出遅れ勇者の無双蹂躙~世界滅亡寸前からの逆襲~

友理潤

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第2章

サウスオーシャン海戦8

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マーマンキャンサーとガーゴイルの軍団を白兵戦で一掃した俺。

しばらく続く沈黙…
しかし…やはり魔力は回復しなかった。
まだだ…
まだ終わっていないのだ、この戦闘は…

ガク…

その時、俺の膝が崩れた。
『金剛身』の魔法が切れ、その反動による疲労感が襲ってきたのだ。

「…くっ…」

「ご主人さま!!」

サヤが思わずこちらに駆けてきた。

「来るな!!!」

俺はかつてない形相でサヤを睨む。

「キャア!!」

サヤの首の『奴隷の証』が赤く光ると、彼女を足止めした。
しかし『戦闘の続き』はその隙を見逃さなかった。

バシャッ!!!

海面から現れる10本の足。
その足の先には獰猛なサメのような頭。
そのうちの1本がサヤに目がけて鋭い牙をむき出しにしながら襲ってきた。

「…まずい!!逃げろ!!サヤ!!」

俺はサヤに命ずる。
サヤは…恐怖に足がすくんでしまって動けない。

「うおぉぉぉぉ!!!」

誰からともなく出る絶叫。

俺は目をそらさずにその様子を凝視する。

ガズッ!

鈍い咀嚼の音ともに目の前の人物がその足にさらわれた。

「きゃあああ!!やめてぇ!!」

サヤの悲痛な絶叫。



さらわれたのは…


ザンザだった!


「ザンザ!!」

「あにきぃぃ!!」

その足に食われかけ、上半身だけをのぞかせているザンザ。

「今助けるからな!」

俺は動かない体を懸命に起こしながらザンザを励ます。

しかし全くままならい俺の全身。

その様子を見たザンザは優しい笑顔で俺たちに語りかけた。

「兄貴…サヤさん…どうか世界を…俺の乗組員たちを…よろしく頼みます」

その顔にみるみると涙が溢れてくる。
言葉とは裏腹の生への渇望。
彼はその葛藤と戦っているように見えた。

「う、動けぇぇぇ!!俺の足!!」

俺は天にまで届く声で咆哮すると、その場を飛び出した。


しかし…

遅かった。

彼の全身は足の中へと消えていった。


「キャァァァ!!ザンザァァ!!」

サヤの泣き叫ぶ声。

そのサヤに向かって残った足が襲ってきた。

俺はザンザに向かって駆け出した方向をグルンと転換させると、サヤの前に立った。

ガズ!

再びこだまする鈍い咀嚼音。

しかし寸でのところで身を伏せた俺たちは、その足の一撃をギリギリでかわした。

俺は10本の足全てを視界に捉えるように仁王立ちをした。
サヤを背にして。

バシャァ

海面が大きく盛り上がったと思うと、大きな頭が姿を現した。

大きな口と無数の鋭い牙。
海の王者に相応しい風格がそこにはあった。


「我が名はクラーケン。
勇者よ…その名に恥じぬ強さ、誠に恐れ入った」

低い声で語りかけるクラーケン。
俺はその魔物を睨み付け続けている。

「しかし今は…魔力を失い、体力もない…その上仲間を亡くし、理性も失い欠けている…」

「だからどうしたぁ!」

俺は吼える。
空気が震え、クラーケンの足がわずかに揺れた。

「それでもお主は私と同等の勝負をするであろう」

「同等だと…?」

「ああ、そして致命的なダメージを与えるだろうな…この私に」

「その通りだ」

「しかし私も命が惜しい。だから決めたのだよ…」

クラーケンの足が海中に潜る。

ビリビリとした空気が収束する感じ…

まさか…

この感じは…

「お主ではなく、今お主が立っている場所そのものを破壊してくれようとな!」

「…き、貴様…」

クラーケンの表情は人間の俺には分からない。
しかしこの時の表情は確実に笑っていたはずだ。
勝利を確信し、漏れ出た笑い…

「弱き人間よ、お主らに耐えられるかな?」

そこまで言うとクラーケンは魔法を唱え始めた。

「海の理(ことわり)よ、全てを飲み込み、破壊の限りを尽くせ!超階位魔法!『ダイタルウェーブ』!!」

ゴゴゴゴ…

海が荒れる。
同時に船も大きく揺れ始めた。

「キャア!」

サヤが俺にしがみつく。
俺も立っているだけで何も出来ない。

「…ぐぬっ…」

しばらくするとその揺れが収まった。

すぅーっと船がクラーケンの方へ向かって動き出す…
正確には潮の流れがクラーケンの背後に収束し始めている。
もう間もなくこの船は破壊され、俺たちは容赦なく海に投げ出されるであろう。

俺はこの一瞬で最後の魔力を振り絞って、魔法を唱えた。

「風の精よ、その清らかな風の加護を与えたまえ!『クリーンエアバリア』」

サヤに爽やかな空気の幕が張られる。
長い時間とまではいかないが、仮に海に投げ出されても、彼女を覆った空気の幕が彼女の呼吸を楽にしてくれるはずだ。
そうすれば生き延びる可能性がある…

俺はこの魔法を自分にかけずに、奴隷であるサヤにかけた事に、自分自身で驚いていた。
サヤも同様な様だ。
大きく瞳を見開いて、俺を見つめている。

「…生きろ」

口下手な俺から出た、最後の彼女への命令であった。

サヤが何か言いかけたその瞬間…


巨大な波がクラーケンの背後から船を包み込むようにして襲ってきた。

こっぱみじんに砕ける船。

「ご主人さま!!」

必死に俺の手を握るサヤ。

しかし水の勢いは、まるで俺たちを引き裂こうとする様に、残酷な渦をまいている。

「…サヤ!」

つないだ指が一本…また一本と離れていく。

「ご、ご主人さま!嫌…いやぁぁ!!」

「サヤ!生きろ!」

「いや!いやぁ!ご主人さまぁぁ!!」


そして…

その手は完全に離れた。

みるみるうちに二人の距離は離れる。

もうサヤの声も聞こえない。

魔力も体力も尽きた俺は、必死につかむ物を探る。

全てが物凄い速度で流されていく。
つかむ事など最初から叶わない程に…

俺の体は海底へと沈もうとしていた。
気も失いかける…

しかし、その時にはっきりと浮かんだのだ。

999年の間、何度も味わった死の苦痛を。

死ぬ訳にはいかない。
俺は最後の力振り絞って、沈みかけた体を海面へと浮上させた。

水の勢いも既に収まっているのが幸いであった。
もしテレシアなら…
1週間は海を大荒れにして、完全に俺を海に沈めていたであろう。

「…甘いな…」

俺はそんな一言を漏らし、流れてきた木の板にしがみついた。

そして安堵とともに気を失った。


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