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第3章

パトラの宝物

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「おい!遅い!何してたんだよ!?」

俺たちがおばば様の屋敷に入ると、いきなりゲンが俺に罵倒を浴びせてきた。

「…片付け」

ゲンは俺の答えに納得いかない様子で、俺を横目に睨んでいる。

スパーーッン

その頭を町長であるおばば様が思いっきり叩(はた)いた。

「いってぇ!ババア!何しやがる!?」

ギュゥゥ!!

今度はおばば様がゲンの耳をつねった。

「このクソガキ!街を救ってくれた英雄になんと言う口の聞き方か!!?」

「いててて!分かったよ!分かったから離してくれよう!」

涙目になって老女に許しを乞うゲン。
とてもじゃないが、一人の女性を守る為に、強大な魔物に一歩も引かなかった少年とは思えない。

「ゲンくん!勇者様にちゃんとお礼を言わなくちゃダメだよ!」

可憐な少女であるパトラはゲンをいさめると、俺に向き直って、頭を下げた。

「勇者様、本当にありがとうございました!」

顔を上げたパトラの顔は、感謝と希望に溢れ、輝いていた。

「ほら!ゲンくんも!」

とゲンの頭を強く抑える。

「分かったよ!パトラまで!」

ゲンは鬱陶(うっとう)しそうに、パトラの手をはねのけようとする。
しかしパトラはそんなゲンに負けずに、ゲンの頭を抑え続けていた。

俺には尻に敷かれるゲンの未来が、はっきり見えていた。

そんな彼が嫌々ながら俺に頭を少しだけ下げて

「まあ、なんだその…ありがとな…」

と、小さな声でお礼を言った。

俺は彼にニコリと笑いかけて、優しく言った。

「…約束だったからな」

ゲンは俺の言葉を聞いて、険しい表情を一変させた。

「おう!約束だったからな!守るのが当然だよな!」

パッカーーン!!

ゲンの後頭部を叩(はた)く綺麗な音。

「あ~んたは!何で素直じゃないんかね!?」

と、おばば様はゲンの様子に呆れていた。

ここで俺はゲンに気になる事を尋ねる事にした。

「…ゲン…ナイフを」

叩かれた頭を涙目で抑えていたゲンが、不思議そうにしている。

「ナイフって…あの折れちゃったやつか?」

「…そうだ」

ゲンは彼のメニューを開いて、柄だけになったナイフを取り出して、
「もう役に立たなくなっちゃったけど…」
と、俺に手渡した。

俺はそれをじっくりと観察する。
外見から魔力に至るまで、つぶさに異常な点がないかを確認した。

「…おかしい…」

「うん?何がだよ?別になんの変哲もない、ナイフの柄じゃねえか」

「…その通りだ…」

それがおかしいのだ…
何の異常もないナイフから、なぜ「聖女の光」が発せられ、鋼鉄をも切り刻む刀身が生み出されたのか…
しかも全く魔力がないゲンの手によって…

俺は納得がいかずに、険しい表情でナイフを見つめていた。

そんな俺の様子を怪訝そうに見つめるゲン。
彼は俺の様子を見かねて、
「そんなのもう役に立たないから、兄ちゃんに返すよ」
と提案してきた。

しかしその提案に猛烈な異を唱える者がいた。

「ちょっと待って!!それはダメ!!」

その声の方に目を移すと、必死な形相で訴えていたのはパトラであった。

「お兄ちゃん!もしゲンくんがそのナイフを要らないって言うなら、私に譲ってもらえないかしら?
お願いします!」

何度も頭を下げるパトラ。
俺は最初からゲンに返すつもりだったので、ちらりとゲンの方を見た。

ハトが豆鉄砲を食ったような顔してパトラの様子を見ていたゲンは、俺の視線に気付き、
「おいおい、パトラ。そんな役立たずな物をどうして欲しがるんだよ?」
と、彼女に問いかけた。

パトラはキリっとした目でゲンを睨む。
ゲンはその強い視線にたじろいだ。

「役立たずなんかじゃないもん!
これはゲンくんが、命を懸けて私を守ってくれた、大切な宝物だもん!」

その場にいる全員が目を丸くして、彼女の主張に驚いていた。

そしてそんな俺たちには構わずに、彼女は続けた。

「私はずっと大切にするわ。
そして…いつか私に子供が出来たら、教えてあげるの。
『想いの強さは奇跡を生むのよ』って」

俺はパトラを見つめる。

あれはパトラの言う通り、ゲンの強い想いが作り出した『奇跡』だったのだろうか…
あの聖女が『奇跡』など認める訳がないのだが…
ただ、俺にも『奇跡』としか思えない現象であった事に間違いはなかった。

…と、ティナが横から悪戯な笑顔でパトラに尋ねた。

「ちなみに、将来のパトラちゃんの子供って、誰がお父さんなのかなぁ?」

パトラは真っ赤になって下を向く。
その様子にティナが追い討ちをかける。

「さっきのパトラちゃんの言葉は、こう続くんでしょ?
『あなたのお父さんは、その強い想いで奇跡を起こして、お母さんを助けてくれたのよ』
ってね」

ゲンが真っ赤になって硬直した。

「ば、ば、ば、バカ言うなよ!おばちゃん!
だ、だ、だ、誰がこんな狂暴な女となんかと結婚するか!」

パトラがムッとした顔でゲンを睨む。

「ゲンくん!誰が狂暴な女ですって?」

「お、お、お、お前だよ!他に誰がいるんだよ!?
バーカ!バーカ!」

と心にもない暴言を吐くと、ゲンはそのまま屋敷を飛び出していった。

「もう!ゲンくん!待ちなさい!」

パトラもゲンを追いかけて、屋敷を飛び出そうとする。

俺はそんな彼女を呼び止めて、
「…パトラ!これ!」
と、ナイフを彼女に放った。

彼女は大事そうにそれを受けとる。

「ありがとう!お兄ちゃん!」

「…手放すなよ」

「当たり前です!逃がしません!」

パトラは、少女とは思えない、しっかりした表情で俺の忠告に答えて、その場を後にした。
その背中には翼があると思えるような輝かしいものであった。

◇◇

気付けば辺りはすっかり暗くなっている。
そのまま屋敷に残った俺たちは、おばば様の手料理をご馳走になり、それぞれの寝床へと足を運んだのだった。

なぜか、ティナは俺の部屋についてきたのだが…

「約束したでしょ?今夜は寝かさないって」


そして…
気付けば朝日の眩しい光が部屋の中を優しく満たしていた。

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