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外伝(むしろメイン)
外伝三 春の頃、めぐりめぐりて(2)
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「遅かったか」
マリクの目の前で、お互いに状況が飲み込めていないらしいボコとデコが向かい合う。
「え? あれ? ボス、追いかけて来てたんスか? てかデコはなんで? え?」
「すまん。デコ」
「別に隠すつもりは無いんでいいんです」
デコはやはりいつもと同じように、静かに答えた。
「何なんスか? オレにもわかるように説明して欲しいッス。デコ、仕事休んでこんなとこで何してんの?」
「墓参り」
「墓?」
「ついてこい」
獣道の奥へと戻りはじめたデコの後ろを、ボコとマリクが黙って続く。
横道に入り、一行は少しひらけた場所へ到着。ひらけた、と言っても本当に少し。意識しなければ、そこが”ひらけている”とは思わないほどの控えめな空間。
その中央に、一本だけ他とは違う種類の樹があった。
茶色い幹の木々が茂るこの森で、一本だけ白く凛として。
「ここ? 墓なんてないじゃん」
「これが墓なんだ」
デコは樹に手を添えて振り返った。足元には、小さな花と果物が慎ましく彩りを添えている。
「ふぅん。そう言われると、たしかにお供えものっぽい? で、誰の墓?」
「母さんだ」
「おかーさん!? まじ? なんでこんなとこに? てか、ボスは知ってたんスか?」
「まあな」
ボコはがーん! と、効果音を口頭で発して仰け反り、口をとがらせ、
「オレだけ仲間はずれだったッスか。ひでーッス。説明してほしーッス」
マリクがデコに目配せをすると、デコはそっと頷いた。
墓である一本の樹の前に、並んで腰をおろして。
まだこの樹が植えたてであっただろう頃のことを、マリクはボコのために話しはじめた。
「お前が俺らとつるむようになる前、デコが俺んとこに来てからはじめての春。ちょうど今日と同じ日だ。デコが突然、『明日は休みます』っつって帰ったんだ」
「昨日のオレと一緒ッスね」
「ああ。だから、朝それを聞いたとき、あいつはかわらねーなってちょっと懐かしくなったよ」
フッと、皮肉を込めて視線を送ると、デコは小さく頭をさげた。
「理由をきく暇もなく帰っちまうもんだから、俺も気になって。次の日は仕事休んで、こっそりデコのあとつけたんだよ」
*
マリクがはじめた金貸し屋が、やっと少し周知されはじめた頃。
何も無い生活から抜け出したくて、掴み取るために事業をはじめて、そこに寄ってきた奴らがいて……デコも、そんな折にやってきたうちのひとりだった。
ふらっとやってきて、「仲間にいれてほしい」とたった一言。
最初の印象は、”無表情でよくわからない奴”だった。だが、黙々と真面目に働く姿に、いつしかマリクも心を許しかけていたその矢先。
ある日突然、理由も明かさず、「休む」とだけ告げたデコ。
裏切りがそこかしこで大きな顔をするスラムで、「はいそうですか。良い休暇を!」なんて信用できるはずもなく。怪しい素振りを捨て置けず、マリクは翌日、デコの後をつけたのだった。
デコはその日、早朝から街へ出た。道中で花と果物を買い、やってきたのがこの場所。
白い若木の前で手を合わせ、少しのあいだ祈ったあと、背を預けて腰をおろす。
デコはときおり体勢をかえながら、なにをするでもなく、誰かを待っているふうでもなく、ただじっと座って、ひたすら樹に寄り添い続けた。
日が昇り、傾いて、地平線へ隠れかけ。ついにしびれをきらしたマリクは、隠れていた草陰から抜け出した。
「あっ、ボス」
「お前、こんなとこで何してんの?」
鉄パイプ片手に草陰から現れたマリクを見てもやはり表情をかえることなく、デコは、
「墓参りです」
「墓ぁ? ここが?」
「そうです。死んだ母さんの墓です」
「ここで死んだのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど。綺麗なところで眠らせてやりたくて」
「ああ。まあ、スラムはどこ行ったってごちゃごちゃしてやがるからな」
昼でも酔っ払いが我が物顔で道端に居座り、路地裏では怪しい露天商が客引きをする。街に近いほうはもうちょっとマシだが、全体的に見るとスラムはそういう場所だ。
墓地ですらごちゃごちゃしてやがるもんな、と、その場にしゃがみこんで、マリクはデコの休みの理由が裏切りではなかったことに内心安堵した。
それにしても。
「朝からずっとここでぼーっとしてるだけが、墓参りか?」
「ボス、ずっと見てたんですか」
「すまん。お前を疑った」
「や、まあ、別にいいんですけど。説明しなかった自分も悪いですから」
揺れる木の葉と鳥の声。木漏れ日は眩しく輝いて。「綺麗な場所で眠らせてやりたい」というなら、たしかにここ以上の場所は滅多に無いだろう。
「俺の母親、良い母親だったんですよ」
ふいに、ぽつりとデコが漏らした。
「そうか」
マリクはそれだけ答えた。
どんな母親だったか? とは聞かなかった。詳しく知らずとも、「墓参り」と言って、この何もない場所に一日中居座るような真面目で優しい男を育てた人。その情報があればじゅうぶんだ。
それに、なんだか神聖にすら思えてきたこの場所で、人の話し声は雑音にしかならない気がして。
「できれば毎年、この日は墓参りをしたいんですが」
帰り道。デコは少々申し訳なさそうに言った。
「おう。分かった。今日は悪かったな。これからは邪魔しねーから」
「ありがとうございます」
「じゃ、また明日。それと、明日からお前、俺の補佐な」
「はい。分かりました」
デコは、突然の昇格にも顔色ひとつかえることなく了承。
その姿に、ハハッと、マリクは小さく笑みをこぼした。
*
「そういうわけで、俺は今日、デコがここに居るのを知ってたし、できれば静かに過ごさせてやりたかったんだよ」
「理由はわかったッス」
黙って話をきいていたボコは、頷いて立ち上がった。
「デコ、邪魔してごめん。いや、よく考えたらオレは悪くないけど! でもそういうことを言うのは野暮ってやつッスよね」
「わかったなら、帰るぞ」
続いてマリクも腰を上げる。
「じゃ、またな」
「デコ! オレとはまた明日会おうな!」
「静かにっつってんだろバカ!」
ボコにげんこつを落とし獣道へ戻ったマリクが振り返ると、一瞬だけ、デコの笑い顔が見えた気がした。
丘へ戻る道すがら、ボコは珍しく真面目な顔で、
「オレ、デコのこと親友だと思ってたんスけど、意外と知らないことだらけだなって気づいたッス」
「あいつ、無口だからな」
「そういう奴なんスよね。それはわかってたんスけど、あらためて実感したっていうか。オレらってあんまり親とかどうでもいいじゃないスか。ちゃんとした親に育てられた奴って、金貸しみたいなギリギリの仕事しないって感じで」
「まあ、あながち間違ってもねーよな」
身のうえを振り返れば明白だ。マリクだって、幼少の頃は盗みも当たり前にやってきた。しくじれば痛い目を見るのが分かっていても、他に選択肢が見つからず、生きるためには仕方なく。人生に後悔はしていないが、もしもまともな親に育てられたなら他の選択肢が見えたかもしれないと思ったことが無いと言えば嘘になる。
ボコもそうだ。明るくて調子の良い奴だが、最初は必死で、がむしゃらだった。ろくでもなかった親元を飛び出し、必死に頑張ってきた。そういう姿を評価した結果、今の位置におさまったのだ。
「仲間もだいたいの奴親とかいねーし、居たとしても親の話なんかしねーし。だからデコもオレらと一緒だって思ってたんスけど」
横目でうかがえるボコの表情からは、なにも読み取れない。
悔しいのか、うらやましいのか、祝福なのか、後悔なのか。全部かもしれないし、どれでもないのかもしれない。
だからマリクは、かつて自分が出した結論をそのまま口にした。今も想いは変わっていないから。
「違ったからってなにがかわるわけでもねーだろ。あいつはあいつだし、お前はお前だ」
「ま、そうなんスよね。なんか気合うし遊んでると楽しーし」
それからボコはまたいつもの明るい口調に戻って、
「いやー、それにしても、墓参りで安心したッス。オレってばてっきり、彼女でも出来たのかと思ったッス。デコに先越されちゃたまんねースからね!」
「あ? 彼女ならあいつずっと前からいるけど?」
「え!? ボ、ボス、今なんと?」
「ガキんときからの付き合いらしい」
「ボス~~!! その話詳しく!! 詳しくッス!! これはひどい裏切りッス!!」
「っるせーな。でけー声出すな! 本人に直接聞きゃーいいだろーがよ!」
わあわあとヒステリックに喚き立てるボコをいなしていると、遠くから聞き慣れた声に呼ばれて。
「マリクー! ボコくんー! もう帰るよぉー」
「おう。すぐ行く」
これ幸いと駆け戻り、広げられたままのバスケットを片付ける。
それをトランクにつみこんで、キャンキャンうるさいボコのおしゃべりに耳をかたむけたり塞いだりしつつ車ですこし。無事に吾妻邸へ戻り、四人は解散。
ボコを見送り、ジュンイチも部屋へと消えて、マリクも通常業務に戻ろうとしたときのこと。
ちょんと、服の袖を引く小さな手。
振り返ると、一通の封筒を差し出すカミィ。
「あのねぇ、これ、マリクにお手紙」
「俺に? 毎日顔合わせてんだから用事なら直接言やぁいいじゃねーか」
「でもね、わたし、お手紙が書きたかったんだよ」
有無を言わさずぎゅっと握らせると、カミィはそのまま走り去った。
その夜。
一日の業務を終えたマリクの手には夕方渡された封筒。
カラフルな色鉛筆でところ狭しと珍妙な絵が描いてある。何の絵なのかさっぱりわからない。目と口のようなものがあるので、おそらくなにかしらのいきものだろう。
余白は許さんとばかりにみっちり描かれた何か。おそらく本人は可愛いつもりで描いたであろう絵は、残念ながら気味が悪い。
意を決して封をあけると、中にはカミィの丸い文字が並んでいた。
『マリクへ
あのね、今日は家族の日っていうんだよ。
えっと、マリクがこのお家でお仕事するようになって、毎日一緒にいて、マリクはもう家族だね。
わたしは今日、すっごく、ジュンイチくんとマリクと、ピクニックしたかったの。
どうしてかっていうと、あの森が、わたしとマリクが最初に会ったところだよ。小さいときのこと。
ふしぎだね。家族の日にはじめて会って、それで、今はほんとに家族になってるの。すごいね。
今日は、とっても楽しかった。
じゃあまたね。明日も、ずっとよろしくね。
カミィより』
「言われなくとも、よろしくしてやらねーと、お前ら夫婦は生活できねーじゃねーかよ。ったく」
なんでもできるくせになんにもしようとしない主人と、基本的に不器用な奥様を思うとき、執事のマリクからはため息しか出ない。
「家族の日、か」
家族。
カミィは自分をそう呼んだ。
デコと母親のような血のつながりも無いのに? ジュンイチとカミィのような誓い合ったつながりだって無いのに?
それでも家族と呼ぶものなのだろうか。一体、なにをもってして家族だというのだろうか。
もう一度手紙に視線を落とす。手紙の最後は、『楽しかった』と締めくくられている。
「正直、俺も楽しかったよ」
誰にも届けるつもりのない返事を封筒と一緒に引き出しにしまいこんで、マリクは静かに鍵をかけた。
外伝三END
マリクの目の前で、お互いに状況が飲み込めていないらしいボコとデコが向かい合う。
「え? あれ? ボス、追いかけて来てたんスか? てかデコはなんで? え?」
「すまん。デコ」
「別に隠すつもりは無いんでいいんです」
デコはやはりいつもと同じように、静かに答えた。
「何なんスか? オレにもわかるように説明して欲しいッス。デコ、仕事休んでこんなとこで何してんの?」
「墓参り」
「墓?」
「ついてこい」
獣道の奥へと戻りはじめたデコの後ろを、ボコとマリクが黙って続く。
横道に入り、一行は少しひらけた場所へ到着。ひらけた、と言っても本当に少し。意識しなければ、そこが”ひらけている”とは思わないほどの控えめな空間。
その中央に、一本だけ他とは違う種類の樹があった。
茶色い幹の木々が茂るこの森で、一本だけ白く凛として。
「ここ? 墓なんてないじゃん」
「これが墓なんだ」
デコは樹に手を添えて振り返った。足元には、小さな花と果物が慎ましく彩りを添えている。
「ふぅん。そう言われると、たしかにお供えものっぽい? で、誰の墓?」
「母さんだ」
「おかーさん!? まじ? なんでこんなとこに? てか、ボスは知ってたんスか?」
「まあな」
ボコはがーん! と、効果音を口頭で発して仰け反り、口をとがらせ、
「オレだけ仲間はずれだったッスか。ひでーッス。説明してほしーッス」
マリクがデコに目配せをすると、デコはそっと頷いた。
墓である一本の樹の前に、並んで腰をおろして。
まだこの樹が植えたてであっただろう頃のことを、マリクはボコのために話しはじめた。
「お前が俺らとつるむようになる前、デコが俺んとこに来てからはじめての春。ちょうど今日と同じ日だ。デコが突然、『明日は休みます』っつって帰ったんだ」
「昨日のオレと一緒ッスね」
「ああ。だから、朝それを聞いたとき、あいつはかわらねーなってちょっと懐かしくなったよ」
フッと、皮肉を込めて視線を送ると、デコは小さく頭をさげた。
「理由をきく暇もなく帰っちまうもんだから、俺も気になって。次の日は仕事休んで、こっそりデコのあとつけたんだよ」
*
マリクがはじめた金貸し屋が、やっと少し周知されはじめた頃。
何も無い生活から抜け出したくて、掴み取るために事業をはじめて、そこに寄ってきた奴らがいて……デコも、そんな折にやってきたうちのひとりだった。
ふらっとやってきて、「仲間にいれてほしい」とたった一言。
最初の印象は、”無表情でよくわからない奴”だった。だが、黙々と真面目に働く姿に、いつしかマリクも心を許しかけていたその矢先。
ある日突然、理由も明かさず、「休む」とだけ告げたデコ。
裏切りがそこかしこで大きな顔をするスラムで、「はいそうですか。良い休暇を!」なんて信用できるはずもなく。怪しい素振りを捨て置けず、マリクは翌日、デコの後をつけたのだった。
デコはその日、早朝から街へ出た。道中で花と果物を買い、やってきたのがこの場所。
白い若木の前で手を合わせ、少しのあいだ祈ったあと、背を預けて腰をおろす。
デコはときおり体勢をかえながら、なにをするでもなく、誰かを待っているふうでもなく、ただじっと座って、ひたすら樹に寄り添い続けた。
日が昇り、傾いて、地平線へ隠れかけ。ついにしびれをきらしたマリクは、隠れていた草陰から抜け出した。
「あっ、ボス」
「お前、こんなとこで何してんの?」
鉄パイプ片手に草陰から現れたマリクを見てもやはり表情をかえることなく、デコは、
「墓参りです」
「墓ぁ? ここが?」
「そうです。死んだ母さんの墓です」
「ここで死んだのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど。綺麗なところで眠らせてやりたくて」
「ああ。まあ、スラムはどこ行ったってごちゃごちゃしてやがるからな」
昼でも酔っ払いが我が物顔で道端に居座り、路地裏では怪しい露天商が客引きをする。街に近いほうはもうちょっとマシだが、全体的に見るとスラムはそういう場所だ。
墓地ですらごちゃごちゃしてやがるもんな、と、その場にしゃがみこんで、マリクはデコの休みの理由が裏切りではなかったことに内心安堵した。
それにしても。
「朝からずっとここでぼーっとしてるだけが、墓参りか?」
「ボス、ずっと見てたんですか」
「すまん。お前を疑った」
「や、まあ、別にいいんですけど。説明しなかった自分も悪いですから」
揺れる木の葉と鳥の声。木漏れ日は眩しく輝いて。「綺麗な場所で眠らせてやりたい」というなら、たしかにここ以上の場所は滅多に無いだろう。
「俺の母親、良い母親だったんですよ」
ふいに、ぽつりとデコが漏らした。
「そうか」
マリクはそれだけ答えた。
どんな母親だったか? とは聞かなかった。詳しく知らずとも、「墓参り」と言って、この何もない場所に一日中居座るような真面目で優しい男を育てた人。その情報があればじゅうぶんだ。
それに、なんだか神聖にすら思えてきたこの場所で、人の話し声は雑音にしかならない気がして。
「できれば毎年、この日は墓参りをしたいんですが」
帰り道。デコは少々申し訳なさそうに言った。
「おう。分かった。今日は悪かったな。これからは邪魔しねーから」
「ありがとうございます」
「じゃ、また明日。それと、明日からお前、俺の補佐な」
「はい。分かりました」
デコは、突然の昇格にも顔色ひとつかえることなく了承。
その姿に、ハハッと、マリクは小さく笑みをこぼした。
*
「そういうわけで、俺は今日、デコがここに居るのを知ってたし、できれば静かに過ごさせてやりたかったんだよ」
「理由はわかったッス」
黙って話をきいていたボコは、頷いて立ち上がった。
「デコ、邪魔してごめん。いや、よく考えたらオレは悪くないけど! でもそういうことを言うのは野暮ってやつッスよね」
「わかったなら、帰るぞ」
続いてマリクも腰を上げる。
「じゃ、またな」
「デコ! オレとはまた明日会おうな!」
「静かにっつってんだろバカ!」
ボコにげんこつを落とし獣道へ戻ったマリクが振り返ると、一瞬だけ、デコの笑い顔が見えた気がした。
丘へ戻る道すがら、ボコは珍しく真面目な顔で、
「オレ、デコのこと親友だと思ってたんスけど、意外と知らないことだらけだなって気づいたッス」
「あいつ、無口だからな」
「そういう奴なんスよね。それはわかってたんスけど、あらためて実感したっていうか。オレらってあんまり親とかどうでもいいじゃないスか。ちゃんとした親に育てられた奴って、金貸しみたいなギリギリの仕事しないって感じで」
「まあ、あながち間違ってもねーよな」
身のうえを振り返れば明白だ。マリクだって、幼少の頃は盗みも当たり前にやってきた。しくじれば痛い目を見るのが分かっていても、他に選択肢が見つからず、生きるためには仕方なく。人生に後悔はしていないが、もしもまともな親に育てられたなら他の選択肢が見えたかもしれないと思ったことが無いと言えば嘘になる。
ボコもそうだ。明るくて調子の良い奴だが、最初は必死で、がむしゃらだった。ろくでもなかった親元を飛び出し、必死に頑張ってきた。そういう姿を評価した結果、今の位置におさまったのだ。
「仲間もだいたいの奴親とかいねーし、居たとしても親の話なんかしねーし。だからデコもオレらと一緒だって思ってたんスけど」
横目でうかがえるボコの表情からは、なにも読み取れない。
悔しいのか、うらやましいのか、祝福なのか、後悔なのか。全部かもしれないし、どれでもないのかもしれない。
だからマリクは、かつて自分が出した結論をそのまま口にした。今も想いは変わっていないから。
「違ったからってなにがかわるわけでもねーだろ。あいつはあいつだし、お前はお前だ」
「ま、そうなんスよね。なんか気合うし遊んでると楽しーし」
それからボコはまたいつもの明るい口調に戻って、
「いやー、それにしても、墓参りで安心したッス。オレってばてっきり、彼女でも出来たのかと思ったッス。デコに先越されちゃたまんねースからね!」
「あ? 彼女ならあいつずっと前からいるけど?」
「え!? ボ、ボス、今なんと?」
「ガキんときからの付き合いらしい」
「ボス~~!! その話詳しく!! 詳しくッス!! これはひどい裏切りッス!!」
「っるせーな。でけー声出すな! 本人に直接聞きゃーいいだろーがよ!」
わあわあとヒステリックに喚き立てるボコをいなしていると、遠くから聞き慣れた声に呼ばれて。
「マリクー! ボコくんー! もう帰るよぉー」
「おう。すぐ行く」
これ幸いと駆け戻り、広げられたままのバスケットを片付ける。
それをトランクにつみこんで、キャンキャンうるさいボコのおしゃべりに耳をかたむけたり塞いだりしつつ車ですこし。無事に吾妻邸へ戻り、四人は解散。
ボコを見送り、ジュンイチも部屋へと消えて、マリクも通常業務に戻ろうとしたときのこと。
ちょんと、服の袖を引く小さな手。
振り返ると、一通の封筒を差し出すカミィ。
「あのねぇ、これ、マリクにお手紙」
「俺に? 毎日顔合わせてんだから用事なら直接言やぁいいじゃねーか」
「でもね、わたし、お手紙が書きたかったんだよ」
有無を言わさずぎゅっと握らせると、カミィはそのまま走り去った。
その夜。
一日の業務を終えたマリクの手には夕方渡された封筒。
カラフルな色鉛筆でところ狭しと珍妙な絵が描いてある。何の絵なのかさっぱりわからない。目と口のようなものがあるので、おそらくなにかしらのいきものだろう。
余白は許さんとばかりにみっちり描かれた何か。おそらく本人は可愛いつもりで描いたであろう絵は、残念ながら気味が悪い。
意を決して封をあけると、中にはカミィの丸い文字が並んでいた。
『マリクへ
あのね、今日は家族の日っていうんだよ。
えっと、マリクがこのお家でお仕事するようになって、毎日一緒にいて、マリクはもう家族だね。
わたしは今日、すっごく、ジュンイチくんとマリクと、ピクニックしたかったの。
どうしてかっていうと、あの森が、わたしとマリクが最初に会ったところだよ。小さいときのこと。
ふしぎだね。家族の日にはじめて会って、それで、今はほんとに家族になってるの。すごいね。
今日は、とっても楽しかった。
じゃあまたね。明日も、ずっとよろしくね。
カミィより』
「言われなくとも、よろしくしてやらねーと、お前ら夫婦は生活できねーじゃねーかよ。ったく」
なんでもできるくせになんにもしようとしない主人と、基本的に不器用な奥様を思うとき、執事のマリクからはため息しか出ない。
「家族の日、か」
家族。
カミィは自分をそう呼んだ。
デコと母親のような血のつながりも無いのに? ジュンイチとカミィのような誓い合ったつながりだって無いのに?
それでも家族と呼ぶものなのだろうか。一体、なにをもってして家族だというのだろうか。
もう一度手紙に視線を落とす。手紙の最後は、『楽しかった』と締めくくられている。
「正直、俺も楽しかったよ」
誰にも届けるつもりのない返事を封筒と一緒に引き出しにしまいこんで、マリクは静かに鍵をかけた。
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