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外伝(むしろメイン)
外伝十二 挑め! 大園芸フェスティバル
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※メイン:マリク ジャンル:(非売品)
*********
自分はそこそこ、健康なほうだ。
マリクの自己分析である。
スラムで金貸しをしていた頃も、吾妻の使用人となった今も、どちらの仕事も身体が資本。毎日の運動量に不足は無いし、意識してトレーニングも行っている。
年齢的にもまだ大きく衰える歳ではない……はずだが。
「痛ぇ」
ここ最近で慢性化してきた腰痛と肩こりに、マリクは眉を顰めた。
原因は分かっている。趣味の園芸で、身体に負担のかかる姿勢をとるせいだ。
とはいえ、やめるという選択肢は無い。多少身体が痛もうが、栽培途中の植物達を放置して休むわけにはいかない。
キリキリと痛む肩と腰の訴えを無視し、マリクは今日も、すくすくと成長する野菜や果物を慈しむ。
「こいつはそろそろ食いどきだな」
輝く陽光を反射するキュウリを試しにひとつもいで囓ってみれば、シャキッとみずみずしい音が響く。
満足して数本もぎ取り、その足で調理場へ。収穫したての新鮮なキュウリを、昼食として主人夫婦の目の前へ供す。
が。
案の定、奥様はサラダに手をつけず。
「葉っぱは虫さんのご飯だから、わたしのご飯じゃないなぁ」だの「甘くないなぁ」などと散々駄々を捏ねられ、秘密兵器のはちみつドレッシングを出動してなんとかひとくち、ふたくち。
食事のあと、かじりかけの無惨な姿で皿の上に残るキュウリに、マリクは憐憫の目を向けた。
「ドレッシングだけ綺麗に舐めやがって」
はちみつでテカりが増したキュウリの食べ残しを肥料ボックスに投入する最中、どうしてもため息が漏れてしまう。
気分が落ちるに比例して、園芸により痛めつつある肩と腰の重さが増すような気さえする。そもそも園芸を趣味に選んだのは、成果物が有効利用できて一石二鳥だと考えたからだ。なのにその目的は、一向に達成される気配が無い。
カミィの野菜嫌いをどうにか克服させる手立ては無いだろうか。
午後の買い出しの途中。ヒントを求め、マリクは懇意にしている園芸用品店へ立ち寄ることにした。
カミィの好き嫌いは多岐に渡る。オリーブやセロリなど少し癖のある食材にはじまり、にんじん、ピーマン、たまねぎという使い勝手の良い王道野菜も野菜だと言うだけで苦手意識を持たれ、キャベツやレタスの葉菜にいたっては観賞用の植物だと思われている。食卓に並べるたび、「なんだかおいしくないかも」と端に避けられてゆくマリクの成果物達。
トマトなら果物に近いから食べるだろうか。甘さで言うとカボチャのほうが良いだろうか。カボチャをプリンにしたものは以前喜んで食べていた。ならば、ピーマンプリンをつくってみてはどうだろうか。
いくつもの棚をいったりきたり、長考をかさねて策を練る。
やっと商品を手に取って会計に足を運ぶと、顔見知りとなった店主が気さくな声をかけてきた。
「いつもありがとうございます。あ、そうそう。マリクさんはこちらには興味はありませんか?」
手渡されたのは、一枚のチラシ。
見れば、そこにあるのはカラフルに大きく配置された”大園芸フェスティバル”の文字。
世界各国から集められた植物の種や苗の販売に、品評会。品種改良野菜や果物の試食、園芸体験、園芸の歴史を展示した見世物小屋や、園芸にまつわるキャラクターとのふれあいコーナーなどなど、園芸に関心のあるあらゆる人が楽しめるというイベントらしい。
「なかなか面白そうだな」
「コンテストもあるらしくてね。賞品も出るみたいで」
「へえ」
賞品と言われても、これといって特に欲しいものは無いんだが。と、曖昧な返事でチラシに視線を落とし、マリクは目を見開いた。
「これだ!」
賞品欄に記載されている商品名。
”野菜が苦手なお子様も大興奮。人参、ピーマン、玉ねぎ、どんな野菜も可愛くカットして楽しく食べちゃおう! ファンシーどうぶつさんカッター20種類詰め合わせセット(非売品)”。
「出る。絶対に受賞してやる」
マリクはチラシを握りしめ、コンテスト出場を固く決意した。
明くる日の早朝。
吾妻邸の庭。植物の手入れをしながら、マリクはコンテストについて考えを巡らせる。
今回コンテストで審査されるのは、”園芸用品のアイデア”。
「園芸をするうえでちょっとかゆいところに手が届く」をコンセプトに、新しい園芸用品のアイデアを募集するようだ。良い案があれば実際に製造して売るのだろう。
案を出すだけなら簡単だ。思いつくまま数打てば良い。
だが、受賞を狙うとなると、現実的に考える必要がある。製造、量産が可能そうなもの。ある程度の利益が見込めそうなもの。
ああでもない、こうでもない。
様々な案を思い浮かべては消してゆき。
「痛てて」
思考に没頭しすぎて、いつのまにか作業の手が止まっていたようだ。
同じ姿勢を続けたせいで、腰がギリギリと悲鳴をあげる。
痛む腰を擦った瞬間。
「あっ」
電撃のように妙案がひらめいた。
「これはイケるんじゃねーか?」
マリクは手を打ち、早速資料と試作品の制作にとりかかる。
*
そして迎えたフェスティバルの日。
コンテスト用に設営されたステージに立った瞬間、マリクは、「あっ」と声をあげそうになるのをすんでのところで噛み殺した。
審査員席に、知った顔がある。
各審査員のなかで、ひときわ目立つ”主催”という名札をつけた男。その人物の名は、セシル氏。カミィの父が居る。
どうやらこのフェスティバルは、セシル家が主催したものらしい。
マリクにとって、セシル氏はよく知る相手だ。
なにせ、ガキのときからほんのちょっと前まで、頻繁にセシル邸へ通い詰め(て、外から眺め続け)ていたのだから。
一方で、セシル氏からみるマリクは初対面。マリクとセシル氏が直接の会話を交わしたことはこれまでいちども無い。
「それではマリクさん。あなたのアイデアを見せてください」
「俺の作品は、これだ」
はじめての会話がまさかこんな場所になるとは。奇妙な縁だと思いつつ、余計な言動で審査に悪影響が出るのは避けたい。
マリクは知らぬふりで平常を装い企画書を提出し、持参した試作品を足元に置いた。
今回マリクがつくったのは、シンプルな木組みの小さなスツール。
「園芸やってると、植物に合わせて中腰で作業しなきゃなんねえことがよくある。長時間中腰で居続けると、腰を痛めるんだ。だから、スツールだ」
試作品を見た審査員達から、小さく「ほぅ」と声が上がる。
「一見、何の普通のスツールに見えるね。アピールポイントはどこかね?」
「よくぞ聞いてくれた。こいつが既製品と差別化できるのは、ここだ」
マリクはスツールを床に置いたまま、上に向けて軽く引っ張って見せる。
すると、スツールの足がするすると伸びた。
「名付けてスルスルスツールだ」
このスツールの最大の特徴。
それは、高さを変えられること。
スツールの足は筒状になっており、そのなかに一回り細い筒が入っている。さらにその中にもう一回り細いものが。
各足には等間隔に穴が空いており、その穴に止め木を差し込んで高さを調節するという仕組み。
「植物ってのは成長する。ちょうど良い高さの椅子を買っても、しばらくすれば高さが変わって使えなくなる。だから、植物の成長に合わせて高さが変えられる椅子を考えた」
画期的、とはおそらく言いづらい。高さが変えられるだけの椅子なら、すでに世のなかに存在している。
しかしマリクが知るかぎり、そのいずれもが、高額であったり、屋内用であったり、高さを変えるのにひと手間必要だったり。
園芸用品としては、少し使いづらいと感じるものだった。
このスルスルスツールは、それらの難点をできるだけ排除して考えた。
製品化の際にできるだけ安く仕上げて安く売れるよう、素材は一般的な木だ。種類など知らない。そのへんに生えていた木を適当に選んで切った。屋外に置きっぱなしにしても痛みづらいよう防水の漆も塗ってある。高さを変える方法も単純明快の手間いらず。
「高さの調節は止め木の抜き差しだけでできるようにしてある。ちからのない女・子どもでも簡単に使えるし、足を縮めてしまえば収納や持ち運びにも便利だ」
コンテストのコンセプト「園芸をするうえでちょっとかゆいところに手が届く」に、ピッタリのものが出来たはずだ。と、マリクは自信を持って説明を終えた。
なるほど、と頷く審査員達。
そのなかで、セシル氏がスッと手をあげる。
「その足をアタッチメントとして別売りで追加購入できるようにすれば、最大の高さも変えることができるようになるね。そこまで考えてその案を?」
「いや。だが、それは良い案だと思う」
「しかし、筒状の足にすると、内側に収納されるものほど細くなる。高さを増やした場合に人が座って安定する耐久が必要になると考えると、足の構造については要検討かもしれない。でも、固定手順が複雑になることは避けたいよね。止め木の抜き差しで手軽に高さを変更できるというのも商品の売りになるはずだ。この矛盾を解消する案はあるかい?」
「いや、無いな。延長のことまでは考えてなかった」
「ふむ……」
マリクが提出した企画書に視線を落とすセシル氏。その表情が、うっすらと翳る。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
絶対に入賞して、”野菜が苦手なお子様も大興奮。人参、ピーマン、玉ねぎ、どんな野菜も可愛くカットして楽しく食べちゃおう! ファンシーどうぶつさんカッター20種類詰め合わせセット(非売品)”を持って帰らなければ!
「たしかに俺の案は甘いと思う。所詮は素人の浅知恵だと思われても仕方ねえ。けどよ、手作業で野菜を育ててる俺達にしかわからねえことがあるんだよ」
これまでの園芸生活が、走馬灯のように脳裏に浮かぶ。
はじめて庭を与えられた日のこと。はじめて種が芽を出した日のこと。はじめて花が咲いた日のこと。はじめて実がついた日のこと。
それを大切にもぎ取り、洗って、切って、盛り付けて……”野菜はいらない”と拒否された日のこと。
どうすればカミィが野菜を食べるか。ひたすらに考え、工夫する日々。
日ごとに増してゆく園芸の時間。無理な姿勢を続けて痛む腰。慢性化する肩こり。害虫との戦い。突如やって来る主人と手折られる支柱。
それでも心は折れない。折れたくは無い。
絶対に食わせてやる。栄養を取らせてやる。カミィの好き嫌いを、減らしてやる!
そのためには、必要だ。”野菜が苦手なお子様も大興奮。人参、ピーマン、玉ねぎ、どんな野菜も可愛くカットして楽しく食べちゃおう! ファンシーどうぶつさんカッター20種類詰め合わせセット”と、健康な肉体が!
「若いうちはいいかもしれねえ。でも歳をとってからのこともある。腰は、絶対に……大事なんだ! 長く健康に園芸を続けて、おいしい野菜をつくるために!!」
だからこのスツールは園芸を嗜む全ての人間の役に立つ。腰の負担を減らす道具は、絶対に好評を得られる。
そんな想いを込めて、マリクはステージの床をダンと踏み鳴らす。振動が腰に響く!
「あ、うん。少し落ち着いてくれるかな。別にきみの案を否定はしないよ。改良は必要だと思うけれど、なかなか良いところを突いている。今回のコンセプトは、”ちょっとかゆいところに手が届く”だからね。実際に作業をしている人が、今必要だと思うものとして考えた意見は大変貴重だ。ありがとう」
「あ、ああ。なら良かった」
こうして温度差を感じる質疑応答でプレゼンは終了。
結果発表は後日郵送にて。というアナウンスの後、コンテストの幕がおりた。
そして、数日後。
ノックの音がして、マリクはいそいそと従業員用の裏口へ急ぐ。
配達員との挨拶もそこそこに郵便物を確認すると、いくつかのダイレクトメールに紛れてセシル家の紋の封蝋がついた封筒を発見。
封筒には宛名と差出人の他、”園芸アイデアコンテスト審査結果通知”という表題が記載されている。
「来たか」
期待と緊張のなか封を切ると、中には紙切れがたった一枚入っているのみ。
そこに記されていた内容は、
”入賞:該当者無し”。
「納得行かねえ」
マリクは眉間に皺をよせて紙面を睨む。
そのときふと、後ろから「順当だよ」という声が降ってきた。
ジュンイチだ。
「セシル家は本来、貿易商だ。製造業はやってない。製品化できそうなアイデアが集まらなかったから”該当者無し”。当然の答えだ」
「じゃあなんでコンテストなんかひらいたんだよ」
ジュンイチに文句を言ったところで仕方がないとわかりつつも、感情のやり場が無く。
マリクは説明の続きを求めてテーブルに腰を預けた。
「宣伝のついでだよ。そもそも今回の企画は、開催するだけでセシル家に利があるものだから」
貴族制度が無くなったこの国で。
今はまだ大きな変化の実感を持たないマリクに、「徐々に国のあり方は変わってくる」とジュンイチは断言する。
血筋だけで地位を保ってきた家は、やがて家名の威光を失い堕ちてゆく。ときが経つにつれ、”○○家”という名前は意味を為さなくなる。
名前以外の付加価値を持たない家は、遅かれ早かれ埋もれてしまう。
「セシル家の目的は、コンテストを開くことによって”顧客を増やす”こと。コンテストの参加者、フェスティバルブースの出品者、一般来場者。これまでセシル家と関わりの無かった層が、セシル家の名や、事業、存在を知る。それだけでセシル家には利になる」
変わる世界で堕ちゆく貴族達のなか、セシル家はもともと頭がひとつ出ている。
貴族の地位が名前だけでじゅうぶんだった頃から、セシル家はずっと当主自らが先頭に立ち、貿易業を営んでいた。そこで養われたノウハウと地盤は、名を失っても崩れることは無い。
セシル氏本人もそれを理解している。自身の強みを伸ばし、今後を生き抜くための戦略として、まずは宣伝を打つ。その行動は、理にかなっている。
「だからコンテストは、そのついで。あわよくば現実的に商品化して売れそうなものが出てくれば僥倖。くらいの感覚だね」
「一石二鳥ってことか」
「案自体は悪くないものもいくつかあったんだけど。セシル家は製造ラインが弱い。コンテストで提出された案は、彼らのパイプでは実現できない案が多かった」
「クソっ。俺の案も良かったはずなんだが。感触は悪くなかったし。……って、待て。何でお前が提出された案を知ってんだ」
俯いて考え込んでいたマリクが会話のおかしさに気づき、ハッと顔をあげると、いつのまにかジュンイチの手には資料の束が。
「セシル氏が気になった案をいくつかピックして送ってきたから。うちでつくれないかって」
「なんだと!? で、お前はそれを」
「断ったよ」
「なんでだよ!」
悪びれなく言い放つジュンイチの手から資料を奪い取り、パラパラとめくると、
「あ、ある! スルスルスツールもあるじゃねえか。やっぱ惜しかっただろこれ」
自身の案があと一歩のところまで来ていたと知り、マリクはうらめしくギリギリ歯ぎしり。
「今は製造ラインがあいてない。見込み利益から計算すると、新しくラインをつくると赤字になるから」
「逆に言えば、今使ってる工場が空くのを待てば出来るのか?」
「うん。しばらくはかかるけど」
「じゃあ――」
*
「わぁ! うさちゃんだぁ」
ある日の食卓。
カミィの前には、うさぎ、ねこ、いぬ、ねずみ、とかげ、いもむし……あらゆる動物のかたちにくり抜かれた野菜サラダが供された。
このサラダはただ動物のかたちになっているだけではない。人参やパプリカといった彩りの野菜をカットし、レタスやグリーンリーフの葉菜を捻って広げて組み合わせ、”うさちゃんリボン”や”ねこさん付きひらひらレース”等々、アクセサリー風に仕上げた超力作サラダだ。
サラダをつくるのに使用したのは、もちろん”野菜が苦手なお子様も大興奮。人参、ピーマン、玉ねぎ、どんな野菜も可愛くカットして楽しく食べちゃおう! ファンシーどうぶつさんカッター20種類詰め合わせセット”。
コンテストの受賞こそ果たせなかったが、マリクの案”スルスルスツール”は無事に商品化と流通を果たした。
吾妻の協力で製造と国内流通を実現し、セシル家はそれを貿易品として海外へ輸出する。これにより、大きくは無いが双方に利益をもたらすことに成功した。
その報奨として、マリクは念願の”野菜が苦手なお子様も(略)”を入手したのだった。
「かわいいねぇ」
マリクの目論見通り、カミィが野菜に興味を持った。弾んだ息とともに、動物野菜アクセサリーに伸びてゆく手。あとはそれがくちまで運ばれるのを見届けるだけ。
だったのだが。
「マリク、ありがとう」
満面の笑みで動物野菜アクセサリーを掴んだカミィは、いちぶんの迷いもなく――自分の頭に乗せた。
「違う! そうじゃない!」
「ほわぁ?」
濁り無き桃色の瞳には、動物野菜アクセサリーは食べ物ではなく、装飾品として映ってしまったらしい。
「クソ! やりすぎたか」
スツールのおかげで腰痛が改善され、余力ができたことで調理に力が入ったことが災いした。
嬉々として次々とみずみずしい葉菜で自分を飾り付けてゆくカミィ。
動物野菜アクセサリーが皿から減っていくのを眺め、マリクは己の力量が高すぎたことを恨む。
次こそは、必ずや野菜をたくさん食べさせてみせる。
マリクの挑戦は、まだはじまったばかりである。
外伝十二 END
*********
自分はそこそこ、健康なほうだ。
マリクの自己分析である。
スラムで金貸しをしていた頃も、吾妻の使用人となった今も、どちらの仕事も身体が資本。毎日の運動量に不足は無いし、意識してトレーニングも行っている。
年齢的にもまだ大きく衰える歳ではない……はずだが。
「痛ぇ」
ここ最近で慢性化してきた腰痛と肩こりに、マリクは眉を顰めた。
原因は分かっている。趣味の園芸で、身体に負担のかかる姿勢をとるせいだ。
とはいえ、やめるという選択肢は無い。多少身体が痛もうが、栽培途中の植物達を放置して休むわけにはいかない。
キリキリと痛む肩と腰の訴えを無視し、マリクは今日も、すくすくと成長する野菜や果物を慈しむ。
「こいつはそろそろ食いどきだな」
輝く陽光を反射するキュウリを試しにひとつもいで囓ってみれば、シャキッとみずみずしい音が響く。
満足して数本もぎ取り、その足で調理場へ。収穫したての新鮮なキュウリを、昼食として主人夫婦の目の前へ供す。
が。
案の定、奥様はサラダに手をつけず。
「葉っぱは虫さんのご飯だから、わたしのご飯じゃないなぁ」だの「甘くないなぁ」などと散々駄々を捏ねられ、秘密兵器のはちみつドレッシングを出動してなんとかひとくち、ふたくち。
食事のあと、かじりかけの無惨な姿で皿の上に残るキュウリに、マリクは憐憫の目を向けた。
「ドレッシングだけ綺麗に舐めやがって」
はちみつでテカりが増したキュウリの食べ残しを肥料ボックスに投入する最中、どうしてもため息が漏れてしまう。
気分が落ちるに比例して、園芸により痛めつつある肩と腰の重さが増すような気さえする。そもそも園芸を趣味に選んだのは、成果物が有効利用できて一石二鳥だと考えたからだ。なのにその目的は、一向に達成される気配が無い。
カミィの野菜嫌いをどうにか克服させる手立ては無いだろうか。
午後の買い出しの途中。ヒントを求め、マリクは懇意にしている園芸用品店へ立ち寄ることにした。
カミィの好き嫌いは多岐に渡る。オリーブやセロリなど少し癖のある食材にはじまり、にんじん、ピーマン、たまねぎという使い勝手の良い王道野菜も野菜だと言うだけで苦手意識を持たれ、キャベツやレタスの葉菜にいたっては観賞用の植物だと思われている。食卓に並べるたび、「なんだかおいしくないかも」と端に避けられてゆくマリクの成果物達。
トマトなら果物に近いから食べるだろうか。甘さで言うとカボチャのほうが良いだろうか。カボチャをプリンにしたものは以前喜んで食べていた。ならば、ピーマンプリンをつくってみてはどうだろうか。
いくつもの棚をいったりきたり、長考をかさねて策を練る。
やっと商品を手に取って会計に足を運ぶと、顔見知りとなった店主が気さくな声をかけてきた。
「いつもありがとうございます。あ、そうそう。マリクさんはこちらには興味はありませんか?」
手渡されたのは、一枚のチラシ。
見れば、そこにあるのはカラフルに大きく配置された”大園芸フェスティバル”の文字。
世界各国から集められた植物の種や苗の販売に、品評会。品種改良野菜や果物の試食、園芸体験、園芸の歴史を展示した見世物小屋や、園芸にまつわるキャラクターとのふれあいコーナーなどなど、園芸に関心のあるあらゆる人が楽しめるというイベントらしい。
「なかなか面白そうだな」
「コンテストもあるらしくてね。賞品も出るみたいで」
「へえ」
賞品と言われても、これといって特に欲しいものは無いんだが。と、曖昧な返事でチラシに視線を落とし、マリクは目を見開いた。
「これだ!」
賞品欄に記載されている商品名。
”野菜が苦手なお子様も大興奮。人参、ピーマン、玉ねぎ、どんな野菜も可愛くカットして楽しく食べちゃおう! ファンシーどうぶつさんカッター20種類詰め合わせセット(非売品)”。
「出る。絶対に受賞してやる」
マリクはチラシを握りしめ、コンテスト出場を固く決意した。
明くる日の早朝。
吾妻邸の庭。植物の手入れをしながら、マリクはコンテストについて考えを巡らせる。
今回コンテストで審査されるのは、”園芸用品のアイデア”。
「園芸をするうえでちょっとかゆいところに手が届く」をコンセプトに、新しい園芸用品のアイデアを募集するようだ。良い案があれば実際に製造して売るのだろう。
案を出すだけなら簡単だ。思いつくまま数打てば良い。
だが、受賞を狙うとなると、現実的に考える必要がある。製造、量産が可能そうなもの。ある程度の利益が見込めそうなもの。
ああでもない、こうでもない。
様々な案を思い浮かべては消してゆき。
「痛てて」
思考に没頭しすぎて、いつのまにか作業の手が止まっていたようだ。
同じ姿勢を続けたせいで、腰がギリギリと悲鳴をあげる。
痛む腰を擦った瞬間。
「あっ」
電撃のように妙案がひらめいた。
「これはイケるんじゃねーか?」
マリクは手を打ち、早速資料と試作品の制作にとりかかる。
*
そして迎えたフェスティバルの日。
コンテスト用に設営されたステージに立った瞬間、マリクは、「あっ」と声をあげそうになるのをすんでのところで噛み殺した。
審査員席に、知った顔がある。
各審査員のなかで、ひときわ目立つ”主催”という名札をつけた男。その人物の名は、セシル氏。カミィの父が居る。
どうやらこのフェスティバルは、セシル家が主催したものらしい。
マリクにとって、セシル氏はよく知る相手だ。
なにせ、ガキのときからほんのちょっと前まで、頻繁にセシル邸へ通い詰め(て、外から眺め続け)ていたのだから。
一方で、セシル氏からみるマリクは初対面。マリクとセシル氏が直接の会話を交わしたことはこれまでいちども無い。
「それではマリクさん。あなたのアイデアを見せてください」
「俺の作品は、これだ」
はじめての会話がまさかこんな場所になるとは。奇妙な縁だと思いつつ、余計な言動で審査に悪影響が出るのは避けたい。
マリクは知らぬふりで平常を装い企画書を提出し、持参した試作品を足元に置いた。
今回マリクがつくったのは、シンプルな木組みの小さなスツール。
「園芸やってると、植物に合わせて中腰で作業しなきゃなんねえことがよくある。長時間中腰で居続けると、腰を痛めるんだ。だから、スツールだ」
試作品を見た審査員達から、小さく「ほぅ」と声が上がる。
「一見、何の普通のスツールに見えるね。アピールポイントはどこかね?」
「よくぞ聞いてくれた。こいつが既製品と差別化できるのは、ここだ」
マリクはスツールを床に置いたまま、上に向けて軽く引っ張って見せる。
すると、スツールの足がするすると伸びた。
「名付けてスルスルスツールだ」
このスツールの最大の特徴。
それは、高さを変えられること。
スツールの足は筒状になっており、そのなかに一回り細い筒が入っている。さらにその中にもう一回り細いものが。
各足には等間隔に穴が空いており、その穴に止め木を差し込んで高さを調節するという仕組み。
「植物ってのは成長する。ちょうど良い高さの椅子を買っても、しばらくすれば高さが変わって使えなくなる。だから、植物の成長に合わせて高さが変えられる椅子を考えた」
画期的、とはおそらく言いづらい。高さが変えられるだけの椅子なら、すでに世のなかに存在している。
しかしマリクが知るかぎり、そのいずれもが、高額であったり、屋内用であったり、高さを変えるのにひと手間必要だったり。
園芸用品としては、少し使いづらいと感じるものだった。
このスルスルスツールは、それらの難点をできるだけ排除して考えた。
製品化の際にできるだけ安く仕上げて安く売れるよう、素材は一般的な木だ。種類など知らない。そのへんに生えていた木を適当に選んで切った。屋外に置きっぱなしにしても痛みづらいよう防水の漆も塗ってある。高さを変える方法も単純明快の手間いらず。
「高さの調節は止め木の抜き差しだけでできるようにしてある。ちからのない女・子どもでも簡単に使えるし、足を縮めてしまえば収納や持ち運びにも便利だ」
コンテストのコンセプト「園芸をするうえでちょっとかゆいところに手が届く」に、ピッタリのものが出来たはずだ。と、マリクは自信を持って説明を終えた。
なるほど、と頷く審査員達。
そのなかで、セシル氏がスッと手をあげる。
「その足をアタッチメントとして別売りで追加購入できるようにすれば、最大の高さも変えることができるようになるね。そこまで考えてその案を?」
「いや。だが、それは良い案だと思う」
「しかし、筒状の足にすると、内側に収納されるものほど細くなる。高さを増やした場合に人が座って安定する耐久が必要になると考えると、足の構造については要検討かもしれない。でも、固定手順が複雑になることは避けたいよね。止め木の抜き差しで手軽に高さを変更できるというのも商品の売りになるはずだ。この矛盾を解消する案はあるかい?」
「いや、無いな。延長のことまでは考えてなかった」
「ふむ……」
マリクが提出した企画書に視線を落とすセシル氏。その表情が、うっすらと翳る。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
絶対に入賞して、”野菜が苦手なお子様も大興奮。人参、ピーマン、玉ねぎ、どんな野菜も可愛くカットして楽しく食べちゃおう! ファンシーどうぶつさんカッター20種類詰め合わせセット(非売品)”を持って帰らなければ!
「たしかに俺の案は甘いと思う。所詮は素人の浅知恵だと思われても仕方ねえ。けどよ、手作業で野菜を育ててる俺達にしかわからねえことがあるんだよ」
これまでの園芸生活が、走馬灯のように脳裏に浮かぶ。
はじめて庭を与えられた日のこと。はじめて種が芽を出した日のこと。はじめて花が咲いた日のこと。はじめて実がついた日のこと。
それを大切にもぎ取り、洗って、切って、盛り付けて……”野菜はいらない”と拒否された日のこと。
どうすればカミィが野菜を食べるか。ひたすらに考え、工夫する日々。
日ごとに増してゆく園芸の時間。無理な姿勢を続けて痛む腰。慢性化する肩こり。害虫との戦い。突如やって来る主人と手折られる支柱。
それでも心は折れない。折れたくは無い。
絶対に食わせてやる。栄養を取らせてやる。カミィの好き嫌いを、減らしてやる!
そのためには、必要だ。”野菜が苦手なお子様も大興奮。人参、ピーマン、玉ねぎ、どんな野菜も可愛くカットして楽しく食べちゃおう! ファンシーどうぶつさんカッター20種類詰め合わせセット”と、健康な肉体が!
「若いうちはいいかもしれねえ。でも歳をとってからのこともある。腰は、絶対に……大事なんだ! 長く健康に園芸を続けて、おいしい野菜をつくるために!!」
だからこのスツールは園芸を嗜む全ての人間の役に立つ。腰の負担を減らす道具は、絶対に好評を得られる。
そんな想いを込めて、マリクはステージの床をダンと踏み鳴らす。振動が腰に響く!
「あ、うん。少し落ち着いてくれるかな。別にきみの案を否定はしないよ。改良は必要だと思うけれど、なかなか良いところを突いている。今回のコンセプトは、”ちょっとかゆいところに手が届く”だからね。実際に作業をしている人が、今必要だと思うものとして考えた意見は大変貴重だ。ありがとう」
「あ、ああ。なら良かった」
こうして温度差を感じる質疑応答でプレゼンは終了。
結果発表は後日郵送にて。というアナウンスの後、コンテストの幕がおりた。
そして、数日後。
ノックの音がして、マリクはいそいそと従業員用の裏口へ急ぐ。
配達員との挨拶もそこそこに郵便物を確認すると、いくつかのダイレクトメールに紛れてセシル家の紋の封蝋がついた封筒を発見。
封筒には宛名と差出人の他、”園芸アイデアコンテスト審査結果通知”という表題が記載されている。
「来たか」
期待と緊張のなか封を切ると、中には紙切れがたった一枚入っているのみ。
そこに記されていた内容は、
”入賞:該当者無し”。
「納得行かねえ」
マリクは眉間に皺をよせて紙面を睨む。
そのときふと、後ろから「順当だよ」という声が降ってきた。
ジュンイチだ。
「セシル家は本来、貿易商だ。製造業はやってない。製品化できそうなアイデアが集まらなかったから”該当者無し”。当然の答えだ」
「じゃあなんでコンテストなんかひらいたんだよ」
ジュンイチに文句を言ったところで仕方がないとわかりつつも、感情のやり場が無く。
マリクは説明の続きを求めてテーブルに腰を預けた。
「宣伝のついでだよ。そもそも今回の企画は、開催するだけでセシル家に利があるものだから」
貴族制度が無くなったこの国で。
今はまだ大きな変化の実感を持たないマリクに、「徐々に国のあり方は変わってくる」とジュンイチは断言する。
血筋だけで地位を保ってきた家は、やがて家名の威光を失い堕ちてゆく。ときが経つにつれ、”○○家”という名前は意味を為さなくなる。
名前以外の付加価値を持たない家は、遅かれ早かれ埋もれてしまう。
「セシル家の目的は、コンテストを開くことによって”顧客を増やす”こと。コンテストの参加者、フェスティバルブースの出品者、一般来場者。これまでセシル家と関わりの無かった層が、セシル家の名や、事業、存在を知る。それだけでセシル家には利になる」
変わる世界で堕ちゆく貴族達のなか、セシル家はもともと頭がひとつ出ている。
貴族の地位が名前だけでじゅうぶんだった頃から、セシル家はずっと当主自らが先頭に立ち、貿易業を営んでいた。そこで養われたノウハウと地盤は、名を失っても崩れることは無い。
セシル氏本人もそれを理解している。自身の強みを伸ばし、今後を生き抜くための戦略として、まずは宣伝を打つ。その行動は、理にかなっている。
「だからコンテストは、そのついで。あわよくば現実的に商品化して売れそうなものが出てくれば僥倖。くらいの感覚だね」
「一石二鳥ってことか」
「案自体は悪くないものもいくつかあったんだけど。セシル家は製造ラインが弱い。コンテストで提出された案は、彼らのパイプでは実現できない案が多かった」
「クソっ。俺の案も良かったはずなんだが。感触は悪くなかったし。……って、待て。何でお前が提出された案を知ってんだ」
俯いて考え込んでいたマリクが会話のおかしさに気づき、ハッと顔をあげると、いつのまにかジュンイチの手には資料の束が。
「セシル氏が気になった案をいくつかピックして送ってきたから。うちでつくれないかって」
「なんだと!? で、お前はそれを」
「断ったよ」
「なんでだよ!」
悪びれなく言い放つジュンイチの手から資料を奪い取り、パラパラとめくると、
「あ、ある! スルスルスツールもあるじゃねえか。やっぱ惜しかっただろこれ」
自身の案があと一歩のところまで来ていたと知り、マリクはうらめしくギリギリ歯ぎしり。
「今は製造ラインがあいてない。見込み利益から計算すると、新しくラインをつくると赤字になるから」
「逆に言えば、今使ってる工場が空くのを待てば出来るのか?」
「うん。しばらくはかかるけど」
「じゃあ――」
*
「わぁ! うさちゃんだぁ」
ある日の食卓。
カミィの前には、うさぎ、ねこ、いぬ、ねずみ、とかげ、いもむし……あらゆる動物のかたちにくり抜かれた野菜サラダが供された。
このサラダはただ動物のかたちになっているだけではない。人参やパプリカといった彩りの野菜をカットし、レタスやグリーンリーフの葉菜を捻って広げて組み合わせ、”うさちゃんリボン”や”ねこさん付きひらひらレース”等々、アクセサリー風に仕上げた超力作サラダだ。
サラダをつくるのに使用したのは、もちろん”野菜が苦手なお子様も大興奮。人参、ピーマン、玉ねぎ、どんな野菜も可愛くカットして楽しく食べちゃおう! ファンシーどうぶつさんカッター20種類詰め合わせセット”。
コンテストの受賞こそ果たせなかったが、マリクの案”スルスルスツール”は無事に商品化と流通を果たした。
吾妻の協力で製造と国内流通を実現し、セシル家はそれを貿易品として海外へ輸出する。これにより、大きくは無いが双方に利益をもたらすことに成功した。
その報奨として、マリクは念願の”野菜が苦手なお子様も(略)”を入手したのだった。
「かわいいねぇ」
マリクの目論見通り、カミィが野菜に興味を持った。弾んだ息とともに、動物野菜アクセサリーに伸びてゆく手。あとはそれがくちまで運ばれるのを見届けるだけ。
だったのだが。
「マリク、ありがとう」
満面の笑みで動物野菜アクセサリーを掴んだカミィは、いちぶんの迷いもなく――自分の頭に乗せた。
「違う! そうじゃない!」
「ほわぁ?」
濁り無き桃色の瞳には、動物野菜アクセサリーは食べ物ではなく、装飾品として映ってしまったらしい。
「クソ! やりすぎたか」
スツールのおかげで腰痛が改善され、余力ができたことで調理に力が入ったことが災いした。
嬉々として次々とみずみずしい葉菜で自分を飾り付けてゆくカミィ。
動物野菜アクセサリーが皿から減っていくのを眺め、マリクは己の力量が高すぎたことを恨む。
次こそは、必ずや野菜をたくさん食べさせてみせる。
マリクの挑戦は、まだはじまったばかりである。
外伝十二 END
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