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第1章
奴隷を買う2
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奴隷商会を出た俺たちは暗部から繁華街の方へと戻った。
途中、つばの広い帽子を買い、変装とまではいかないが、少し見た目を変えられるように俺はそれを目深にかぶった。
思ったより効果はてきめんで、俺と気付く人は格段と減った。
それでも中には声をかけようとする人もいたので、自然と早歩きで街を巡る。
サヤは俺に手を引かれ、黙ってそれについてきた。
途中、お腹を「クゥ」と鳴らしたサヤ。恥ずかしそうに顔を赤らめて下を向いている。
「…何か食べるか?」
「いえ…私の事など気になされないでください。ご主人さま…」
そう拒否をしていたが、体は素直だ。俺の提案とともに「ぐぅぅぅ」と大きな音を鳴らした。
俺はその様子に微笑むと、目の前の八百屋でリンゴを二つ調達する。
そして一つをサヤに差し出し、一つは自分でかじった。
シャリっとした気持ちのいい音、そして甘酸っぱい爽やかな風味が口の中に広がった。
「…旨いぞ。これを食べろ」
「そんな…困ります…私がご主人さまと同じものをいただくなんて…」
「…遠慮するな」
俺は彼女の小さな手の中にリンゴを押し込むようにして渡した。
「ありがとうございます…」
サヤはそう深々と頭を下げると、一口それを口にした。
シャリ…
「おいしい…」
サヤから思わず感嘆の声が漏れ、その表情が初めて綻んだ。
俺はそのリアクションを不思議に感じて尋ねた。
「…リンゴ、初めてなのか?」
サヤは恥ずかしそうにうつむきながら答えた。
「はい…いつも豆のスープとパンでしたので…」
「…そうか」
最低限の栄養しか取っていなかったのだろう。華奢な彼女の体型は、そのせいもあったのかもしれない。俺は今後の食事について話をした。
「…これからは俺と同じものを食べろ」
「そんな!困ります!」
サヤが強く拒否する。俺はあらためてその徹底ぶりに感心した。
完全に自我や欲求が殺されているのではないか…そんなことまで感じさせるような口ぶりであった。
俺は仕方ないので彼女に決定的な一言で従わせる事にする。
「…これは命令だ」
「うぅ…はい…かしこまりました。ご主人さま」
彼女は納得がいかないように、顔を伏せて俺の後ろをついてくる。
時々リンゴを「シャリ…シャリ…」と音をなるべく立てないようにして食べる彼女の意地らしい心遣いが、俺の胸をくすぐっていた。
◇◇
俺はさらにサヤの服装も新調することした。
サヤの今着ている服は、色はくすみ、ところどころに穴があいた酷いものだったからだ。
「困ります…ご主人様…」
首を横に振りながら、拒否する彼女を引っ張るようにして、俺は服屋に入った。
「いらっしゃいませ!あら!勇者様じゃないの?嬉しいわ」
かっぷくの良い中年おばさん店員は俺の事に気付いているようだ。おばさん特有の馴れ馴れしさで俺に笑顔を向けている。ただ、そこには商売人に見られるような裏のある顔には見えない。
心の底から俺の来訪を歓迎してくれているようだ。
「勇者様の服を選ぶなんて、おばさん緊張しちゃうわ」
「…俺の服ではない」
店員の勘違いを即座に否定すると、ちらりと俺の背後にくっつくようにして小さくなっているサヤを見る。
店員のおばさんは俺の視線に合わせて、俺の背中の方を覗き込むと、「まぁ!」と驚いて口に手を当てた。
「可愛らしいお嬢さんがいらしたのね!あなた小さいから気付かなかったわ!」
「すみません…」
「謝らなくたっていいのよ~!でも着ている服はあまりいただけないわね」
店員のおばさんはジロジロとサヤを上から下まで見ている。
サヤは恥ずかしそうにモジモジしていた。
「うん!おばさんに任せてちょうだい!お嬢さんにバッチリ似合う服を選んであげる!」
ドンと胸をたたくと、おばさんはサヤの手を引っ張って奥へと消えていった。
しばらくして戻ってきたおばさん店員一人だった。
「ちょっと!お嬢さん!早くこっちへ来て、勇者様にお披露目してあげなさいな!」
「はい…」
消え入りそうな小さな声で、サヤが後からやってきた。
先ほどまでのボロではなく、純白のワンピースを着て…
靴も新しくなっている。
サヤは顔を赤くして、恥ずかしそうに俯いていた。
俺はその変わりように目を細める。
「この子にはシンプルな服が似合うと思うのよね!どうかしら?」
俺は大きく頷くと、
「…似合ってる」
とおばさん店員の問いかけに肯定した。
「そうよね~!でもこの子、『私なんて何を着たって醜いんです』なんて言うもんだから、おばさん困っちゃったわよ~」
「本当の事ですから…私は醜い奴隷…綺麗なお洋服なんて、もったいないです」
小さな声で誰とも視線を合わせないサヤ。
そんな彼女を無視して、俺は勘定をすませていた。
食べ物と衣服…この二つがしっかりとすれば、彼女の卑屈な気持ちが少しは晴れるだろう。俺はそんな事を考えていた。
俺にとってみれば、彼女は単なる身の回りの世話をしてくれる奴隷に過ぎない。しかしその奴隷が「私なんか…」という卑屈な奴隷根性の持ち主では、付き合いにくい事この上ない。
反骨精神が旺盛すぎるのも面倒だが、ここまで従順すぎるのも俺には我慢ならなかった。
俺はサヤが人間らしく、人並みの欲求や感情を持てるようにしてやりたいと思っている。他人との付き合いが苦手で避けている俺が「何を言うか?」と他人は思うかもしれない。
しかし、これから長い付き合いとなるはずの相手が、腐った根っこのような人間であるのは俺自身が許せなかった。
そしてその意味ではもう一つ、城での夕食の前に片付けておくべき事が残っていた。
俺たちは宿屋に到着すると部屋をとった。
宿屋の主人がイヤらしい目で
「どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください」
と、何やら含みをもたせて俺たちを部屋へと案内してくれた。
サヤは部屋の扉の近くで直立している。
その表情は緊張で今にも泣き出しそうな雰囲気だ。
俺はベッドの上に腰をかけた。
かなり長い時間をかけて、街中を歩きまわったので、流石に疲れていた。
そしてサヤに
「…来い」
と手招きをした。
観念したように覚悟を決めて近づいてくるサヤ。
そして俺の目の前までくると、スルスルと服を脱ぎ始めた。
彼女の膨らみかけた胸があらわになる。
「ご主人様…優しくしてください…」
サヤはその姿のまま、俺に抱きついてきた。
どうやら宿の主人とサヤは同じ勘違いをしているようだ…
おそらく彼女は「男のご主人様にするご奉仕」をあの店主に叩きこまれていたのだろう…
やはり一発くらい殴っておくべきだったか…あの店主
俺も男だ。
そういった事に興味がないと言ったらウソになる。
しかし今の奴隷根性に凝り固まったサヤに女性としての魅力など微塵も感じないし、それよりも何よりも俺が宿をとったのには、別の目的があった。
「…風呂」
「浴場でなさるのですか…?」
サヤが俺の手を引いてこの部屋の浴場に行こうとする。
俺はその手をほどいた。
「…お前が入れ。一人で」
「え…?」
「…臭(くさ)い、お前。綺麗にしてこい」
女性に「臭(くさ)い」とは…自分でも酷い物言いだな、と思いつつも、これしか言葉にならない。
サヤは恥ずかしそうにうつむいている。
「はい…ご主人さま。身体を綺麗にしてから、続きをされる…という事ですね」
「…違う。終わったら城に戻る」
その俺の言葉にサヤは瞳を大きく見開いた。
そして青ざめた表情に変わっていき、俺には考えられないネガティブな考えを吐露した。
「では、私は…ここでお払い箱ですか…?全くお役に立てなかったからでしょうか?」
俺は素直に答える。
「…違う。お前も一緒だ」
「しかし、奴隷の私なんかがお城になんか…」
「…そんなことは問題ない」
「でも…私なんか…」
このサヤの様子に俺の中で何かがキレた。この「でも…私なんか…」は二度と口にさせない、そう決心し、口下手の俺は懸命に彼女を諭すことにした。
この彼女の卑屈さとの戦いは、ある意味俺にとって最もきつい戦いかもしれない…
「…サヤ…聞け」
「はい…なんでしょう?ご主人さま」
「…お前はこれから俺の奴隷だ」
「はい…」
「…奴隷と主人はいつも一つだ」
「はい…」
そこまで言うと俺は一旦息を整える。正直、言葉を放つのがここまでしんどいとは思わなかった。
しかし彼女の俺の言葉を待つ瞳に背中を押されるように、俺は続けた。
「…だから…」
「だから…?」
「…これからはお前は俺の一部だ」
「え…?」
俺の意外な一言にサヤは目を丸くしている。
俺自身でも何が言いたいのかよく分かっていない部分があるが、ここまで来たら勢いでなんとかするしかない。
ここが勝負どころだと思い、俺は声を強めて続けた。
「…お前は勇者である俺の一部だ」
「は…はい…」
「…だから…勇者としての誇りと自覚を持て!」
「え…?」
「…これからは卑屈になるな…」
「そんな…私なんかが…」
「…そんなお前を俺は選んだ」
「え…」
「…自信を持て。お前は美しい」
サヤがその言葉に顔を真っ赤にしていた。みるみるうちにその瞳に涙がたまっていく。
俺は思っていた…彼女が卑屈になる要因…それは彼女自身が「自分は醜い存在」と思いこんでいるからではないかと。
それは彼女の生い立ちがそうさせたのかもしれない。
奴隷となる事を宿命として産まれ育った彼女の生い立ちは「自分は醜い存在」という価値観を植え付けられるにはうってつけだったはずだ。
しかしその生い立ち自体をどうにかする事など出来ない。であれば、出来る事はただ一つだ。
彼女に「お前は醜くなんてない。かけがえのない美しい存在なのだ」という事を実感させることだ。
俺はそれを言葉として伝えた。なぜならそれが最も効果が高いと思ったからである。
サヤも薄々気づいているはずだ。俺がどうしようもなく口下手で、他人と会話することが苦手だということを。
だからこそ、俺の言葉には裏がないことも、彼女は気付いていると確信していた。
そんな俺から「お前は美しい」と言われれば、彼女の価値観を打ち崩せるのではないか…そう思っていた。
もちろん…俺はサヤを「美しい」と本心から思っていた。
それは彼女の容姿というよりも、その透き通るような瞳に宿った光によるところが大きかったのだが…
そしてもう一つ、俺の想いを言葉に載せる。
「…俺はお前の笑顔が見たい」
その言葉とともに完全に涙腺が緩んだサヤは、顔を隠すように浴場へと消えていった。
俺は彼女が入浴している間、ベッドに横になって目をつむっていた。
言いすぎたか…?
俺は彼女の反応が良く分からなかったので、不安であった。
天下無双の勇者である俺が、一人の女性の顔を気にするなんて…
自分でもばかばかしいと思いながらも、彼女の最後の姿が目に焼きついて離れなかった。
◇◇
サヤが入浴している間、俺は寝てしまったらしい。
少し息苦しくなって起きた。
どうやら柔らかい何かで口を塞がれているようだ。
「ん…」
目を開けると、目の前にはサヤの顔。
サヤは俺に唇を重ねていたのだ。
俺が目を覚ましたのを確認すると、少し離れる。
「目を覚まされましたか…?ご主人さま」
気になる臭(にお)いはもうしていない。
離れたサヤは綺麗な髪と肌、そして先ほど買ったばかりの服を身につけていた。
これだけ見れば、奴隷とは思えない。
どこぞの貴族の娘のような気品にあふれていた。
「…おまえ…今のは奴隷だからか?」
今彼女が俺にしていた口づけの理由を問いただそうとする。
やはり奴隷根性が抜けていないのか…
俺はそれが心配だった。
しかし彼女から出てきた言葉は意外なものだった。
「いえ、違います。ご主人さま」
「…しかし…それでは俺なんかに…」
そう…俺なんかにサヤのような若い女性が口づけなどするはずがない。
反論しようとした俺に彼女は人差し指を俺の口元に突きつけた。
「卑屈はダメですよ!ご主人さま!」
そう言って、サヤは俺に輝く笑顔を向けた。
思わず俺の顔が熱くなる。
やはり俺の思った通りだ…
サヤには笑顔が似合う。
途中、つばの広い帽子を買い、変装とまではいかないが、少し見た目を変えられるように俺はそれを目深にかぶった。
思ったより効果はてきめんで、俺と気付く人は格段と減った。
それでも中には声をかけようとする人もいたので、自然と早歩きで街を巡る。
サヤは俺に手を引かれ、黙ってそれについてきた。
途中、お腹を「クゥ」と鳴らしたサヤ。恥ずかしそうに顔を赤らめて下を向いている。
「…何か食べるか?」
「いえ…私の事など気になされないでください。ご主人さま…」
そう拒否をしていたが、体は素直だ。俺の提案とともに「ぐぅぅぅ」と大きな音を鳴らした。
俺はその様子に微笑むと、目の前の八百屋でリンゴを二つ調達する。
そして一つをサヤに差し出し、一つは自分でかじった。
シャリっとした気持ちのいい音、そして甘酸っぱい爽やかな風味が口の中に広がった。
「…旨いぞ。これを食べろ」
「そんな…困ります…私がご主人さまと同じものをいただくなんて…」
「…遠慮するな」
俺は彼女の小さな手の中にリンゴを押し込むようにして渡した。
「ありがとうございます…」
サヤはそう深々と頭を下げると、一口それを口にした。
シャリ…
「おいしい…」
サヤから思わず感嘆の声が漏れ、その表情が初めて綻んだ。
俺はそのリアクションを不思議に感じて尋ねた。
「…リンゴ、初めてなのか?」
サヤは恥ずかしそうにうつむきながら答えた。
「はい…いつも豆のスープとパンでしたので…」
「…そうか」
最低限の栄養しか取っていなかったのだろう。華奢な彼女の体型は、そのせいもあったのかもしれない。俺は今後の食事について話をした。
「…これからは俺と同じものを食べろ」
「そんな!困ります!」
サヤが強く拒否する。俺はあらためてその徹底ぶりに感心した。
完全に自我や欲求が殺されているのではないか…そんなことまで感じさせるような口ぶりであった。
俺は仕方ないので彼女に決定的な一言で従わせる事にする。
「…これは命令だ」
「うぅ…はい…かしこまりました。ご主人さま」
彼女は納得がいかないように、顔を伏せて俺の後ろをついてくる。
時々リンゴを「シャリ…シャリ…」と音をなるべく立てないようにして食べる彼女の意地らしい心遣いが、俺の胸をくすぐっていた。
◇◇
俺はさらにサヤの服装も新調することした。
サヤの今着ている服は、色はくすみ、ところどころに穴があいた酷いものだったからだ。
「困ります…ご主人様…」
首を横に振りながら、拒否する彼女を引っ張るようにして、俺は服屋に入った。
「いらっしゃいませ!あら!勇者様じゃないの?嬉しいわ」
かっぷくの良い中年おばさん店員は俺の事に気付いているようだ。おばさん特有の馴れ馴れしさで俺に笑顔を向けている。ただ、そこには商売人に見られるような裏のある顔には見えない。
心の底から俺の来訪を歓迎してくれているようだ。
「勇者様の服を選ぶなんて、おばさん緊張しちゃうわ」
「…俺の服ではない」
店員の勘違いを即座に否定すると、ちらりと俺の背後にくっつくようにして小さくなっているサヤを見る。
店員のおばさんは俺の視線に合わせて、俺の背中の方を覗き込むと、「まぁ!」と驚いて口に手を当てた。
「可愛らしいお嬢さんがいらしたのね!あなた小さいから気付かなかったわ!」
「すみません…」
「謝らなくたっていいのよ~!でも着ている服はあまりいただけないわね」
店員のおばさんはジロジロとサヤを上から下まで見ている。
サヤは恥ずかしそうにモジモジしていた。
「うん!おばさんに任せてちょうだい!お嬢さんにバッチリ似合う服を選んであげる!」
ドンと胸をたたくと、おばさんはサヤの手を引っ張って奥へと消えていった。
しばらくして戻ってきたおばさん店員一人だった。
「ちょっと!お嬢さん!早くこっちへ来て、勇者様にお披露目してあげなさいな!」
「はい…」
消え入りそうな小さな声で、サヤが後からやってきた。
先ほどまでのボロではなく、純白のワンピースを着て…
靴も新しくなっている。
サヤは顔を赤くして、恥ずかしそうに俯いていた。
俺はその変わりように目を細める。
「この子にはシンプルな服が似合うと思うのよね!どうかしら?」
俺は大きく頷くと、
「…似合ってる」
とおばさん店員の問いかけに肯定した。
「そうよね~!でもこの子、『私なんて何を着たって醜いんです』なんて言うもんだから、おばさん困っちゃったわよ~」
「本当の事ですから…私は醜い奴隷…綺麗なお洋服なんて、もったいないです」
小さな声で誰とも視線を合わせないサヤ。
そんな彼女を無視して、俺は勘定をすませていた。
食べ物と衣服…この二つがしっかりとすれば、彼女の卑屈な気持ちが少しは晴れるだろう。俺はそんな事を考えていた。
俺にとってみれば、彼女は単なる身の回りの世話をしてくれる奴隷に過ぎない。しかしその奴隷が「私なんか…」という卑屈な奴隷根性の持ち主では、付き合いにくい事この上ない。
反骨精神が旺盛すぎるのも面倒だが、ここまで従順すぎるのも俺には我慢ならなかった。
俺はサヤが人間らしく、人並みの欲求や感情を持てるようにしてやりたいと思っている。他人との付き合いが苦手で避けている俺が「何を言うか?」と他人は思うかもしれない。
しかし、これから長い付き合いとなるはずの相手が、腐った根っこのような人間であるのは俺自身が許せなかった。
そしてその意味ではもう一つ、城での夕食の前に片付けておくべき事が残っていた。
俺たちは宿屋に到着すると部屋をとった。
宿屋の主人がイヤらしい目で
「どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください」
と、何やら含みをもたせて俺たちを部屋へと案内してくれた。
サヤは部屋の扉の近くで直立している。
その表情は緊張で今にも泣き出しそうな雰囲気だ。
俺はベッドの上に腰をかけた。
かなり長い時間をかけて、街中を歩きまわったので、流石に疲れていた。
そしてサヤに
「…来い」
と手招きをした。
観念したように覚悟を決めて近づいてくるサヤ。
そして俺の目の前までくると、スルスルと服を脱ぎ始めた。
彼女の膨らみかけた胸があらわになる。
「ご主人様…優しくしてください…」
サヤはその姿のまま、俺に抱きついてきた。
どうやら宿の主人とサヤは同じ勘違いをしているようだ…
おそらく彼女は「男のご主人様にするご奉仕」をあの店主に叩きこまれていたのだろう…
やはり一発くらい殴っておくべきだったか…あの店主
俺も男だ。
そういった事に興味がないと言ったらウソになる。
しかし今の奴隷根性に凝り固まったサヤに女性としての魅力など微塵も感じないし、それよりも何よりも俺が宿をとったのには、別の目的があった。
「…風呂」
「浴場でなさるのですか…?」
サヤが俺の手を引いてこの部屋の浴場に行こうとする。
俺はその手をほどいた。
「…お前が入れ。一人で」
「え…?」
「…臭(くさ)い、お前。綺麗にしてこい」
女性に「臭(くさ)い」とは…自分でも酷い物言いだな、と思いつつも、これしか言葉にならない。
サヤは恥ずかしそうにうつむいている。
「はい…ご主人さま。身体を綺麗にしてから、続きをされる…という事ですね」
「…違う。終わったら城に戻る」
その俺の言葉にサヤは瞳を大きく見開いた。
そして青ざめた表情に変わっていき、俺には考えられないネガティブな考えを吐露した。
「では、私は…ここでお払い箱ですか…?全くお役に立てなかったからでしょうか?」
俺は素直に答える。
「…違う。お前も一緒だ」
「しかし、奴隷の私なんかがお城になんか…」
「…そんなことは問題ない」
「でも…私なんか…」
このサヤの様子に俺の中で何かがキレた。この「でも…私なんか…」は二度と口にさせない、そう決心し、口下手の俺は懸命に彼女を諭すことにした。
この彼女の卑屈さとの戦いは、ある意味俺にとって最もきつい戦いかもしれない…
「…サヤ…聞け」
「はい…なんでしょう?ご主人さま」
「…お前はこれから俺の奴隷だ」
「はい…」
「…奴隷と主人はいつも一つだ」
「はい…」
そこまで言うと俺は一旦息を整える。正直、言葉を放つのがここまでしんどいとは思わなかった。
しかし彼女の俺の言葉を待つ瞳に背中を押されるように、俺は続けた。
「…だから…」
「だから…?」
「…これからはお前は俺の一部だ」
「え…?」
俺の意外な一言にサヤは目を丸くしている。
俺自身でも何が言いたいのかよく分かっていない部分があるが、ここまで来たら勢いでなんとかするしかない。
ここが勝負どころだと思い、俺は声を強めて続けた。
「…お前は勇者である俺の一部だ」
「は…はい…」
「…だから…勇者としての誇りと自覚を持て!」
「え…?」
「…これからは卑屈になるな…」
「そんな…私なんかが…」
「…そんなお前を俺は選んだ」
「え…」
「…自信を持て。お前は美しい」
サヤがその言葉に顔を真っ赤にしていた。みるみるうちにその瞳に涙がたまっていく。
俺は思っていた…彼女が卑屈になる要因…それは彼女自身が「自分は醜い存在」と思いこんでいるからではないかと。
それは彼女の生い立ちがそうさせたのかもしれない。
奴隷となる事を宿命として産まれ育った彼女の生い立ちは「自分は醜い存在」という価値観を植え付けられるにはうってつけだったはずだ。
しかしその生い立ち自体をどうにかする事など出来ない。であれば、出来る事はただ一つだ。
彼女に「お前は醜くなんてない。かけがえのない美しい存在なのだ」という事を実感させることだ。
俺はそれを言葉として伝えた。なぜならそれが最も効果が高いと思ったからである。
サヤも薄々気づいているはずだ。俺がどうしようもなく口下手で、他人と会話することが苦手だということを。
だからこそ、俺の言葉には裏がないことも、彼女は気付いていると確信していた。
そんな俺から「お前は美しい」と言われれば、彼女の価値観を打ち崩せるのではないか…そう思っていた。
もちろん…俺はサヤを「美しい」と本心から思っていた。
それは彼女の容姿というよりも、その透き通るような瞳に宿った光によるところが大きかったのだが…
そしてもう一つ、俺の想いを言葉に載せる。
「…俺はお前の笑顔が見たい」
その言葉とともに完全に涙腺が緩んだサヤは、顔を隠すように浴場へと消えていった。
俺は彼女が入浴している間、ベッドに横になって目をつむっていた。
言いすぎたか…?
俺は彼女の反応が良く分からなかったので、不安であった。
天下無双の勇者である俺が、一人の女性の顔を気にするなんて…
自分でもばかばかしいと思いながらも、彼女の最後の姿が目に焼きついて離れなかった。
◇◇
サヤが入浴している間、俺は寝てしまったらしい。
少し息苦しくなって起きた。
どうやら柔らかい何かで口を塞がれているようだ。
「ん…」
目を開けると、目の前にはサヤの顔。
サヤは俺に唇を重ねていたのだ。
俺が目を覚ましたのを確認すると、少し離れる。
「目を覚まされましたか…?ご主人さま」
気になる臭(にお)いはもうしていない。
離れたサヤは綺麗な髪と肌、そして先ほど買ったばかりの服を身につけていた。
これだけ見れば、奴隷とは思えない。
どこぞの貴族の娘のような気品にあふれていた。
「…おまえ…今のは奴隷だからか?」
今彼女が俺にしていた口づけの理由を問いただそうとする。
やはり奴隷根性が抜けていないのか…
俺はそれが心配だった。
しかし彼女から出てきた言葉は意外なものだった。
「いえ、違います。ご主人さま」
「…しかし…それでは俺なんかに…」
そう…俺なんかにサヤのような若い女性が口づけなどするはずがない。
反論しようとした俺に彼女は人差し指を俺の口元に突きつけた。
「卑屈はダメですよ!ご主人さま!」
そう言って、サヤは俺に輝く笑顔を向けた。
思わず俺の顔が熱くなる。
やはり俺の思った通りだ…
サヤには笑顔が似合う。
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今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
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