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第三話
第三話 居酒屋『だいご』 若葉の初任給 ⑤
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◇◇
翌日の月曜日。昼休み――
「あははっ! 超ウケるー!! あははー!!」
目の前でお腹を抱えながら大笑いしているマユを見て、私はふくれっ面をした。
「もうっ! そんなに笑うことないでしょ!! こっちは大変だったんだよ!」
……とは言え、マユに腹を抱えながら爆笑されてしまうのも無理はない。
なぜなら家族へのプレゼントを買いに、ママと一緒にわざわざ川越まで行ったにも関わらず、けっきょくは何も買えずじまいで、持って帰ってきたものは全部ママに買ってもらった自分のものばかり。
さらに、憧れの先輩の母親を目の前にして気絶し、しばらく介抱されるという……。
まさにさんざんな一日だったのだ。
確かに私が不甲斐なかったのはよく分かってるつもりよ。
それでも顔を真っ赤にして苦しそうに大笑いするって、親友として失礼だと思わない!?
そこは「たいへんだったねぇ」と慰めてくれてもいい場面だと思うの!
無糖のヨーグルトを食べるのも忘れて笑い続けているマユから、ぷいっと顔をそらした私は、牛乳パックにさしたストローを音を立てて吸った。
そんな中、一人で淡々とお弁当をたいらげたたまちゃんが、お茶をすすってからのんびりとした口調で問いかけてきた。
「んで、ご家族へのプレゼントはどうするのぉ?」
私はちらりと二人を見る。
たまちゃんの問いにマユも口を閉じて、私の答えを待っているようだ。
実は、パパたちへのプレゼントについては、とあるアイデアがひらめいていた。
でもそのアイデアをここで口にしたら絶対に笑われちゃう。
そんな風に思えると、ますます緊張して言葉が出てこなくなってしまったのだった。
すると二人は私に向けて拳を握りしめて答えを催促してきた。
「若葉。今度は絶対に笑わないから話してごらん」
「そうだよぉ、若葉。ファイト」
二人の視線に根負けした私は、ぼそりとつぶやくように答えた。
「……レストラン……」
「レストラン?」
「……うん」
恥ずかしくて消え入りそうな声で答えた私。
一方のマユとたまちゃんの二人は顔を見合わせている。
しばらく誰も何も口にしない静かな時間が過ぎた後、口を開いたのはマユだった。
「もしかして若葉は、家族みんなをレストランへ食事に招待しようと考えてるの? どうして?」
恥ずかしくて顔から火が出そうなくらいに熱い。でももう口にしてしまった限りは躊躇しても仕方ない。
私は消え入りそうな声で理由を話した。
「ヤスコさんが、家族と過ごす時間が『プレゼント』だって言ってたから……。うちはみんなで揃ってご飯食べられないし……」
そう言い終えると、再び何とも言えない沈黙が流れる。
はぁ……。
やっぱり言うんじゃなかったなぁ……。
絶対に分かってもらえないもの……。
そんな風に暗い気持ちに沈みかけたその時だった――
バシッ!!
と、乾いた音を立てながら、豪快に背中をはたかれたのである。
「いたっ!!」
と、思わず背筋を伸ばして声をあげると、マユとたまちゃんが、にんまりしながら私の顔を覗き込んできた。
そしてマユが弾むような軽い調子で、声をかけてきたのだった。
「さっすが、若葉!! うん! すごくいいプレゼントだよー!!」
「えっ!?」
絶対に可笑しく思われると考えていた私は彼女の意外な言葉に目を丸くした。
すると左隣にいるたまちゃんからも、声が聞こえてきた。
「若葉はやっぱり若葉ねぇ。わたし若葉のそういうところ好きだよぉ」
「た、たまちゃん!?」
親友とはいえ「好き」と言われると照れてしまうのは仕方ない。
私は思わず顔を真っ赤にして口を閉じてしまった。
直後にお腹の中からぐっと、熱いものが込み上げてくる。
そのせいで、何かを口にしようとすると声が震えてしまいそうだ。
もしかしたら涙も一緒に出ちゃうかもしれない。
それくらいに、マユとたまちゃんの二人に、私の考えていたことが否定されず、むしろ好意的にとらえてもらえたのが嬉しくてたまらなかった。
何も口にできないでいる私を見て、マユがすかさず問いかけてきたのだった。
「ところで若葉。いつレストランを予約するつもりなの?」
私は一度深呼吸して気持ちを落ち着けると、ゆっくりとした口調で答えた。
「こ、今度の日曜日。もう川越のイタリアンを予約しちゃった」
「日曜かぁ。そうなると居酒屋『だいご』は臨時休業ってこと?」
たまちゃんの鋭い指摘に、私はブンブンと首を横に振った。
「ママとお兄ちゃんからはすぐに『OK』がもらえたのだけど……。実はパパからはもらえていないの」
「つまり『仕事を休んでまでして、娘の言うことは聞けねえ』ってこと?」
マユがパパの真似をしながら問いかけてきたので、自然と苦笑いが漏れる。
私の様子に、たまちゃんが大きなため息をついた。
「はぁ……。やっぱり大吾おじさんは大吾おじさんねぇ。そういうところ、若葉もそっくりだもん」
「ちょっと、たまちゃん。パパに似てるとか、やめてよぉ」
「まぁまぁ、細かいことは今はいいじゃん。若葉にはおじさんを説得する自信はあるのー?」
「……そんなのあったら苦労しないわよ。一度言い出したら、頑として曲げないパパをどうやって説得したらいいの……」
がくりと肩を落とす私。
一方のマユとたまちゃんは私の頭越しに見つめ合うと、満面の笑みとなってうなずき合った。
そして驚くべきことを口にしたのだった。
「若葉! こんな時こそ、うちらの出番だよー!」
「そうだよぉ、若葉。わたしたちがついてるから!」
私はパッと顔を上げて二人の顔を交互に見た。
二人ともめらめらと炎を瞳に宿しながら胸を張っている。
そして「せーの」と声を合わせて告げてきたのだ。
「「どーんと、わたしたちにおまかせあれっ!」」
と――
二人の優しさと、透き通った声は、梅雨を間近に控えた青空にどこまでも響いていった。
翌日の月曜日。昼休み――
「あははっ! 超ウケるー!! あははー!!」
目の前でお腹を抱えながら大笑いしているマユを見て、私はふくれっ面をした。
「もうっ! そんなに笑うことないでしょ!! こっちは大変だったんだよ!」
……とは言え、マユに腹を抱えながら爆笑されてしまうのも無理はない。
なぜなら家族へのプレゼントを買いに、ママと一緒にわざわざ川越まで行ったにも関わらず、けっきょくは何も買えずじまいで、持って帰ってきたものは全部ママに買ってもらった自分のものばかり。
さらに、憧れの先輩の母親を目の前にして気絶し、しばらく介抱されるという……。
まさにさんざんな一日だったのだ。
確かに私が不甲斐なかったのはよく分かってるつもりよ。
それでも顔を真っ赤にして苦しそうに大笑いするって、親友として失礼だと思わない!?
そこは「たいへんだったねぇ」と慰めてくれてもいい場面だと思うの!
無糖のヨーグルトを食べるのも忘れて笑い続けているマユから、ぷいっと顔をそらした私は、牛乳パックにさしたストローを音を立てて吸った。
そんな中、一人で淡々とお弁当をたいらげたたまちゃんが、お茶をすすってからのんびりとした口調で問いかけてきた。
「んで、ご家族へのプレゼントはどうするのぉ?」
私はちらりと二人を見る。
たまちゃんの問いにマユも口を閉じて、私の答えを待っているようだ。
実は、パパたちへのプレゼントについては、とあるアイデアがひらめいていた。
でもそのアイデアをここで口にしたら絶対に笑われちゃう。
そんな風に思えると、ますます緊張して言葉が出てこなくなってしまったのだった。
すると二人は私に向けて拳を握りしめて答えを催促してきた。
「若葉。今度は絶対に笑わないから話してごらん」
「そうだよぉ、若葉。ファイト」
二人の視線に根負けした私は、ぼそりとつぶやくように答えた。
「……レストラン……」
「レストラン?」
「……うん」
恥ずかしくて消え入りそうな声で答えた私。
一方のマユとたまちゃんの二人は顔を見合わせている。
しばらく誰も何も口にしない静かな時間が過ぎた後、口を開いたのはマユだった。
「もしかして若葉は、家族みんなをレストランへ食事に招待しようと考えてるの? どうして?」
恥ずかしくて顔から火が出そうなくらいに熱い。でももう口にしてしまった限りは躊躇しても仕方ない。
私は消え入りそうな声で理由を話した。
「ヤスコさんが、家族と過ごす時間が『プレゼント』だって言ってたから……。うちはみんなで揃ってご飯食べられないし……」
そう言い終えると、再び何とも言えない沈黙が流れる。
はぁ……。
やっぱり言うんじゃなかったなぁ……。
絶対に分かってもらえないもの……。
そんな風に暗い気持ちに沈みかけたその時だった――
バシッ!!
と、乾いた音を立てながら、豪快に背中をはたかれたのである。
「いたっ!!」
と、思わず背筋を伸ばして声をあげると、マユとたまちゃんが、にんまりしながら私の顔を覗き込んできた。
そしてマユが弾むような軽い調子で、声をかけてきたのだった。
「さっすが、若葉!! うん! すごくいいプレゼントだよー!!」
「えっ!?」
絶対に可笑しく思われると考えていた私は彼女の意外な言葉に目を丸くした。
すると左隣にいるたまちゃんからも、声が聞こえてきた。
「若葉はやっぱり若葉ねぇ。わたし若葉のそういうところ好きだよぉ」
「た、たまちゃん!?」
親友とはいえ「好き」と言われると照れてしまうのは仕方ない。
私は思わず顔を真っ赤にして口を閉じてしまった。
直後にお腹の中からぐっと、熱いものが込み上げてくる。
そのせいで、何かを口にしようとすると声が震えてしまいそうだ。
もしかしたら涙も一緒に出ちゃうかもしれない。
それくらいに、マユとたまちゃんの二人に、私の考えていたことが否定されず、むしろ好意的にとらえてもらえたのが嬉しくてたまらなかった。
何も口にできないでいる私を見て、マユがすかさず問いかけてきたのだった。
「ところで若葉。いつレストランを予約するつもりなの?」
私は一度深呼吸して気持ちを落ち着けると、ゆっくりとした口調で答えた。
「こ、今度の日曜日。もう川越のイタリアンを予約しちゃった」
「日曜かぁ。そうなると居酒屋『だいご』は臨時休業ってこと?」
たまちゃんの鋭い指摘に、私はブンブンと首を横に振った。
「ママとお兄ちゃんからはすぐに『OK』がもらえたのだけど……。実はパパからはもらえていないの」
「つまり『仕事を休んでまでして、娘の言うことは聞けねえ』ってこと?」
マユがパパの真似をしながら問いかけてきたので、自然と苦笑いが漏れる。
私の様子に、たまちゃんが大きなため息をついた。
「はぁ……。やっぱり大吾おじさんは大吾おじさんねぇ。そういうところ、若葉もそっくりだもん」
「ちょっと、たまちゃん。パパに似てるとか、やめてよぉ」
「まぁまぁ、細かいことは今はいいじゃん。若葉にはおじさんを説得する自信はあるのー?」
「……そんなのあったら苦労しないわよ。一度言い出したら、頑として曲げないパパをどうやって説得したらいいの……」
がくりと肩を落とす私。
一方のマユとたまちゃんは私の頭越しに見つめ合うと、満面の笑みとなってうなずき合った。
そして驚くべきことを口にしたのだった。
「若葉! こんな時こそ、うちらの出番だよー!」
「そうだよぉ、若葉。わたしたちがついてるから!」
私はパッと顔を上げて二人の顔を交互に見た。
二人ともめらめらと炎を瞳に宿しながら胸を張っている。
そして「せーの」と声を合わせて告げてきたのだ。
「「どーんと、わたしたちにおまかせあれっ!」」
と――
二人の優しさと、透き通った声は、梅雨を間近に控えた青空にどこまでも響いていった。
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