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心の掃除屋
しおりを挟むある日の学校の帰り道、僕は奇妙なお姉さんに出会った。
「こんにちは。」
「え、、あ、こんにちは。」
いきなり知らない人に話しかけられ、僕はおどおどしながらも挨拶を返した。
「君、名前は?」
「え、」
(こんな変な人に名前言っていいのか?)
見た目に清潔感はあるが、周りにはダンボールの寝床のようなものがあり、お菓子やカップラーメンのゴミが広がっていた。いわゆるホームレスというやつだ。
「名前、教えてくれない?」
「えっと、、田中優田中優です。」
恐怖や圧迫感はなかったが、なぜかその人の質問に答えてしまった。
「へぇ~いい名前だね。怪しいって思ってるのに答えてくれてありがとう。」
「別に怪しいなんて、、」
「嘘つかなくていいんだよ。優くん。」
「嘘かどうかなんてわからないじゃないですか。」
「学校成績は常に一位、誰に対しても優しく、先生にも忠実。文武両道、頭脳明晰、才気煥発etc…と色んな言葉で他人に誉めそやされてきた。だが、最近になって他人の理想像を演じる理由を見失っていることに気づいた。それが君、田中優。違うかい?」
「!!」
「当たってたみたいだね。」
「なんで、、」
「何で知ってるかなんてどうでも良くないかな。それよりも聞くべきことがあると思うけど?」
(この人絶対にやばい。走って逃げた方がいいか?)
だが、ここまで自分のことを知っているのであれば、この場から逃げたとしてもすぐに追いつかれてしまうと思った。
(それならやるべきことは一つだ。)
「お姉さんの目的は?なんで僕に話しかけたんですか?」
「うんうん。よくぞその質問に辿り着いたね。素晴らしい思考力だ!」
僕の質問はお眼鏡に適ったようで、お姉さんは快活な口調で話し始めた。
「私の目的はね、人の心の掃除をすることさ。」
「心の掃除?」
「そう。例えば、優くんで言えば他人の理想像を演じるかどうかを迷ってモヤモヤしているよね。そういうモヤモヤを綺麗さっぱり無くしてあげるんだよ。そしてスッキリした気持ちでこれからの生活を過ごせるようにしてあげるんだ。」
(なんか言い方が怖いけど、要するに相談に乗ってくれるってことかな?)
たしかに僕は他人の作った僕の像と、本当の僕の像のどちらを優先するのかで揺れている。それを誰にも相談できずにモヤモヤしていたのは事実だし、できるものなら解消したい。
「僕のモヤモヤはどうすれば無くせますか?」
見知らぬホームレスにも縋る気持ちで僕は質問した。
「それを知りたいのなら"なにかすること"があるはずだよ。」
「なにか?」
「頼み事をする時に必要なものさっ。小学6年生なら言わなくてもわかるだろう?」
(まさかお金か?)
冗談じゃない。悩んではいるが、こんな見ず知らずの信用できないホームレスにお金を払うほど僕は落ちぶれてない。
「帰ります。」
「え、帰っちゃうの?」
「はい。第一、お金なんて持ってませんし。」
僕は後ろを向いて歩き出した。
「はぁ~。お腹減ったな。誰か食べ物を恵んでくれないかな~。」
明らかに独り言の範疇を超えた声量で後ろのお姉さんが呟く。僕は無視をして行こうとした。
「死んじゃうな~。このままだと飢え死にするな~。助けてくれる神様のような人いないかなぁ。」
「ああっ、もう!」
僕は回れ右をしてお姉さんの元へ戻り、ランドセルからいつも糖分摂取のために持ち歩いているチョコを出した。
「こんなものでよければどうぞ。」
僕は不貞腐れた態度でチョコを差し出した。
「いいのかい?それじゃあ遠慮なくいただくよ。」
お姉さんはチョコを受け取るとすぐさま口に入れた。そして飲み込むと同時に言った。
「よし。君は今日から私の清掃対象だ。」
「は?」
「契約が成立した。」
「なんの話してるんですか?」
「今チョコくれたでしょ。だから優くんにお返ししてあげるっ。」
「お返しって何する気ですか。」
「心のお掃除。」
「チョコ一個でよかったんですか?」
「そう。チョコ一個でいいよ。」
いくらなんでも怪しすぎる。"心の掃除"も"チョコ一個で成立する契約"も全てが疑わしい。
「まあ詳しいことはまた明日以降にしよう。今日は契約ができただけで十分だ。」
「はあ、、」
「じゃあまた明日のこの時間にここに来てね。」
~~~~~~~~~~~~~~~~
次の日。清掃宣言をされた僕は、嫌々ながらも約束通り昨日の道でお姉さんに出会った。
「やあ、優くん。」
「こんにちは。」
(そういえば名前、知らないな。)
だが名前を聞けばまた「それよりも大事なことがある。」とか言われると思い、僕は早速本題に入った。
「具体的にどうやって僕のモヤモヤを無くしてくれるんですか?」
「私も別に奇跡の担い手ってわけじゃないからね。優くんの心のモヤモヤを無くすのは私にはできない。」
「それじゃあどうやって?」
「私自身に無くすことができないだけで、優くんに無くす方法を教えることはできる。」
「じゃあやり方を教えてください。」
「わかった。その方法はね、学校に通い続けることさ。」
「…は?」
「学校に通い続けることさ。何があっても学校に通い続ける。そうすれば優くんのモヤモヤは綺麗さっぱり無くなると約束しよう。」
(この人、やっぱりただの詐欺師なんじゃ?)
僕の悩みを言い当てたのはたまたまで、それを餌に子どもからお菓子を集めるひもじい人だと思った。
「まあまあ、騙されたと思って。」
(まあ僕の損害はチョコ一個だけだし、このことは奇妙な経験としてこれからの人生に役立てよう。)
「わかりました。学校に通い続ければいいんですね。ここへは来なくていいんですか?」
「うん、ここにはもう来なくても大丈夫。ただ、何か言いたいことがあればこの時間帯にここに来てね。その時はまた話を聞くから。」
「わかりました。では。」
僕は早々に立ち去ろうとした。
「あっ、ちょっと待って。」
「はい?」
お姉さんは僕を呼び止めると、蜂の形をしたブローチをくれた。
「それは僕と優くんが出会った証だ。それを持って学校に行くことも条件に追加していいかな?」
「え、いやですけど。」
冷静に考えてブローチを学校に持っていくことの意味がわからない。
(それに蜂のブローチってかっこいいようでダサいような…)
「まあそう言わずにさ。」
「はあ、、わかりましたよ。でも付けませんからね。」
「もちろんっ。それを付けろなんて残酷なことは言わないよ。」
(本当に意味がわからない。)
「じゃあ。またね、優くん。」
「さようなら。」
僕はもう二度とお姉さんと会うことはないと思いながら、帰り道に戻った。
~~~~~~~~~~~~~~~~
次の日、僕はいつも通り登校した。お姉さんに言われたからではなく、小学校6年間を通した皆勤賞のためだ。
「優くん、おはよ~」
「田中くんおはよ!」
「優~おは~。」
「うん。みんなおはよう。」
教室に入り、いつも通りたくさんの人と挨拶を交わす。優等生だなんて言われてる僕だから、基本的に6年生全員とは友達だ。だが、中には僕のことをよく思ってない奴もいる。
「よお、優。」
「おはよう、武くん。」
それがこの剛野武。いつも傍若無人な振る舞いで、校内で密かに出回っているらしいブラックリストというノートに載っているほど危険視されている存在だ。
「優。ちょっと放課後、面かせよ。」
(面かせって、随分古い言い方だなぁ。)
「なんでかな?」
「なんでかなんてどうでもいいだろ。来なきゃ、お前に不幸が訪れる。それだけだ。」
「どこに行けばいいの?」
「体育館裏だ。」
「わかったよ。」
半世紀前から定番の呼び出しを僕が了承すると、武は自分の席に戻っていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
放課後になった。
(はあ。なんでこうなるんだか。)
いっそ先生にでもチクって先生と一緒に行ってやろうかとも思ったが、一緒に行ったところでただ遊ぶつもりだったと言われれば終わりだ。
(あぁ、イライラするな。)
ただでさえ最近は変なお姉さんの話のせいで勉強に身が入らなかったのに、それが終わった途端またこんなことに巻き込まれるなんて。
(一刻も早く終わらせて勉強しなきゃ。)
体育館裏に着いた。そこには約束通り武がいた。
「よく来たな、優。」
「約束したからね。それより用って何かな?僕、最近忙しいからできれば早めに終わらせて欲しいんだけど、、」
「それはお前次第だな。」
「僕次第?」
「今日俺たちがお前をここに来させたのは、謝らせるためだ。」
(俺たちだって?)
その瞬間、武の背後の茂みから4人の男子児童が出てきた。
「えっと。謝らせるって誰にかな?」
「は?そんなのお前に決まってるだろ。」
「僕なにか武くんたちに謝らなきゃいけなくなるようなことしたっけ?」
「お前、俺たちのこと蔑んでるんだろ?」
「何言ってるのさ。そんなわけないよ。」
(まじで何言ってるんだ?)
全く身に覚えのない疑いに僕の頭の中には疑問符しか浮かばなかった。
「とぼけるな!お前いつも俺たちのことを教師に告げ口してたよな?」
「えっ、、」
「俺が少し鉛筆を借りようとしただけで"人から鉛筆を強奪しようとしていた"だとか、トイレが漏れそうで廊下をちょっと急いで歩いた時も"周りの迷惑を考えずに廊下を走り回っていた"だとかよ。」
(なんでそれを知ってるんだ!?)
たしかに僕は優等生であることから、武のような素行の悪い児童の振る舞いを報告するように先生たちに指示されていた。だが、それはいつも放課後に職員室で秘密裏に話していたことだ。武はおろか、他の児童すらもそのことを知っているはずがない。
「……。」
「黙ってるってことは本当なんだな?」
「でもそれは先生に半ば強制的にさせられたことで、、」
「俺のやったことをわざわざ誇張して報告する必要はねえだろ。」
「いや、それも、先生たちが何かしら悪行を報告するように求めてたからで、、」
(くそっ。他人の言いなりになることで悩んでる時に、それが原因のトラブルが起きるなんて。)
とにかく起こってしまったことはしょうがない。相手の要求通りに謝る以外ここでの選択肢はないと思った。
「わかった。謝るよ。先生に頼まれてたからとはいえ、武くんたちを売るような行為をしたのは駄目だった。本当にごめん。」
「どうするよ?お前ら。」
武は周りの児童に僕の謝罪の是非を問うた。
「言葉だけってのはちょっとな~。」
1人の児童が言った。
「お?やっぱりそう思うか!ちょうど俺もそう思ってたぜ。てことで、優。謝罪を姿勢で示せ。」
「姿勢って、、」
「土下座に決まってるだろ。頭いいならそれくらい察しろ。」
「もししなかったら、どうなるのかな?」
「ははっ。それは自分で考えてみな。」
土下座なんてしたくない。でもしなければ多分こいつらに暴力を振られる。助けを呼ぼうにも、体育館裏から職員室まで距離がある。声は届かないし、走ったとしても武たちに囲まれて捕まる。
(やるしかないのか。)
僕は黙って両膝を地面についた。続いて両手を地面につける。
「いい格好だな!あとはおでこを地面に擦り付けるだけだぞ!」
「きゃ~優くん!頑張って~笑」
「さすが田中くん!行動力がすごーい笑」
いつも女子や先生が僕を褒めるように、武たちは僕を囃し立てた。
(あと少し我慢だっ。)
僕は必死に堪えて額を地面につけた。
「はい、もっと擦り付けて。」
武の指示通り僕は額を地面に擦り付けた。
「武くんたちのことを先生に売ってごめんなさい。」
どうせ謝れと言われると思い、擦り付けながらあらかじめ謝った。
「いいねいいね!いつも俺たちのことを評価してたお前が、今は俺たちに評価されてる!最高だな、お前ら!」
「ですね!」
後頭部に笑い声が響いてくる。どうやら武たちは僕の土下座に満足したようだった。
「よし、土下座はもういいぞ。」
そう言われて僕は顔を上げた。額には土がこべりついているが、当然払わないままでいる。
「少しは許してもらえたかな、、?」
僕は恐る恐る武たちに聞いてみた。
「ああ。告げ口の件は許してやるよ。」
「"告げ口の件は"って、その言い方だとまるで他にも…」
「自分で気づいてるだろ?ブラックリストのことも謝れ。」
「ブラックリストって校内に出回ってるっていうノートのことだよね?確かに見たことはあるけど、でも僕それには一切関与してないよ!?」
「なんでそんなもの放置しておくんだよ?お前ならブラックリストをやめさせることくらいできるよな?やめさせないってことは協力してるのと同じようなことだろ。」
「そんなの…!」
「そんなの言いがかりだってか?確かにお前は積極的にブラックリストに関わってはいないかもしれない。だが、お前は告げ口の件で前科ありなんだぜ?だから言いがかりされても文句言える立場じゃないことくらい、優等生ならわかるよな?」
(駄目だ。こいつらには何を言っても通じない。)
僕は弁明を諦めて、謝ることにした。
「じゃあそのことについても謝らせてくれ。でも、僕の思いつく最大の謝罪表現は土下座だ。もう一度、土下座をすればいいのかい?」
「いや、靴を舐めろ。」
「え?」
「え、じゃなくて。靴を舐めろって言ったんだよ!」
予想外の言葉に僕は言葉を失った。靴を舐めろなんて、大袈裟なドラマの中でだけのことだと思っていたのにまさか自分がそれを言われる日が来るとは。
「わかったよ。」
僕は武に近づいて、もう一度土下座の姿勢をとった。そして、靴を舐めようとしたその瞬間。側頭部に衝撃が走った。
「きっも!!!!」
衝撃と声の主は武だった。
「お前ら、見たか?こいつ本当に靴を舐めようとしたぜ?プライドとかねぇのかよ!」
「優くん、それはさすがにカッコ良くないって!笑」
また頭に笑い声が響く。
(どうしてこうなったんだろう?ただ僕は武たちが求めたままに謝ろうと思っただけなのに。)
「見ろ!お前ら、こいつ目が虚になってるぞ!覚ましてやろうぜ!」
武たちはそう言って、横たわった僕の体を蹴り始めた。
(痛いなぁ。)
これは罰だ。僕が先生たちの思うままに、優等生のままに動いてたから起きた。ただ、一つだけ疑問があった。それは、なぜ武が告げ口やブラックリストのことを知ってるのかということだ。
(誰かがチクった?)
その可能性は低い。僕は武たちのようなクズ以外の周囲の人間には理想的な人物を演じていた。敵を作るようなことはしてない。
(そういえば……)
最近関わった中で、僕が理想的な人物を演じなかった人が1人だけいたのを思い出した。
「武さん。こいつポケットに何か入れてますよ?」
「ん?なんだこりゃ?ブローチか?」
「なんでブローチなんか持ち歩いてるんでしょ?しかも、これは、蜂?」
「よくできてるな。針のとこなんてギラギラしてて結構大きいぞ。」
(あの蜂の針あんなに大きかったっけ?)
蹴られて朦朧としていく意識の中でふと思った。もらった時は針なんて特になかった。
(なんであんなに大きく…いや、あれを使って……)
"なぜか"より"どうすべきか"を考えた。この蜂は僕を危険から救ってくれると思った。
「こんなの隠し持ってやがったとは。危うく怪我するところだったぜ。」
「貸せ、僕のブローチだ。」
油断していた武の手から、僕は素早く蜂のブローチをもぎ取った。
「なんだ優。目が覚めたのか。そんなにそのブローチが大事だったか?」
煽り口調で武は僕に話しかける。それを無視し、妙に掴みやすい蜂の頭部を掴んで、針の部分を武たちに向けた。
「お、おい。優、お前一体何する気だ?」
「正当防衛。」
そう言って僕は肥大化した針で武の腹を刺した。
「い、いてぇ!!!」
武は大声をあげながら地面をのたうち回っている。それを見て、他の奴らは絶句していた。
「あれ、さっきまでの威勢はどうしたの?逃げるなら逃げなよ。あ、警察には連絡しないでね?連絡したらどうなるかわかるよね。」
「お、お前たち!俺を助けろ!こいつをぶっ潰せ!」
武がそんな言葉をかけたが、他の奴らはみんな逃げていった。
「お前たち!ふざけんなぁ!!」
「残念だったね。武くん、許してほしいかい?」
「う、うるせぇ。誰がお前なんかに…」
グサリと腹をもう一度刺してやると武はさっきよりもいい声で叫んだ。
「や、やめてくれぇ、、」
「じゃあ僕の靴舐めて。」
「………わかった。」
のたうち回っていた武が靴を舐めようと匍匐前進のような動作で僕の足元までやってきた。
「はい、舐めて。」
「くっ……そ。」
武が靴に下を近づける。
「はやく。」
「うう、ああああ。」
武は靴を舐めた。
「舐めたぞ!これで…」
武が喋り終える前に、僕は武の後頭部に針をブッ刺した。
「なん、で、、」
「君が許してほしいって望んだから。」
望みの反対に、僕は武を串刺しにしてやった。
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次の日も僕はブローチを持って登校した。ブローチの針は武を刺し終わってからは無くなっていた。
「田中くん、おはよう。」
「優くん、おはよ。」
「みんなおはよう。」
昨日に比べてみんなの挨拶に若干元気がないのは多分、武の件のせいだろう。
「はい、おはようございます。」
先生が何やら重い空気を醸し出しながら教室へ入ってきた。
「みんなもう知っていると思うが、剛野武が昨日体育館裏で遺体で発見された。犯人は未だ不明。凶器も不明。ただ遺体には穴が空いていたらしい。まだ詳しいことはわからないが、とにかくウロウロしないように。」
「こわすぎっ。」
「なんで休校しないわけ?」
先生の言葉にみんな一斉に不満を言いふらした。
「はーい。静かに。先生もみんなと同じで怖いし、正直休みたい。でも色々あってそうもいかないんだよ。」
「色々ってなんですかー?」
「色々は色々だ。あ、それと警察が捜査のために学校内を巡回しているので、それは頭に入れといてくれ。あと警察に何か聞かれたら知っていることは答えるように。以上。」
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朝の会が終わり授業はいつも通り進んだ。1日過ごして学校で見かけた警官は二人だけだった。
(もっと大事件になるかと思ったけど、意外となのか?)
それとも警官が少ないのは、児童を必要以上に怖がらせないためだろうか。よくわからないが、少ないに越したことはない。
(じゃあ今日もモヤモヤ解消していこうか。)
僕は武を刺したときモヤモヤの解消方法を知った。それは相手の望むことと反対の現実を叩きつけてやることだ。
(そして、このブローチが相手の望む反対を叩きつけるための道具だったんだ。)
僕はお姉さんがくれたブローチの使い方を理解してきていた。
(武はあのとき蜂の針に恐怖を感じ、それを僕が向けた時に刺されたくない、或いは殺されたくないと思った。だからその反対として針は殺傷力を持つほど大きく鋭くなったんだ。)
僕はそれを理解した上で次の目標を決めていた。
(次は武の周りにいた奴らだ。事件現場にいたというのもあるが、何よりあいつらは僕から逃げたいと望んでる。その反対の現実を奴らに叩きつけてやらなければ僕のモヤモヤは晴れない。)
僕は放課後屋上へ行った。屋上への階段には立ち入り禁止の看板が立ってはいるが、行こうと思えば誰でも行ける。
「お、いたいた。よくきたね。」
「屋上に呼び出して何のようだよ、殺人犯。」
僕は今日のうちにモヤモヤを晴らしてしまおうと、昨日の武の取り巻き達に手紙を書いておいたのだ。
「君たち、警察に何か言った?」
にっこりと笑って僕は問いかけた。
「言ってねぇよ!俺たちは殺されたくないからな。」
「そうだよ、昨日のことは何一つ口外してねぇ!」
「そっか。ならいいんだ。」
警察が動いたのは先生が武の遺体を見つけたからだろう。こいつらに命をかけてまで通報をする度胸は無さそうだ。
「君たちをここに呼んだ理由、何だと思う?」
「……昨日のことを謝ってもらうため。だろ?」
取り巻きの中のリーダー格が言った。
「ああ~、、いいね。じゃあそうしよう。」
「は?じゃあってことは違うのかよ!?」
「いや、違くないよ。謝って。」
取り巻き達は謝る姿勢として両手両膝をコンクリートの上につけた。
「お前たち、、声、合わせるぞ、、」
リーダー格が怒りか恐怖かに震えた声でそう言い、取り巻き達は一斉に頭をコンクリートに擦り付けた。
「優さん、調子に乗ってすみませんでした、、!」
野球部の挨拶のようにバラバラな謝罪だった。だが、誠意は十分に伝わった。
「わあ。こんな謝罪を自分たちで考えてきたのか。すごいね!」
取り巻きたちはまだ頭をコンクリートに擦り付けたまま動かずにいる。
「ねぇ。僕が話しかけたんだから頭を上げないと。」
「は、はい!」
リーダー格の返事と一緒に取り巻き達は一糸乱れず揃って頭を上げた。
「バンッ!」
取り巻き達が頭を上げたとき、僕はブローチの腹部の部分を向けてピストルのように撃つフリをした。
「……え?」
取り巻き達は理解できないという表情でこちらを見ている。
「これ何に見える?」
「…蜂のブローチです。」
「違うね、これはピストルだよ。今からこれで君たちを撃つ。避けないでね、変なところに当たると1発で死なないかもしれないから。」
「な、なに言ってんだよ!!」
「一応、昨日のうちに人体のどこを撃てば即死させられるかとか調べてきたから大丈夫だよ。」
「だから何言ってるかわかんないんだよ!」
取り巻き達は立場も忘れていつもの口調で頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出している。
「じゃあ最初は君から行こう。青田くん。」
「は!なんで!?」
「一番怖がってるから。」
僕は正直に理由を言った。蜂のブローチの能力を確信してはいるが、これをピストルにするためにはブローチを本当にピストルと思い込むほどの恐怖心が必要なはず。だから、最初に一番怖がってる青田を選んだ。
「じゃあさようなら、青田くん。」
「や、やめてくれぇ!!!!」
僕は蜂の頭部を握り、胴部から出た脚を引き金として引いた。ピストルのような"バンッ"という音の代わりに"バタッ"という音が聞こえた。
「あれ?サイレンサーついてる?青田くん、ゲーム好きなんだね。」
予期していた音がせず少し驚いたが、青田を撃つことに成功した。
「お、おいおいおいおい。まじかよ。」
全員本当のピストルだと確信したようだった。
「みんな、、逃げて、」
最期に青田は仲間へそう言い残した。だが、取り巻き達に逃げる余裕などなかった。目の前の現実をまだ受け止めきれてさえいなかった。
「これ何に見える?」
僕は現実を確認させるためにもう一度問いかけてあげた。
「じゃあ、白村くん。答えて。」
「……ピストル。」
「うん、そう。ピストルだよ。」
"バンッ"
「次はちゃんと音の出るピストルになったね。」
白村は青田と違って音の出るのを想像したようだ。
「朱里くんもさようなら。」
また"バンッ"と言う音と共に命がはぜた。
「みんなやっぱピストルと言ったら音が出るのを想像するよね。玄木くんはどんなピストルを想像するのかな?」
「たのむ、本当に俺たちはただ武の野郎に無理矢理連れられただけなんだ。告げ口とかブラックリストとかあんなこと何も知らなかった!」
「そうだったんだ。」
てっきりみんながそのことについて怒っているのかと思っていたが、どうやら取り巻き達は違ったようだ。
「じゃあ何で僕のこと蹴ったか聞いてもいいかな?」
「……蹴らないと武にやられると思って。」
「そっか。確かにあの場はそうだったよね。」
玄木の気持ちはよくわかる。少し前の僕の生き方と似ている。だから僕は純粋に心から同情した。
「許してくれとは言わない、だが命だけは、命だけは助けてください、、」
玄木は再び土下座をした。顔は見えないが泣いているのがわかる。
「お願い、お願いします、、、。」
僕は心からの同情を込めて玄木を撃った。
「僕、その生き方嫌いなんだ。」
~~~~~~~~~~~~~~~~
次の日、僕は警察署で事情聴取を受けていた。ただし犯人としてではなく、第一発見者として。疑いは濃厚らしいが、なんといっても凶器が出てこない。僕の持ち物はただのブローチだけだったのだから。
「田中くん長い間、ありがとう。また何か聞くことがあるかもしれないけど、その時は協力をお願いします。」
「わかりました。ではまた。」
僕は事情聴取を終えたあと、5時間目から学校に行った。
「おっ、田中。おかえり。」
「ただいまです。」
教室に入ると、先生は一見親しげに迎え入れてくれた。僕には前よりも距離をとっているように思えたのだが。
「先生、放課後に職員室に行ってもいいですか?」
「おう。どうかしたのか?」
「いや、少し話したいことがあって。」
「わかった。じゃあ放課後に職員室にきてくれ。」
放課後になり、約束通り職員室に行った。
「失礼します。」
「おっ、田中か。こっちに来てくれ。」
僕は担任の先生の机まで行き、用意してもらった椅子に座った。
「それで話って?」
「あ、いや、クラスの子って僕のことどう思ってるのかなって。殺人犯として疑われているのか、今日誰も僕に話しかけてくれなくて。」
「そういうことか……」
先生は親身になって聞いてくれていた。
「心配するな!今はいろんなことが立て続けに起こってみんな混乱してるんだ。落ち着いたら、田中の疑いも晴れるさ。」
「ですかね、、」
「ああ、絶対そうだ!だから安心しろ!」
「先生はどう思ってますか?僕のこと。」
「もちろん何もしてないって思ってるぞ。」
「よかったです。」
「当たり前だろ?児童のことを教師が信じないでどうする。」
「あ、先生。そういえばもう一つ聞きたいことがあるんですけど。」
「なんだ?」
「僕の"報告"のことって児童の誰にもバレないですよね?」
「もちろん、そこは秘密保持を徹底してるから大丈夫だ。報告のことは先生と田中だけの秘密だ。バレることなんて有り得ないさ。」
「ですよね。」
「ああ。」
「でも、もし、もしですよ。"報告"のことが原因で僕がいじめられたとしたら、先生はどうしますか?」
いきなりの重い質問に先生は思わず目を見開く。
「えっと、それはもちろん庇うが。例えばどんな場面を想定しているんだ?」
「例えば、体育館裏で5対1でリンチされるとか。」
「……そしたら先生がその5人をぶっ倒してやる。それで田中は先生に操られてただけだって説明するさ!」
「わかりました。ありがとうございます。話はそれだけです。さようなら先生。」
「お、もういいのか?また心配事があったらいつでも相談するんだぞ。」
僕はお辞儀をして職員室を出て行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~
次の日、僕は起床してから少し考え事をしていた。一昨日の騒動によるゴタゴタと少し距離ができ、自分の心と向き合う時間ができた。
(まだモヤモヤするな、、)
武と取り巻き、僕の平穏を乱した奴らを始末してやったのはいいが、心はそのことにあまり満足してないようだった。
(他人の理想像とはもう程遠い存在になってると思うんだけどなぁ。)
モヤモヤの原因を再確認しようとしたが、よくわからない。
(どうしたものかなぁ。)
「優!そろそろ起きて学校に行く支度しなさーい!遅刻すると……」
悩んでいると母から催促の言葉が送られてきた。
「はーい!今行くよー!」
僕は母の声を遮って返事をした。
(悩んでいてもしょうがないか。)
とりあえず僕は皆勤賞のために学校に行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~
教室に着くと、何やらみんなの様子がおかしかった。挨拶や関わりがないのは昨日と同じだが、なんというか昨日よりもみんなが僕のことを見ない。
(一体どうしたんだ?)
普通、小学生なら変なやつがいる時にジロジロ見るはずだ。事実、昨日はクラス中から冷たい視線を送られた。
「はい、おはようございまーす。」
先生がきた。先生の様子は特段昨日と変わりがないように見える。
「えっと、急なんだけど。今から健康診断の再測定をすることになりました。なので今すぐにみんな階段を降りて保健室へ行ってください。」
そう言うと、クラスメイトたちは見たこともないような連携した動きで廊下に並んだ。
(なんだなんだ?まるで軍隊みたいだったぞ。)
驚いて椅子に座ったままだったため、僕も並ぼうと席を立とうとした。
「あっ、田中。すまんが田中はここにいてくれ。」
「え?でも健康診断は、」
「この健康診断は田中が事情聴取でいなかった日に行われたものの再診断だから田中は来なくても大丈夫だ。」
「じゃあ何をしてれば?」
「みんなが帰ってくるまで自習とか読書とかして待っててくれ。すまんな、1人にさせてしまうが、」
「大丈夫です。みんな行ってらっしゃい。」
僕がそう言ってもクラスメイトは誰1人として返事をしなかった。
「あー、先生が喋らないようにって言ったからみんな黙ってるみたいだ。よーし、みんな喋らずにいて偉いぞぅ。よく田中のトラップに引っかからなかったな?先生思わず返事を、」
「先生。早く行って戻ってきてください。」
「…わかった。よし、じゃあみんな行くぞ。」
扉を閉めて行ったため見えはしなかったが、階段を降りる音の長さ的にどうやら同じ3階の5年生や隣の6の2も下へ行ったようだった。
(静かだなぁ。)
いくら同じ階に人がいないからと言ってもこの静かさはおかしかった。まるでいま学校にいる児童は自分1人かのように。
(さあ何がくるのかなぁ。)
なんとなく察しながらも、僕はブローチをポケットの中で握りしめて時を待った。すると、少しカサカサ音がし始めた。教室の周りにたくさん人が来たようだ。そして"バンッ"と激しい音と共に教室のドアが開いた。
「手を挙げろ!田中優!」
そこには特殊部隊のように青色の武装をした人たちが大勢いた。みんな立派な銃を構えて僕に照準を合わせている。
「えっと、何かようですか?」
「ああ。連続殺人犯として身柄を拘束させてもらう。ちなみに抵抗すれば射殺していいとのことだ。」
「僕はちゃんと警察に事情聴取を受けて身の潔癖を証明したはずなのに、なんでですか。」
「なぜかは自分に聞いてみろ。」
「はあ、言ってる意味がわかりませんね。」
「とにかく貴様を拘束させてもらう。抵抗するなよ?」
そう言って武装隊員が数人教室へ入ってきた。照準を合わせ続けている人と僕を拘束する人に分かれて行動している。
「貴様、危険物は持っていないだろうな?そのポケットに入れた手、一体何を握っている?」
「見たいですか?」
「見せろ。命令だ。」
「はぁ。わかりましたよ。ちなみにどんなものが出てきたら嫌ですか?」
「早く。」
「一つくらい質問に答えてくださいよ。」
「早くしろと言っている!」
照準を合わせている人たちが一斉に撃つ体制に入った。
「これですよ。」
ポケットから出したのは腹部が大きく膨れ上がった蜂のブローチだった。まるで爆弾のような。
「まさか貴様っ!総員退避ぃぃ!!!」
それを見て全員が逃げようとする中、僕に話しかけていたリーダー格たちはブローチを外へ投げ捨てるために奪い取ろうとしてきた。
「貸すんだ!お前も死ぬぞ!」
「死んでほしいでしょう?」
「くっそぉ!!」
"ドカーンッ"と音が鳴り、校舎は3階から崩れた。
「どうなったんだ!?」
運動場に予め退避していた教師児童一同は事の顛末を見ようと眼を最大限に開いている。しかし、爆発による煙で現場は一面灰色だった。
「人影だ!!」
煙の中、たった1人の人影が崩れた校舎から歩いてきていた。
「まさか……」
煙が薄くなり、視界が晴れてきたことで運動場にいた全員が作戦の失敗と自分の死を悟ったようだった。
「みんな、おはよう。」
誰も挨拶を返さなかった。でも僕はみんなの顔を見て満足した。
「とっても天気の良い朝だね。」
そう言い残して僕は帰路についた。
~~~~~~~~~~~~~~~~
帰り道、あの場所へよった。もう一度、お姉さんに会って感謝を伝えたかったからだ。
(確かここらへんだったような。)
同じ場所に来たはずだが、そこにはもうゴミの散らかったダンボールの寝床はなかった。
(もういなくなっちゃったのかな。)
僕はがっくりと肩を落として帰ろうとした。
「やあ、優くん。」
しかし、そのとき背後から久しぶりに聞く声がした。
「お姉さん!」
僕は声高に叫んだ。
「お久しぶりです!」
「うん、久しぶり。」
「お姉さんの言った通りに、学校に通い続けたら僕のモヤモヤは無くなりました!こんな晴れ晴れとした気分は初めてですっ。本当にありがとうございました!」
僕は思いの丈を全て話した。
「そっかそっか。ちゃんと綺麗になってよかったよ。」
お姉さんはどこか遠くを見るような目で返事をしている。
「お姉さん?」
「ん?」
「どうかしたんですか、なんか前よりも元気がないし。あっ、ダンボールのお家はどうしたんですか。」
「あれはもう要らないから捨てたよ。」
「そうなんですね、、そういえば契約ってどうなるんですか、、」
「ああ、そうそう。それを話すために来たんだ。契約はもう終了だよ。」
「え?終了って、、」
「掃除をする場所がないのに、掃除屋がいるのはおかしいだろう?」
確かに僕にはもう心のモヤモヤはない。だがそんなことは関係なく、僕は恩人であるお姉さんといつでも話せるような関係でいたいと思っていた。
「契約の更新って出来るんですか。」
「できるよ。」
「どうすれば!?」
「1億。」
「……へ?」
「1億持ってきてくれたら契約を更新してあげてもいいよ。」
「そんな大金、無理に決まってますよ!」
「なら更新はできない。」
「お金以外ならどうなんですか!」
「1億以外は受け付けない。」
「前はお金じゃなくてもいいって、、!」
「前とは状況が変わったから。」
「なんでそんな!?」
「もう私はホームレスじゃないし、優くんはモヤモヤしていない。だから優くんは私を必要としないし、私も優くんを必要としていない。」
前とは別人のようにお姉さんは冷たく僕をあしらった。
「僕にはお姉さんがまだ必要なんです!」
「いや、必要じゃない。もう私のすることはないから。」
「ひどいですよ、お姉さん。要らなくなったら捨てるんですね。」
「ただの契約終了さ。」
「いいですよ。僕はもう誰かの思い通りには動きません。それがお姉さんであっても。だから、契約終了をお姉さんが求めるなら、絶対に終了させません。」
僕はどうにかお姉さんを引き留めたいという一心で話していた。
「わかってないようだから言うけど、契約終了は私が求めてるわけじゃないよ?モヤモヤが無くなった時点でもう終了しているんだ。だから私は優くんに何も求めていない。」
「そんな、、」
どうやら1億でしかこの状況を打破できるものはないらしい。だが、そんな大金は1人でどうにかできるものではない。
「これから先にも、もう会えないんですか?」
「うん。」
なぜか確信しきったお姉さんの返事を聞いて僕も覚悟を決めた。
「じゃあせめて最後に名前を教えてください。」
僕は今生の頼みとして名前を求めた。
「ごめんね。」
だが、求めてもいない謝罪だけを残してお姉さんは行ってしまった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
家に帰ると母が待っていた。テレビには学校爆破のニュースが流れている。次々と校内から重症の武装隊員が救急車に運び込まれる映像だ。
「優、これあなたがやったの、、?」
「僕は、ただ、、」
心のモヤモヤを晴らしたいだけだった。今までは方法がなくて晴らせなかったけれど、お姉さんに力をもらってようやくモヤモヤが晴れた。だけど、それがこの結末を生んだ。
「僕が悪いのかな……」
思わず独り言をこぼす。
「私の育て方が悪かったのかもしれない。」
母親も独り言のように言葉を漏らす。
「いや、母さんの育て方は完璧だった。」
この結果を引き起こしたのはあくまでも僕の純粋な気持ち。母さんのせいではない。でも僕の純粋な気持ちが悪だとも認めたくない。
「だから悪いのは、、僕の純粋な気持ちが悪になってしまうような社会なんだよ。」
「……ふふ、そうかもしれないわね。」
意外なことに母さんは僕の戯言に賛成してくれた。
「こんなこと言ったら怒られるかと思った。」
「そりゃ赤の他人がそう言ったのなら怒るわよ。でも息子がそう言うんだから親として信じるわ。」
「そっか……ありがとう、母さん。」
初めて本心を受け入れてもらえた。もっと早くに母さんに本心を打ち明けていればと思わずにはいられないほど、母さんの言葉は嬉しかった。そして1つの決心をした。
「自首してくるよ。」
「どうしてか聞いてもいい?」
「たとえ社会が悪くてもみんなそれに倣って生活してる。だからそうしなかった僕も悪いって思ったんだ。」
「そう……。さすが優ね。」
母さんは嬉しそうに言った。
「それにあんな報道されたんだから、ここより刑務所の方が静かに暮らせそうだよ。」
「それもそうね。ここにはマスコミがたくさん押し寄せるだろうし?」
「うっ、ごめんなさい、、」
「冗談よ。さあっ、自首するならその前に私の手料理たくさん食べていきなさいっ!」
「ありがとう。」
僕は母さんの手料理でお腹をいっぱいにし、ブローチを置いて警察署に向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「優くんは本当に面白い。私の契約者の中で自首する人は初めてだ。」
建物の屋上でそう呟く人物はこの物語の元凶。
「もう成長の見込みがないと思って手離したが、まだまだ私も未熟だと痛感させられる。」
警察署に向かう田中優を見ながら元凶は新たな火種を蒔こうとしていた。
「成長のご褒美にもう一度契約を結んであげようじゃないか。今度は私からプレゼントをあげよう。」
~~~~~~~~~~~~~~~~
僕は今から自首をする。犯してしまった過ちを償うためだ。
「着いた。」
家から出発して数分間歩き、目的地である警察署に着いた。家からはフードを被ってきたため、道中で騒がれるようなことはなかった。
(さあ、行こう。)
覚悟を決めて僕は警察署に踏み込んだ。
「君、どうかしたかな?」
入口にいた警察官に当然の質問をされる。
「あの、驚かないでほしいんですけど。僕、田中優です。」
そう言ってフードを取ると警察官は驚いた様子で拳銃を抜いた。
「な、なんのようだ!?」
(まあこうなるよな。)
「自首しに来たんです。本当に何もしませんから。」
「……!」
その警察官は僕の目から何か汲み取ったのか構えていた拳銃を下ろした。
「わかった。信じるよ。」
「ありがとうございます。」
「一応持ち物チェックだけさせてもらってもいいかな?」
「はい。」
僕の体を隅々まで調べた警察官は満足した様子で署内に僕を通してくれた。
「さあ入って。」
取り調べを受け、僕は今までしてきたことやお姉さんのことを説明した。
「そっか。勇気ある自首の道を選んでくれてありがとうね。」
「いえ。」
「優くんが反省したのはわかってる。だけど今回の件は色々特殊だから、まずは身柄を拘束させてもらうけどいいかな?」
「はい。元々そのつもりです。」
(これで、償いを始められる。)
そう思っていた。
「おい、あれなんだ??」
「なんかキラキラ光ってる物体が飛んでるぞ。」
周りの警察官が少し騒ぎ始めた。僕もその物体を見ようとしたときある声が聞こえた。
「あれは蜂か?妙に尻の部分が膨らんでるが……」
その言葉を聞いた瞬間、僕は叫んだ。
「逃げて!!!!」
"ドカンッ"と聞いたことのある音が聞こえたあと、僕は意識を失った。
~~~~~~~~~~~~~~~~
目を覚ますとそこには見たことのない光景が広がっていた。瓦礫によって体がズタズタになった人の死体、散らばった肉塊、人が死ぬ直前のうめき声。
「うっ、ぐはっ。」
周りに気を取られていたが、どうやら僕もそう長くないらしい。
「なん、で、、」
あのとき、家に置いてきたはずの蜂のブローチが飛んでいた。今までブローチが勝手に動くことなんてなかったのに。
「それはね、私がブローチを貢物として優くんと再契約を結んだからだよ。」
声と同時に僕が五感で捉えたのは紛れもなくお姉さんだった。
「なんで、、」
「優くんは"なんで"ばっかりだね。でももう先がないから答えてあげる。これはね、私と関わった人間が必ず辿り着く最期なんだ。」
「どういう、ことです、?」
「私は人間じゃない。私の名前は天邪鬼。」
「天邪鬼って、あの、、」
「人の心の内を探りそれに逆らう。それが天邪鬼。今は個人の性格について使う時が多いけど、私はね、天邪鬼そのものなのさ。」
あまりに突飛な話のせいか思考が追いつかない。
「だから私の顧客になった人間には他人の意に逆らう力であるブローチが与えられる。優くんのブローチのモチーフである蜂は危険を感じた敵に対して攻撃をする。」
蜂で危険な相手を感じとり、その相手が嫌がることを天邪鬼で再現する。それがお姉さんの与えてくれた能力らしい。
「そして最後に本人は契約終了と共に自分の罪に気付き、耐えきれなくなり自害する。というのが今までのパターンだったけど、優くんは罪に耐えて自首を選んだ。だから私はもう一度優くんに契約を持ちかけて、優くんを殺すわけ。」
「それは、天邪鬼だからですか、?」
「そうだよ。私は人の望みを踏みにじらずにはいられないんだ。」
「僕に、話しかけたのも、、」
「うん、君が誰にも話しかけられたくないって思ってたから。」
「そっか、、、」
なぜだろうと考えていた。最初、僕は誰にも何も干渉されないことを求めていた。だからお姉さんは僕に干渉しようとした。けど、僕は心が晴れるにつれてお姉さんを求めていった。だからお姉さんは僕から離れていった。
「僕たちは絶対に通じ合うことのない関係だったんだ、、」
「……。」
「スッキリしました。さすが掃除屋さん。」
「……。」
「スッキリしたらなんだか眠たくなってきました。」
「……。」
「そろそろお別れです。」
「……。」
「何も喋ってくれないんですね。」
「……。」
「はぁ、、お母さんお父さん、今まで本当にありがとう。先に行って待ってる、からね。それと掃除屋さん。僕の心に晴れをくれてありがとう。」
「……。」
「この想い、どうか届かないといいな。」
心からそう願って僕は息を引き取った。そして息を引き取った僕の側で天邪鬼は言った。
「届けるよ。私の名にかけてね。」
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