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第一部・第一章 臥龍飛翔
勇往邁進! 上野原の戦い⑧
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ーー旭山城に長尾景虎はいない……!
そう飯富源四郎が確信した時は、もう遅かった。
茶臼山に身を潜め、犀川の浅いところを一気に渡ってきた長尾景虎の軍勢。
栗田永寿の軍を飲み込むと、勢いを増して飯富虎昌隊の左の脇腹を鋭く斬り込もうと、猛突進してきた。
「させるかぁぁぁぁ!! 」
源四郎は力の限り叫ぶと、自らの兵を強引に左へと旋回させた。
しかしわずかに間に合わない。
ーードガガガッ!!
景虎軍の長槍と源四郎の兵たちの甲冑がぶつかり合う凄まじい音がこだますると、源四郎の軍は大きく歪んだ。
しかしそれでも必死に態勢を整えるあたり、武田軍の唯一無二の無双とうたわれる稀有の勇将、山県昌景の一端が覗けるというものだ。
「うがぁぁぁぁぁ!! 」
彼は野獣の如き雄叫びとともに、単身で景虎の軍へと斬り込んでいった。
……と、その時だった。
なんと誰もやって来ないと思っていた旭山城から一人の少年が源四郎の懐へと突撃してきたのである。
ーーガンッ!
槍の柄と柄がぶつかり合う重い音。
その瞬間に突撃してきた少年はわずかに距離を取った。
そして高らかと名乗りを上げたのである。
「おいらは小島弥太郎!! 人呼んで鬼小島!! 名のある将とお見受けする!! 勝負しやがれ!! 」
源四郎は目を丸くした。
自分よりも十歳は若いと思われる少年が、槍を構えて一騎討ちを挑んできたのだ。
しかし次の瞬間には、彼の中のたぎる血が、ひとりでに返答していた。
「われの名は飯富源四郎!! その首、削ぎ落としてくれる!! やぁっ!! 」
名乗ると同時に源四郎は槍を目にも止まらぬ早さで突く。
「ぐうっ!! させるか!! 」
ーーブゥン!!
一撃で命を刈り取る源四郎の槍の穂先が弥太郎の屈んだ頭上を通り過ぎていく。
すると今度は弥太郎がしゃがみ込んだままに源四郎の足元を狙って突きを放った。
ーーカンッ!!
源四郎は槍を縦にしてそれを防ぐ。
ーーカンッ!!
一合、二合と一撃必殺の突きが互いの体をかすめていく。
しかし力の拮抗した二人の決着はそうそう着くものではなかった。
まるで二人の周辺だけは時が止まったかのようだ。
壮絶な決闘は人を遠ざけさせるだけの不思議な空気をまとっていた。
一進一退の攻防。
命のやり取りをしているというのに、源四郎も弥太郎も運命の好敵手に出会ったことを感謝し、決闘の喜びに笑顔していた。
そしてこの時が長く続くことを、心より願っていたのである。
しかしそれは無情にも『時』が邪魔をしたーー
ーー武田義信様、危機!! 救援を!!
義信隊の伝令が、血まみれになりながら転がり込んでくると、源四郎はハッと我に返り弥太郎から距離を取った。
気づけば二人とも肩で息をしている。
そして源四郎は、沈んだ調子で言ったのだった。
「わ、若殿が危機と聞く。われは助けに行かねば奉公人として失格である。
ついてはこの勝負、甚だ残念であるが、お預けとしていただきたい! すまぬ! 」
するとふっと殺気を解いた弥太郎。
彼は口を尖らせながら言った。
「ちぇっ! お主が助けねばならぬ人がいるってなら、勝負に集中できねえじゃねえか。
こっちからそんな勝負お預け願いてえ! 早く行け! 」
源四郎はふっと口元を緩めると、ペコリと頭を下げた。
そして周囲の兵をまとめると一直線に義信隊の旗めがけて駆け出していったのだった。
彼はその道中、近くの兵にこう漏らしたという。
「小島弥太郎……花も実もある名将よ! 」
とーー
………
……
小島弥太郎と飯富源四郎の偶然の一騎討ちは、戦況に小さからず影響を与えていた。
なぜならその間、勇将飯富源四郎が足止めされていたからだ。
指揮官からの臨機応変な指示がなかったその間、長尾景虎の直線的な突撃によって、飯富源四郎隊は完全に分断された。
そして景虎の先陣、すなわち千坂景親の一団は飯富虎昌の本陣目掛けて線となって突っ込んでいったのである。
「虎昌ぁぁぁぁ!! 覚悟ぉぉぉぉ!! 」
気迫のこもった雄叫びをあげながら千坂景親は一際目立つ兜武者に斬り込んでいく。
ーードンッ!!
鈍い音が虎昌のすぐ側でしたかと思うと、脇腹を深々と突き刺された側近が、ドサリとその場で倒れた。
「くっ! しかし景虎の軍が自らやって来るとは、好都合!! ここで討ってくれようぞ!! 」
しかし左右の腹から挟撃された形となった虎昌の軍勢は、既にその多くが川中島の土の上に伏せて息をしていない。
もはや彼の軍勢は完全に左右から押し潰されていたのであるーー
それでも虎昌は一人気を吐いた。
持てる力を全て使い、左右から来る長尾軍を自らの槍で追い払い続けたのである。
しかしそれも既に限界であった。
一人また一人と彼の周囲を守る兵たちが減る一方で、彼を取り囲む長尾軍の兵たちは増えていく。
「ぐぬぬっ! もはやこれまでか……」
『甲山の猛虎』とうたわれた飯富虎昌であったが、絶望的な状況にさすがに観念した。
悔しさのあまりに血の涙がまぶたに滲む。
そして一つだけ……
たった一つだけ名残り惜しいものがあったのだ……
「若殿……申し訳ございませぬ……」
それは我が子と同等……いや、それ以上に愛してやまない若武者……
武田義信の行方であった。
もはや今の状況では義信を守るどころか、彼の安否ですら分からないのだ。
ーーわしは傅役失格じゃ……
うつむくと大粒の涙がぽたりぽたりと落ちる。
かくなる上は潔く討ち死しよう。
せめて景虎の軍に一太刀浴びせたい……
それが少しでも義信への攻撃への足止めになれば……
そんな風に考えていたのである。
しかし……
運命は彼の消えてしまいそうな命の灯火に……
再び力を与えたーー
「爺ぃぃぃぃ!! 死ぬなぁぁぁぁ!! 」
それはまさに奇跡。
飯富源四郎を伴った若き英雄……
武田義信の姿だったーー
そう飯富源四郎が確信した時は、もう遅かった。
茶臼山に身を潜め、犀川の浅いところを一気に渡ってきた長尾景虎の軍勢。
栗田永寿の軍を飲み込むと、勢いを増して飯富虎昌隊の左の脇腹を鋭く斬り込もうと、猛突進してきた。
「させるかぁぁぁぁ!! 」
源四郎は力の限り叫ぶと、自らの兵を強引に左へと旋回させた。
しかしわずかに間に合わない。
ーードガガガッ!!
景虎軍の長槍と源四郎の兵たちの甲冑がぶつかり合う凄まじい音がこだますると、源四郎の軍は大きく歪んだ。
しかしそれでも必死に態勢を整えるあたり、武田軍の唯一無二の無双とうたわれる稀有の勇将、山県昌景の一端が覗けるというものだ。
「うがぁぁぁぁぁ!! 」
彼は野獣の如き雄叫びとともに、単身で景虎の軍へと斬り込んでいった。
……と、その時だった。
なんと誰もやって来ないと思っていた旭山城から一人の少年が源四郎の懐へと突撃してきたのである。
ーーガンッ!
槍の柄と柄がぶつかり合う重い音。
その瞬間に突撃してきた少年はわずかに距離を取った。
そして高らかと名乗りを上げたのである。
「おいらは小島弥太郎!! 人呼んで鬼小島!! 名のある将とお見受けする!! 勝負しやがれ!! 」
源四郎は目を丸くした。
自分よりも十歳は若いと思われる少年が、槍を構えて一騎討ちを挑んできたのだ。
しかし次の瞬間には、彼の中のたぎる血が、ひとりでに返答していた。
「われの名は飯富源四郎!! その首、削ぎ落としてくれる!! やぁっ!! 」
名乗ると同時に源四郎は槍を目にも止まらぬ早さで突く。
「ぐうっ!! させるか!! 」
ーーブゥン!!
一撃で命を刈り取る源四郎の槍の穂先が弥太郎の屈んだ頭上を通り過ぎていく。
すると今度は弥太郎がしゃがみ込んだままに源四郎の足元を狙って突きを放った。
ーーカンッ!!
源四郎は槍を縦にしてそれを防ぐ。
ーーカンッ!!
一合、二合と一撃必殺の突きが互いの体をかすめていく。
しかし力の拮抗した二人の決着はそうそう着くものではなかった。
まるで二人の周辺だけは時が止まったかのようだ。
壮絶な決闘は人を遠ざけさせるだけの不思議な空気をまとっていた。
一進一退の攻防。
命のやり取りをしているというのに、源四郎も弥太郎も運命の好敵手に出会ったことを感謝し、決闘の喜びに笑顔していた。
そしてこの時が長く続くことを、心より願っていたのである。
しかしそれは無情にも『時』が邪魔をしたーー
ーー武田義信様、危機!! 救援を!!
義信隊の伝令が、血まみれになりながら転がり込んでくると、源四郎はハッと我に返り弥太郎から距離を取った。
気づけば二人とも肩で息をしている。
そして源四郎は、沈んだ調子で言ったのだった。
「わ、若殿が危機と聞く。われは助けに行かねば奉公人として失格である。
ついてはこの勝負、甚だ残念であるが、お預けとしていただきたい! すまぬ! 」
するとふっと殺気を解いた弥太郎。
彼は口を尖らせながら言った。
「ちぇっ! お主が助けねばならぬ人がいるってなら、勝負に集中できねえじゃねえか。
こっちからそんな勝負お預け願いてえ! 早く行け! 」
源四郎はふっと口元を緩めると、ペコリと頭を下げた。
そして周囲の兵をまとめると一直線に義信隊の旗めがけて駆け出していったのだった。
彼はその道中、近くの兵にこう漏らしたという。
「小島弥太郎……花も実もある名将よ! 」
とーー
………
……
小島弥太郎と飯富源四郎の偶然の一騎討ちは、戦況に小さからず影響を与えていた。
なぜならその間、勇将飯富源四郎が足止めされていたからだ。
指揮官からの臨機応変な指示がなかったその間、長尾景虎の直線的な突撃によって、飯富源四郎隊は完全に分断された。
そして景虎の先陣、すなわち千坂景親の一団は飯富虎昌の本陣目掛けて線となって突っ込んでいったのである。
「虎昌ぁぁぁぁ!! 覚悟ぉぉぉぉ!! 」
気迫のこもった雄叫びをあげながら千坂景親は一際目立つ兜武者に斬り込んでいく。
ーードンッ!!
鈍い音が虎昌のすぐ側でしたかと思うと、脇腹を深々と突き刺された側近が、ドサリとその場で倒れた。
「くっ! しかし景虎の軍が自らやって来るとは、好都合!! ここで討ってくれようぞ!! 」
しかし左右の腹から挟撃された形となった虎昌の軍勢は、既にその多くが川中島の土の上に伏せて息をしていない。
もはや彼の軍勢は完全に左右から押し潰されていたのであるーー
それでも虎昌は一人気を吐いた。
持てる力を全て使い、左右から来る長尾軍を自らの槍で追い払い続けたのである。
しかしそれも既に限界であった。
一人また一人と彼の周囲を守る兵たちが減る一方で、彼を取り囲む長尾軍の兵たちは増えていく。
「ぐぬぬっ! もはやこれまでか……」
『甲山の猛虎』とうたわれた飯富虎昌であったが、絶望的な状況にさすがに観念した。
悔しさのあまりに血の涙がまぶたに滲む。
そして一つだけ……
たった一つだけ名残り惜しいものがあったのだ……
「若殿……申し訳ございませぬ……」
それは我が子と同等……いや、それ以上に愛してやまない若武者……
武田義信の行方であった。
もはや今の状況では義信を守るどころか、彼の安否ですら分からないのだ。
ーーわしは傅役失格じゃ……
うつむくと大粒の涙がぽたりぽたりと落ちる。
かくなる上は潔く討ち死しよう。
せめて景虎の軍に一太刀浴びせたい……
それが少しでも義信への攻撃への足止めになれば……
そんな風に考えていたのである。
しかし……
運命は彼の消えてしまいそうな命の灯火に……
再び力を与えたーー
「爺ぃぃぃぃ!! 死ぬなぁぁぁぁ!! 」
それはまさに奇跡。
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