上 下
22 / 73
本編

第二一話   ☆誰がために(2)※

しおりを挟む
 青年の描いた地図は非常に難解だった。
 何度も人にたずね、細目の男がやっとそこに辿り着いたのは、街灯が明るくなってから。

 一見なんの変哲もない建物の一室。

「ごめんください」

 【フェルナンド探偵事務所】というプレートがかけられたドアをノックする。
 少しして、筋肉質な男が顔を出した。浅黒い肌に浮かぶのは自信に満ちた力強い表情。

「あなたがディエゴさん?」
「いかにも。私がディエゴ・フェルナンドです」

 ディエゴは頷くと、大きくドアを開けて男を迎え入れた。




 簡素な内装の事務所。案内されて座ったソファはやや硬い。
 それでも一日歩き通しで棒になった足を休めることができるのはありがたかった。

「ディエゴさんは昨今の国王の政治についてどう思われますか? 実は……」

 かくかくしかじか。本日二度目の説明会。今度の聴き手は態度良く熱心。
 
「なるほど。事情は分かりました。ご依頼の内容は『水面下での反乱軍の周知』『武器の調達』ですね」
「はい。その通りです」

 対面のディエゴはからだの前で手を組んで、

「それは少し難しいですね。あの王は実際有能です。”水面下で”大軍勢を集めようとすれば、確実に察知されて反乱を起こす前に芽を摘まれてしまうでしょう。今の抑圧的な政治もその一環なのではないかと私は睨んでいます。国民に多少の鬱憤があったとして、金がなければ大きな力は生まれない。金を持つ貴族達に制約がゆるく設定されているのはそのためでしょう。彼らは今も王に対し悪印象は無いようですから」

「それのどこが有能なんです? ただの圧政では?」

「いいえ。逆に言えば、王に金が集まるそのやり方は、他国への牽制にも繋がります。金は武力と同等の価値がある。長期的に見れば、この国は強大な軍事国家となり、国民は税さえ収めれば他国から攻められることなく国の中で安全に過ごすことができる。我々の生活は守られることになるのです。分かりますか?」

 さすがは便利屋と呼ばれる探偵。小さな街の神父では見えない部分にも視野を持つ。情報がするする紐解かれ、男は黙って頷いた。

「それでも、あなた方はやるつもりですか?」

 立ち向かえば犠牲は必然。向かわなくとも安定までは長い道のり。
 約束された自由のない安寧か、自由も安寧も両方を取る賭けに出るか。
 ふたつにひとつの分かれ道。

 
 

「やります」

――賽は投げられた。
 進もう。悪の城へ。地獄の使者の待つところへ。


「分かりました。では、その先の話を。悟られないように人を集めるのであれば、少数精鋭にすべきです。王本人の戦闘能力はおそらく高くない。城の兵士さえどうにかすれば王の元ヘたどり着けるでしょう。軍とポリシア警察機関から少々人員を融通してもらうことは可能です」

「武器も、そこから?」
「いえ、それだと実行にうつす前にバレてしまう。武器は別で用意しましょう。少々お待ち下さい」

 ディエゴは席を立ち、部屋の真ん中を区切るパーティションの裏側へ。

「……日に……断……ない……実験……材……調達……ああ、それでは。今後ともよろ……」
 
 どこかへ電話をかけているらしい。漏れ聞こえる声からは、話の内容までは不明瞭。

 チン! と軽いベルを鳴らして戻った彼は、
「武器の調達はなんとかなりそうですよ。とりあえず近日中に必要な数の銃器を用意してくれるそうです。受け渡しの詳細については別途で書面を送ります」

 用意"してくれる"とは、誰が……と男が口を挟む前に、ディエゴはそれを手で制した。奥には片方の口角をあげたシニカルな笑み。

「さて、では報酬の話にうつりましょう」

 いかほどふっかけられるのか。教会には金が無い。スラムの王に金を借りなければならない事態になっては本末転倒。

「あなたが今この場で持っているお金を全額、出してください」
「えっ」

 具体的な金額ではなく有り金全部という提示に、男は息を飲んだ。

「い、今ですか? ほとんど持ちあわせておりませんよ」

 小銭入れを取り出してテーブルの上で逆さに振れば、飛び出したのはたった数枚のコインのみ。金額にすればパンをひとつ買えるほど。



「これで全部です」
「どうも。ご依頼ありがとうございました」

 ディエゴはそのコインを丁寧につまみ上げ、目を細めた。
 あまりにあっけない支払い。

「本当にそれで?」
「ええ。お帰りはこちらです。またのご依頼をお待ちしております」



 詳細の連絡は本当に来るのだろうか、と半信半疑で帰路につく。事務所に入ってから今まで、懐中時計の長針が移動した距離はほんのわずか。

 教会に戻るまでに、腹の虫が数回鳴いた。
 狐につままれたのでなければ、今日の夕飯になるはずだった数枚のコインは、まばたきするまに何倍もの銃器に化けたらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。

ねんごろ
恋愛
 主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。  その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……  毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。 ※他サイトで連載していた作品です

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...