ち上がった。
「どうせAV女優なんかしてた女だ。股がゆるゆるに決まってんだろ。」
そう言って男は出て行ってしまった。
「AV女優?」
「やだ。そんな人なの?」
愛と一緒に来た女はそう言って口を押さえた。しかし愛は表情を変えない。
「今はしてないんでしょ?」
「えぇ。一本しか出てないし。」
「だったらいいじゃない。昔のことなんかどうでも良い。」
愛はそう言って酒を口に入れた。その姿に、香子は少し清子を重ねた。
清子もきっとそう言うだろう。
「……愛さんって、うちの職場の人に似てる。」
すると史はもらった酒を口に運びながら、少し笑った。
「何だよ。」
「何か……徳成さんも同じようなことを言うだろうなと思って。姿は細いだけが似てるってだけだけど。」
すると仁は少し笑いながら言った。
「愛に似てるなんて、どんな人かしら。史さん。今度連れてきて頂戴。」
「あぁ。ついでに徳成さんは、そのカクテル飲んでもけろっとしてるだろうね。」
「酒を飲ませて何かしようって気にはならないわ。飲ませた男が不幸ね。」
その言葉に部下達も笑った。
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