出遅れ勇者の無双蹂躙~世界滅亡寸前からの逆襲~

友理潤

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第3章

迷いの森救出戦8

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「キャアア!」

叫び声をあげるパトラ。
見ると地面からはい出したツルが彼女の足に絡み付いていた。
そして別のツルが気を失っているゲンの足に絡む。

ギュン!

そして一気に二人の間を裂き、上空まで引き上げた。
「キヒヒヒ!二人同時に殺してくれるわ!
どちらかしか助けられないわねぇ?
どうするの?勇者くん。
キヒヒヒヒヒ!」

発狂したように笑い続けるアルラウネ。
俺は冷めた目でそれを見ていた。

「いやぁ!離して!」

バタバタと暴れるパトラ。
一方のゲンぐったりとして、アルラウネのされるがままに、ぶら下がっている。

「ジェイ!どうするのよ!?」

いつの間にか俺の横に駆けつけてきたティナが、俺に問いかけた。

俺は

「…武器をしまえ」

と、彼女が手にしている刀を納めるように指示する。

「はぁ~!?なんでよ!?武器ないと私は戦えないわよ!魔法使えないし…」

俺は自分の右の手のひらを見る。
先ほどアルラウネのツルを握りつぶした際に付いた液体で少し汚れている。
それをあらためて確認すると、俺はある事を確信していた。

「…戦わない」

俺の一言にティナだけじゃなくて、敵対しているアルラウネも驚きを隠せない様子だ。

「ど、どう言うことよ!?諦めて逃げ出すって事??」

俺は静かに首を横に振る。

「キヒヒヒヒ!戦わずしてこの私に勝利するなんてあり得ないわ!
どうせ戯言(ざれごと)に決まってる!」

余裕の表情を崩さないアルラウネに対して、俺はニタリと笑う。

「…果たしてどうかな?」

「キヒヒヒヒ!そのにやけた面を今から絶望へと変えてくれるわ!
まずはこの二人からだ!
死ねぇ!!」

「ティナ!パトラの真下へ!」

俺はとっさに指示を出すと、自分はゲンの下へと急いだ。

俺の予想が正しければ…

アルラウネのツルが鋭い槍の様に変型し、パトラとゲンを貫かんと襲いかかる。

俺は『その時』を今か今かと待ち構えていた。

◇◇

パトラはゲンたちが自分を助けに来てくれる前と比べると、別人の様に取り乱していた。

「キャアアア!ゲンくん!!」

パトラは目をつむった。
それは自分に迫り来るツルへの恐怖によるものではなく、視線の先にある愛しき少年の最期を見届けたくなかったからである。
そんなパトラにとって唯一の救いは、彼が気を失っており、その断末魔を耳にする事がなさそうな事であった。

それでも彼女は祈っていた。
どうか彼だけは助けて下さい…と。
人質になった自分を助けにさえ来なければ、彼はこんな目に合わなかったのだ。
自分の命ではなく、自分の責任で彼の命を失う事が彼女にとっては何よりも無念であった。
だから彼女は祈っていたのである。
自分ではなく、彼が助かるようにと。
例えそれが自分の責任を回避する事を願うような、自分勝手な祈りであったとしても、彼女は本気でそう願っていた。
そして、先ほど目の前で起こった、光の奇跡がまた起こってくれさえすれば…
そんな虫のいい事を願わざるを得ないくらい、今まさに襲いかかっている状況は切羽詰まっていたのだ。


「奇跡よ!起きて!お願い!!」

彼女から最後に飛び出した一言。

しかし無情にも、そんな彼女の切なる願いに応える様な『光』は現れない。

彼女は覚悟を決めて、グッと唇を噛み締めた。

もしあの世というものが存在するなら、そこで彼と結ばれよう…
虫が良すぎるのは分かっているが、最期くらいわがままを願ったところで、バチは当たらないだろうと思っていた。

「ごめんなさい…」

彼女が流した涙が地面に落ちる前に、彼女の命が落とされる…

その瞬間はすぐそこまで迫っていたかに思えた…


フワッ…


高い所からまっ逆さまに落ちる時に生じる浮遊感に包まれた。

ああ、命を落とすって、こんな感じなんだ…
とパトラは今和の際まで、そんな余裕を持った感想を抱いている自分が不思議だった。

さようなら…パパ…ママ…ゲンくん…

そこまで考えると、彼女は意識を閉ざそうと無心になった。


ガシッ…

地面に叩きつけられると思っていたパトラであったが、予想に反して誰かに受け止められた感触がする。

「大丈夫!?」

そしてその問いかけが自分に向けられているものである事に気付くのに、パトラにとっては少し時間が必要であった。

「お姉ちゃんは…助けに来てくれた人…?」

パトラのゆっくりとした問いかけに対して、受け止めてくれた女性は優しい声で
「そうよ。私はティナ。勇者ジェイの戦士よ」
と答えてくれた。

「ゲンくんは…?」

「彼は勇者が受け止めてるから、平気よ。
それよりあなたに怪我はない?」

「私の事より…ゲンくんは…生きているのですか?」

「もちろんよ!安心して。あなたたちは二人とも無事よ」

ゲンが生きている…

その言葉は彼女の押し殺してきた感情を吐き出すには十分すぎるものであった。

うわぁぁぁぁん!!

パトラの号泣が周囲の空気を震わせた。

そこに彼女が待ち望んだ瞬間が、とうとう訪れた。

「パトラ…泣くなよ…おいらが…ちゃんと街まで連れて帰ってやるからさ…
約束だ…」

ゲンの声…

その方を見ると、勇者の柔らかな回復魔法に包まれた彼が、その目を覚まし、彼女にはにかんだ笑顔を見せていた。

パトラも自然と笑顔になる。

そして

「うん!約束だよ!」

と輝く声で答えた。

◇◇

「な、なんなのだ…これは…」

アルラウネは青白くなった顔で、自分に起こった事を呑み込めないでいた。

それは彼女の攻撃がパトラとゲンの小さな体を貫こうとした瞬間に訪れた。

彼女の体の全てが痺れ、意のままには動かなくなってしまったのだ。

自然と攻撃は中断され、パトラとゲンに絡みついていたツルも解かれた。

アルラウネはふと勇者の方を見る。
ゲンを抱えて回復魔法を唱えているとの男は、彼女に視線すら向けていなかった。

「おのれぇぇ…きさま…何かしたな…」

恨めしそうに声を振り絞るアルラウネ。
回復魔法を終えた勇者は、ようやく彼女の方に視線を戻した。

「何をした!?答えろ!」

「…泉…お前の気配」

「まさか…
あの泉に到着した際に気付いていたのか…?
私の根がそこにあった事を…」

「…ああ」

「ではその泉に何かしたのか…?」

すでに息も苦しい…
しゃべるのも億劫(おっくう)になってきた…

「…ああ」

「な…何を…した?」

勇者は彼女のその問いかけに対して、悪魔のような冷酷な笑顔を向けた。

「…最上位の毒魔法『ヘブンズポイズン』」

その言葉を聞いた時に、完全にアルラウネは悟った…

あんなゲームをしなくても、彼は知っていたのだ…
自分が手を下さなくても、目の前の敵は勝手に死ぬ事を…
遊んでいたつもりが、遊ばれていたのだ…と…

「ぐぬぬ…許すものか…この屈辱…許さんぞ~!」

アルラウネは最後の力を振り絞る。
せめて目の前の悪魔のような男を道連れにしてやる、そう悲壮な決意を固めた。

しかしそんな彼女の決意など全く意に介していない勇者。

「…俺を本気で怒らせた事を…」

「ユルサナイ…コノ…クツジョク…」

「…後悔しながら果てろ」

「シネシネシネシネシネ…」

全く会話にならない勇者と魔物。

しかし二人とも思いは同じであった。

目の前の敵に絶望を与え尽くした後に殺してやろう…という思いである。


「…蹂躙の時間だ。覚悟しろ、クズめ」


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