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本編

第十八話  第三楽章(1):穿たれるゴスペル※

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 小さな教会の狭い礼拝堂。
 簡素なパイプ椅子が数脚、向き合って円陣を組んでいる。集まっているのは、各地域の教会の代表者達。寒い石床が侵食したような、褪せた色のローブを一様に纏って。

 人々を導くとされる運命の女神を信仰し、身寄りのない子供を保護する役割も担う施設、【教会】。その運営は、主に貴族や信者からの寄付と施しでなりたっている。
 恵みの雨が枯れつつある世。しわ寄せの餌食となるのは、いつも弱者から。

 彼らは――窮困していた。



「一度、王様に謁見を申し込んでみませんか」
 細い目をした男が言った。
 それを皮切りに次々とあがる、くすぶりの声。

「高額の課税が続き、生活が苦しくなったという者がふえています」
「保護している子ども達にも、満足に食事を与えるのが難しくなってきました。皆、お腹をすかせています」
「税がいつ下がるのか質問しましょう」
「なぜ税を急に上げられたのかもたずねたい」
「国民の生活が苦しいというのは王様は把握されてるのでしょうか? そちらも訴えたほうが良いのでは?」

「では、そのようにまとめ、私が代表して行ってまいります」
 リーダーシップを取ったのは、坊主頭の年配の男。ひたいで大きく主張する特徴的なほくろはまるで第三の目。その目で人の心を透かすように全員の意をくみ、優しく穏やかに場を包む。

 しめやかに行われた会合の後ろで。
 祀られた女神像は、黙って、まっすぐ未来に目を向けている。



 それから数日。

 王と謁見の約束をとりつけたほくろの男は、時間通りに城へ訪れた。
 遅い時間だった。道は暗く、足元も見えぬほど。対照的に、たどり着いた城は窓の明かりが眩しく光を放つ。
 
 謁見室へ案内されるあいだ、男は長い廊下を物珍しく遊覧。使用人や兵士の姿をほとんど見かけないのは、時間のせいだろう。

「どうぞなかへ」

 大臣に促され、名残惜く一度来た道を振り返る。
 きらびやかな城内を見おさめ観光気分を捨て、男は意を決して謁見室へと足を踏み入れた。

 室内は背筋が寒くなるような広さ。少し進んで、やっと奥に居る王の顔が見える。
 その微笑みは天使の如く。女神の遣いはこんなところにおわしたのか。対面の感動もひとしおに、一段高くなった王座の手前で膝を折り、男は頭を下げた。

「本日はお忙しいなか、謁見をお許しくださりありがとうございます」

――見えるは赤い絨毯のみ。

「何の用だ?」

――頭上から振るは王の声。

「税のことで相談がございます」

――段上から衣擦れの音。

「現在の税率で生活苦を訴える民が増えておりますのはご存知でいらっしゃいますか?」

――カツカツと足音が鳴り響き近づけば。

「わたくしどもが保護する子ども達も満足に食事を摂ることが難しくなり」

――傷ひとつない靴のつま先が視界に入り、

「おい。顔を上げろ」
「はい?」



 ドン! と、耳をつんざく轟音がして。
 顔を上げた男はその勢いのまま血を噴いて後ろへ倒れた。






「ふうん」
 トーマスはただのまとに試し撃ちをしてみただけとでも言いたげに、硝煙あがる拳銃ハンドガンを見下ろした。

 大臣はただただ唖然として、転がる物体と自らの主に交互に目を移す。

 倒れた男のひたい。ほくろがあった位置に、ぽっかりと穴があいている。後頭部から溢れる血液が、赤い絨毯にさらに濃い色を混ぜる。ドクドクと、毒々しく。

 これまでトーマスが銃を手にするところは見たことがなかったが、相当手慣れた扱いに見える。一体いつから隠し持っていたのか。

「なんということを」
 大臣は、やっとのことで一言絞り出した。

「愚民が俺様に直接文句を言いに来るなんて、神への冒涜に等しいよな。しかも、教会のヤツが、だ。神に仕える者の意で神父と呼ばれているくせに。皮肉なもんだ。笑えるよ」
 堕ちた天使は転がる死体を足裏で揺する。
「もう二度とこんな馬鹿な真似しないように、見せしめが必要だと思わないか?」

 同意も否定も出来ず、大臣はただただ立ち尽くす。

「こいつの体……いや、首だけで充分か。切り落として箱に詰めて送り返せ。調べればすぐにどこの教会の奴か分かるだろ。あぁっ、靴が汚れた。今日の仕事はもう終わりだ。俺様は部屋へ戻る」

 絨毯を足ふきマットにして靴の汚れを落とし、トーマスは実にあっさりと謁見室から去った。
 

 遺体と一緒に残された部屋で。
「神への冒涜を犯したのはあなたのほうです、王様。お赦しください、神よ」
 大臣は、トーマスに対する反感の言葉と神への懺悔を繰り返し。

 祈って遺体が消えればどんなに良かろう。逃避が終われば現実に追われる。誰かがどうにかしなければ。大臣は言われた通りに遺体を処理する覚悟を決めた。
 逆らえば、次ここに転がるのは間違いなく……。

 ほくろの男はあまり大柄ではない体格だったが、全身の力が抜けているとそれなりの重さ。ひとりで持ち上げるのは至難の業。
「このような扱いをして申し訳ございません。どうか、どうかご理解ください。私も生きるために必死なのです」
 ずっしりとした命の重量を両手に、人目を避けて裏庭へ、ずるずると引きずり運ぶ。

 ”見せしめ”なのだから、本来隠す必要は無いのだろう。それでも、大臣は途中で幅の狭い布を倉庫から調達して、遺体を包んだ。褪せたローブよりよほど良い素材の布は哀れみの死装束。


 幸いにも、誰にも出会わずに目的の場所に到着。

 短い距離の移動でも、運んでいるのは非情な現実。時間はまるで永遠のよう。
 これからさらに体感時間は長くなるだろう。遺体に手をかけなければならない。

 

 真夜中までかかって、大臣は、うまれてはじめて人間の体に刃物を入れて、うまれてはじめて人間の頭と胴を切り離し、うまれてはじめて切断した人間の頭を箱に詰めた。

 その夜は、大臣にとって、人生で一番長い夜となった。
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