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第一話
第一話 神崎若葉 キグジョ誕生! ⑧
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◇◇
パパから「りゅっしーの中に入るのは長くて二〇分」と言いつけられていたにも関わらず、私はその倍の四〇分以上も経ってようやく運営本部の奥にある物陰で着ぐるみを脱いだ。
「ぷはぁっ!」
新鮮でひんやりした空気が肺の中に送り込まれると、心地良い爽快感に包まれた。
しかしこの心地良さをもたらしたのは、五月の爽やかな空気だけではない。
一つのことをやり遂げた達成感が、心を軽くし、体の疲れを忘れさせていたのだった。
グビッ! グビッ! グビッ!
と、運営本部でパパから手渡された二リットルのペットボトルのスポーツドリンクを一気に口に流し込む。
冷たいドリンクが喉を通り胃へと流れ込んでいくのが最高に気持ちよくて、気付けばペットボトルはほとんど空の状態になっていた。
「ふぅ」
大きなため息をついた後にバスタオルで汗をふくと、どっと疲れが押し寄せてきた。
「あはは……。こりゃ、しばらく動けそうにないな」
と、後先考えない自分の性格に苦笑いしつつ、無造作に置かれたベンチに座ってぐったりと首を垂らした。
――……ったく、無茶しやがって。いいか、もう午前中はりゅっしー禁止! ゆっくり体休めて、昼飯食ってからまた頼むぜ。
と、眉をひそめたパパに言いつけられたのを思い起こす。
「パパに心配かけちゃったかな」
と、反省しながらも、自分の取った行動に後悔なんかしていなかった。
「子どもたち喜んでたね!」
ふと頭に声が響く。
きっと私の心の声だ。
「そうね。本当に良かった」
私がぼそりとつぶやくように返すと、再び声が聞こえてくる。
「でも、あんまり無茶すると倒れちゃうよ」
「あはは。あの時は無茶してるって感じはしなかったんだけど……おかしいなぁ」
「ふふ、若葉らしいね。着ぐるみ、似合ってたよ」
聞き心地の良い声だが、その台詞は聞き捨てならない。
私はうなだれて地面をみつめたまま、口を尖らせた。
「ちょっと、やめてよ! 着ぐるみが似合う女子高生って笑えないから」
「あはっ! でも、本当にかっこよかったし。ねっ、たまちゃん」
「うん! 子どもたちの真ん中でキラキラ輝いてて、いかにも若葉って感じだったよぉ」
「ふふ、なんだか複雑な気分だけど、褒めてもらえて嬉しい。ありがと」
そう答えた直後だった……。
「……たまちゃん……?」
バッ!
慌てて顔を上げると、そこにはよく知る二つの笑顔が目に飛び込んできた。
いつでも眠そうに見える二重の大きな瞳に、肩まで伸びたふんわりとした髪、柔らかそうな白い肌とふっくらした唇が特徴の『たまちゃん』こと、福澤珠美。
そして、猫のように少しつり上がった目に、外はねしたショートヘア、活発的な性格を表すような薄茶色に焼けた肌の持ち主は『マユ』こと、青羽麻夕子。
なんと親友二人が脱いだ着ぐるみを横に置いた私の目の前に立っていたのである。
「うえええええっ! マユ! たまちゃん! どうしてここに!?」
「あはっ! 若葉のおじさんに聞いたら、ここにいるって」
「パパが!? ぐぬぬぅ! パパめえぇ!!」
「ふふ、あんまりおじさんを責めないであげて。マユがマシンガンのような口調で問い詰めたものだったから、おじさんタジタジだったのよ」
まるで口から生まれてきたんじゃないかというくらいに、よく舌の回るマユ。
ずっと前に一度、担任の先生を言い負かしたこともあったけ。
そんなマユに問い詰められたんじゃ、仕方ないか……。
むしろパパに同情するわ。
「それに若葉しか考えられないわよねー。あの超巨大な悲鳴と、へんてこな踊りは」
「ぐぬっ……。やはり気付かれてたのね……」
ところで、この状況。
もう言い逃れはできないじゃない……。
そこで私は素直にこれまでの経緯を二人に話したのだった――
………
……
「あはははっ! おもしろーい! あははっ!」
「ちょっと、マユ! 笑いすぎ!」
「あははっ! ごめん、ごめん! でも、そこで引きうけちゃうところが、やっぱり若葉だわ! さすが、『マツジョ』!」
「マツジョ? なによ、それ……?」
眉間にしわを寄せて問いかけると、腹を抱えて苦しそうに大笑いしているマユに代わって、たまちゃんが、ゆったりとした口調で答えた。
「お祭りで輝く、お祭りで目立つ、お祭りが似合う……この三拍子そろった女子が『お祭り女子』、略して『マツジョ』なんだってぇ。マユが命名したのよ」
「はあぁぁ!? 意味分かんないよ! もう、勝手に変なあだ名つけないでよ!」
「あははっ! ごめん、ごめん! もう『マツジョ』なんて言わないから、許して!」
「ふふ、だってこれからは『着ぐるみ女子』、略して『キグジョ』だもんねぇ」
たまちゃんが真剣な表情で言うものだから、マユも私も思わず目を丸くして彼女を見つめてしまった。
「えっ? なに? どうしたのぉ?」
と、天然ボケの彼女は自分にどうして注目が集まっているのか、ピンときていないらしい。
その様子がおかしくて、私とマユは大笑いし始めた。
「あはははっ! 着ぐるみで輝く、着ぐるみで目立つ、着ぐるみが似合う! たしかに若葉は三拍子そろってるわ! あははっ!」
「ははははっ! もーう! やめてよー!! 似合ってなんかないし! ちょっと目立っちゃったかもしれないけど! ははははっ!」
「ふふふ、なんだか二人とも楽しそうねぇ」
私たちが笑いだしたものだから、たまちゃんもつられるように笑い始める。
運営本部の裏にある暗い物陰が、まるで強い光が差し込んだかのように、ぱっと明るくなると、私の心はふわりと浮きあがってしまうくらいに軽くなった。
あれほど正体がバレるのを怖がっていた自分はなんだったのだろうか。
そう思えるくらいに、マユとたまちゃんの二人は温かくて優しい。
ふと気付くと目尻に涙が浮かんできた。
笑い過ぎたせいかしら。
それとも、強張っていた心が、二人の友情によって解かされたおかげかしら。
でも、どっちでもいいか。
とにかく今、私の胸の中にあるのは……。
「二人とも、ありがとう!」
という気持ち。
マユとたまちゃんは、突然告げられた感謝の言葉に顔を見合わせると、ふたたび大爆笑を始めた。
「あははっ! なにそれ? 若葉らしくなーい!」
「ふふ、若葉も普段からそれくらい素直だったら、もっと男子にもてるのにぃ」
「ちょっと! なによ! 二人して! やっぱり前言撤回!」
こうして疲れを吹き飛ばすくらいに心地良い三人の時間は、しばらく続いた。
ふと爽やかなそよ風が、物陰にも届く。
五月の風は私たちを優しく包み込んでいたのだった――
パパから「りゅっしーの中に入るのは長くて二〇分」と言いつけられていたにも関わらず、私はその倍の四〇分以上も経ってようやく運営本部の奥にある物陰で着ぐるみを脱いだ。
「ぷはぁっ!」
新鮮でひんやりした空気が肺の中に送り込まれると、心地良い爽快感に包まれた。
しかしこの心地良さをもたらしたのは、五月の爽やかな空気だけではない。
一つのことをやり遂げた達成感が、心を軽くし、体の疲れを忘れさせていたのだった。
グビッ! グビッ! グビッ!
と、運営本部でパパから手渡された二リットルのペットボトルのスポーツドリンクを一気に口に流し込む。
冷たいドリンクが喉を通り胃へと流れ込んでいくのが最高に気持ちよくて、気付けばペットボトルはほとんど空の状態になっていた。
「ふぅ」
大きなため息をついた後にバスタオルで汗をふくと、どっと疲れが押し寄せてきた。
「あはは……。こりゃ、しばらく動けそうにないな」
と、後先考えない自分の性格に苦笑いしつつ、無造作に置かれたベンチに座ってぐったりと首を垂らした。
――……ったく、無茶しやがって。いいか、もう午前中はりゅっしー禁止! ゆっくり体休めて、昼飯食ってからまた頼むぜ。
と、眉をひそめたパパに言いつけられたのを思い起こす。
「パパに心配かけちゃったかな」
と、反省しながらも、自分の取った行動に後悔なんかしていなかった。
「子どもたち喜んでたね!」
ふと頭に声が響く。
きっと私の心の声だ。
「そうね。本当に良かった」
私がぼそりとつぶやくように返すと、再び声が聞こえてくる。
「でも、あんまり無茶すると倒れちゃうよ」
「あはは。あの時は無茶してるって感じはしなかったんだけど……おかしいなぁ」
「ふふ、若葉らしいね。着ぐるみ、似合ってたよ」
聞き心地の良い声だが、その台詞は聞き捨てならない。
私はうなだれて地面をみつめたまま、口を尖らせた。
「ちょっと、やめてよ! 着ぐるみが似合う女子高生って笑えないから」
「あはっ! でも、本当にかっこよかったし。ねっ、たまちゃん」
「うん! 子どもたちの真ん中でキラキラ輝いてて、いかにも若葉って感じだったよぉ」
「ふふ、なんだか複雑な気分だけど、褒めてもらえて嬉しい。ありがと」
そう答えた直後だった……。
「……たまちゃん……?」
バッ!
慌てて顔を上げると、そこにはよく知る二つの笑顔が目に飛び込んできた。
いつでも眠そうに見える二重の大きな瞳に、肩まで伸びたふんわりとした髪、柔らかそうな白い肌とふっくらした唇が特徴の『たまちゃん』こと、福澤珠美。
そして、猫のように少しつり上がった目に、外はねしたショートヘア、活発的な性格を表すような薄茶色に焼けた肌の持ち主は『マユ』こと、青羽麻夕子。
なんと親友二人が脱いだ着ぐるみを横に置いた私の目の前に立っていたのである。
「うえええええっ! マユ! たまちゃん! どうしてここに!?」
「あはっ! 若葉のおじさんに聞いたら、ここにいるって」
「パパが!? ぐぬぬぅ! パパめえぇ!!」
「ふふ、あんまりおじさんを責めないであげて。マユがマシンガンのような口調で問い詰めたものだったから、おじさんタジタジだったのよ」
まるで口から生まれてきたんじゃないかというくらいに、よく舌の回るマユ。
ずっと前に一度、担任の先生を言い負かしたこともあったけ。
そんなマユに問い詰められたんじゃ、仕方ないか……。
むしろパパに同情するわ。
「それに若葉しか考えられないわよねー。あの超巨大な悲鳴と、へんてこな踊りは」
「ぐぬっ……。やはり気付かれてたのね……」
ところで、この状況。
もう言い逃れはできないじゃない……。
そこで私は素直にこれまでの経緯を二人に話したのだった――
………
……
「あはははっ! おもしろーい! あははっ!」
「ちょっと、マユ! 笑いすぎ!」
「あははっ! ごめん、ごめん! でも、そこで引きうけちゃうところが、やっぱり若葉だわ! さすが、『マツジョ』!」
「マツジョ? なによ、それ……?」
眉間にしわを寄せて問いかけると、腹を抱えて苦しそうに大笑いしているマユに代わって、たまちゃんが、ゆったりとした口調で答えた。
「お祭りで輝く、お祭りで目立つ、お祭りが似合う……この三拍子そろった女子が『お祭り女子』、略して『マツジョ』なんだってぇ。マユが命名したのよ」
「はあぁぁ!? 意味分かんないよ! もう、勝手に変なあだ名つけないでよ!」
「あははっ! ごめん、ごめん! もう『マツジョ』なんて言わないから、許して!」
「ふふ、だってこれからは『着ぐるみ女子』、略して『キグジョ』だもんねぇ」
たまちゃんが真剣な表情で言うものだから、マユも私も思わず目を丸くして彼女を見つめてしまった。
「えっ? なに? どうしたのぉ?」
と、天然ボケの彼女は自分にどうして注目が集まっているのか、ピンときていないらしい。
その様子がおかしくて、私とマユは大笑いし始めた。
「あはははっ! 着ぐるみで輝く、着ぐるみで目立つ、着ぐるみが似合う! たしかに若葉は三拍子そろってるわ! あははっ!」
「ははははっ! もーう! やめてよー!! 似合ってなんかないし! ちょっと目立っちゃったかもしれないけど! ははははっ!」
「ふふふ、なんだか二人とも楽しそうねぇ」
私たちが笑いだしたものだから、たまちゃんもつられるように笑い始める。
運営本部の裏にある暗い物陰が、まるで強い光が差し込んだかのように、ぱっと明るくなると、私の心はふわりと浮きあがってしまうくらいに軽くなった。
あれほど正体がバレるのを怖がっていた自分はなんだったのだろうか。
そう思えるくらいに、マユとたまちゃんの二人は温かくて優しい。
ふと気付くと目尻に涙が浮かんできた。
笑い過ぎたせいかしら。
それとも、強張っていた心が、二人の友情によって解かされたおかげかしら。
でも、どっちでもいいか。
とにかく今、私の胸の中にあるのは……。
「二人とも、ありがとう!」
という気持ち。
マユとたまちゃんは、突然告げられた感謝の言葉に顔を見合わせると、ふたたび大爆笑を始めた。
「あははっ! なにそれ? 若葉らしくなーい!」
「ふふ、若葉も普段からそれくらい素直だったら、もっと男子にもてるのにぃ」
「ちょっと! なによ! 二人して! やっぱり前言撤回!」
こうして疲れを吹き飛ばすくらいに心地良い三人の時間は、しばらく続いた。
ふと爽やかなそよ風が、物陰にも届く。
五月の風は私たちを優しく包み込んでいたのだった――
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