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第2章

里の希望

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「ねぇ、一つ聞いていい?」

『戦い』を終えた小屋には元の静寂が戻ってきたが、二人を包む艶やかな熱気は冷めないままだった。

二人並んで横になっている中、ティナは俺の腕にしがみついて悪戯っぽくたずねてきた。

「…なんだ?」

俺は天井を見たまま質問を許す。
ティナは俺の耳元まで顔を寄せて、囁くように問いかけた。

「ねえ、サヤってだぁれ?」

俺はティナの方に顔を向ける。
俺の心を覗こうとする小悪魔な上目づかいのティナ。

「もしかしてジェイの恋人?」

「…違う…」

「あら、そうなの?目を覚まさない間、ずっと『サヤ…サヤ…』ってうなされてたからてっきり…」

俺はどう答えようかしばらく考えたのち、
「…奴隷だ」
と素直に俺たちの関係を話した。

しかしティナは
「ふーん、本当に単なる奴隷なのかしら…」
と怪訝そうにしている。

「…本当だ」

俺は天井に目線を移して答えた。

その俺の視線を覆う様にティナが再び俺の上に乗ってきた。

「そのサヤって女とあなたがどんなカンケイだっていいわ。
その女の事なんか忘れるくらい、私が愛してみせるから」

そのまま彼女は俺に覆いかぶさってきた。
柔らかくて大きな彼女の一部が俺の視界をふさぐ。
俺の耳に直接入ってくる彼女の力強い心臓の鼓動は、彼女の興奮と幸福を象徴している様に思えた。

こうしてティナの一方的な『攻撃』に対して、俺は身も心も預けた。


この後も俺が彼女の中へ果てる度に、サヤの事を根掘り葉掘り聞かれ、気づけば深夜になっていた…

「ハァハァ…勇者と戦士の子供…どんな子になるかしら…?」

そんな言葉を残し、ティナはようやく深い眠りについたようだった。
すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。
俺はそんな彼女の長い髪をとき、綺麗なおでこに軽くキスをして、そのまま眠りにつくことにした。

◇◇
俺は半分寝ながら、まだ残っているわずかな意識の中、これからの事を考えていた。

ここがどこなのかさえも分からない。
航海は全てザンザに任せていたので、そもそも地図さえも持っていない。

しかし俺はこの後すべき事を既に決めていた。

「…サヤ…」

彼女の居場所なんてもちろん分からない。
彼女が生きているのかさえも怪しい。
そして俺が道草食っている間にも、魔王の侵食は世界を食いつくそうとしている事も理解しているつもりだ。

それでも俺はサヤに会いたかった。
自分でも分からない不思議な感情が、俺の原動力となっている。

少し仮眠を取った後、すぐにここを発とう、そう決めていた。
行き先は分からない。
でもそうしないといけないような駆り立てられる気持ちを抑えきれないでいた。

◇◇

俺が目を覚ましたのは、まだ夜が明けないうちだった。
正確には深い眠りにつけずに、体だけ休めていたので、起き上がるのにさほど苦労しなかった。

俺はすやすやと眠るティナを起こさない様に服を着ると、そのまま小屋を出ようと、そっと扉に手をかけた。

そして最後に首だけ振り返ると、
「…ティナ…さよなら」
と囁くように別れを告げて小屋を出た。

外は暗い。星の光と月の明るさだけが里を仄かに照らしている。

俺はこの里に残された最後の仕事をすべく、歩き出した。

嫌でも目に入る無数の墓石に、俺はあらためてメディーナの悪事の罪深さに心を痛めていた。
殺しても飽きたらないその罪に…
彼女の行動は恐らく魔王の指示ではなく、独断の元行われたのではないかと俺は考えていた。
理由ははっきりとはしないが、彼女からは殺しの快楽という極めて私的な感情しか伝わって来なかったからだ。
しかし理由はともあれ、魔王の手下が許しがたい虐殺を行ったというのは事実だ。
俺はあらためて、魔王の存在を排除する事に決意を固めていた。

そんな事を考えている間に、目的の場所までたどり着いた。

そこには灰と化した大木が見る影もなく横たわっている。

メディーナの手によって燃え尽くされた里。
その中にあって唯一残っていた大木だ。
それがメディーナが意識的に残した物であったとしても、この里に残された希望だと俺は思っていた。
それはティナという里の唯一の生き残りにも同じ事が言える。
この大木は何としても生き延びなくてはならない、そしてティナがいつかどこかの男性と結ばれ、幸せな家庭を築いた時に、里の過去と将来を語る為の象徴でなくてはならない。

俺はシャクだが、今一度テレシアの力を借りる事にした。

しかしその為には、一つだけやらねばならぬ事がある。

俺はそのなすべき事の為に墓地と大木を囲む様に魔法陣を書いた。

「生と死を司(つかさど)る聖なる女神よ。死してなおさまよう魂の姿を我に写したまえ『ヴォイス・オブ・ソウル』」

この魔法は理由があってその場にさまよう魂を具現化し、その声を聞く事で浄化しようと言う、聖職者が使う魔法だ。
通常は一つの魂に対して行われるものだが、俺の魔法陣によって、この里の墓地にある魂全部を呼び起こした。

魂の具現化によって、里の人々の姿が次々と現れてくる。
その中にはもちろんティナの両親もいた。

ティナの父親のロキが俺に話しかけてきた。

「これは…勇者様の魔法ですか?」

「…そうだ」

ロキは驚いた後に、触れる事が出来ない手で俺の手を取ろうとした。

「勇者様!まずはお礼を言わせて下さい!
ティナを救っていただき、ありがとうございました!
それに里の無念を晴らしてくれた事も…
本当に感謝いたしております!」

無念の内に非業の死を遂げた里の人々は、魂となってこの里に残り、今までの事を一部始終見ていたのだろう。
他の人々もみな同様に俺に感謝の気持ちを述べてきた。

「ティナちゃんを救ってくれて、ありがとう!」
「ティナが生きててよかった」
「ティナの事をよろしく頼みます!勇者様!」

それは全てティナを救った事に対するもので、自分たちの仇(かたき)を取った事に対する物ではなかった事に、俺は驚いていた。

ああ、彼女こそがこの里の希望なのだ。
恐らくこの人々はティナの事が心配で、浄化される事がなかったのだ。

俺は当たり前の事にあらためて感動を覚えていた。

「…一つ頼みがある」

俺はこの里の代表として、ロキに向かってお願いする事にした。

ロキは俺の言葉を制する様に、
「分かっています、勇者様。里のみながあなたの希望通りに致しますよ」
と俺に優しく答えた。

一様に頷く里の面々。

「…ありがとう」

「むしろお礼を言うのは私たちの方です…勇者様、この里を救っていただき、本当にありがとうございました」

そんな感謝に対して俺は、
「…俺は…遅れてしまった…」
と罰が悪そうにする。

「顔を上げて下さい、勇者様。
私たちは全員あなたを恨んでなんかいません。
こうなったのも私たちの運命。
それに従ったまでです。
さぁ、顔を上げて、この世界を平和へと導いて下さい。
それが勇者様につかえる戦士の末裔としての願いなのですから」

俺は涙を抑えずにはいられなかった。
この世界を背負う者としての自覚をあらためて強めるとともに、この里の様な悲劇は二度と起こさせないと決意した。

「…では…始めるぞ」

俺が涙を拭いて顔を上げる。
里の人々は笑顔で頷いている。

俺が次の魔法を唱えようとしたその瞬間…

「お父さん!お母さん!」

髪を乱して必死な形相で走ってくるティナの姿が暗闇の奥から近づいてきた。


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