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第四話

最終話 坂戸南駅北口商店街 大切なあなたのために ②

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………
……

 坂戸南駅北口商店街は、戦後の高度経済成長期で急速に街が発展した頃に作られ、今年でちょうど七〇年の歴史がある商店街だ。
 その名の通り、駅の北口から広い県道までのおよそ三〇〇メートルの大通りを『メインストリート』と呼び、西側に並行して通っている道を『サブストリート』と呼んでいる。
 この二つの道沿いと、周辺の小道に建てられたお店で形成されたのが『坂戸南駅北口商店会』だ。
 
 ピーク時は二〇〇近いお店が加入していたが、今では三〇程度。
 そのほとんどが『メインストリート』で軒を連ねており、『サブストリート』はいわゆるシャッター街と化してしまっている。
 それでも総菜屋や古本屋、接骨院など、今でも営業を続けているお店もなくはない。
 
 市長が提案した再開発計画では、このうち『サブストリート』を計画の一部に取り込み、公園や住宅を整備した近未来的な街づくりをしていくらしい。
 
 
「……なるほどね。親父たちは『サブストリート』を計画から外したいわけだ」


 と、パパたちにつかまってしまったお兄ちゃんがつぶやいた。
 
 お兄ちゃんは地元でもよく知られた秀才であり、東京の国立大学で政治学を勉強している。
 さらに大学教授からの紹介で、仙波さんという国会議員の先生のもとでアルバイトさせてもらっており、ゆくゆくは政治家になるのではないかと将来を嘱望されているのだから、パパたちが頼りにするのも分からなくもない。
 
 もっとも、お兄ちゃんが政治家になったら、変な法律を作りそうで不安だが……。
 たとえば『お兄ちゃんなら妹をいくら可愛がってもいい法』とか……。
 
 私が複雑な気持ちでお兄ちゃんの様子を見ていると、手を合わせたパパが必死に頼み込んだ。
 
 
「おい、吾朗! あの宏一をぎゃふんと言わせてやる策を考えてくれよ! 頼むよ!」


 「ふぅ」とため息をついたお兄ちゃんが重い口を開く。
 
 
「そう言われてもな。もはや陳情書が却下されたとなれば、魔法でも使わない限り、無理だと思うぜ」

「その魔法を使ってくれや! お前ならできる!」

「そうそう! 吾朗くんならできる!」


 パパの無茶なふりに、吉太郎おじさんら周囲の人々も乗っかって持ち上げてくるのだから、お兄ちゃんもたまったものではないだろう。
 
 案の定、目を丸くして手を横に振った。
 
 
「おいおい! 親父たちは本気で言ってるのか!? 魔法なんて、人間が使えるわけねえだろ! 使えるとしたらこの世界にはない化け物くらいなもの……」


 そう言いかけた時だった。
 お兄ちゃんが私の顔を見て、何かを思いついたようにはっとしたのである。
 
 
「ちょっと! なんでそこで私を見るのよ! それじゃまるで、私がこの世界にはない化け物みたい!」

 ぷくっと頬を膨らませて抗議する私の様子などお構いなしに、ニヤリと口角を上げたお兄ちゃんは高らかと宣言した。
 
 
「りゅっしーを使う! りゅっしーの集客力を上手く使えば、市長の心を動かせる可能性はゼロじゃない」


 お兄ちゃんは言葉が終わらぬうちに、素早く鞄からパソコンを取り出す。
 そして、パパに向かって鋭い口調で質問した。
 
 
「親父! 商店街の夏祭りの予定は?」

「た、たしか八月最後の土曜と日曜だったはずだぜ」


 商店街の夏祭りは、フリーマーケットと並ぶ商店街のビックイベントで、多くの人でにぎわう。
 特にここ最近は、毎年十月に開催される『坂戸よさこい』に参加するチームが「前哨戦」として踊りを披露する場として大いに盛り上がるのだ。
 ちなみに「よさこい」とは、数十人が一つのチームとなって踊りながら道を進んでいく踊りのことである。
 
 
「今年のよさこいは、『サブストリート』で披露してもらう。いや、今後は『サブストリート』こそがよさこいのメインストリートとするんだ」

「なるほど……。そうすれば『サブストリート』を残す意味ができるってことか……」

「それだけじゃない。よさこいで場が暖まったところで、極め付けにりゅっしーのパレードが始まるんだ。そうなりゃ、大人も子どもも大盛り上がり間違いなしだ」

「おおおおっ!」


 にわかに居酒屋の中が興奮のるつぼへと入っていく。
 しかしそこに待ったをかけたのはパパだった。


「しかし、その場だけで盛り上がっても、市長や市議会に伝わらなかったら意味ねえだろ」

 
 パパの冷水を浴びせるような指摘に、人々はがくりと肩を落とす。
 
 しかし……。
 お兄ちゃんだけは別だった。
 
 そして次の言葉はみんなの度肝を抜くものだったのだ――
 

「よし、じゃあ市長を招待しようぜ」


「うええええええっ!?」


 私が思わず口から目玉が飛び出しそうなくらいに仰天してしまったのも無理はないだろう。
 だって、忙しい市長をたかだか一商店街の夏祭りに呼ぼうと考えているのだから……。
 
 全員が言葉を失い固まっている中、お兄ちゃんはカタカタとキーボードをたたきながら言葉を続ける。
 
 
「日曜の夜なら公務も落ち着いているはず。二ヶ月前だとちょっと急だが……うん、これならいけるか!」


 と、声の調子を上げたお兄ちゃんが、パソコンの画面をパパたちに向けた。
 それは過去のニュース記事だ。
 
 『子どもたちが踊りの大会への招待状を市長へ直接手渡す。市長は参加を前向きに検討へ』……。
 
 
「よさこいに確か、ちびっこたちだけのチームがあったよな?」

「ああ、南小のチームと千代小のチームの二チームある」

「よしっ! じゃあ、その二チームの子どもたちが市長室へ直接招待状を届けに行くように段取ろう。地元紙の記者にも連絡だな」


 さらさらと言葉を連ねていたかと思うと、さっとスマホを取り出して電話をかける。
 
 
「あっ、ハルさん、どーも。神崎っす。実は市長の元へ子どもたちが表敬訪問に行くってネタができそうなんすけど。取材してくれます? いつかって? まだ未定っすけど、近々調整つけときますから。……はい、はい。分かりました。じゃあ、オッケーってことで! よろしくっす!」


 お兄ちゃんはみんなに向かって小さく親指と人指し指で丸を作って「OK!」というサインを送っている。
 だが私も含めて、その場の全員が未だに状況を飲み込めないでいた。 
 それくらいお兄ちゃんの行動は、流れるように鮮やかで、想像を遥かに超えたものだったのだ。
 
 
「じゃあ、あとは市長訪問日程と子どもたちへの協力依頼だな。まあ、子どもたちの方はどうにかなるだろ」


 そう言って、お兄ちゃんが私の方をちらりと見て指をさす。
 
 
「へっ? 私?」


 きょとんとする私に対して、お兄ちゃんは笑みを浮かべて続けた。
 
 
「ああ、若葉。……いや、りゅっしーの出番さ」

「ど、どういうこと?」

「りゅっしーと一緒に市長を訪問してくれる子を大募集! って宣伝したらどうなると思う?」


 その言葉の瞬間に、ようやくみんながお兄ちゃんの考えを飲み込めたようだ。
 顔を真っ赤に染めて、口ぐちに意見を言い始めた。

 
「うおおおおおっ! 子どもたちがわんさか集まるに決まってるだろ!」

「子どもたちが大勢で市長を訪ね、新聞社の取材も入ったら……。さすがの市長でも断れない!!」

「そして『サブストリート』をよさこい踊りとりゅっしーのパレードで盛り上げる!」

「それを目の当たりにした市長は……」


 みんなが顔を合わせると、一斉に叫んだ。
 
 
「計画を見直す!!」


 わあっと盛り上がるパパたち。
 私は興奮のあまりに言葉を発せずに、ただお兄ちゃんを見つめるより他なかった。
 するとニコリと微笑んだお兄ちゃんは、私の意志を確かめるように問いかけてきた。
 
 
「若葉。やってくれるか?」


 そんなの……。
 もちろん、答えは一つに決まってるでしょ!!
 私は胸を張って大きな声で告げたのだった。

 
「どーんと、若葉におまかせあれ!!」


 と――
 
 
 
 
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