出遅れ勇者の無双蹂躙~世界滅亡寸前からの逆襲~

友理潤

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第1章

アステリア王国防衛戦1

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魔王復活からちょうど999年――

世界はまさに絶体絶命の状況にあった。
聖女テレシアによって預言された勇者の出現はなく、約1,000年の間に魔王の軍勢に都市が攻略されつつあった。


始まりの国とされるアステリア王国。

魔王の居城から最も離れたこの国でさえも、もはやその存続は、風前の灯火であった。

そんな絶望が支配する状況の中、999年の時を経て、ようやく俺は勇者として旅立つ準備が整った。
同時にアステリア王国の召喚の間では、王国の未熟な魔術師たちが勇者召喚の儀式を、懸命に行なっていた。俺は勇者として天界からその求めに応じる事にする。

俺の名前は「ジェイ」。
召喚までに999年もの準備に費やしたのには理由があった。
全てはあの忌まわしい聖女テレシアのせい…
いや、今ここでその理由を詳しく邂逅している場合ではないようだ。

俺は天界から下界へと通じる光の渦の中へ身を投じた。

◇◇
俺が召喚されたのは、少しカビ臭い、薄暗い部屋だ。

俺はまず自分の姿を確認する。

細身の体に黒髪。
年齢は…よく分からないが、肌は若々しい張りがあり、どうやら人間で言えば二十歳そこそこといっただろう。

着ているもの…流石に素っ裸というのはごめんだ。
しかしそれは俺の杞憂に過ぎなかったようだ。
布製の服、着心地のよい肌着。
どうやら、基本的な旅の装備はしているらしい。
さらに腰には一振りの剣。

体力的にも装備品からしても、すぐにでも旅立てそうな気がする。

次に俺は周囲を見渡す。

大きな書棚に様々な本が並んでいる。
部屋の隅には、魔法の実験道具のようなものもあった。

そして、俺の目の前には、俺を召喚したと思われる術者が5人、ポカンとした顔で立っている。

4人の年齢はまだ20代といったところか。全員男性だ。
残りの1人はかなり年齢がいっていると思われる。

「大賢者ドノバン様!これは…とうとう勇者様の召喚に成功したのでは!!?」

ドノバンと呼ばれた老人も驚きの表情を浮かべている。

「王を・・・アステリア王23世を、急ぎお呼びするのだ!」
「はっ!!」

ドノバンが叫ぶように指示を出すと、術者の1人が転ぶようにこの部屋を出ていった。
その後は誰も口を開かない。
今目の前にいる人物がどんな者なのか分からない、口を聞いた瞬間に自分たちの期待とは全く異なる素性の者だったら…
そんな不安をドノバンも若い術者も、みな表情に出して、こちらの様子をうかがっている。
俺は元来余計な事を口にするのは嫌いだ。
相手が話しかけないのなら、こちらからベラベラと喋る必要などない、そう思い、口をとざしていた。

気まずい静寂がしばらく続く中、勢いよく部屋の扉が開けられる音がその静寂を裂く。
そこから現れたのは王と思しき初老の男性で、金色の甲冑に身を固めいる。
相当急いでここに来たのだろう、肩で息をしているその表情は青白い。

俺は彼を観察した。

甲冑姿故に彼の体格の良し悪しは判断がつきにくいが、少なくとも貴族を思わせる肥満体型ではなさそうだ。
何かに追い詰められている事を暗に語るように、その額には脂汗が光っている。
しかしその表情も俺と目が合った瞬間に、ちょっとした安堵感が浮かんだように俺には思えた。

王は息を整えると、殊の外慇懃な姿勢で、俺に質問した。

「あなたが召喚に応じていただいた、勇者様なのか?」

「…いかにも」

切羽詰まった王の表情に少し喜色が加わり、彼は質問を続けた。

「おお!では、世界を救いに来ていただけたのですな!?」

「…そうだ」

「おお!神よ!私達にお救いの手を差し伸べてくださった事を感謝いたします!!」

天を仰ぎ、涙を辞さんとするほどの感謝を示すアステリア王23世。
この様子と彼の姿格好から、この世界はよほど追い詰められているのであろう。
俺はこんな状況になるまでこの世界に降り立つ事が叶わなかった自分の運命を嘆いた。

それも聖女(アイツ)のせいだ…
あらためて怒りがふつふつと沸いてくる。
しかし俺のそんな心情など汲み取る必要もない国王は質問を続けた。

「勇者様よ!お名前を聞かせて欲しい!」

「…ジェイだ」

俺はぶっきらぼうに答える。
正確に言えば、俺は上手に話す事が出来ない。
その理由は、手にしたものがあまりにも強大なゆえに、言葉を失った為だ。
今は「聖女の呪い」とだけ告げておく。

しかし、王はそんな俺の言葉をを無礼と感じてはいなそうだ。
正確に言えば、そんな事を気にしている余裕がない…といった焦燥感を漂わせている。

見れば王の甲冑には、人間のものか、魔物のものかの区別はつかないが、血のりのようなものが、べったりとついている。明らかについ先ほどまで戦場に居たような、そんな血生臭さを彼から感じた。

王が血を浴びる程の前線に立たねばならない状況とは…
この世界だけではない、この国自体がよほど危機的な状況であると俺は理解した。


その時、一瞬の静寂を破る、大きな音がした。

ドンッ!!

召喚の間の入り口から一人の騎士が、ドアを蹴破らんという勢いで部屋に入ってきたのだ。

「勇者様が召喚されたって聞いたけど!?本当なの!!?」

深紅の甲冑に身を固めている。口調や声の高さからどうやら女性のようだ。
しかし、鉄仮面からは目しか覗くことが出来ない為、その顔立ちは確かめようがない。
ただ、その青い瞳を見ただけで、美貌の持ち主である事は予想できた。

「レイナ姫!なんという…」

それを見たドノバンが小言をいいかける。
それを遮るように、レイナ姫と呼ばれた騎士が大声で叫んだ。

「父上!もう敵軍は城下町の手前の門まで迫っております!
急ぎ勇者様を前線に!!」

俺はあまりに急な展開に少し驚いた。

勇者の華やかな旅の始まりには似つかわない、あまりにも殺伐とした雰囲気に、俺は少しとまどう。

「…うむ…仕方あるまい…わしも準備が出来次第、前線に戻る!
レイナよ!勇者様とともに先に行ってまいれ!!」

「はっ!」

レイナはムズと俺の手を取る。
格好は立派な騎士であっても、その手は可憐な若い女性を思わせる、張りと柔らかさがあった。

レイナは半ば俺を引きずるように、部屋の扉へと連れ出す。その力は焦り以外に感じられるものはない。
俺もその求めに応じて急ぐことにしよう。
しかし一つだけこの場でやり残した事を思い出し、彼女の手を一度ほどき、扉から振り返った。

国王、ドノバン、若い術者たち…
みな俺をみつめる目には期待がこもっているのが、分かる。
そんな彼らに俺は頭を軽く下げた。

「…出遅れて…すまない」

そんな俺の謝罪などなかったかのように、国王があらためて俺に頭を下げて返してくる。

「いえ…こちらこそ、勝手なお願いだと分かってはいますが、どうかこの国を…世界をお救いください」

俺は頭を上げ、再び扉の方を向き直した。
そして恥ずかしくて正面を向いて言えない一言を残し、レイナとともにその場を後にした。

「…俺に任せろ。逆襲の始まりだ」




絶体絶命からの始まりか…準備運動にはちょうどいいかもしれないな。
この時の俺は、そんな風に軽く思っていた。
しかしそんな俺の気持ちは、この後見事に裏切られる事になるのだが…
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