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第四話

最終話 坂戸南駅北口商店街 大切なあなたのために ①

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◇◇

 夏休みに入ったばかりのある日の夜――
 
 
「せ、先輩! き、聞いて欲しいことがあるんです!」


 近所の公園の片隅。
 虫の音が小さく聞こえる中、私の声が澄んだ夜空に響き渡った。
 
 時刻は午後九時。
 陽が落ちて、辺りは真っ暗。
 そんな中、目の前の垣岡悠輝先輩の顔は、街灯の光に照らされて仄かに輝いている。
 
 
「うん、どうしたんだい? すごく緊張しているようだけど」


 先輩が私のことを心配してくれている。
 もう本当はそれだけで天にも昇っていってしまいそうなくらい嬉しかったのだが、今はそんな小さなことに気を取られている場合ではなかった。
 
 なぜなら私は先輩に『告白』するのだから……。
 
 
「先輩!! 実はわたし……!!」


◇◇

 話は少しだけさかのぼる。
 六月下旬のとある月曜日――
 
 テレビのお天気お姉さんが爽やかに梅雨の季節の到来を告げ、私が授業中に窓からぼんやりと雨模様の外を眺めていたのを、現国のともみん先生に注意されていた頃。
 パパと月曜が定休日の吉太郎おじさんの二人は、市議会の定例会を傍聴しに『市議会議場』の中にいた。

 実はパパたち『坂戸南駅北口商店会』は、とある陳情書を市議会に提出しており、この日の定例会でその陳情について審議されることになっているのだ。

 三二席ある傍聴席の中でも、パパたちは最前列を陣取ったそうだ。
 そして、とある青年が議会に姿を現したところで、パパが悪態をついた。


「おいっ、きっちゃん見ろよ! 宏一の野郎、すまし顔で入ってきやがって!」

「しっ! だいちゃん、声が大きい! 傍聴席は私語禁止なんだから!」

「けっ! 面白くねえ! つい最近までガキンチョだったくせしてよぉ」


 宏一と呼ばれたのは、弱冠三二歳の若さで市長の座についた杉谷 宏一(すぎや こういち)。
 折り目のついたスーツに身を包み、さっぱり刈り上げられた髪型はいかにも好青年といった印象を与えている。

 彼がまだ前市長の新米秘書だった頃は、よく居酒屋『だいご』や春川理容店にも来ていたそうで、パパたちとは顔見知りなのだ。

 そんな彼が選挙公約に掲げたのが『坂戸南駅近郊の再開発』だ。
 実はパパたちは、その見直しを求めて陳情書を提出したのだった。

 もちろん街が再開発されること自体に反対はしてないし、パパたちは市長の後援もしているくらいに応援している。

 しかしつい最近になって、その内容に少し変化が生じ、『坂戸南駅北口商店街』の一部が再開発の対象となって閉鎖されることになってしまったのである。

 商店会会長のパパが猛然と反対したのは言うまでもない。
 もちろんパパだけじゃなくて、商店会に所属している多くの人々が市長の案に異議を唱えた。

 そこでパパたちは商店会の集まりで陳情書をまとめて、提出したというわけだ。


「では次に、坂戸南駅近郊の再開発に対する陳情書についての審議に移りたいと思います」


 歳のいった議長が重々しい口調でつげると、青年市長がさっと手を上げる。
 議長は彼に目を向けると「市長、どうぞ」と言った。

 姿勢正しく起立した市長は、真っ直ぐに傍聴席の方を向いて、高らかと語り始めたのだった。


「この再開発は坂戸市の未来がかかっているのです!!」


 と――


………
……

「んで……。けっきょくは陳情書は『却下』だったてわけか」


 魚屋の主人であるしげさんが、淡々とした口調で言うと、パパは口を尖らせた。
 
 
「けっ! あの野郎! 散々世話してやった恩を忘れやがって」

「まあまあ、市長には市長の考えがあってのことだろうし……。次の手を考えようよ」


 吉太郎おじさんがパパをなだめると、パパは周囲をぐるりと見回した。


 この日は日曜日の夜。
 閑古鳥が鳴いている居酒屋『だいご』に集められたのは、商店会の面々だった。

 そんな中、おじさんたちにまじって、私も加わえさせてもらっている。

 だって坂戸南駅北口商店街が最大のピンチを迎えているってパパが言うものだから、マスコットキャラクターの中の人として働いている身としては、見過ごせないわよ!


「パパ! これからどうするの!? 私なんでも協力するから!」

 
 私が鼻息を荒くしながら問い詰めると、パパは困ったように眉を八の字にした。
 
 
「さあ……。これからどうしようかね」


 どうやら感情に任せて商店会のメンバーを招集したはいいものの、パパはこの後の計画は全く考えていなかったようだ……。
 そしてここに集まってきた人々も良い考えを持ち合わせていないのは、誰も何も発言しようとしないところから明らかであった。
 
 何とも言えない気まずい空気が場を支配し始める。
 たまらずに吉太郎おじさんが「今日のところはもう……」と口を開きかけたその時……。
 
 ガチャ……。
 
 と、ドアが開けられると、中に入ってきたのはお兄ちゃんだった。
 そして彼の登場こそが、商店街の未来をかけた大勝負への始まりであった――

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