不完全な人達

神崎

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 清子が住んでいるアパートの一階はコンビニと学習塾がある。この時間になればもう学習塾はやっていないが、コンビニは赤々と電気がついていた。
 清子は髪を下ろしたまま、スウェット姿でそのコンビニに入り煙草を買う。痩せぎすで、髪を下ろしたままの清子の姿は、病人かジャンキーにも見えた。男の店員が、お釣りを返すときに清子の手首を見た。傷がないように見えて、ほっとしている。自傷の癖がある女にも見えたのかもしれない。
 コンビニを出ようとしたとき、タクシーが一台止まった。そして中から人が出てくる。それは史だった。別れたときと同じ格好で、家に帰っていないのは本当なのだろう。
 史は清子の姿に少し驚いたようだが、いつもと同じ笑顔で清子に近づいた。
「誰かと思った。髪を下ろしていると別人だね。」
「そうですか?」
 清子はそう言ってポケットからキーケースを取り出す。そして史にそれを手渡した。そのときだった。
「あっ……。」
 タクシーはそのまままた大通りを行ってしまった。その様子に清子は少し呆れたように言った。
「少し待っていただけば良かったのに。」
「そのつもりだったんだけど……今日は、タクシーの台数も少ないみたいだった。ここに来るのも結構待ったよ。」
「……そうでしたか。」
 自分には関係ない。そう思いながら清子はその上の階へ向かう階段の方へ足を向けた。
「徳成さん。タクシーがくるまで家で待たせてくれないかな。」
「それは遠慮します。」
 家に上がればきっと史は手を出してくる。だから家に呼ぶつもりはなかった。
「何もしないよ。」
「……その保証はないでしょう?それに軽く男性を部屋に入れるようなことはしないので。」
「男と思ってくれていたのか。」
 その言葉に清子は少し咳払いをした。男として意識していると思われたくなかったから。
「……どちらにしても家に入れる気はありません。明日の準備があるので、私はこれで……。」
 煙草を手にして、この上の階へ上がる階段の方へ向かう。するとその後ろを史がついてきた。
「何ですか?」
「久住は家に入れたんだろう?」
 その言葉に清子は少し首を傾げる。
「昔のことです。」
「……。」
「若いときは警戒心がないものですから。今は……それなりに見て、それなりに思うこともあります。だから編集長を入れるわけにはいかないんです。」
「それは、俺に信用がないから?」
「はい。」
 まっすぐ言われると思っていなかった。少し笑って、まっすぐに清子をみる。
「何もしない。」
「だったらすぐにタクシーを呼んでください。」
 すると史は携帯電話を出して、どこかに電話を始めた。だがその表情は少し険しくなる。
「一時間くらい待つそうだ。」
「そんなに……。」
「金曜日の夜だ。そんなものなのだろうね。」
「大変ですね。」
 それでも家に入れたくない。家に入れば終わりだ。
「俺もどんな仕事をしているのか気になる。会社はデジタル部門に力を入れようとしているのに、どこから手を着けていいかわからない状態だ。だから君の仕事は気になるみたいだ。一年間でどれだけ種を蒔けるかと思っているらしい。」
 仕事の話を出されると弱い。清子は少しため息を付いて、史に背を向ける。
「勝手にどうぞ。」
「だったら勝手にするよ。」
 そう言って史は清子の背中を追った。住むところがわかれば後は簡単かもしれない。

 部屋はシンプルなもので、モデルルームの方がものがあるように思える。部屋の片隅にあるのは、深い赤のキャリーケース。いつでも出ていけるようにしているのかもしれない。
 だがその部屋に違和感があるようにデスクトップのパソコンや、プリンターなどの周辺機器がある。それが清子の仕事道具なのだ。
 清子はそのパソコンに近づくと、電源を入れる。
「うちとは違うパソコンだ。」
「こっちの方が使いやすいんです。元々のソフトはこっちが開発したものですし。」
 いすに座りメールを開いたり、黒い画面に何かを打ち込んでいる。その意味はよくわからない。勉強もしていないからわからないのだろう。明日にある講習会も子の分だと全くわからない。
「……冷蔵庫を開けていい?」
「どうぞ。お茶なら入ってます。コップは戸棚の中です。」
 視線を向けないで、パソコンの画面を見たままいう。男の影すらない。まるでホテルのような部屋で、きっと寝るか、パソコンを当たるくらいしかしない部屋なのだ。棚はあるが本は数冊あるだけ。
 冷蔵庫を開けると食材はほとんどない。言われたとおりお茶と、ビールが数本あるだけだ。そのお茶を手にすると、戸棚をみる。コップが二つあり、その一つにお茶を注ぐと一気に飲み干した。
「……。」
 静かな部屋にクリック音と、キーボードをたたく音がする。すると清子の携帯に着信がある。それを清子は取ると、何か話し始めた。
「えぇ……そうですね。それが出回ると……えぇ……。」
 電話を切ると清子はまたパソコンの画面を見る。そして少しため息を付いた。
「どうしたの?」
「新種のウイルスが出回ってますね。まだそれほどではないのですが……そうだ。聞きたいことがあったんです。」
「何?」
 やっとパソコンの画面から目が離れて、史の方を見た。
「おそらくそう言う雑誌の編集ということですから、無料でみれるポルノ画像なんかや動画の存在はわかりますか。」
「あぁ。俺らにとっては敵のようなものだな。」
「敵?」
「無料で出回られると困る。金を払って手に入れて、抜いてもらうのが俺らの仕事だ。それが無料で出回ると、俺らには何も手に入らないから。」
「そうですね。ですが、実際出回ってます。そして、その動画や画像でウイルス感染が認められることもあります。あまり見ないことを注意する……。」
 そのとき史が清子の近くに来ていることがわかった。清子は少しため息を付くと、パソコンの電源を切った。
「そう言ったことは本誌には載せている。ホームページにも載せてみたらどうだろうか。」
「そうですね。」
 清子も逃げるようにいすから立ち上がると、キッチンへ向かう。あくまで自然に逃げていると思わせたくなかった。先ほど文が載んだコップがある。それを簡単にすすぐと水分を避けて、お茶を注いだ。
「タクシーがくる時間にあわせて、表に出ていた方がいいんじゃないんですか。」
 お茶を口に入れて史に言うと、史はキッチンの方へやってくる。
「徳成さんはいくつだっけ。」
「歳ですか。二十五です。」
「俺は三十五になる。三十五の男と二十五の女。同じ部屋にいて何もないわけがないと思わないか。」
 清子は首を横に振る。そして史を見た。
「ありませんよ。意識してませんから。」
「俺はしてるよ。」
「……AVのシチュエーションではあるのかもしれませんね。女性向けの……。」
「さっき、男として意識をしていると言ったから家に入れたくないと言っていた。少なくとも君も意識はしているはずだ。」
 清子はコップをシンクにおくと、リビングの方へ行こうとして史の方へ向かう。だがそれを勘違いさせた。
 二の腕を素早く捕まれて、壁に押しつけられる。
「何……。」
 史はまっすぐ清子を見据えた。清子もちらっと史の方をみる。だがそのまなざしに、思わず視線をそらせた。
「好き。君のこと、好きなんだ。」
 その言葉に清子はうつむいた。
「恋心じゃない。」
 ぽつりと清子が言うと、史は少し笑って言う。
「じゃなければ何だと思う?」
「独占欲。」
 日本酒バーで晶が言ったことを根に持っている。だからそう言う言葉を使った。そう言う風に清子はとらえたのだ。
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