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第1章

アステリア王国防衛戦2

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城を出た俺とレイナはアステリア王国の城下町を城の正門に向けて馬にまたがって駆けていった。
前を行くレイナの馬を俺が乗る馬が追いかけていくという形だ。

街中は戦争下である事を示すように、ひっそりとしており、人影は見当たらない。
本来ならば昼間のにぎやかな喧噪が溢れる場所も、今は俺たちの馬の蹄が地面を叩く乾いた音だけが響いていた。そんな中、レイナが俺の横まで下がり、高貴な彼女の血筋を物語るような凛とした声色で、口早に俺に話しかける。

「戦況を簡単に説明しておくわ。
その前に…私の名はレイナ。このアステリア王国の第一王女よ。
あなた…勇者様のことは何とお呼びすれば?」

「…ジェイ」

「ありがとう、ジェイ様ね」

「ジェイ…でいい」

「うん!ジェイ。では、説明するわね」

レイナの言う戦況はこうだ。

攻め込んできている魔物の軍団…魔王軍は、約1,000体。

彼らは二手に分かれており、ゴブリンたちで形成された地上からの大軍は900体。
ガーゴイルたちによる空からの大軍が約100体。

対する王国の軍は、王直属の近衛兵が約30人。
門番兵隊が60人。
レイナ率いる魔術師軍が10人。
合わせて100人とのことだ。

魔王軍と王国軍では、10倍の戦力差がある。

侵攻は昨晩から本格的に始まり、王国の主軍約1万は城を出て果敢に戦うも、あえなく全滅してしまったらしい。
その中にはこの国の次期国王の予定であった第一王子のルークという若者も含まれていた。

高い山を背にしたアステリア城の立地もあり、魔王軍の攻撃は一方からのみで、魔法で張った結界で空からの侵攻を辛うじて防ぎ、城に設置された唯一の大門が、地上からのそれを防いでいるとのことだ。しかしいずれも破られるのは時間の問題…もはや王国の陥落は目前の絶体絶命の状況であった。

「…攻撃は昨晩からか?」

「ええ」

城壁の上にレイナ姫直属の魔術師たちが陣を敷き、臨時で張った結界を守りつつ、門番兵の弓攻撃ととに魔法攻撃でガーゴイル達と対峙しているようだ。

おそらく、魔術師たちの魔力が尽きた時点で、この城の命運も尽きるだろうな。
大門の方も心配であったが、最悪は市街戦を展開すれば何とか対処できると俺は踏んだ。
しかし空からの敵は侵入されたら非常にやっかいだ。
なぜならその翼をもって直接城への侵攻が可能だからだ。

そうして俺は、一つの決断を下した。

「…空からだ」

俺の言葉にレイナは即座に肯定した。

「はい!では城壁の上までご案内します!」

「…頼む」

再び俺の前に馬を進めたレイナが馬の腹を一つ蹴飛ばすと、
レイナの白馬は「ヒヒィ」と短くいなないき、その足の回転をさらに早めた。
俺も彼女に遅れをとるまいと自分が騎乗する馬の手綱をグイっと前に押し出す。
それに素直に馬は応えて、その速度を上げていった。
頬に当たる空気はこの国の緊張感を体現したように冷たい。
俺はあらためてこの空気を平和の訪れを歓喜する熱い空気に変えてやろうと決意していた。

「急ぎましょう!みながあなたを待ってます!」

◇◇

城壁の上にたどり着いた俺を、小走りで兵士たちが出迎える。
その表情は安堵が浮かんでいるが、それ以上に隠しきれない疲労の方が色濃い。中には俺とレイナの姿を見た瞬間に安心して力が抜けたのか、気絶してしまうものも数名いたぐらいだ。よほど彼らは追い詰められていたのだろうと俺は不憫に思っていた。
レイナは彼らの介抱を指示し、迫りくるガーゴイルたちへの攻撃の手を止めるように、手早く指示していた。


戦況は想像通りに絶望的。
魔術師たちは疲弊し、門番兵の弓矢の数もほとんど残っていない。

一方のガーゴイルたちは、大きな壁となって立ちはだかっている光の結界を破らんと、魔法で攻撃をしかけ続けていた。
どうやら王国兵たちの攻撃ではただの1体も倒すには至らなかったようだ。
「情けないな」という感情よりも、人間の弱さを今更ながら痛烈に実感した瞬間であった。

俺の到着がもう少し遅れていたら、結界は破られ、空からの侵入を許していたであろう。
俺は城門ではなく、ここから手助けすることにした自分の判断を、心の中で自賛した。
もちろん、そんな事は表情にはおくびにも出さず、無表情で状況確認を続ける。

俺は結界がつながっている魔法陣へと近づいた。
どうやらこの魔法陣に魔力を集め、結界へとその魔力を送っているようだ。

この世界には魔法が存在している。
魔法は決まった言葉を口にするか、心の中で唱える事で発動できる。
それを「詠唱」と言う。
誰でもどんな魔法でも「詠唱」さえすれば唱えられる。
しかし魔法を唱えるには、決められた「魔力」を消費し、高度な魔法ほど高い魔力を必要とする。
最上位」と呼ばれるこの世界では最も高度な魔法の場合、どんなに高い魔力の持ち主であっても1日に1回唱えることがやっと…というのがこの世界の一般的な見解であった。
ゆえに「最上位」の魔法のほとんどは、人々からその詠唱方法すら忘れ去られていた。

また、魔法陣はその魔力を効率よく魔法に変換させる為の仕掛けだ。
つまり小さな魔力でも、高度な魔法を唱えることが可能となる。
一国の城の上空を守るほどの大きな結界を張るには、相当高度な魔法と大きな魔力が必要だ。
その為、国の精鋭魔術士であっても魔法陣なしに、この結界を張るのは不可能だったのだろう。

ゆっくりと近づいた俺に気付きもせず、4人の若い女性魔術師達は一心不乱に魔法陣に魔力を流し続けている。
しかし、それは既に魔力が尽きる寸前といったところで、いつ終わってもおかしくないような、痛々しい状態であった。

「…どけ」

俺は、4人をその場から離脱してもらおうと、努めて丁寧に優しく言葉をかけようと試みたのだが、相変わらずぶっきらぼうな一言しか出てこない。こんな状況じゃ、女性に好かれることはなさそうだな…と戦況とは関係ない部分でがっかりしてしまう自分が悲しい。

そんな俺の言葉に気付いていないのか、4人はその場を離れずになおも一心不乱に詠唱を続けていた。彼女らの目には力がなく、もはや無意識でそれを行っているのかもしれない。俺はその様子を無礼とも思わず、むしろ不憫に感じて同情した。俺はどかない4人に対して、困ったようにレイナを見る。すると、兵士たちへの指示を終えた彼女は俺のその視線で状況をくみ取ってくれたようで、ツカツカと近づいきた。

相変わらず鉄仮面からは彼女の瞳しか覗く事はできないが、その中に怒りがこもっているのは俺から見ても明らかであった。
怒らせると怖いタイプか…そんなところは俺のよく知っているあの女性にそっくりだ。
触らぬ神にたたりなし…俺はそっと状況を見守る事にした。

4人の側まで来た彼女は「ドン!」と足を踏み鳴らすと、大きな声で命じた。

「クッキー!ショコラ!キャンディ!パイ!そこを離れなさい!」

レイナのどこまでも通りそうな透明な声が周囲に響く。
少し離れた兵士や気絶していた者たちまで、その声に驚きレイナを見つめている。
真横にいた俺は…その気迫に驚き、思わず姿勢を正していた。
ふとガーゴイルの方を見ると、彼らまで少し気圧されて、その攻撃の手を止めていた。

そんな彼女の怒りの声の対象となった4人は、ハッとした表情で詠唱を止め、俺とレイナの方に顔を向けた。その表情は申し訳なさと疲弊とが同居しており、若い女性のみずみずしさの欠片も感じられない。
一言で言えば、酷い顔をしていた。

「姫様!気付く事すらかなわず…申し訳ございません」

4人を代表して、長いピンク色の髪の女性魔術師が、息も絶え絶えにそう答える。無論その声はか細く、今にも折れてしまいそうな危うさを漂わせている。
そして4人とも、魔力を失った事により蒼白な顔をうなだれて、他の兵士に支えられるようにして、無言でその場から離れた。
俺は彼女たちが横を通り過ぎる瞬間に、一言
「…頑張ったな。後は任せろ」
と短い言葉をかけ、その労をねぎらった。
健気に笑顔を浮かべ、軽く頭を下げている4人から、その重いバトンを俺へ託したような解放感が感じられた。


魔術師たちの魔力の流れが止まったことで結界の強度が一気に弱くなった事は、誰の目にも明らかであった。
レイナの一喝により、一瞬手が止まっていたガーゴイルたちは、ここぞ好機とばかりにその攻撃を一層苛烈にして結界に襲いかかっていた。

このままでは、すぐにガーゴイル達の苛烈な攻撃によって、破られてしまう…
みなそのように一種の諦めに似た表情だが、それでも、目の前にいる細身で年若い黒髪の勇者がなんとかしてくれるのではないか…そんな大きな期待が俺には感じられた。

俺は心の中でその声なき声に答える。

応えてやるよ。
その期待。

俺は魔法陣の中央に立つと詠唱を始めた。

「大いなる天使メタトロンよ!我に力を!空と大地を守りたまえ!光の最上位魔法!『アルティメット・セイント・バリア』!!」

俺を中心として発せられる魔法陣から光が眩しい。
先ほどまでの4人と俺の魔力の大きさの違いは、この光を見れば誰が見ても明らかであったに違いない。

「こ、これは!!」
「こんな魔法聞いたことないわ!」
「すごい!!すごすぎる!!」

人々は驚嘆した。彼らの前に現れた光は、絶望を照らす希望の光そのものに感じられたことだろう。
実際にそうなのだから、それも仕方のない事だ。
俺は彼らの興奮とは裏腹に、至って冷静に状況を把握し続けることに集中していた。

魔法陣から放たれた光が結界を覆う。
そして、

ズバン!!!!

という大きな音が空へ咆哮のようにこだました。

すると、結界の眼前で攻撃を加えていた約20体のガーゴイル達が粉々に吹き飛ぶ。

「「「!!!!」」」

人々は声を失った。

一晩かけてただの1体も倒せなかったガーゴイルを、ただの一撃で、いや単に結界を強化しただけで、20体も一気に粉砕したのだ。

レイナを始め、その場にいた全ての兵が腰を抜かし、座り込んでしまった。


驚くのはまだ早いぜ。
本番はこれからだ。


「…震撼しろ!ガーゴイルども!」


俺は次の詠唱を、魔法陣の中から始める。
今度は攻撃の魔法だ。

「戦神オーディーンに告ぐ!己の力を示せ!!無数の光の刃よ!蹂躙せよ!!光の最上位魔法!『オーディン・ライトニング・セイバーズ』!!」

魔法陣に魔法が吸収されていく。
そして、魔法陣からつながれた結界にその魔法の光が入り込んだ。
それと同時に結界の外へ無数の光の刃となって、ガーゴイルたちと地上のゴブリンを切り裂く。

「ギャァァァァ!!!」

ガーゴイルたちの断末魔の叫び声が俺には心地よかった。

「…消えろ」

目の前に映るガーゴイルの数がみるみる減っていく。
伐採されていく木の枝のようにハラハラと散っていくガーゴイルたち。
勇者として初めて魔物を倒したという感慨など一切ない。
俺が感じていたことは、ただ一つ…

爽快。

それだけであった。

しかしそんな心地よい時間というのは得てして長くは続かないものだ。
もっともそう長い時間それに浸っている状況ではないのは重々分かっているつもりだが、名残惜しさがないというのは嘘になる。

目の前のガーゴイルが、とうとう「0」となった。
それとともに俺の魔法はオーケストラのフィナーレのような余韻を残して終了を告げた。
そして目の前に広がっていた絶望で覆われていた王国の空は、ただ一匹の魔物すら存在しない、透き通るような青さに戻っている事に、その場にいた全員が感慨深けに見つめていた。
…ただ一人、無表情で何の感情もない俺を除いて…


「…すごすぎるわ…」

誰ともなく驚嘆の声が漏れる。
みな昨晩から気を張り詰めていたのだろう。
魔物の姿が消えるとともに、安堵してその場で座り込んでいた。

それを見届けると、俺は城壁の淵に立った。
頬に当たる風が心地よい。俺はその視線をゆっくりと下へ移した。
地上では、甘いものに群れる蟻のようにゴブリンたちが城門に群がっている。
そして城から少し離れた草原には彼らの主軍であろう…ゴブリンと思われる魔物の大群が、軍隊を思わせるように綺麗に整列して待機していた。

これから始まるであろう、彼らにとっての地獄のような阿鼻叫喚を想像しただけで、俺は喜びに身が震えた。

そして、地上に向けて蹴り出した。


「…蹂躙の時間だ。覚悟しろ、魔族ども」


こうして、俺による、あまりに一方的な絶望からの逆襲が始まりを告げたのだった。


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