16 / 37
第二話
第二話 春川理容店 いつも空いてる指定席 ⑦
しおりを挟む垣岡悠輝――
県内屈指の進学校、川越三校という男子校に通う高校二年生。
ちなみにお兄ちゃんも同じ高校に通っていたが、ちょうど垣岡先輩が入学した年に卒業したので、すれ違いであった。
先輩もお兄ちゃんと同じように文武両道の美男子。
高校でも中学の時と同じバスケ部に所属し、一年生の時からエースとして大活躍しているらしい。
ちなみにそれもお兄ちゃんとまったく同じだ。
このようにお兄ちゃんと垣岡先輩は様々な面で重なることが多いが、ちまたでは二人を区別するのにこう噂されている。
――吾朗さまは『野獣系イケメン』。
――悠輝くんは『王子様系イケメン』。
と……。
確かに長身でありながらがっちりした体格で、声も大きいお兄ちゃんは、見ようによっては『野獣系』だろう。
実際は『妹LOVE』の、変態残念系イケメンだが……。
一方の垣岡先輩は噂がばっちりマッチした、まさに王子様だ。
私がそう断言するのは、れっきとした理由がある。
それは、同じ中学へ通っていた二年間のうち、たった一度だけ先輩と会話ができた、文化祭の時のことだ。
先輩のクラスの出し物である喫茶店へ、先輩目当てに訪れた私。
しかし、すぐ目の前に先輩が来てくれただけで、かっちこちに固まってしまったのである。
そして例のように大失態をおかしてしまう。
それは……。
――ご注文はなににしますか?
――か、か、か……。
――か? かき氷でしょうか?
――神崎若葉でお願いします!!
――えっ!?
と、注文を聞かれていたのに、間違って名乗ってしまったのだ。
顔から火が出るほど恥ずかしくて、すぐにその場を立ち去ろうとした。
しかし、先輩は「待って、神崎さん」と呼び止めると、柔らかな笑顔でこう言ってくれたのだった。
――俺は垣岡悠輝って言います。よろしくね! 神崎さん!
なんと私の失態を帳消しにするように、名乗り返してくれたのである。
この神対応を見れば『王子様』と言わずして、なんと言おうか!
そして、その笑顔と優しさに私は完全に恋に落ちた――
後のことはまったく覚えていない。
隣にいたマユいわく、コーヒーを頼んだ際に「お砂糖はいくつ?」と聞かれて、「十三歳です!」と自分の年齢を答えていたそうだが……。
……と、私の恥ずかしい過去はここまでにして。
先輩とこうして対面するのはあの時以来だから、二年半ぶりということになる。
それなのに私の名前をしっかりと覚えていてくれたなんて……。
感動という言葉の枠をとっくに飛び越してしまい、ぴたりと当てはまる言葉が見当たらないくらいだ。
そんな状態だったから仕方ないでしょ!
「垣岡しぇんぱい!」
と、裏返った声で叫んでしまったのも……。
――あああああっ! 絶対に笑われる!! 変な女子扱いされるぅぅ!! もう嫌だ! どっか飛んでいってしまいたい!!
心の中で悶絶しているが、表向きは引きつった笑みを浮かべたまま固まっていた。
しかし……。
やはり先輩は『王子様』だった――
「ふふ、久しぶりでびっくりさせちゃったね、神崎さん。名前を覚えていてくれてありがとう」
と、私の大失態をさらりと流してくれた上に、名前を告げたことを喜んでくれたではないか!
――うああああっ! かっこよすぎる! 幸せすぎる!
と、再び悶絶する私。
だが表向きは相変わらず不格好な笑みを浮かべるだけで、次かけるべき言葉すら見当たらなかったのだった。
……と、その時だった。
私の幸せすぎる視界が、お兄ちゃんの大きな背中に覆われたのだ……。
そしてお兄ちゃんは、聞いたこともないような低い声で、驚くべきことを口にしたのだった。
「うちの妹の名前を知ってるなんて、すみにおけねえな。悠輝」
――な、な、な、なんでお兄ちゃんが先輩のことを呼び捨てにしてるのよぉぉぉ!! しかも下の名前で!! そしていきなり喧嘩腰はないでしょ!
すると今度は先輩の口からとんでもない事実が語られたのだった……。
「お、お久しぶりです! 先生! まさか神崎先生の妹さんが、神崎若葉さんだと知らずに……。失礼いたしました」
「せ、せ、先生だってぇぇ!?」
ついに驚愕の言葉が口から押し出されるように出てくると、私と先輩の間に立ちはだかる壁となっていたお兄ちゃんが、ちらりと私を見て疑問に答えた。
「実はこいつが中三の時にカテキョやってたんだよ」
「お、お兄ちゃんが垣岡先輩の家庭教師!? そんなの初耳だよ!!」
「うん、とてもいい先生でね。おかげで、希望校に入ることができたんだ」
ちょっと! なんでそんな大事なことを黙ってたのよ!
家族の間で隠し事はなしってパパに言われてるじゃない!!
と、心の中でお兄ちゃんをさんざん問い詰めたが、そのお兄ちゃんはずいっと身を乗り出して先輩に顔を近づけた。
まるですぐにでも殴りかかりそうな、すっごい剣幕で……。
「お世辞はいらねえよ、悠輝。川三受かったのはお前の実力なんだからよ。外面が良いのは高校に入ってからも変わらねえな」
「お世辞だなんて……。本心から言ってます! でも、そうとらえられてしまったのは俺の落ち度です。ごめんなさい」
「……ったく、そういうすぐに謝るところも『外面がいい』って言ってんだよ。あんまり度が過ぎると、誤解されるから気をつけな」
――どの口が言うか……。残念なお兄ちゃんよ。さっきまで私に対して必死に謝っていたくせに……。
理容室にいる奥様方にしてみれば、まるで一人の女の子を取り合うイケメン同士の壮絶な争いに見えているのだろう。
手に汗握りながら、目をハートにしてじっと二人の様子を見つめている。
そんな中、私だけは違う意味で手に汗をかいていたのだった。
――お兄ちゃん……。頼むから余計なことを言わないでよね!
と、心の中で願っていたのだが、それはまさにフラグを立ててしまったのと同じだった――
「ところで悠輝は、俺の妹とはどんな関係なんだ? 答えによっちゃ、ただじゃおかねえぞ」
なんと直球ど真ん中の質問を先輩に投げかけたのである。
――バカ! バカ! バカ! お兄ちゃんのバカァァァ!
と、広い背中に向かって、心の中で激しく罵倒を浴びせる。
しかし、その一方で「先輩はどう答えるんだろう。もしかして……」とあらぬ妄想を膨らませている、残念すぎる私もいるのだから、やはりお兄ちゃんと私は血のつながった兄妹なんだと思う。
だが、やはり先輩はどこまでも優等生だった。
「同じ中学の後輩です。一度だけ、文化祭の時にお話ししたことがあったんです。ごめんなさい、先生の妹さんとも知らずに親しく声をかけてしまって。とても失礼でしたよね」
――そ、そんなことないです!! むしろ、天にものぼってしまうくらいに嬉しかったです! これからもドンドン声をかけてくださいね! それからできれば『若葉』って下の名前で呼んでくれると……。
「ああ、友達同士でもない異性に、あんまり親しく話しかけるのは感心しねえな。ナンパ野郎と勘違いされてもしょうがねえぞ」
――きいぃぃっ! お兄ちゃん!! 帰ったら覚えてなさい!
「そうでしたね。これからは気をつけます」
――気をつけなくていいから! こんなお兄ちゃんの言うことなんて、全然無視でいいんだから!!
「おう、そういう素直なところは、お前のいいところだぜ」
――何を偉そうに!! だったらまずはお兄ちゃんが素直になりなさいよね! ……って、素直すぎるから私にまとわりつくのか……。お兄ちゃんはもっと自重しなさい!
「では、俺は今日は予約だけしにきただけなので、そろそろ帰ります」
――えっ!? 嘘! ちょっと待って! せっかくこうして顔を合わせたのに、何もお話しできてないじゃない!
しかし私の心の叫びなど届くはずもなく、先輩は扉に手をかける。
そして……。
カラン、カラン。
と、鐘の音が店内に響くと、扉が開けられた。
――ううっ……。そんなぁ……。
がくりとうなだれる私。
もうこれっきり二度と先輩とは言葉をかわせなくなってしまう……。
そんな絶望のどん底に落とされたような気持ちだった。
しかし、残念系イケメンのお兄ちゃんは、とどまることを知らなかった。
「待てよ、悠輝。一つだけ頼みたいことがあるんだが、いいか?」
――もう、やめてよ。お兄ちゃん……。これ以上、私を傷つけないで!
「なんでしょうか? 俺でできることなら……」
先輩が扉を開ける手を止めて、お兄ちゃんの方へ振り返る。
するとお兄ちゃんは驚くべき行動に出たのだった――
なんと先輩に向かって、深々と頭を下げたのである。
そして店内中に響き渡る、大声でとんでもないことを口にしたのだ。
「妹を……! 若葉のことを幸せにしてやってくれ! この通りだ!!」
と――
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
憧れの青空
饕餮
ライト文芸
牛木 つぐみ、三十五歳。旧姓は藤田。航空自衛隊で働く戦闘機パイロット。乗った戦闘機はF-15とF-35と少ないけど、どれも頑張って来た。
そんな私の憧れは、父だ。父はF-4に乗っていた時にブルーインパルスのパイロットに抜擢され、ドルフィンライダーになったと聞いた。だけど私は、両親と今は亡くなった祖父母の話、そして写真や動画でしか知らない。
そして父と航空祭で見たその蒼と白の機体に、その機動に魅せられた私は、いつしか憧れた。父と同じ空を見たかった。あの、綺麗な空でスモークの模様を描くことに――
「私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている」の二人の子どもで末っ子がドルフィンライダーとなった時の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる