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外伝(むしろメイン)
閑話六 魔法少女♡カミィ※
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※メイン:吾妻組 ジャンル:魔法少女
***********************************************
マリクは綺麗好きだ。
どうしても忙しいときは散らかしてしまうけれど、基本的に自室はきちっと整理整頓しているし、朝晩で一日に二度シャワーを浴びることも日課のうち。
それに加えて、掃除も好きだ。やればやるほど汚れが落ち、成果が目に見えるのが性に合う。
屋敷の壁の装飾の窪み磨きなど、肩が凝るほど熱中してしまうこともしばしば。くすんでしまった彫り模様に繊細にブラシを走らせ、その軌跡に輝きを取り戻す。
長い廊下に連なる黄金。装飾と同じ金色の瞳で眩しいほどの反射を受け止めているさなか、眼前にふと影が落ち、マリクは素早く振り返った。
「誰だ!」
「ほわぁ」
まさかセバスチャンが「ほわぁ」などと声をあげるはずもなく。まんまるお目々でそこに浮いているのはお屋敷の奥様カミィ。
「なんだお前か。そのへんさっき掃除したとこだから、あんま汚したり散らかしたりすんじゃねーぞ」
掃除も仕事のうちとはいえ、せっかく磨き上げた床。できるだけ綺麗に保って欲しい。これまでの経験上十中八九無駄になると分かりつつ、言わないよりはマシだと警告して。再び壁の細工磨きに精を出そうと前を向いてから、マリクは違和感を覚え、再び神速で振り返った。
「いや待てお前今ちょっと浮いてなかったか!?」
浮いている。指、ニ、三本程度の高さに。
何かの間違いかと二度見したが、マリクの背後に存在するカミィはふわふわと、地に足つけずに少しだけ浮いている。
よくよく考えれば、いつもの”とてとて”した足音があればもっとはやくに気がつくはずだったのだ。音もなく忍び寄られたというのはどういうことかと思えば、こういうことなのだった。
「うん。あのね、今日はちょっとね、飛んでるから」
「『今日はちょっと』で人間は普通飛べねーよ」
とは言え、このお屋敷では”今日はちょっと”で飛べてしまう。カミィを浮かせた犯人を頭に思い浮かべると、まるで脳内から具現化したように、屋敷の主様がやってきた。
「あっ、ジュンイチくん。お洋服持ってきてくれた?」
「うん。いつでも着替えられるよ」
「わぁい。じゃあね、変身するから、マリク見てて! ももいろ、まるまる~!」
両手をあげて棒読みで、呪文のような台詞を唱えるカミィ。言い終わった瞬間、カミィの着ていた服が突如弾け飛んだ!
「は? 変身ってな……わぷっ!」
細かく破れた布片の一枚がマリクの目にクリーンヒット。Oops! 目潰し! 見てろと言うのはあまりに無茶ぶり。
「っ痛」
目元をおさえてかがみ込むマリクの耳に届く、スルスルとした衣擦れの音。見えないながらも確信が持てる。今この場で、着替えが行われている。
「カミィちゃん、ここに腕を通して」
「んっ。ジュンイチくん、うしろの紐はちょうちょさんにしてね」
「いいよ」
目が開くようになったマリク、まだ顔はあげられないと判断し、薄目で廊下を見回せば、飛散した衣服で悲惨な状況。散らかすなと言ったのは遠い昔のことだったか?
「おい、もういいか?」
「んっとね、お化粧もするからちょっとまって」
「じゃあ俺掃除してっから、全部終わったら声かけろよ」
「うん。わかった!」
馬鹿正直に待つのは時間の無駄。そのままカミィ達に背を向けて、マリクは壁の装飾磨きを再開。埃を払い、研磨剤でくすみを取り除き、仕上げに塗り込む光沢剤。廊下が屋敷の顔だったらば、その行為は化粧そのもの。執事、ガーデナーに続き、誰かマリクに廊下メーキャップアーティストの称号を与えたもう。
と、そのときマリクの足元にコロコロと転がりぶつかる真っ赤なクレヨン。
本日二度目の二度見案件。疲労の度合いも描けるぞクレヨン。息付く間もない。休みをクレヨン?
「できたぁ!」
嫌な予感を抱えて振り返る、マリクの目にうつったものは。
「おい! 顔がももいろのまるまみれじゃねーか!」
顔というキャンバスに七色のクレヨンでみっちり描かれたももいろのまる! 瞼、額に左右のほっぺ。ところせましと顔が顔まみれ。
「かわいー!」
鏡を覗き込むカミィはずいぶんとご満悦。
「怖ぇよ! わりとマジで! 拭いてやるからこっち来い!」
「だめだよ。これからおでかけするんだよ」
「その顔でか!?」
着目すべきは顔だけではない。顔にばかり意識を奪われるが、よくよく見ると、”変身”にて衣装も変わっている。
ふわふわひらひらレースとリボン。透けているように見える服は、その実、どんなに目を凝らしても中身は見えない。角度によって色をかえる不思議な素材は、蝶の鱗粉のように光の粉を振り撒いて。
「あのね、魔法少女カミィだから、ほんとうのわたしは秘密なんだよ。だからお化粧のまま行かなきゃなの」
「魔法少女カミィて思いっきり本名出てんぞ。で、一体どこに何しに行くんだ?」
彼らがどこで何をしようと、どうせマリクにとめられはしない。とはいえ、起こりそうな事態をあらかじめ予測しておくにこしたことはない。吾妻という名を執事として背負った以上、まったく無関係ではいられない。
「えっとね、魔法少女カミィはね、魔法使いなの」
「どんな魔法が使えんだ?」
炎魔法で火炎放射か、雷魔法でスタンガンか? ジュンイチがついていれば、どんなエレメンタルも意のまま。行き過ぎた科学技術は、それすなわち魔法と呼べる。
「えっとね、ちょっと飛べる」
「魔法少女に変身する前から浮いてたぞ」
「あとね、魔法のステッキから、ももいろのまるが出るよ」
たらーん!
いつもの掛け声とともにカミィが胸ポケットから取り出したのは、手のひらほどの長さの魔法のステッキ。
上部にアタッチメントとしてももいろのまるの顔がついていて、その下は縦長のスティックになっている。
これは……食料雑貨店でよく見かけるアイテム!
スティックのなかに専用のキャンディを詰めることができ、上部のアタッチメントを引くと、スティックからキャンディが一粒ずつ飛び出す仕様の食品玩具。
「ここからいっぱい出てくるから、悪い魔法使いさんにね、えーいってするの。魔法なの」
アタッチメントを引いたカミィの手に転がり出たのは、白くて小さく、角が丸い四角のキャンディ。市販されている既製品とあまり変わりない。が、表面に顔が書いてある。
「ももいろのまるが出てくる」とカミィが言うのはこの顔のことだろう。ももいろでもまるでもないが。
「かわいー。おいしそー」
手のひらで転がるキャンディを、カミィは反射で口元へ。キャンディがお口にダイブする寸前、ジュンイチはカミィの手を握りとめて、
「カミィちゃん。それは食べちゃダメだよ。悪者をやっつけるためにつくったんだからね」
この顔つきキャンディは、ジュンイチがつくってやったらしい。普段の生活態度はだらしないくせに、妻のことになると別人のようなマメさを発揮する。
「そっかぁ。じゃ、はやく悪い魔法使いさんのところに行こう」
「うん。悪者は魔法使いじゃないけどね」
そうして手を繋いで仲睦まじく去っていくふたり。
あの玩具は、アタッチメントになっているキャラクターに多様性があり、熱心なコレクターも多いと聞く。スラムで金貸しをしていた時代の仲間にも、あれを集めているヤツが居た。と、マリクのなかに少しばかり懐かしい気持ちが蘇る。
駄菓子屋や雑貨屋、どこでも手にはいる大衆的な食品玩具。永遠に増えつづけるキャンディや、服が溶ける水が出るなどというわけのわからない危険物ではなく、キャンディに顔を書いた程度の軽い工作なら、そんなに物騒なことにはなるまい。
残されたマリクは、廊下に散乱する衣服の破片とクレヨンに手を伸ばす。掃除はまだまだ、終わりそうにない。
*
その日、お屋敷から一番近くに位置する犯罪者収容施設にて、毒物による死亡者が複数名出るという事案が発生した。死亡した犯罪者に共通する点は、レクリエーションにて配られたキャンディで、「顔のついた当たり」を引いたと喜びの声をあげていた点だという――。
閑話六 END
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マリクは綺麗好きだ。
どうしても忙しいときは散らかしてしまうけれど、基本的に自室はきちっと整理整頓しているし、朝晩で一日に二度シャワーを浴びることも日課のうち。
それに加えて、掃除も好きだ。やればやるほど汚れが落ち、成果が目に見えるのが性に合う。
屋敷の壁の装飾の窪み磨きなど、肩が凝るほど熱中してしまうこともしばしば。くすんでしまった彫り模様に繊細にブラシを走らせ、その軌跡に輝きを取り戻す。
長い廊下に連なる黄金。装飾と同じ金色の瞳で眩しいほどの反射を受け止めているさなか、眼前にふと影が落ち、マリクは素早く振り返った。
「誰だ!」
「ほわぁ」
まさかセバスチャンが「ほわぁ」などと声をあげるはずもなく。まんまるお目々でそこに浮いているのはお屋敷の奥様カミィ。
「なんだお前か。そのへんさっき掃除したとこだから、あんま汚したり散らかしたりすんじゃねーぞ」
掃除も仕事のうちとはいえ、せっかく磨き上げた床。できるだけ綺麗に保って欲しい。これまでの経験上十中八九無駄になると分かりつつ、言わないよりはマシだと警告して。再び壁の細工磨きに精を出そうと前を向いてから、マリクは違和感を覚え、再び神速で振り返った。
「いや待てお前今ちょっと浮いてなかったか!?」
浮いている。指、ニ、三本程度の高さに。
何かの間違いかと二度見したが、マリクの背後に存在するカミィはふわふわと、地に足つけずに少しだけ浮いている。
よくよく考えれば、いつもの”とてとて”した足音があればもっとはやくに気がつくはずだったのだ。音もなく忍び寄られたというのはどういうことかと思えば、こういうことなのだった。
「うん。あのね、今日はちょっとね、飛んでるから」
「『今日はちょっと』で人間は普通飛べねーよ」
とは言え、このお屋敷では”今日はちょっと”で飛べてしまう。カミィを浮かせた犯人を頭に思い浮かべると、まるで脳内から具現化したように、屋敷の主様がやってきた。
「あっ、ジュンイチくん。お洋服持ってきてくれた?」
「うん。いつでも着替えられるよ」
「わぁい。じゃあね、変身するから、マリク見てて! ももいろ、まるまる~!」
両手をあげて棒読みで、呪文のような台詞を唱えるカミィ。言い終わった瞬間、カミィの着ていた服が突如弾け飛んだ!
「は? 変身ってな……わぷっ!」
細かく破れた布片の一枚がマリクの目にクリーンヒット。Oops! 目潰し! 見てろと言うのはあまりに無茶ぶり。
「っ痛」
目元をおさえてかがみ込むマリクの耳に届く、スルスルとした衣擦れの音。見えないながらも確信が持てる。今この場で、着替えが行われている。
「カミィちゃん、ここに腕を通して」
「んっ。ジュンイチくん、うしろの紐はちょうちょさんにしてね」
「いいよ」
目が開くようになったマリク、まだ顔はあげられないと判断し、薄目で廊下を見回せば、飛散した衣服で悲惨な状況。散らかすなと言ったのは遠い昔のことだったか?
「おい、もういいか?」
「んっとね、お化粧もするからちょっとまって」
「じゃあ俺掃除してっから、全部終わったら声かけろよ」
「うん。わかった!」
馬鹿正直に待つのは時間の無駄。そのままカミィ達に背を向けて、マリクは壁の装飾磨きを再開。埃を払い、研磨剤でくすみを取り除き、仕上げに塗り込む光沢剤。廊下が屋敷の顔だったらば、その行為は化粧そのもの。執事、ガーデナーに続き、誰かマリクに廊下メーキャップアーティストの称号を与えたもう。
と、そのときマリクの足元にコロコロと転がりぶつかる真っ赤なクレヨン。
本日二度目の二度見案件。疲労の度合いも描けるぞクレヨン。息付く間もない。休みをクレヨン?
「できたぁ!」
嫌な予感を抱えて振り返る、マリクの目にうつったものは。
「おい! 顔がももいろのまるまみれじゃねーか!」
顔というキャンバスに七色のクレヨンでみっちり描かれたももいろのまる! 瞼、額に左右のほっぺ。ところせましと顔が顔まみれ。
「かわいー!」
鏡を覗き込むカミィはずいぶんとご満悦。
「怖ぇよ! わりとマジで! 拭いてやるからこっち来い!」
「だめだよ。これからおでかけするんだよ」
「その顔でか!?」
着目すべきは顔だけではない。顔にばかり意識を奪われるが、よくよく見ると、”変身”にて衣装も変わっている。
ふわふわひらひらレースとリボン。透けているように見える服は、その実、どんなに目を凝らしても中身は見えない。角度によって色をかえる不思議な素材は、蝶の鱗粉のように光の粉を振り撒いて。
「あのね、魔法少女カミィだから、ほんとうのわたしは秘密なんだよ。だからお化粧のまま行かなきゃなの」
「魔法少女カミィて思いっきり本名出てんぞ。で、一体どこに何しに行くんだ?」
彼らがどこで何をしようと、どうせマリクにとめられはしない。とはいえ、起こりそうな事態をあらかじめ予測しておくにこしたことはない。吾妻という名を執事として背負った以上、まったく無関係ではいられない。
「えっとね、魔法少女カミィはね、魔法使いなの」
「どんな魔法が使えんだ?」
炎魔法で火炎放射か、雷魔法でスタンガンか? ジュンイチがついていれば、どんなエレメンタルも意のまま。行き過ぎた科学技術は、それすなわち魔法と呼べる。
「えっとね、ちょっと飛べる」
「魔法少女に変身する前から浮いてたぞ」
「あとね、魔法のステッキから、ももいろのまるが出るよ」
たらーん!
いつもの掛け声とともにカミィが胸ポケットから取り出したのは、手のひらほどの長さの魔法のステッキ。
上部にアタッチメントとしてももいろのまるの顔がついていて、その下は縦長のスティックになっている。
これは……食料雑貨店でよく見かけるアイテム!
スティックのなかに専用のキャンディを詰めることができ、上部のアタッチメントを引くと、スティックからキャンディが一粒ずつ飛び出す仕様の食品玩具。
「ここからいっぱい出てくるから、悪い魔法使いさんにね、えーいってするの。魔法なの」
アタッチメントを引いたカミィの手に転がり出たのは、白くて小さく、角が丸い四角のキャンディ。市販されている既製品とあまり変わりない。が、表面に顔が書いてある。
「ももいろのまるが出てくる」とカミィが言うのはこの顔のことだろう。ももいろでもまるでもないが。
「かわいー。おいしそー」
手のひらで転がるキャンディを、カミィは反射で口元へ。キャンディがお口にダイブする寸前、ジュンイチはカミィの手を握りとめて、
「カミィちゃん。それは食べちゃダメだよ。悪者をやっつけるためにつくったんだからね」
この顔つきキャンディは、ジュンイチがつくってやったらしい。普段の生活態度はだらしないくせに、妻のことになると別人のようなマメさを発揮する。
「そっかぁ。じゃ、はやく悪い魔法使いさんのところに行こう」
「うん。悪者は魔法使いじゃないけどね」
そうして手を繋いで仲睦まじく去っていくふたり。
あの玩具は、アタッチメントになっているキャラクターに多様性があり、熱心なコレクターも多いと聞く。スラムで金貸しをしていた時代の仲間にも、あれを集めているヤツが居た。と、マリクのなかに少しばかり懐かしい気持ちが蘇る。
駄菓子屋や雑貨屋、どこでも手にはいる大衆的な食品玩具。永遠に増えつづけるキャンディや、服が溶ける水が出るなどというわけのわからない危険物ではなく、キャンディに顔を書いた程度の軽い工作なら、そんなに物騒なことにはなるまい。
残されたマリクは、廊下に散乱する衣服の破片とクレヨンに手を伸ばす。掃除はまだまだ、終わりそうにない。
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その日、お屋敷から一番近くに位置する犯罪者収容施設にて、毒物による死亡者が複数名出るという事案が発生した。死亡した犯罪者に共通する点は、レクリエーションにて配られたキャンディで、「顔のついた当たり」を引いたと喜びの声をあげていた点だという――。
閑話六 END
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