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外伝(むしろメイン)
閑話九 リビングゾンビVSデッドニンジャ~幻の大秘宝・ゴリラストーンの謎・サメとともに立つ~
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※メイン:ボコ・マリク ジャンル:B級
*********
ある日の午後、吾妻邸の裏口で。
マリクに会いに来ていたボコが、意気揚々と宣言した。
「ボス、聞いてください。決めたッス。舞台監督に、オレはなる!」
胸の前で握りこぶしを作るボコの頭に乗っているのは、いつものキャップ帽ではなくベレー帽。
首にはマントのようにカーディガンを巻き、手にはしっかとメガホンを握りしめ。
「そうか。頑張れよ」
爛々と目を輝かせるボコを横目で一瞥し、「じゃあな」とマリクは屋敷へ戻るドアへ手をかける。
「ちょーっ! 待ってくださいボス」
「待たねえよ。ロクなことになんねぇのが見えてんだよ」
「いやいやいや、そんなこと無いんで。話だけでも聞いてほしいッス」
ボコはズイ、と素早くドアの前に立ちふさがって、メガホンの穴へと勢いよく腕を差し入れた。そこから取り出されたのは、一冊の丸まった小冊子。
「とりあえずこれ、台本だけでも見てほしいッス! 絶対面白いから!」
「やりたきゃ勝手にやりゃーいいだろ。なんでいちいち俺に言いに来るんだよ」
「ボスが主役だから!」
「なんでそこに俺を組み込んだ!?」
「いーからいーから」
「やめろ服のなかにねじ込もうとすんじゃねえ紙がゾリゾリして痛えんだよ」
押しつ押されつの大運動会の最中、メガホンのなかから別の冊子が飛び出した。
なんだ? とマリクが目を向ければ、それは若い男性向けの雑誌。表紙に書かれている特集内容は、”今アツい。オフィーリアでモテる職業十選!”
台本と一緒にメガホンに押し込められていたらしき冊子はくるんと内巻きカーブをえがき、まるで特集の見出しを強調するかのようにマリクの眼前にドン。
成り行きを理解したマリクは「はぁ」とひとつ息を付いた。
こういうことに関しては、ボコは頑固なところがある。
「あーわかったわかった。とりあえず見るだけな」
「読んだら連絡ほしいッス」
仕方なく、マリクは台本を受け取った。
こうしてまとわりつくボコを腕から引き剥がし、屋敷へ戻ったマリク。仕事の邪魔になるからと台本は一旦自室のベッドへ放り投げ、主人夫婦の巻き起こす騒動に巻き込まれ慌ただしい時間を過ごすうち、渡された台本のことはすっかりと頭から抜け落ちて。
落ち着いて自室に戻れたのはとっぷりと日が暮れてからのこと。明日も早いとベッドに潜り込もうとして、日中に放り投げた台本が目に入り、やっと思い出した。
「あー。そういや読めっつってたんだっけ。めんどくせえ」
ひとりごとで愚痴りながらもそこは根が真面目なマリクのこと。ベッドに腰掛け、やれやれと台本に手を伸ばしタイトルを目にした瞬間。
「嫌な予感しかしねえ」
脱力してベッドに倒れ込み、愚痴をひとつ追加する。
表紙にでかでかと元気よく記載されたタイトルは、”リビングゾンビVSデッドニンジャ~幻の大秘宝・ゴリラストーンの謎・サメとともに立つ~”。
まだ中身を一文字も見ていないうちから、マリクの脳内にあらゆるツッコミが浮かんでは消えずに散らかって。
まずは何より、リビングゾンビ。ゾンビは本来、死体が動くモンスターのことだ。リビングならそれはもうゾンビではない。ただの人だ。
次に死のニンジャ。これはボコには関係のないことだが、マリクはニンジャというものにあまり良い印象は無い。
それからゴリラストーン。なるほど分からん。幻の大秘宝であり、ゴリラと何らかの関係がある石だというのはなんとなく分かる。が、それ以外の不明点が多すぎる。作中で謎が解明されたとして理解できるかどうかすら謎である。
最後にサメ。サメそのものは良いとしよう。しかしサメは魚類である。”立つ”ことは無い。
一体ボコは何を思ってこれを書いたのか。
ふと疑問が浮かび、マリクは頭を抱えて首を振った。答えは決まってる。”モテたいから”のひとつだろう。
表紙だけで今日の疲れが倍に膨れ上がってしまったが、翌日に回すのも気が引ける。脳内のツッコミをひとまず端に追いやって、仕方なくマリクは台本のページをめくる。
*
リビングゾンビVSデッドニンジャ~幻の大秘宝・ゴリラストーンの謎・サメとともに立つ~
登場人物
ボコ役→ボス
お姫様役→巨乳の美女お願いします!!(無理だったらボスんとこのお姫様でいいッス)
ゾンビ→デコ
マフィア(YAKUZA)→これもデコ
悪役→全部デコ
ゴリラ→ゴリラ
サメ→サメ(でかいやつ)
*
タイトルを見た瞬間に、嫌な予感はしていた。だが逆に、タイトルで最底辺を味わっておけば中身で驚くことは無いだろう、というかすかな安心感を持っていた。
……甘かった。
マリクが額に手を打つと同時、いちどは端に追いやったツッコミが、数を増してまた暴れだす。
いろいろと思うところはあるが、ゴリラとデコはまあ良いとしよう。ゴリラがゴリラの役をやるなら演技は必要ないし、台詞もせいぜい「ウホ」ぐらいのはずだ。
しかし、巨乳の美女が見つからなかった場合にカミィは無理がある。台詞を覚えて演技するのはもちろんのこと、最後まで舞台に立つことすら難しそうだ。絶対に途中で飽きて、食うか寝るかしはじめる。なんならゴリラのほうがまだ役者としての見込みがあるような気がする。
あと、サメはどうやって舞台に出すつもりなのか。大きな水槽でも用意すれば舞台上に姿を見せるくらいはできるかもしれないが”立つ”のか?
というか、ボコ役はボコが自分でやれよ!
配役を見ただけでこのザマとなれば、この先もまだまだおかしな内容が出るはずだ。
マリクは「よし」と気合の息で気持ちを仕切り直して次のページに目を落とし、ふと、前のページとの違いに手をとめた。
はみ出さんばかりのタイトルと、解読に難儀する配役ページとは違い、中の文字はとても読みやすい。
字の綺麗さだけではない。マリクは脚本や台本といったものに詳しくは無いが、中の文章は素人目に見ても「それっぽい」体裁が整った書かれ方。
「こっからデコにやらせたな……」
内容もデコが考えてくれていれば多少はマシなものになっているだろうが、はたして。
*
シーン1
未開のジャングル(深夜)
ボコ役のボス(20代)がゾンビのデコ(20代)に追いかけられている。
ボコ「し、死体が追いかけてくるッス~!」
と、残像が残る速さで光りながら走る。
ゾンビ「ぐおおー」
と、追いかける。途中で100人に分身する。
ボコ「こうなったら戦うしか無いッス」
と、振り向いて手から光の剣を出す。
ボコの台詞と同時に、目が開けられないほどの光がその場に満ちて、空からゴリラ(年齢不詳)が降りてくる。
ゴリラ「待つんだ勇者よ。その剣ではゾンビは死なない。これを使え」
手から虹色に光る石を出すゴリラ。
シーン2
(回想)はちゃめちゃに豪華なお城の中
王様の椅子に座っているボコ。まわりにはめちゃくちゃたくさんのサメ。
ボコ「はー。今日もサメの王様の俺はモテてモテて困るッス」
と、ため息。
一匹のサメ(年齢不詳)、一歩前へ出てひざまずく。
サメ「ボコ様、今日はなんと、他国のお姫様から結婚お願いの手紙が届きました。巨乳の美女(それかボスんとこのお姫様)からです」
*
「これはボコだわ……」
目頭を押さえ、マリクはため息をついた。もしや内容もデコが考えて書いていれば、という期待は無残に霧散。
さらにはなぜか全ページの端に汚い落書きがついていて、せっかくデコが書いた文字にときどきかぶってしまっている始末。
読者を置いてけぼりにしながらも、物語は一応進んでゆき。
*
シーン2555999
ボコ「これがスーパーアルティメットエンジェネリックファイナンシャルプリンディング超絶暗黒帝王ドリルゴリラストーンに加護を受けし神たるオレのちからだーーっ!」
劇場を吹き飛ばす大爆発が起こり、ゾンビとYAKUZAは死亡。
姫「ありがとうボコさんかっこいい。結婚してください」
ボコ「いいぜ!」
終わり
*
「疲れた……」
なんとか最後のページをめくり終わったマリクの疲労度メーターは、測定不能に振り切れた。
紙からはみ出すほど元気に書かれた表紙から一転、読みやすく書かれた中身の文字に感謝したのもつかの間。シーンを追うごとにだんだんと文字が小さくなってゆき、最後のほうは目を細めて読まなければならないほどで、紙の厚みから察する以上の膨大な文字数の冊子だった。
ところどころを飛ばしながら読んだにもかかわらず、外はもうすっかり明るい。
かすむ目を擦って内容を思い返せば、最初から最後まであらゆる意味でめちゃくちゃだ。
どの点をとりあげて感想を伝えるか迷うところだが、何よりまず最初に言いたいことは。
「これ舞台でやんの無理あるだろ」
配役も演出も何もかも、実現させるには難しい内容。思いつきだけでここまで書ききったこと自体は褒めるべきかもしれないが、現実的にうまくいくとは思えない。約束だからとりあえず見るだけは見たものの、やはり主演の誘いは断りたい。やるなら勝手にやってくれ。
ため息が止まらないなか、マリクは力なく着替えに手を伸ばす。
一睡も出来ずに夜を明かしても、日常は変わらずやってくる。悲しいかな、そろそろ仕事の時間だ。
重いからだに鞭打って仕事をこなすマリクの元へ、再びボコがやってきたのは午後のこと。
裏庭に居たマリクの耳に届くのは、ノックの音ではなく「ボスー!」という呼び声。
裏口のドアを開けると、犬のように息切らし尻を振るボコが飛び跳ねる勢いで待ち構えていた。案の定、その目は期待に満ち満ちて。
「ボス! お疲れ様ッス! 台本読んだスか? どうでした?」
「どうもこうも、無理あるだろ。無理しかないだろ」
「ええーっ!? なんで!?」
「なんでもクソも」
言って伝わるのかどうか。
不安に思いながら頭を掻くマリクの足に、ボコは涙目でタックルをかまし縋り付く。
「ゴリラッスか!? ゴリラ本物がダメならボスのボスでも良いッス。あの人ゴリラでもいけるっしょ。お姫様と一緒なら出てくれそうだし」
「いやそーゆー問題じゃなくて。ってかあいつらが出ると確実にろくなことになんねえからやめとけ」
すでに相当嫌な予感しかしないのに、主人たちが関わるとさらに事態が悪化する。どうしてもやるなら自分に関係のないところで勝手にやってくれ、と、マリクが台本を返そうとしたその時。
「カミィちゃんがやりたいなら僕は何だってやるよ」
「げっ、いつの間に」
急に背後から影が落ち、振り向けば至近距離に噂の当人。手をつないでニコニコ顔のカミィももちろん一緒に。
「へえ、舞台」
ジュンイチはマリクの手から台本を取り上げ、パラパラと中身に目を通す。
それを下から覗いたカミィが、ふと、とある部分に興味を示した。
「わあ。動く動物さんの絵だ」
それは台本の端に描かれたボコの落書き。ご丁寧に全ページに描かれていたのは、ページをめくったときに動いているように見せるため。
「これ面白いっしょ。ちょっとずつ絵を変えて、バーってめくると動いてるみたいになるんス」
「かわいいねぇ。もっと見たい」
カミィは動く絵に目を輝かせる。
それを見たジュンイチは、「ふぅん」と一言。
「じゃあこれ、アニメーションにしようか」
「あにめーしょんって何スか?」
聞き慣れない言葉に首をかしげるボコ。
ジュンイチは説明する気は無いようで、台本を丸めて白衣のポケットに突っ込むと、
「後は任せて」
とだけ言い残し、カミィと一緒に屋敷へ戻ってしまった。
「変なことになんなきゃいいがな」
「なんか分かんないけど、これでオレ、モテるッスかね?」
「知らねーよ」
残されたふたりはそれぞれ両極の表情を浮かべ、その日はひとまず解散。
それからしばらく後。
「ねぇねぇ、あの人、ボコさんに似てない?」
「ほんとだ……! 髪型まで同じじゃん。真似してるのかな?」
「声かける?」
「えー! 恥ずかしい、あなたが行きなよ」
ここ最近街に出ると必ず聞こえてくるヒソヒソ声が耳に届き、マリクはうんざりしながら牽制の睨みを飛ばす。
吾妻邸から街まで出ると、いちどの往復で数回は声をかけられる。「ボコさんのファンなんですか?」と。
最初こそ驚いて否定の言葉を述べていたが、いちいち立ち止まるのにも疲れてしまい、少し前からは無視するか睨んで散らすかの方法をとっている。
全てこの前の台本のせいだ。主人が絡んだ結果、やはりろくでもないことになった。
あの台本は、宣言通りジュンイチの伝手によって見事に全編アニメーション化された。アニメーションというのは、少しずつ変えた絵を素早く流すことにより、絵が動いているように見せる手法。ページ端に描かれたらくがきは手でページをめくることで動いているように見えたが、アニメーションはそのページめくりを自動でできるようにしたものらしい。
動く絵には色が付き、声が付き、音楽が付き、と超豪華な演出で見事にエンターテインメントに昇華され、舞台ではなく映画という大きな画面に上映する手法で世間一般へと公開された。
映画は国一番のスポンサーによる大々的なマーケティングがなされ、空前絶後の大ヒット。
後世に語り継がれるであろう名作となり、人々の記憶に刻まれた。
問題は、作品の主人公”ボコ”というキャラクターがマリクそっくりに描かれてしまったこと。そのせいで、マリクは街に出るたび、人々の好奇の視線に晒されることとなったのだった。
「あの、すみません。あなたもリビゾンのファンですか? 実は私も大好きで」
「ファンじゃねえ!」
フレンドリーに話しかけてくる相手を怒鳴りつけ、マリクは奥歯を噛みしめる。この状況は、一体いつまで続くのか。
頼むから早くブームよ去れ。そう願うマリクの元に、公開期間延長の知らせが届くのはもう少し後である。
閑話九 END
***
オマケ
台本製作中のボコとデコ。
買ったまま使われていない筋トレグッズ。読み散らかしたコミックブック。脱いだままの服と食べ残したスナック菓子。それと使用後の丸まったティッシュペーパー。
足の踏み場もない部屋のなか、唯一隙間をつくったテーブルを囲み、ボコはデコに指示を出していた。
「そこでゴリラが出るッス。それでゴリラのにょうけっせきが」
「にょうけっせき?」
「うん。なんか知んないけど、けっせきって宝石みたいでかっこいいっしょ。ゴリラストーンはにょうけっせき」
「そうか」
デコは黙って、言われた通りに台本を代筆する。
にょうけっせきではなく尿路結石ではないか? と思うのだが、この作品のなかではにょうけっせきなのかもしれない、と。
*********
ある日の午後、吾妻邸の裏口で。
マリクに会いに来ていたボコが、意気揚々と宣言した。
「ボス、聞いてください。決めたッス。舞台監督に、オレはなる!」
胸の前で握りこぶしを作るボコの頭に乗っているのは、いつものキャップ帽ではなくベレー帽。
首にはマントのようにカーディガンを巻き、手にはしっかとメガホンを握りしめ。
「そうか。頑張れよ」
爛々と目を輝かせるボコを横目で一瞥し、「じゃあな」とマリクは屋敷へ戻るドアへ手をかける。
「ちょーっ! 待ってくださいボス」
「待たねえよ。ロクなことになんねぇのが見えてんだよ」
「いやいやいや、そんなこと無いんで。話だけでも聞いてほしいッス」
ボコはズイ、と素早くドアの前に立ちふさがって、メガホンの穴へと勢いよく腕を差し入れた。そこから取り出されたのは、一冊の丸まった小冊子。
「とりあえずこれ、台本だけでも見てほしいッス! 絶対面白いから!」
「やりたきゃ勝手にやりゃーいいだろ。なんでいちいち俺に言いに来るんだよ」
「ボスが主役だから!」
「なんでそこに俺を組み込んだ!?」
「いーからいーから」
「やめろ服のなかにねじ込もうとすんじゃねえ紙がゾリゾリして痛えんだよ」
押しつ押されつの大運動会の最中、メガホンのなかから別の冊子が飛び出した。
なんだ? とマリクが目を向ければ、それは若い男性向けの雑誌。表紙に書かれている特集内容は、”今アツい。オフィーリアでモテる職業十選!”
台本と一緒にメガホンに押し込められていたらしき冊子はくるんと内巻きカーブをえがき、まるで特集の見出しを強調するかのようにマリクの眼前にドン。
成り行きを理解したマリクは「はぁ」とひとつ息を付いた。
こういうことに関しては、ボコは頑固なところがある。
「あーわかったわかった。とりあえず見るだけな」
「読んだら連絡ほしいッス」
仕方なく、マリクは台本を受け取った。
こうしてまとわりつくボコを腕から引き剥がし、屋敷へ戻ったマリク。仕事の邪魔になるからと台本は一旦自室のベッドへ放り投げ、主人夫婦の巻き起こす騒動に巻き込まれ慌ただしい時間を過ごすうち、渡された台本のことはすっかりと頭から抜け落ちて。
落ち着いて自室に戻れたのはとっぷりと日が暮れてからのこと。明日も早いとベッドに潜り込もうとして、日中に放り投げた台本が目に入り、やっと思い出した。
「あー。そういや読めっつってたんだっけ。めんどくせえ」
ひとりごとで愚痴りながらもそこは根が真面目なマリクのこと。ベッドに腰掛け、やれやれと台本に手を伸ばしタイトルを目にした瞬間。
「嫌な予感しかしねえ」
脱力してベッドに倒れ込み、愚痴をひとつ追加する。
表紙にでかでかと元気よく記載されたタイトルは、”リビングゾンビVSデッドニンジャ~幻の大秘宝・ゴリラストーンの謎・サメとともに立つ~”。
まだ中身を一文字も見ていないうちから、マリクの脳内にあらゆるツッコミが浮かんでは消えずに散らかって。
まずは何より、リビングゾンビ。ゾンビは本来、死体が動くモンスターのことだ。リビングならそれはもうゾンビではない。ただの人だ。
次に死のニンジャ。これはボコには関係のないことだが、マリクはニンジャというものにあまり良い印象は無い。
それからゴリラストーン。なるほど分からん。幻の大秘宝であり、ゴリラと何らかの関係がある石だというのはなんとなく分かる。が、それ以外の不明点が多すぎる。作中で謎が解明されたとして理解できるかどうかすら謎である。
最後にサメ。サメそのものは良いとしよう。しかしサメは魚類である。”立つ”ことは無い。
一体ボコは何を思ってこれを書いたのか。
ふと疑問が浮かび、マリクは頭を抱えて首を振った。答えは決まってる。”モテたいから”のひとつだろう。
表紙だけで今日の疲れが倍に膨れ上がってしまったが、翌日に回すのも気が引ける。脳内のツッコミをひとまず端に追いやって、仕方なくマリクは台本のページをめくる。
*
リビングゾンビVSデッドニンジャ~幻の大秘宝・ゴリラストーンの謎・サメとともに立つ~
登場人物
ボコ役→ボス
お姫様役→巨乳の美女お願いします!!(無理だったらボスんとこのお姫様でいいッス)
ゾンビ→デコ
マフィア(YAKUZA)→これもデコ
悪役→全部デコ
ゴリラ→ゴリラ
サメ→サメ(でかいやつ)
*
タイトルを見た瞬間に、嫌な予感はしていた。だが逆に、タイトルで最底辺を味わっておけば中身で驚くことは無いだろう、というかすかな安心感を持っていた。
……甘かった。
マリクが額に手を打つと同時、いちどは端に追いやったツッコミが、数を増してまた暴れだす。
いろいろと思うところはあるが、ゴリラとデコはまあ良いとしよう。ゴリラがゴリラの役をやるなら演技は必要ないし、台詞もせいぜい「ウホ」ぐらいのはずだ。
しかし、巨乳の美女が見つからなかった場合にカミィは無理がある。台詞を覚えて演技するのはもちろんのこと、最後まで舞台に立つことすら難しそうだ。絶対に途中で飽きて、食うか寝るかしはじめる。なんならゴリラのほうがまだ役者としての見込みがあるような気がする。
あと、サメはどうやって舞台に出すつもりなのか。大きな水槽でも用意すれば舞台上に姿を見せるくらいはできるかもしれないが”立つ”のか?
というか、ボコ役はボコが自分でやれよ!
配役を見ただけでこのザマとなれば、この先もまだまだおかしな内容が出るはずだ。
マリクは「よし」と気合の息で気持ちを仕切り直して次のページに目を落とし、ふと、前のページとの違いに手をとめた。
はみ出さんばかりのタイトルと、解読に難儀する配役ページとは違い、中の文字はとても読みやすい。
字の綺麗さだけではない。マリクは脚本や台本といったものに詳しくは無いが、中の文章は素人目に見ても「それっぽい」体裁が整った書かれ方。
「こっからデコにやらせたな……」
内容もデコが考えてくれていれば多少はマシなものになっているだろうが、はたして。
*
シーン1
未開のジャングル(深夜)
ボコ役のボス(20代)がゾンビのデコ(20代)に追いかけられている。
ボコ「し、死体が追いかけてくるッス~!」
と、残像が残る速さで光りながら走る。
ゾンビ「ぐおおー」
と、追いかける。途中で100人に分身する。
ボコ「こうなったら戦うしか無いッス」
と、振り向いて手から光の剣を出す。
ボコの台詞と同時に、目が開けられないほどの光がその場に満ちて、空からゴリラ(年齢不詳)が降りてくる。
ゴリラ「待つんだ勇者よ。その剣ではゾンビは死なない。これを使え」
手から虹色に光る石を出すゴリラ。
シーン2
(回想)はちゃめちゃに豪華なお城の中
王様の椅子に座っているボコ。まわりにはめちゃくちゃたくさんのサメ。
ボコ「はー。今日もサメの王様の俺はモテてモテて困るッス」
と、ため息。
一匹のサメ(年齢不詳)、一歩前へ出てひざまずく。
サメ「ボコ様、今日はなんと、他国のお姫様から結婚お願いの手紙が届きました。巨乳の美女(それかボスんとこのお姫様)からです」
*
「これはボコだわ……」
目頭を押さえ、マリクはため息をついた。もしや内容もデコが考えて書いていれば、という期待は無残に霧散。
さらにはなぜか全ページの端に汚い落書きがついていて、せっかくデコが書いた文字にときどきかぶってしまっている始末。
読者を置いてけぼりにしながらも、物語は一応進んでゆき。
*
シーン2555999
ボコ「これがスーパーアルティメットエンジェネリックファイナンシャルプリンディング超絶暗黒帝王ドリルゴリラストーンに加護を受けし神たるオレのちからだーーっ!」
劇場を吹き飛ばす大爆発が起こり、ゾンビとYAKUZAは死亡。
姫「ありがとうボコさんかっこいい。結婚してください」
ボコ「いいぜ!」
終わり
*
「疲れた……」
なんとか最後のページをめくり終わったマリクの疲労度メーターは、測定不能に振り切れた。
紙からはみ出すほど元気に書かれた表紙から一転、読みやすく書かれた中身の文字に感謝したのもつかの間。シーンを追うごとにだんだんと文字が小さくなってゆき、最後のほうは目を細めて読まなければならないほどで、紙の厚みから察する以上の膨大な文字数の冊子だった。
ところどころを飛ばしながら読んだにもかかわらず、外はもうすっかり明るい。
かすむ目を擦って内容を思い返せば、最初から最後まであらゆる意味でめちゃくちゃだ。
どの点をとりあげて感想を伝えるか迷うところだが、何よりまず最初に言いたいことは。
「これ舞台でやんの無理あるだろ」
配役も演出も何もかも、実現させるには難しい内容。思いつきだけでここまで書ききったこと自体は褒めるべきかもしれないが、現実的にうまくいくとは思えない。約束だからとりあえず見るだけは見たものの、やはり主演の誘いは断りたい。やるなら勝手にやってくれ。
ため息が止まらないなか、マリクは力なく着替えに手を伸ばす。
一睡も出来ずに夜を明かしても、日常は変わらずやってくる。悲しいかな、そろそろ仕事の時間だ。
重いからだに鞭打って仕事をこなすマリクの元へ、再びボコがやってきたのは午後のこと。
裏庭に居たマリクの耳に届くのは、ノックの音ではなく「ボスー!」という呼び声。
裏口のドアを開けると、犬のように息切らし尻を振るボコが飛び跳ねる勢いで待ち構えていた。案の定、その目は期待に満ち満ちて。
「ボス! お疲れ様ッス! 台本読んだスか? どうでした?」
「どうもこうも、無理あるだろ。無理しかないだろ」
「ええーっ!? なんで!?」
「なんでもクソも」
言って伝わるのかどうか。
不安に思いながら頭を掻くマリクの足に、ボコは涙目でタックルをかまし縋り付く。
「ゴリラッスか!? ゴリラ本物がダメならボスのボスでも良いッス。あの人ゴリラでもいけるっしょ。お姫様と一緒なら出てくれそうだし」
「いやそーゆー問題じゃなくて。ってかあいつらが出ると確実にろくなことになんねえからやめとけ」
すでに相当嫌な予感しかしないのに、主人たちが関わるとさらに事態が悪化する。どうしてもやるなら自分に関係のないところで勝手にやってくれ、と、マリクが台本を返そうとしたその時。
「カミィちゃんがやりたいなら僕は何だってやるよ」
「げっ、いつの間に」
急に背後から影が落ち、振り向けば至近距離に噂の当人。手をつないでニコニコ顔のカミィももちろん一緒に。
「へえ、舞台」
ジュンイチはマリクの手から台本を取り上げ、パラパラと中身に目を通す。
それを下から覗いたカミィが、ふと、とある部分に興味を示した。
「わあ。動く動物さんの絵だ」
それは台本の端に描かれたボコの落書き。ご丁寧に全ページに描かれていたのは、ページをめくったときに動いているように見せるため。
「これ面白いっしょ。ちょっとずつ絵を変えて、バーってめくると動いてるみたいになるんス」
「かわいいねぇ。もっと見たい」
カミィは動く絵に目を輝かせる。
それを見たジュンイチは、「ふぅん」と一言。
「じゃあこれ、アニメーションにしようか」
「あにめーしょんって何スか?」
聞き慣れない言葉に首をかしげるボコ。
ジュンイチは説明する気は無いようで、台本を丸めて白衣のポケットに突っ込むと、
「後は任せて」
とだけ言い残し、カミィと一緒に屋敷へ戻ってしまった。
「変なことになんなきゃいいがな」
「なんか分かんないけど、これでオレ、モテるッスかね?」
「知らねーよ」
残されたふたりはそれぞれ両極の表情を浮かべ、その日はひとまず解散。
それからしばらく後。
「ねぇねぇ、あの人、ボコさんに似てない?」
「ほんとだ……! 髪型まで同じじゃん。真似してるのかな?」
「声かける?」
「えー! 恥ずかしい、あなたが行きなよ」
ここ最近街に出ると必ず聞こえてくるヒソヒソ声が耳に届き、マリクはうんざりしながら牽制の睨みを飛ばす。
吾妻邸から街まで出ると、いちどの往復で数回は声をかけられる。「ボコさんのファンなんですか?」と。
最初こそ驚いて否定の言葉を述べていたが、いちいち立ち止まるのにも疲れてしまい、少し前からは無視するか睨んで散らすかの方法をとっている。
全てこの前の台本のせいだ。主人が絡んだ結果、やはりろくでもないことになった。
あの台本は、宣言通りジュンイチの伝手によって見事に全編アニメーション化された。アニメーションというのは、少しずつ変えた絵を素早く流すことにより、絵が動いているように見せる手法。ページ端に描かれたらくがきは手でページをめくることで動いているように見えたが、アニメーションはそのページめくりを自動でできるようにしたものらしい。
動く絵には色が付き、声が付き、音楽が付き、と超豪華な演出で見事にエンターテインメントに昇華され、舞台ではなく映画という大きな画面に上映する手法で世間一般へと公開された。
映画は国一番のスポンサーによる大々的なマーケティングがなされ、空前絶後の大ヒット。
後世に語り継がれるであろう名作となり、人々の記憶に刻まれた。
問題は、作品の主人公”ボコ”というキャラクターがマリクそっくりに描かれてしまったこと。そのせいで、マリクは街に出るたび、人々の好奇の視線に晒されることとなったのだった。
「あの、すみません。あなたもリビゾンのファンですか? 実は私も大好きで」
「ファンじゃねえ!」
フレンドリーに話しかけてくる相手を怒鳴りつけ、マリクは奥歯を噛みしめる。この状況は、一体いつまで続くのか。
頼むから早くブームよ去れ。そう願うマリクの元に、公開期間延長の知らせが届くのはもう少し後である。
閑話九 END
***
オマケ
台本製作中のボコとデコ。
買ったまま使われていない筋トレグッズ。読み散らかしたコミックブック。脱いだままの服と食べ残したスナック菓子。それと使用後の丸まったティッシュペーパー。
足の踏み場もない部屋のなか、唯一隙間をつくったテーブルを囲み、ボコはデコに指示を出していた。
「そこでゴリラが出るッス。それでゴリラのにょうけっせきが」
「にょうけっせき?」
「うん。なんか知んないけど、けっせきって宝石みたいでかっこいいっしょ。ゴリラストーンはにょうけっせき」
「そうか」
デコは黙って、言われた通りに台本を代筆する。
にょうけっせきではなく尿路結石ではないか? と思うのだが、この作品のなかではにょうけっせきなのかもしれない、と。
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いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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