18 / 289
映画館と喫茶店
17
しおりを挟む
ちょうど昼時なので、エレベーターの前は混雑していた。清子は荷物を持ち直すと、その列に並びエレベーターを待つ。すると後ろから声をかけられた。
「徳成。」
振り向くと、そこには晶の姿があった。いつものボックス型のバッグを持っているところを見ると、どうやら仕事の後らしい。
「久住さん。仕事ですか?」
「うん。こっちはもう少しかかりそうだな。」
晶は「三島出版」の子会社が発売しているAVのジャケット写真や宣伝用のポスターを撮ることもある。今日はおそらくその撮影なのだ。
「お前、講習会って言ってたっけ。」
「そうですよ。」
「どんなやつ?俺が聞いてもわかる範囲で話してくれよ。」
「セキュリティーの講習です。新種のウィルスが蔓延しそうだと。」
「そっか。」
わかっているようなわかっていないような曖昧な返事だ。おそらくわかっていない。
「そう言えばさ、こっちの世界でちょっとした騒ぎがあって。」
「何ですか?」
「AVの監督が飛んだらしくて。」
「飛んだ?」
「つまり借金を相当こさえて逃げたらしいんだわ。」
「あぁ……。」
自分もそうしたようなものだ。借金はなかったが、ゼロからのスタートだった。まだ十六にもなっていなかったのに。
「残ってた修正前のAVがヤクザの手に渡って、無料公開されてる。」
「そういうのが餌になるんですよ。」
エレベーターは一階へ行ったり戻ってきたりしているが、あまり進んでいない。この後の仕事はないが、さすがにいらいらしてきた。
「階段を使おうかな。」
「四階くらいなら余裕だろ?俺も行くわ。」
そういってエレベーター脇の非常階段に手をかける。そして薄暗い階段を二人で降りていった。
「……昨日さ。」
「何ですか?」
清子が後ろから階段を下りていっていたら、急に晶が足を止める。
「編集長が少し変だったなって。」
「……。」
理由はわかる。だが晶に言うことではない。
「そうですか?」
「お前を降ろした後に、俺につっかかってきてさ。珍しく何だかんだってグチってきた。」
「編集長も人間ですから。そういうときもありますよ。特に……お酒を飲んでましたしね。」
「お前は素面とかわんねぇな。」
「酔ったことがなくて。」
「その言葉通りだと思ったわ。」
晶はそういって笑っていた。だがさっきまで仕事の勉強をして気を逸らしていたのに、また史の言葉が蘇ってきそうになり清子は、また足を進める。
そのとき階段下から一人の女性が上がってきた。それはエレベーターで上がるとき、一緒になった背の高い女性だった。何でもないジーパンとシャツだけだが、歩き姿も立ち姿もとても決まっている。
「晶。」
女性は晶に声をかける。すると晶は少し笑って、女を見た。
「お前、まだ仕事?」
「別の雑誌の撮影。同じ建物で良かったわ。」
「へぇ……。」
ずいぶんナチュラルな衣装だと思う。だがそのジーパン一つでもおそらくブランドものなのだろう。
「あら。そちらは?」
女が清子の方に目を移す。一緒に階段を下りて行っていたのに、足を止めたということは知り合いなのだろう。
「同僚だよ。」
「え?あぁだったら、雑誌の編集の方?」
「違う。うちのIT部門。」
「あぁ。そういう……。初めまして。愛と言います。」
「派遣でお世話になっています。徳成と申します。」
そういって清子はバッグから名刺入れを取り出した。そしてその一枚を愛子に手渡す。細い指で、その指にはピンク色のナチュラルなネイルがしてあった。
「派遣社員?」
「はい。」
「勉強会か何か?」
「講習会です。」
「そうか。日々進化するもんね。こんな世界も。」
そういって愛はその名刺をバッグに入れた。あまり興味はないのだろう。
「晶はまだ撮影に時間がかかる?」
「そうだな。まだ真っ最中だし。終わったらパッケージの撮影。」
「夕方には終わる?ご飯にでも行かない?」
その言葉に晶は頭をかく。
「いいや。撮影スタッフと飯行く話になってる。」
「そうか。そういう付き合いも大事だもんね。じゃあ、がんばってね。」
愛はそういうと階の上に上がっていく。その姿に清子は少しため息を付いた。
「どうした。」
「格好いい女の人だと思って。」
「そうだな。」
「ただの仕事の相手ではないですよね。」
その言葉に晶の足が止まる。だが否定もしなかった。
「あぁ。」
恋人同士だ。一緒に住んでいる。昨日だってセックスをしてきたのだ。だがそれを一番知られたくない人に知られた気がする。
だが清子の表情は変わらない。何も思わないのだろうか。
「清子。あのな……。」
「……清子ではなく、徳成です。何度か言いましたよね。」
やがて一階に付くと、清子はまっすぐ建物から出ようとしていた。その後ろ姿を追う。
「徳成。あのさ……。」
「何ですか?」
弁解しようとした。だがそれを阻む人がいる。
「徳成さん。」
声をかけられた方を振り返ると、そこには史の姿があった。史はいつものスーツ姿ではなく、ジーパンやシャツと言ったどこにでも行るような男性の格好だった。
「編集長。」
「何度か電話をしたんだけど、繋がらないから来てしまったよ。」
「あぁ……すいません。講習中は電源を切ってましたから。」
どうして史が来ているのだろう。晶は少し不思議に思いながら、もう今日は弁解できないと思った。
「何か用でしたか?」
「あぁ。会社にね。徳成さんを呼んで欲しいっていう連絡があってね。」
「どこから?」
もう晶のことを忘れたように、二人は行ってしまう。その後ろ姿を見て、晶はぐっと拳に力を入れた。
「徳成。」
振り向くと、そこには晶の姿があった。いつものボックス型のバッグを持っているところを見ると、どうやら仕事の後らしい。
「久住さん。仕事ですか?」
「うん。こっちはもう少しかかりそうだな。」
晶は「三島出版」の子会社が発売しているAVのジャケット写真や宣伝用のポスターを撮ることもある。今日はおそらくその撮影なのだ。
「お前、講習会って言ってたっけ。」
「そうですよ。」
「どんなやつ?俺が聞いてもわかる範囲で話してくれよ。」
「セキュリティーの講習です。新種のウィルスが蔓延しそうだと。」
「そっか。」
わかっているようなわかっていないような曖昧な返事だ。おそらくわかっていない。
「そう言えばさ、こっちの世界でちょっとした騒ぎがあって。」
「何ですか?」
「AVの監督が飛んだらしくて。」
「飛んだ?」
「つまり借金を相当こさえて逃げたらしいんだわ。」
「あぁ……。」
自分もそうしたようなものだ。借金はなかったが、ゼロからのスタートだった。まだ十六にもなっていなかったのに。
「残ってた修正前のAVがヤクザの手に渡って、無料公開されてる。」
「そういうのが餌になるんですよ。」
エレベーターは一階へ行ったり戻ってきたりしているが、あまり進んでいない。この後の仕事はないが、さすがにいらいらしてきた。
「階段を使おうかな。」
「四階くらいなら余裕だろ?俺も行くわ。」
そういってエレベーター脇の非常階段に手をかける。そして薄暗い階段を二人で降りていった。
「……昨日さ。」
「何ですか?」
清子が後ろから階段を下りていっていたら、急に晶が足を止める。
「編集長が少し変だったなって。」
「……。」
理由はわかる。だが晶に言うことではない。
「そうですか?」
「お前を降ろした後に、俺につっかかってきてさ。珍しく何だかんだってグチってきた。」
「編集長も人間ですから。そういうときもありますよ。特に……お酒を飲んでましたしね。」
「お前は素面とかわんねぇな。」
「酔ったことがなくて。」
「その言葉通りだと思ったわ。」
晶はそういって笑っていた。だがさっきまで仕事の勉強をして気を逸らしていたのに、また史の言葉が蘇ってきそうになり清子は、また足を進める。
そのとき階段下から一人の女性が上がってきた。それはエレベーターで上がるとき、一緒になった背の高い女性だった。何でもないジーパンとシャツだけだが、歩き姿も立ち姿もとても決まっている。
「晶。」
女性は晶に声をかける。すると晶は少し笑って、女を見た。
「お前、まだ仕事?」
「別の雑誌の撮影。同じ建物で良かったわ。」
「へぇ……。」
ずいぶんナチュラルな衣装だと思う。だがそのジーパン一つでもおそらくブランドものなのだろう。
「あら。そちらは?」
女が清子の方に目を移す。一緒に階段を下りて行っていたのに、足を止めたということは知り合いなのだろう。
「同僚だよ。」
「え?あぁだったら、雑誌の編集の方?」
「違う。うちのIT部門。」
「あぁ。そういう……。初めまして。愛と言います。」
「派遣でお世話になっています。徳成と申します。」
そういって清子はバッグから名刺入れを取り出した。そしてその一枚を愛子に手渡す。細い指で、その指にはピンク色のナチュラルなネイルがしてあった。
「派遣社員?」
「はい。」
「勉強会か何か?」
「講習会です。」
「そうか。日々進化するもんね。こんな世界も。」
そういって愛はその名刺をバッグに入れた。あまり興味はないのだろう。
「晶はまだ撮影に時間がかかる?」
「そうだな。まだ真っ最中だし。終わったらパッケージの撮影。」
「夕方には終わる?ご飯にでも行かない?」
その言葉に晶は頭をかく。
「いいや。撮影スタッフと飯行く話になってる。」
「そうか。そういう付き合いも大事だもんね。じゃあ、がんばってね。」
愛はそういうと階の上に上がっていく。その姿に清子は少しため息を付いた。
「どうした。」
「格好いい女の人だと思って。」
「そうだな。」
「ただの仕事の相手ではないですよね。」
その言葉に晶の足が止まる。だが否定もしなかった。
「あぁ。」
恋人同士だ。一緒に住んでいる。昨日だってセックスをしてきたのだ。だがそれを一番知られたくない人に知られた気がする。
だが清子の表情は変わらない。何も思わないのだろうか。
「清子。あのな……。」
「……清子ではなく、徳成です。何度か言いましたよね。」
やがて一階に付くと、清子はまっすぐ建物から出ようとしていた。その後ろ姿を追う。
「徳成。あのさ……。」
「何ですか?」
弁解しようとした。だがそれを阻む人がいる。
「徳成さん。」
声をかけられた方を振り返ると、そこには史の姿があった。史はいつものスーツ姿ではなく、ジーパンやシャツと言ったどこにでも行るような男性の格好だった。
「編集長。」
「何度か電話をしたんだけど、繋がらないから来てしまったよ。」
「あぁ……すいません。講習中は電源を切ってましたから。」
どうして史が来ているのだろう。晶は少し不思議に思いながら、もう今日は弁解できないと思った。
「何か用でしたか?」
「あぁ。会社にね。徳成さんを呼んで欲しいっていう連絡があってね。」
「どこから?」
もう晶のことを忘れたように、二人は行ってしまう。その後ろ姿を見て、晶はぐっと拳に力を入れた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる