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女 お茶会③

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 グレースがモネの腕を掴むと、モネは侍女から手を離し、起き上がるとグレースに掴みかかろうとした。
 だが今度は事態を呑み込んだサッズが、モネを羽交い絞めにして、それを止める。

「モネ。この失態をどう弁明するつもりだ。名目上の兄妹とはいえ王子の位階は四品の従四位だ。だが王女は五品の正五位以下。お前は自分より位階の高い王子の宮殿に押し入り、位階の同じグレース王女を害しようと企てた。口ぶりから察するに、お前の兄がどうなったかを知っていての狼藉なんだよな。こんな事をしたら、お前も何かしらの罰が下るぞ。」

 サッズがモネに凄んでいると、そこに他の王子達が現れる。

「罰は下らん。なぜなら、この件は俺が許可を出したのだからな。」
  
「ベネブ兄上。」「「一兄上っ。」」

「サッズ。モネから手を離せ。モネ。構わぬ。やりたいようにせよ。」

 第一王子のベネブは、四品の正四位。王子達の中で最も位階が高く、皇帝に愛され最も皇太子に近いとさえ言われている。誰もベネブの言葉には逆らえない。ベネブは他人の痛みを感じられない残虐な性格と横柄な態度が同居している。そして、モネの家柄は、ベネブの母親と同じ家系にいた。王女達の中ではベネブに最も近しい存在がモネだった。

「ベネブ王子。ありがとうございます。」

 サッズはベネブの命令で、仕方なくモネから手を離す。

「グレース。私はあなたを絶対に許さない。」

 モネはグレースの頭を掴んで揺すり振り回す。

「なんで、あんたの為に兄さまが罰を受けなければいけなかったの? それなのにあんたはこんな所で何を楽しんでいるのよ。このアバズレが。」

 モネはグレースのドレスを引きちぎり、顔面に平手打ちをする。また、頭を掴んで引きずり回した。グレースは地面に倒れ、倒れたグレースをモネは蹴り続けた。

「……あんたなんか死んじゃえ。」

 モネはグレースの髪から簪を抜き取るとそれをグレースの瞳に撃ち付けようとする。モネの侍女だったカルアは咄嗟に自分の体でそれを庇った。カルアの肩に簪が突き刺さる。

「ハァハァ。カルア。私の好きなようにやって良いというのは、ベネブ王子の命令よ。それなのに、侍女をクビにされた、ただの平民の分際で、まだ私の邪魔をするの。」

「いけません。……これは、やり過ぎです。」

 カルアの肩に刺さった簪を見て、サッズが事の重大さに気付く。いくらベネブの指示とはいえ、王女の身体を欠損させるような行為は許される事ではない。

「兄上。これ以上は傍観出来かねます。グレースは一国の王女なのです。これは姉妹喧嘩の範疇を超えています。いくら兄上が皇帝に一番近いからといって、その命令で皇帝の養女に後遺症が残る程の怪我を負わせたのでは罰せられますよ。」

 ベネブはサッズの言葉に苛立ち腹を蹴りつける。腹を抱えて下がったサッズの頭を掴んで地面に叩きつけた。ベネブは立ち上がるとサッズの頭を踏みつけ、その怒りを言葉にする。

「サッズ。貴様ごときが意見するな。俺様に歯向かうつもりか?」

「いいえ。たった一人の同腹の弟として、兄上にだけは間違った道を進んでほしくないのです。」

 ベネブはサッズの顔面を蹴り飛ばした。ベネブの後ろに控えていた第二王子のカイオスがベネブに近づいて頭を下げる。

「崇高なる一兄上、サッズが不遜な言動に及んでしまい、大変失礼をおかけしました。誠に申し訳ございません。御立腹のお気持ちはお察し致しますが、サッズは一兄上への深い敬愛の念から、つい言葉に失礼があったようです。これ以上、一兄上を煩わせるわけには参りません。私が責任を持って厳しく指導いたします故、お任せ頂けないでしょうか?」

「……ふん。では、ここはカイオスに任せるとしよう。モネ。帰るぞ。興が醒めたわ。」

「でもベネブ王子。これだけでは、私の気――」

 モネの言葉に、ベネブは怒りの表情を見せる。

「――あっ?」

「……畏まりました。この度はご助言ありがとうございました。」

 ベネブとモネが引き上げていく。カイオスがサッズの体を支えて立たせる。

「サッズ。一兄上に意見をするな。光禁城の秩序が乱れる。どうしてもやめて欲しかったら、謝罪と嘆願をするのみだ。」

「すまない。二兄上のおかげで、どうにか助かったよ。」
 
「ふふっ。これは貸しだからな。それとグレース、光禁城で長く生きていきたかったら、父上と一兄上だけには逆らうなよ。今回は誰が一番重要なのか見極めたモネが勝者だ。今回、一兄上を煩わせてしまったお詫びとして何か相応の物を持っていくと良い。それがここでの処世術だ。会うのが怖かったら私が代わりに届けてやる。」

「カイオス殿下。今日は助かりました。それと、お心遣いもありがとうございます。後日届けさせて頂きます。」

「気にしなくて良い。サッズの勇気ある言葉が一兄上を止めたんだ。俺一人では助けてやれなかったよ。それでは、またな。」

 カイオスが帰っていく。

「不思議な人ね。絶大な力と聡明な頭脳を持っているのに、あえて第一王子に従っているみたい。纏う雰囲気に余裕があるというか、どんな時も冷静に対処するみたいな。」

 エンデュアが首を振った。

「違うよ。二兄上は王子達の中でも特別なんだ。一人だけ力を持たない。」

「それは、どういう意味?」

「カイオス兄上の母親だけが平民なんだよ。兄上の位階も王子達の中で一人だけ低い。」

「だとしたら、身分って何なんだろう。力を持つ人にとっては平等に扱って貰えない枷でしかないわよね。」

 グレースの言葉を聞き、サッズが不思議そうな顔をする。

「グレースは変わった発想をするな。高貴な産まれというのはそれも才能のうちだろ。俺とベネブ兄上は、同じ親から産まれたのに、産まれた順番だけでこんなにも差があるんだぞ? 見ろよ酷い顔だろ?」

 サッズもグレースもボロボロにやられてしまった。サッズの顔を見てグレースが笑う。

「ふふふっ。私達、二人共やられちゃったわね。」

「ふははは。かっこ悪いな。」

「カッコいいに決まっているじゃない。それは私を庇ってくれた証だもの。サッズ殿下。助けてくれて本当にありがとう。」

「グレース。では、俺の事もサッズと呼んではくれないか? 妹達の中で特別にグレースだけにそれを許す。私はいつでもあなたを守る騎士となる。」
 
 グレースの心が締め付けられる。今回の件でベネブが絶対的強者である事をグレースは理解していた。それなのにサッズは自分の危険を顧みずにグレースを庇った。それだけでも十分に心がざわついているのに、サッズは言葉にして自分を守ると約束してくれた。

「サッズ兄上。……こう呼ぶのが限界。でも、本当にありがとう。」

 グレースはサッズの言葉に安心していた。サッズは本来であればベネブに逆らうような愚かな真似はしない。グレースを助けたのは、心からグレースを想った結果の衝動的な行為だった。しかし、本気の想いだからこそ、グレースに届いていた。

 グレースは今まで恋をした事がない。はじめて感じた胸が締め付けられるような痛み。それが何なのかを、今は分からない。グレースが自分の気持ちに気付くのはもう少し後になる。続いてグレースは自分を庇ってくれたモネの元侍女に視線を移す。カルアは、肩から簪を抜き傷口を抑えながら泣いていた。

「あなた。助けてくれてありがとう。肩の傷は大丈夫?」

「怪我や傷はいつもの事だから平気です。でも、今回はおしまいです。……私の家族は飢えて死にます。」

「あなた、名前は? うちは実家から二人しか連れて来ていないから、侍女には二人分の空きがあるの。うちで働かない?」

「本当ですか? グレース王女殿下、ありがとうございます。私はカルアです。ドジで鈍間ですが、記憶力だけは自信があります。」

「それは頼もしいわね。なら、私と一緒に頑張りましょう。」
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