不完全な人達

神崎

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 パソコン関係のトラブルがあったらまず会社のウェブ担当者に聞くが、最近は清子に聞くことも多い。ウェブ担当者は行動が遅く、わからないことがあって結局、関連会社に問い合わせをすることが多い。そうなってくると早く片を付けたい部内では、時間が足りないことが多いのだ。
 だからかもしれないが、清子のところに相談を持ちかけるところが多くなってきた。清子はこれも仕事だと、フットワークが軽くその部署へ向かう。
「……これで良いはずです。」
 他部署は、他の階のファッション雑誌の課。急にパソコンが動かなくなったと、女性の社員から連絡があった。ファッショナブルな女の中に、清子の姿は少し浮いていたように思える。だがそんなことを気にしないように、女性社員は笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。助かりました。」
「いいえ。とんでもない。また何かありましたら、声をかけてください。」
 そう言って清子は時計をみる。この課は校了に入りかけていて、まだ残業をしている人が多い。もう少しすれば、自分たちの雑誌も校了になる。そうすればこんなにゆっくりはできないだろう。
「徳成さん。これ。よかったら持って行って。」
 そう言ってその女性は、かわいらしいパッケージに入ったグロスを差し出す。
「え?」
「新製品だってメーカーさんからもらったの。人数分以上あるから、徳成さんにもお裾分け。」
「あ、ありがとうございます。」
 最低限の化粧しかしていない清子に、女性たちは気を使ったのだろう。」
「肌は強い方?」
「普通です。アレルギーはありますが。」
「だったら肌に合わなかったら捨てちゃって良いから。」
 ほんのりピンク色のグロスらしい。こう言うのを塗れば男は嬉しいのだろうか。
「悪いわねぇ。今日「pink倶楽部」の人たち飲み会だって言ってたのに。」
 編集長の女性が声をかけてくれた。その様子に清子は手を横に振る。
「仕事ですので、気にしないでください。」
 部屋を出て携帯電話をみる。十九時からの飲み会だと言っていたが、もうすでに十九時三十分をさしている。遅れていくことになるだろう。
 階段を使って階を上がっていく。そして十階にたどり着いて、自分の部署へ向かった。部屋の中にはもうだれもいない。電気が付けっぱなしになっているのは、全部が終わったときではないと電気を消してはいけないことになっているから。
 清子は荷物をまとめると、部屋を出ていこうとした。その時、部屋に荷物を持った晶が入ってくる。
「あー。撮影が遅くなった。」
 清子はその様子を見て、部屋を出ていこうとした。
「言い出しっぺなのに遅れると思ってなかったな。」
「そうですか。」
「幹事を明神さんに任せて良かった。」
 晶はこの性格だ。不満を持っている人もいるが、割と人付き合いが良い方だろう。それは昔から変わらない。
 高校の時も、入学してすぐに晶の周りには男女かまわずに人が集まっていた。授業中以外はずっと机にうつ伏していた清子とは真逆に見えていたのを覚えている。
 何もいわずにオフィスを出て行こうとしたとき、晶は清子に声をかける。
「徳成さん。ちょっと来て。」
 早く行かないといけないだろうに、どうして呼び止めるのだろう。少し不満に思いながらも、清子は晶のデスクに近づいた。すると晶は持っていたボックス型の鞄からカメラを取り出す。
「これと、こっち、どっちがぐっとくる?」
「ぐっと?」
 清子はカメラに映し出されている液晶画面をのぞき見る。そこには男性モデルだろうか、半裸の男の写真がある。一つは白いワイシャツを完全に見えていなくて、肩に掛かっているだけ。もう一つは同じようなポーズだが、こちらは完全に脱いでいてジーパンだけだった。
「さぁ……。ぐっとといわれても……そう言うのは明神さんに聞いた方が良いような気がしますが。」
「素人の意見が聞きたいんだよ。写真は素人だろ?」
「……。」
 確かに素人ではあるが、素人、素人と連呼されるといらっとするものがある。だがすぐに冷静にその液晶画面を見た。
「この人、あまり若くはないですね。」
「四十四だって言ってたわ。」
 長髪でわずかに茶色の髪。だがその鍛えられた筋肉は見事なものだ。
「そうですね……。完全に脱いでいるものよりも、少し隠した方が良いかもしれませんね。」
「お前、案外エロいな。」
 正直に言ったのにその言葉はない。清子はむっとしてその机から離れようとした。その時手に持っていたものが落ちて転げた。それを拾い上げようとしゃがみ込む。すると晶もしゃがみ込んで一足先にそれを手に取る。
「何だ?グロス?」
 ピンク色のグロスだ。こんなものを持っていただろうか。首を傾げると、清子はそれを奪い取るように手にした。
「お前のか?」
「はい。」
「そんなチャラいの塗ってるのみたことねぇけど、今日飲み会だからか?」
「関係ないです。」
 そう言ってそのグロスをバッグに入れようとした。するとその手を晶に捕まれる。
「何ですか?」
「編集長に見せるためか?」
「何で編集長が出てくるんですか。」
「だってよぉ……。」
「何の誤解をしているのか知りませんけど、何もありませんから。」
「じゃあ何でそんなもん持ってるんだよ。」
 隠すこともないので、晶の方を見て言う。だが少し近い。距離をとって清子は言った。
「さっき、八階の女性誌の方にパソコン関係のトラブルで呼ばれました。そのお礼です。」
 その言葉に晶は頭をかいた。それくらいならしそうだ。誤解するにも程がある。そう思いながら、晶は清子の方をみる。
「悪かったな。疑って。」
「いいえ。もう行きます。あとで見えられるんですよね。」
 すると晶は手を伸ばして、再び清子をしゃがませる。つかんだ二の腕が細い。
「何ですか。」
 晶は清子を引き寄せる。そして手に持っているグロスの蓋を開けた。
「塗ってやるよ。塗り方もわかんねぇだろ?」
「あとで調べますから。」
「良いから上向けよ。」
 渋々上を見ると手慣れているように晶はそのグロスを清子の唇に塗る。柔らかい唇だ。おそらく何も塗っていないのだろうに、赤くなっている。
「やっぱ……。」
「え?」
 晶は立ち上がると、デスクの上にあるティッシュに手を伸ばす。そしてグロスを拭った。
「あまり似合わねぇな。口だけ浮いてる感じ。」
「だと思いました。ちょっと派手だと思いましたし。これは誰かに……。」
 この唇に触れたことがある。何度もキスをした。どちらも興奮していたのかもしれないが、最後には清子も求めていたように思える。
「清子。」
 そう言って晶は、また二の腕をつかむ。そして正面に見据えた。すると普段ぼさぼさに伸びているその髪から見える、懐かしいまなざしが見えた。
「や……。」
 だが清子はそれを拒否するようにふりほどく。
「もう行きます。」
 そう言って清子は駆け足でオフィスを出て行った。
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