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外伝(むしろメイン)
外伝三 春の頃、めぐりめぐりて(1)
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メイン:吾妻&スラム組 ジャンル:ほのぼの、ちょっと良い話
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刺すように攻撃的な風が影を潜め、ふわりとしたものにかわる季節。
吾妻邸裏口の軒先で、マリクは書類に目を通していた。彼の耳には、さきほどから止まること無くキャンキャンと子犬の鳴き声にも似た声が響き続けている。
まとわりつく声を無視して集中すること少々。マリクはやっと声の主へ顔を向けた。
「よし、書類良いぞ。で、さっきから何なんだ?」
「え~!? ボス聞いてなかったんすか? だからね、デコったらひどいんスよ。あいつ、昨日の夜仕事終わってから、突然『明日は休む』ってだけ言って帰ったんスよ」
言われてみれば。
今日はボコがひとりで来ている。いつもふたりセットのデコボココンビを片割れだけ見かけるのはずいぶんと珍しいことだ。
「今日は終わったら一緒に遊び行こうと思ってたのに、予定狂った~」
頭をかかえるボコを通り越して空を見れば。この時期特有の、やや白みがかった明るい水色。
「ああ、そういやもうそんな時期か」
「ボス何か知ってんスか? てか、オレの今日の予定どうしたらいいと思います!?」
「お前の予定なんか知らねーよ好きにしろよ」
書類をまとめ子犬を追い払おうとしたとき、邸内から軽やかな足音が。
「マリクー。まだぁ? はやくしないとお腹すいちゃうよぉ。ジュンイチくんがもう行くよって」
ひょっこりと顔を出したカミィは、ボコの姿を認めると緩く笑顔を浮かべた。
「あっ! ボコくん、久しぶりだねぇ」
「あっ、お姫様。ど、どーもッス」
「わたしお姫様じゃないよ」
「いーんスよ。オレのなかでアンタはお姫様なんス」
ボコは被っていたキャップ帽を脱いで片手を胸に当て、もう片方の腕を広げてお辞儀。紳士的でかっこいい挨拶のつもりらしいが、いかんせんお調子者なボコだ。せいぜい舞台上で挨拶をする道化師くらいにしか見えない。
「どっか行くんスか?」
「うん。あのねぇ、ピクニック」
「それオレも一緒に行っていいスか?」
「あぁ!? お前、何言って」
「うん。いいよぉ」
「やったー!」
奥様が良いと言えば、このお屋敷ではそれがルールになる。飛び跳ねる暇人の横で、マリクはひとつため息をついた。
「よりによって、ここかよ」
四人がやって来たのは、吾妻邸から車ですこしのところにある平原。
奥へ歩けば森があり、なだらかな丘とも繋がっている緑豊かでのどかな一帯。
そんな爽やかな空間に立った瞬間、マリクは眉根を寄せたのだった。
今日だけは、ここには来たくなかったのに。ピクニックができそうな場所などいくらでもあるというに、どうして今日、よりによってこの場所なのか?
「お昼ごはん食べようね。どこがいいかなぁ? あっちのほうが良いかなぁ?」
言うと同時、カミィは太陽の方角へ走りだす。
「待ってカミィちゃん! 僕が現在の時刻と風向きと天気と湿度と地形と過去の気温の統計から、昼食に最適なポイントを計算して誘導してあげる!」
突然走りだした妻を、ジュンイチが喜々として追いかける。
「何言ってんスかあの人!?」
「気にすんな。あいつの言ってることは俺にもよくわからん」
主人夫婦の後を追いなだらかな丘を歩く。両手には美味しい匂いのするバスケット。
「マリクー。こっちこっち! ここでお昼にしよう」
丘の中腹、ジュンイチとカミィが陣取った”昼食に最適なポイント”は、記憶にある”今日は近づきたくない場所”からは少しずれていて、マリクはほっと胸をなでおろした。
「いただきまーす!」
「これボスが作ったんスか? うめー!」
「わたしフルーツサンド食べる」
「じゃ、僕はフルーツサンドを食べるカミィちゃんの様子をレポートにまとめるね」
両手にたべものを持って行儀悪くがっつくボコ。頬を膨らませ黙々とフルーツサンドを口に運ぶカミィ。本当にレポートをまとめはじめたジュンイチ。
それらを眺め、マリクもサンドウィッチに齧りつけば。葉菜のシャキシャキとした音に、今度はレタスの栽培でもしてみるか。と、脳内構想が捗って。
「お腹いっぱいになったらちょっと眠くなってきちゃったかなぁ」
食後、小さなあくびをして、カミィは草の上で横になった。曰く、日の当たる場所でのふかっとした草原の引力は冬の朝のベッドに匹敵するという。
「おい、こんなとこで寝たら風邪ひくんじゃねーか?」
「大丈夫。僕の計算では、この場所なら多少日が移動しても暖かいはずだから気持ちよく眠れると思うよ」
「じゃ、オレもちょっと寝たいッス。もう無理眠さやべー」
ボコもそのまま真後ろに倒れ込む。ぽすっと打った頭からキャップ帽が脱げて転がって、草に受け止められすぐにその動きを止めた。
「ったく、お前らは」
やれやれとマリクが片付けをはじめようとしたそのとき。
トッ――と、強い風が吹いた。
強引な風はカミィの髪を弄び、ジュンイチの膝で紙を踊らせ、マリクの横の水筒を転ばし、ボコのキャップ帽を宙へ巻き上げる。
キャップ帽は鳥のようにつばで風を切り、ぐんぐん舞い上がって。そのまま勢いに乗ってふわふわと丘の向こう側へ。
「オレの帽子~! ちょっと取ってくるッス」
「あ!? 待てボコ、そっちは!! くそっ、だめだ聞こえてねえ」
マリクは急いで立ち上がりボコを追う。
途中一度振り向いて「あとで片付けるからバスケットは置いとけ!」と残ったふたりに指示すると、すでに寝入っているカミィの隣でジュンイチは紙に視線を這わせたまま、ひらりと片手をあげた。
この一帯、平原と森の境目の一部に、人目につきにくい獣道がある。その道に踏み入って横道にそれたところ。今日だけは、そこへボコを行かせるわけには行かない。
追いついて視界にとらえたボコは今まさに、落ちた帽子を拾いあげ、その獣道を発見したところらしかった。
「ボコ、ちょっと待て!」
引き止める手は虚しく。
「あれ!? デコ、こんなところで何やってんの!?」
ボコの素っ頓狂な声に、危惧していた事態が起きてしまったらしいことを悟って、マリクは天を仰いだ。
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刺すように攻撃的な風が影を潜め、ふわりとしたものにかわる季節。
吾妻邸裏口の軒先で、マリクは書類に目を通していた。彼の耳には、さきほどから止まること無くキャンキャンと子犬の鳴き声にも似た声が響き続けている。
まとわりつく声を無視して集中すること少々。マリクはやっと声の主へ顔を向けた。
「よし、書類良いぞ。で、さっきから何なんだ?」
「え~!? ボス聞いてなかったんすか? だからね、デコったらひどいんスよ。あいつ、昨日の夜仕事終わってから、突然『明日は休む』ってだけ言って帰ったんスよ」
言われてみれば。
今日はボコがひとりで来ている。いつもふたりセットのデコボココンビを片割れだけ見かけるのはずいぶんと珍しいことだ。
「今日は終わったら一緒に遊び行こうと思ってたのに、予定狂った~」
頭をかかえるボコを通り越して空を見れば。この時期特有の、やや白みがかった明るい水色。
「ああ、そういやもうそんな時期か」
「ボス何か知ってんスか? てか、オレの今日の予定どうしたらいいと思います!?」
「お前の予定なんか知らねーよ好きにしろよ」
書類をまとめ子犬を追い払おうとしたとき、邸内から軽やかな足音が。
「マリクー。まだぁ? はやくしないとお腹すいちゃうよぉ。ジュンイチくんがもう行くよって」
ひょっこりと顔を出したカミィは、ボコの姿を認めると緩く笑顔を浮かべた。
「あっ! ボコくん、久しぶりだねぇ」
「あっ、お姫様。ど、どーもッス」
「わたしお姫様じゃないよ」
「いーんスよ。オレのなかでアンタはお姫様なんス」
ボコは被っていたキャップ帽を脱いで片手を胸に当て、もう片方の腕を広げてお辞儀。紳士的でかっこいい挨拶のつもりらしいが、いかんせんお調子者なボコだ。せいぜい舞台上で挨拶をする道化師くらいにしか見えない。
「どっか行くんスか?」
「うん。あのねぇ、ピクニック」
「それオレも一緒に行っていいスか?」
「あぁ!? お前、何言って」
「うん。いいよぉ」
「やったー!」
奥様が良いと言えば、このお屋敷ではそれがルールになる。飛び跳ねる暇人の横で、マリクはひとつため息をついた。
「よりによって、ここかよ」
四人がやって来たのは、吾妻邸から車ですこしのところにある平原。
奥へ歩けば森があり、なだらかな丘とも繋がっている緑豊かでのどかな一帯。
そんな爽やかな空間に立った瞬間、マリクは眉根を寄せたのだった。
今日だけは、ここには来たくなかったのに。ピクニックができそうな場所などいくらでもあるというに、どうして今日、よりによってこの場所なのか?
「お昼ごはん食べようね。どこがいいかなぁ? あっちのほうが良いかなぁ?」
言うと同時、カミィは太陽の方角へ走りだす。
「待ってカミィちゃん! 僕が現在の時刻と風向きと天気と湿度と地形と過去の気温の統計から、昼食に最適なポイントを計算して誘導してあげる!」
突然走りだした妻を、ジュンイチが喜々として追いかける。
「何言ってんスかあの人!?」
「気にすんな。あいつの言ってることは俺にもよくわからん」
主人夫婦の後を追いなだらかな丘を歩く。両手には美味しい匂いのするバスケット。
「マリクー。こっちこっち! ここでお昼にしよう」
丘の中腹、ジュンイチとカミィが陣取った”昼食に最適なポイント”は、記憶にある”今日は近づきたくない場所”からは少しずれていて、マリクはほっと胸をなでおろした。
「いただきまーす!」
「これボスが作ったんスか? うめー!」
「わたしフルーツサンド食べる」
「じゃ、僕はフルーツサンドを食べるカミィちゃんの様子をレポートにまとめるね」
両手にたべものを持って行儀悪くがっつくボコ。頬を膨らませ黙々とフルーツサンドを口に運ぶカミィ。本当にレポートをまとめはじめたジュンイチ。
それらを眺め、マリクもサンドウィッチに齧りつけば。葉菜のシャキシャキとした音に、今度はレタスの栽培でもしてみるか。と、脳内構想が捗って。
「お腹いっぱいになったらちょっと眠くなってきちゃったかなぁ」
食後、小さなあくびをして、カミィは草の上で横になった。曰く、日の当たる場所でのふかっとした草原の引力は冬の朝のベッドに匹敵するという。
「おい、こんなとこで寝たら風邪ひくんじゃねーか?」
「大丈夫。僕の計算では、この場所なら多少日が移動しても暖かいはずだから気持ちよく眠れると思うよ」
「じゃ、オレもちょっと寝たいッス。もう無理眠さやべー」
ボコもそのまま真後ろに倒れ込む。ぽすっと打った頭からキャップ帽が脱げて転がって、草に受け止められすぐにその動きを止めた。
「ったく、お前らは」
やれやれとマリクが片付けをはじめようとしたそのとき。
トッ――と、強い風が吹いた。
強引な風はカミィの髪を弄び、ジュンイチの膝で紙を踊らせ、マリクの横の水筒を転ばし、ボコのキャップ帽を宙へ巻き上げる。
キャップ帽は鳥のようにつばで風を切り、ぐんぐん舞い上がって。そのまま勢いに乗ってふわふわと丘の向こう側へ。
「オレの帽子~! ちょっと取ってくるッス」
「あ!? 待てボコ、そっちは!! くそっ、だめだ聞こえてねえ」
マリクは急いで立ち上がりボコを追う。
途中一度振り向いて「あとで片付けるからバスケットは置いとけ!」と残ったふたりに指示すると、すでに寝入っているカミィの隣でジュンイチは紙に視線を這わせたまま、ひらりと片手をあげた。
この一帯、平原と森の境目の一部に、人目につきにくい獣道がある。その道に踏み入って横道にそれたところ。今日だけは、そこへボコを行かせるわけには行かない。
追いついて視界にとらえたボコは今まさに、落ちた帽子を拾いあげ、その獣道を発見したところらしかった。
「ボコ、ちょっと待て!」
引き止める手は虚しく。
「あれ!? デコ、こんなところで何やってんの!?」
ボコの素っ頓狂な声に、危惧していた事態が起きてしまったらしいことを悟って、マリクは天を仰いだ。
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