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外伝(むしろメイン)

番外七   再生のはなし

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※メイン:蜘蛛 ジャンル:ミュージカル

 さいせいのうた。


*********


 夜。
 影。暗。黒。
 漠漠たる闇のなかで、蠢く八本足がひとつ消えた。
 
「あ、死んだ」「死んだね」「死んだな」「死んださ」

 動かなくなったひとつのまわりを、囁き声が取り囲む。

「どうする?」「次は誰?」「若いのがいい」「賛成」

「じゃあ、僕が」
「よろしく」「頑張れ」「楽しんで」「いってらっしゃい」

 望まれた若い声があがると、他の声達はそそくさと散った。空へ、森へ、街へ、砂地へ。それぞれの住処へ。

 蜘蛛。
 ここに集っていたのは蜘蛛だった。やっつの足と、やっつの眼。肉厚のお尻とふさふさの毛を持つ、小さないきもの。

 長かった足を縮こめてしわくしゃで地に転がる、絶えた命。
 その横で。
 残ったいっぴきは、穏やかに歌いはじめた。

「僕は今から新しい蜘蛛」

 お尻から糸を出し、ぴょん。歌いながら、蜘蛛は跳ねる。

「人間と一緒に旅をする蜘蛛」

 声は徐々に高らかに。紡ぐ糸はキラリ光ってアーチのように。

「受け継ぐもの。記憶。生活。からだ以外の全部。にとっての森羅万象」

 ぴょん、ぴょん。舞い踊るたび糸は増え。
 網目、幾何学、ランダム結晶。
 張り巡らせて美しく模様を描く。

 ひと糸ごとに模様は重なり、密度は満ちて。組みあがってゆく、蜘蛛のからだよりも何倍もおおきな立体図形。白い糸で、城を編む。

「これだけあればいいかな」

 編んだ城からぶらさがり、全体像を眺めてこくり。若い蜘蛛はひとつうなずくと、近くの糸を触肢でピン、とはじく。

 ピン、ピ、ピピンピピ、ピピンピピ。
 小気味良く、リズムに乗って。ピンピン、ピ。

「通信、通信。みんなに向けて。教えて、教えて。死んだ蜘蛛のこと」

 それは無音の弾き語り。
 糸の振動は空気を伝い、水平線の向こうまで。

 しばらく待てば、揺れる城。世界中から届く返振動で、張った糸がピリピピリピリ。
 
「なるほど。なるほど。そうなんだ。」

 若い蜘蛛は振動を足先で感知。届いた返を読み解いて、自分のなかへ取り込み咀嚼。鋏角ハミハミ、呪文のように繰り返す。
 
「僕は今からオイラ」

 震える糸は止むこと知らず。どんどん増える無音の波。
 ピリピリピリ、ピピピリ。デュオ二重奏トリオ三重奏カルテット四重奏

「最初は山、それから海を越えて、今は街」

 重なる振動。高まる鼓動。
 クインテット五重奏セクステット六重奏セプテット七重奏

「あんなこと、こんなこと。いろいろあったね死んだ蜘蛛。きみの冒険は、みんなが覚えてる。語ってる」

 流れ着く揺れる言葉をひとつも逃さず。
 オクテット八重奏ノネット九重奏、ついにデクテット十重奏

「今日からは、今からは。僕がきみ。全部、やっつの僕の目で見てまわる」

 欲しかった情報を全て飲み下し、ピン、ピピピピ、ピピン。
 ”みんなありがとう。もうじゅうぶん”の気持ちを弾けば、返ってくる”どういたしまして”の波。

 そしてまた世界は静まり返り、闇のなか蠢く足八本。
 
「おつかれさま。アンタの役目は、オイラが引き継ぐさ!」

 最後の仕上げに、そばに転がる絶えた命に糸を巻く。くるくる、丁寧に。くるくる、敬意を込めて。
 できあがった蜘蛛糸の繭。白く光るお城に吊るせば、好奇心が眠る墓となる。

 これで”引き継ぎ”の儀式は終わり。
 何も知らない若蜘蛛はもういない。
 ここにいるのは、遠くからやってきた蜘蛛。人間と一緒に旅をして、やっつの目で世界を見る蜘蛛。

 全ての記憶を受け継いで、からだは新しく、記憶は古く。
 蜘蛛は余韻を抱いて小さな声で歌いながら、ぴょんぴょんとその場をあとにする。
 いつもいっしょの相棒が、そろそろ目覚める時間。永遠の一瞬が今日もやってくる。

「空におよぐ鳥がいて、ほらねはじまったよ世界再生」

 朝日が色づける薄明かり。いちにちのはじまりを告げる鳥の声。そこに交ざるは蜘蛛の旋律。

「オイラは蜘蛛。人間と一緒に海を越えた蜘蛛。山犬の住む森から、人間の街にやってきた蜘蛛」

 相棒の肩口から耳元まで這いコソコソくすぐれば、相棒は目をさまし、蜘蛛を優しく指先に乗せる。
 同じときを過ごすなか、何度も繰り返されてきた”代替わり”。違うからだでも、中身は同じ蜘蛛だと、相棒ももう知っている。

 相棒の指のうえ。蜘蛛は新しいからだを見せびらかすようくるりと一回転。舞台者エンターテイナーのように礼儀正しくおじぎして。
 
「おはよう、ゲツエイ。今日楽しい日になるといいな!」

 
 番外七 END
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