そしてふたりでワルツを

あっきコタロウ

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外伝(むしろメイン)

閑話七   マリクに恩返し

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メイン:吾妻 ジャンル:童話風

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  昔々でもない、つい最近。

 この日、吾妻夫婦と執事のマリクは、揃って街へとお出かけに来ていました。

 ご主人&奥様は、おいしいプリンを街中のお菓子屋さんから吸い尽くすために。
 マリクは、誕生日に雇い主からもらった温室ハウスを充実させるために。

 これは、マリクが園芸店で買い物を済ませて、「はやく帰って土いじりをしたい」と、内心ウキウキしながら、でも外見上はとても怖い顔いつもの顔をして、いそいそと歩いていたときのことです。

 マリクが贔屓にしている園芸店から吾妻の邸宅に戻るには、いっぽんの細い路地を突っ切るのが近道です。
 路地はいつも、昼でも少しだけ薄暗く、静かで寂しい道でした。

 ところが今日は、路地の様子がいつもと違っていたのです。
 マリクが路地へ踏みいると、進路を塞ぐかたちで、数人の子どもが集まっているのが目につきました。

 狭い路地ですから、子ども達が退いてくれないと、マリクが通り抜けられません。まわり道をしたくは無いので、マリクはズンズンと歩いて行き、子ども達を睨みつけました。

「おいガキ。どけコラ」
「アーッ!」
「ヒッ」

 スラムで恐れられていた狂犬は、まだまだ衰えてはいないようです。子どもたちは一斉にうわずった声をあげて顔を青くしました。

「な、なんですか?」
「邪魔だ。散れ」
「アーッ!」
「う、うわぁん」

 壁をひと蹴りしてちょっと脅してやると、子ども達は半分泣きながら、あっというまにその場から逃げ出しました。

 マリクはフンとひとつ鼻を鳴らして一歩踏み出し、

「アーッ!」

 何かを踏んづけました。

「おっと……おぉ?」
「アーッ!」

 そこに居たのは、長い腕に、フックのような爪がついた毛むくじゃらの動物。
 薄いグレーのからだに、白い顔。くるくるとまん丸い目は潤んで、目の周りを囲む黒い模様によって、ものすごーくタレ目に見えます。犬や猫に比べるとペトンとした印象の頭は、目と同様にまん丸で、ひくひくする鼻のしたについた口は綺麗に半月を描きニッコリと笑っているみたいです。

 逃げていった子ども達は、どうやらこれを囲んでいたようです。

「何だこれ」

 見つめ合うマリクと動物。
 ふにゃふにゃ、くたくた、うるうる、ひくひく、にっこり。動物の雰囲気は、どことなくマリクが仕える屋敷の奥様に似ています。

「アーッ!」
 動物は人間の赤ちゃんに似た声でプルプルと震えて鳴き声をあげました。

「変な動物だな」
 そんな感想を残し、マリクはそのままスタスタと歩き去りました。
 
「アーッ!」

 路地を抜けるまで、数度、動物の鳴き声が背中に届きましたが、マリクは振り返りませんでした。



 帰宅したマリクはさっそく、買ったばかりの植物を温室へ植えました。温室をもらってから毎日、少しずつ手をいれてきた甲斐あって、室内は賑やかな様子です。
 温室は広く、環境ごとにいくつかの区間に分けられていて、さわやかな暖かさに保たれた区間や、汗が流れるほどの熱気が再現された区間などがあります。それぞれの区間では、小さな噴水や、薔薇に囲まれた木組みの支柱が、まるでアスレチックのように楽しげな雰囲気を演出しています。

 ひととおり温室のなかを見てまわり、植物の成長がこれから楽しみだとマリクが満足気に頷いていたとき、ガチャリ、と、外から温室のドアがひらかれました。

 やってきたのは、屋敷の主人と奥様です。
 主人は腕に何かを抱えています。よく見るとそれは、マリクが買いもの帰りに見つけたあの変な動物でした。
 動物はムシャムシャと奥様の髪をくちにいれています。

「おい、なんでお前らがそれ持ってんだ。嫌な予感しかしねぇ。つーか食われてんぞ!」
「街で発見して、カミィちゃんが連れて帰ろうって言ったから拾ってきたんだ。カミィちゃんの髪は甘酸っぱい薔薇の香りがするから、餌と間違えてるんだよ」

 旦那様の横から動物をもしゃもしゃ撫で回していた奥様は、

「かわいいでしょぉ」

 と、動物のよだれでベタベタの髪を気にする様子もなく、マリクへ向きなおりニッコリと笑顔を見せました。動物もムシャムシャしたままマリクのほうへ振り向いて……あぁっ、奥様と動物、なんだかもう見分けがつきません。雰囲気が似ているとは思っていましたが、並べてみるとそっくり。そっくりです!

「あのね、この動物さんね、お花が好きなんだよ。だからね、ここに置いといてあげようね」
「アーッ!」
「うん」
 旦那様は当たり前の顔をして動物を薔薇の支柱に乗せました。

「さ、カミィちゃん。屋敷に戻ってお風呂にはいろうね」
「その前にプリン食べたいんだけど」
「じゃあお風呂でプリンを食べさせてあげる」
「わぁ~」

「あっ、お、おい!」
 
 あまりにも自然な流れに、苦情を言う隙を逃したマリクを置いて、主人夫婦はすみやかに退室。

 あとに残されたのは、頭を抱えるマリクと、木組みの支柱にぶらさがる変な動物。そしてそれを取り囲むとりどりの薔薇の花でした。

 





 その日の、深夜。

 マリクはわたあめのうえに立っていました。あたりをみまわすと、どこもかしこもふわふわのぷかぷか。パステルの桃色、空色、夜色。星のチップはお砂糖の香り。

「甘っ」

 胃もたれ必至な濃厚スイートの香りが漂う空間。これは間違いなく夢です。長く滞在するとあまりに甘すぎ吐き気をもよおしそうで、マリクは足早に出口を探して足を踏み出し、

「アーッ!」

 デジャブ。

「またか」

 印象的な出来事が夢に出てくるという現象は、よくあることです。というわけで、マリクはここでもそのまま動物を放置して、スタスタと歩き去ろうとしました。しかし。ここで、昼間とは違うできごとが起こりました。

「ちょっと待ってください」
「あ?」

 立ち去ろうとしたマリクの背中に、「アーッ!」ではない声がかかったのです。振り返っても、そこにいるのは動物がいっぴきだけ。

 ニコニコと半月を描く動物のくちがひらかれます。

「マリクさん。昼間は子ども達に囲まれていた私を助けてくださり、ありがとうございます。古来より、人間に助けられた動物は恩返しをする定めです。というわけで、こうして参上いたしました。ですが私には、あまりちからがありません。私にできること……それは……これだけです!」

 そう言うと、動物は、コロンと寝返りをうってお腹を晒し、大の字にからだを広げました。

「さぁどうぞ!! 存分にかわいがってくださいまし!! 撫でても、良いですよ!!」
「は?」

「抱きかかえてくださったら、ぎゅっとしがみついてあげるサービス付きです! 可愛いでしょう! 可愛いでしょう!!」
「いや、いらねぇんだけど」

 ぐいぐいと迫る動物が、風船に空気をいれるようにどんどんと大きくなっていきます。

「まぁまぁ、そう言わず! さぁ、はやく! あなたに恩返しがしたいのです! 撫でてください! だっこしてください! あと薔薇の花びらを用意してください! 私の好物は、薔薇です!」

 巨大化して視界を覆う動物。マリクは謎のわたあめ空間のはしっこまで追い詰められ、ついには押しつぶされそうになり、

「う、うぉあ!」

 と、叫び声をあげて、飛び起きてしまいました。



「ひでぇ夢だった」

 ベッドで上体を起こした状態。汗はダラダラ、喉はカラカラ。水を飲もうとサイドテーブルに手をのばし、マリクはカップの隣に置いた本の存在を思い出しました。

 眠る直前に、奥様の部屋の前に落ちていた絵本です。夜が明けたら片付けに行こうと思い、とりあえず自室へ持ち帰ったその本のタイトルは、「動物の恩返し」。
 タイトルの通り、罠にかかって苦しむ動物を助けた人間が、動物から恩返しをうけるという物語。

 こんなものを寝る前にパラパラと眺めてしまったせいで、変な夢を見たに違いありません。
 
 それに、動物がずっと奥様の髪を食べていたのも、あんな夢を見た一因でしょう。
「この動物はお花が好き」という奥様の言葉に加え、「カミィちゃんの髪は甘酸っぱい薔薇の香りがする」と、主人が言っていたのも記憶に残っていたから、夢のなかで動物が「好物は薔薇です!」などと叫んで……。

「待てよ? 薔薇!」

 眠気が瞬時に吹き飛んで、いてもたってもいられず、マリクは温室へと走り出しました。動物をぶらさげた支柱のまわりには、薔薇の花がたくさん植わっています。薔薇は! 薔薇は無事なのか!?




 温室へとたどり着いたマリクの目にうつったのは、支柱にぶらさがり微動だにしない動物と、その周囲に散らばる薔薇の花びら。
 やはりというべきか、とても残念な光景でした。動物が、薔薇の花を食い荒らしてしまったようです。

「クソッ。植えたばっかなのに!」

 無事な株だけでも救出して、すぐにでも薔薇を植え替えなければなりません。
 ひとまず作業の邪魔になりそうな動物を別の場所に移そうと背中を掴み、マリクはその感触に違和感を覚えました。

「嘘だろ……死んでる」

 なんと、動物のからだは、支柱にぶらさがった姿のままでつくりもののように固くなっていたのです。





「餓死だね」

 つぎの朝、動物の死体の解剖を終えたジュンイチからマリクが告げられたのは、にわかには信じがたい死因でした。

「は!? 食い荒らされた俺の薔薇が、死体のまわりに散らばってたんだぞ!? あんだけ食って餓死だと?」

「食べても餓死が有り得るんだよ。この動物って、消化運動を胃のなかに飼っている微生物に頼ってるんだ。その微生物の働きが環境の変化等によって鈍くなると、胃のなかがいっぱいでも栄養を摂取できず死ぬことがある。本来この動物は、この国よりも温かい地方に生息するものなんだ。ペット用に輸入されることはあるんだけど、元の生息地の環境を再現してやらないと、この国の気候そのままでは長くは生きられない。そういうわけで、輸入されても飼い主が飼育環境をうまく整えられず、衰弱したところを捨てられることもよくあるんだ。今回も道に捨てられていた時点で、もう長くはないのが明白だったんだよ」

 説明のあいだ、主人はひとつも表情をかえることなく、淡々、テキパキと解剖の後処理をこなしていました。その姿を眺めながら、マリクの頭には幾多もの疑問が浮かびましたが、その全ての答えがきくまでもなく分かってしまい、ひとこと、

「はぁ。そうかよ」

 とため息を吐くしかできませんでした。

 
 最後にマリクが見た動物の顔は、やはりニッコリとゆるやかな笑顔で、それはそれは幸せそうに見えたということです。


 閑話七 END
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