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外伝(むしろメイン)
外伝一 獣はいかにして弾丸となりしか(1)
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※メイン:ゲツエイ ジャンル:ダーク/シリアス
本編よりR-15要素(性的、残酷描写)が強いです。
お気をつけください。
***********************************************
痛い。踏んづけて折れた小枝が、跳ねて脛を打つ。
痛い。進路を邪魔する低木の葉が、腕を切る。
痛い。オーバーペースで走り続けて、肺が、脾臓が、腸が、胃が、横隔膜が。あらゆる臓器が悲鳴を上げる。
こみ上げる吐き気を必死に抑え、女は走り続けた。
目前の草木を掻き分け、獣がつくったらしき細く固い大地を蹴る。
微かに木々の隙間から行先を照らすのは、橙がかって異様な満月。
からだが重い。
腹のなかに、荷物がある。
その荷物を守るために、女は今、駆けている。
追手が来る。来ているはずなのだ。
しかし、山中に響き渡る音は己のもののみ。音無く追われる焦燥が、さらに女を駆り立てる。
突如、
「ぐえ」
カエルのような声を漏らし、女が宙に浮いた。
首には、いつの間に巻かれたのか、輪にした縄。
女はしばらく身悶えたが、そのうちに手足をだらりと下げた。
「赤鬼め。我らから逃げきれると思うたか」
標的が息絶えたのを確認し、突如現れた男は握っていた縄から手を放す。
「不吉。血の色をした髪と瞳」
男は触れることすら本意ではないというように苦虫を噛み潰した顔をして、手慣れた様子で死体の眼球を繰り抜いた。
この閉鎖された島国では見かけることのない、赤みがかった瞳の眼球。持ち帰れば、じゅうぶんに獲物を仕留めた証となる。
そして男は、消えた。
音も無く、匂いも残さず。そこには最初から最後まで女ひとりしか居なかったかのよう。
周囲の空気を震わせるのは、女の眼窩から流れるトクトクという血の音だけ。
男が去ってたったの数秒。
血の匂いを嗅ぎつけて、三匹の山犬が現れた。
母親らしい山犬が一匹。子どものような山犬が二匹。
周囲を警戒し、障害が無いと分かると、三匹の山犬は一目散に女の死体に食らいついた。
猛烈な勢いで、鋭い牙を食い込ませ噛み千切る。腕を、足を、首を、そして腹を。
水音混じりの咀嚼音があたりに響き、間もなく。
「ガウ!」
母犬が短く鳴き、子犬達は動きを止めた。
『何かいる……まだ、生きている』
半分ほど食い散らかされた女のからだ。その腹のなか、小さきものが丸くなっていた。
母犬は、前足でそっと、それを突いてみる。
途端、上がる産声。
「ぎゃあぎゃあ」
血まみれのそれをそっと舐めてみれば、泣き喚く声は一層激しく、森中へ響き渡る。
「ぎゃあぎゃあ」
”これには、生きる意思がある。こんなに小さく弱々しいのに、必死で泣き、生きようと足掻いている。”
『母ちゃん。それどうするの? うるさいから早く静かにさせよう』
『やわらかそうだね。早く食べよう』
キャンキャンと吠え立て周りを駆ける二匹の子犬。
『いいえ、これは食べませんよ。今日からお前達の兄弟になるのです。仲良くできますね?』
母犬はそれを咥え、巣への道を引き返しはじめた。
*
それの生命力は凄まじいものだった。
病気ひとつせず兄弟犬と共にすくすくと育ち、獣と話をし、山を駆け、木から木へと飛び移る。闇のなかでもモノが見え、機敏に動き、気配を消して獲物へ近づく。
兄弟が囮になり、または獲物を追い立て、それが待ち伏せとどめを刺す。いつしか、これがこの小さな群れの狩りの完成形となった。
この日も、山で狩りを終えた三匹は仲良く、母犬が待つ岩穴へ帰還。
『母ちゃん。今日は鹿はとれなかったけど、かわりに兎が二羽とれた。それと桃がたくさんとれた。この前嵐があったから、いっぱい落ちてた』
兄犬の報告の横で、それが服のなかから桃をバラバラと落とした。
それの衣類は、昔、毛皮を持たぬそれのために、母犬がふもとの村から盗んで来たもの。
人間の大人サイズの服はそれには大きく、そのままでは着られないので、手首や足などところどころを紐で縛り止めてある。
そうして余った布の部分は、袋のようにものを入れて運ぶのに丁度良い。
衣類の他には、爪や牙の代わりに、小太刀と鉤爪付きの甲手。最後に、牙と角の生えた不思議な面。これは返り血で視界を妨げられるのを防ぐ。
『食事の前に、話があるの』
三匹の持ち帰った収穫を前に、母犬が口を開いた。
『よくお聞き。私はもう歳だし、からだがだんだん言うことをきかなくなってきている。お前達三匹はもう立派な獣としてやっていけている。私が死んでしまっても何の問題もないでしょう』
『だけど』と、母犬はそれに目を向け、
『お前には、もうひとつの選択肢があるんだよ。実はお前は、山犬ではないの。人間という生きものなのよ。お前を拾ってから、私達は人間との接触を避けてきたから、知らないでしょう。このまま獣として生きるのも構わない。でも、人間として生きるという方法もある。死を身近に感じ始めて、私は本当にこのままで良いのか、自分の選択が正しいのかどうか、分からなくなった。お前は人間としてはまだまだ子どもだし、今ならまだじゅうぶんに人間に馴染むことが出来るんじゃないかと、考えはじめたのよ』
それは、ポカンと母犬を見つめて、繰り返した。
『にんげん』
『そう、人間よ。一度、人間の暮らしを見てきてごらんなさい。それから、どちらで生きるか決めれば良い』
「アオオン」
長い長い母犬の遠吠え。すると、天井の隙間から、銀色に輝く糸が一本降りてきた。
その先端に揺れるのは、それの小さな手の爪ほどの蜘蛛。
『人間は私達とは違う言葉を話します。この蜘蛛がお前に付き従い、通訳してくれるでしょう。連れてお行きなさい』
『どーも! オイラ、いろんなものを見てまわりたかったんだな! アンタのお付きになれてラッキーさ』
蜘蛛はぴょんと跳ねてそれのからだを這い上がり、服のなかへ潜り込んだ。
『オイラ、落ちないようにからだのどこかにへばりついてるから、気にせず動きまわってくれな!』
蜘蛛のくぐもった声が途切れると、母犬は、
『夜が来る。まずはこっそり町へ降り、人間がどんなものか見てきてごらん。さあ、お行き』
*
それは闇のなか、山の斜面を駆け下りる。
月は出ているかと空を見上げたが、残念ながら雲に隠れて見えない。
それは月を眺めるのが好きだ。
兄弟達もそうだった。月を見るとなぜだかからだがウズウズして、遠吠えせずにはいられないのだ。と彼らは語った。
それは特に吠えたくはならなかったが、からだがウズウズする気持ちは少し分かるような気がしたし、時には一緒になって吠えた。
【町】。そこは、人間が群れをなして暮らす場所。
たどり着いた町の外れには、それと似た生きものがいた。姿形だけならば、なるほど、兄弟達よりも、よほど。
しかしその生きもの達は、器用に二本の足で立ち、背筋を伸ばし歩いている。
背を曲げ、前足と後ろ足を使って移動する それとは、少し違うもののよう。
同じ【人間】として町で暮らすなら、真似すべきだろうか?
それは見よう見まねで背筋を伸ばして一歩踏み出してみる。二歩、三歩。
何歩進んでも、戸惑うばかり。
これは獲物を狩るのに向いていない。なぜもっと全身を使わないのだろう?
人間の少ないところで考えていると、後ろから声をかけられた。
「僕ゥ、こんな暗いとこで何してるの?」
『ここで何してる? って聞かれてるな! わっ、こいつ臭い! 酒の匂いがプンプンするさ!』
「あらあんた、近くでよく見たら忍び装束を着てるねえ。サイズが全然合っていないようだけど。こんな小さいのに、忍びの人? じゃあもしかして、お金いっぱい持ってるんだ? お姉さんがイイコト教えたげる。小判を弾んでよォ」
『何かいいことを教えてくれるらしいな!』
「アウアオ、ウオン?」
通じていないのだろう。構わず人間はそれの服のなかに手を入れ、あちらこちらを撫で回す。
「だーいじょうぶよ。お姉さんに任せて。とっても気持ちの良いこと教えてあげるからね」
夜の路地裏。数歩先も見えない暗がりで、人間の手が敏感なところをせめたててくる。
はじめて襲い来る謎の感覚。怖い。怖い。怖い!
それの口から呻きが漏れる。
「怖がらなくったっていいのよ。ほら、固くなってきたわ」
人間の手の動きがだんだんとはやくなる。
その動きに合わせて、チカチカと目がくらむ。
徐々に激しく湧き上がってくる抗い難い快感と恐怖が絶頂に達したとき――。
「ウ、ウ、ウアアアア!!」
それは絶叫した。
「ハァ、ハァ」
恐ろしいほどの感情の昂ぶりの後に、とてつもない快感が来た。
人間の首には、思わず突き刺してしまった小太刀。引き抜くと、ビッと一筋飛び出す鮮血。勢い止まず溢れ出る。滝のように。
ドクドクと脈打つ股間は内側から湿り気を帯びて。そこに染み込む人間の血液。生暖かい温度が適度な疲労感と快感の残響を増幅させる。
人間を殺すのは、こんなにも気持ちが良いものか。
人間を殺すのは、とても気持ちが良いものだ。
人間を殺すと、気持ち良くなるんだ。
人間を殺す、快感!
『いいことって、何だった? 何かわかった?』
『人間を殺すと気持ちが良いんだ。山で狩りをするときはこんなことないのに。人間を殺す瞬間に、からだのなかから、何かが飛び出すみたいな』
『へえー、教えてもらえて良かったな!』
『うん。ちょっとお腹が空いた。人間って食べられるかな?』
それは、絶頂の余韻もそのままに、眼前に倒れている人間の柔らかそうな部分を少し切り取り、口に含む。
『大丈夫そうだ。兄弟達にも持って帰ってやろう』
小太刀で肉を削ぎ、美味しそうな部分を選んで服のなかへ。
ジワリと温かい肉が股間に当たると、また少し興奮がやってくる。夢中で肉を詰め込んでいると、背後から声。
「おい、そこで何をして……ヒエッ! あ、赤い髪! や、そ、それに、何だ、血!? し、死体!? だ、誰か! 誰かーー!」
声の主はひとりで喚き立てたあと、背中を向けてどこかへ消えた。
『なんだアイツ? いろんな人間が見れて面白いな!』
『そうだね。また来よう』
おみやげで重くなった服を押さえて、それは駆ける。群れの待つ山へ。
『今度は明るいうちに来てみような』
湿った肉の上で、蜘蛛が楽しそうに跳ねた。
本編よりR-15要素(性的、残酷描写)が強いです。
お気をつけください。
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痛い。踏んづけて折れた小枝が、跳ねて脛を打つ。
痛い。進路を邪魔する低木の葉が、腕を切る。
痛い。オーバーペースで走り続けて、肺が、脾臓が、腸が、胃が、横隔膜が。あらゆる臓器が悲鳴を上げる。
こみ上げる吐き気を必死に抑え、女は走り続けた。
目前の草木を掻き分け、獣がつくったらしき細く固い大地を蹴る。
微かに木々の隙間から行先を照らすのは、橙がかって異様な満月。
からだが重い。
腹のなかに、荷物がある。
その荷物を守るために、女は今、駆けている。
追手が来る。来ているはずなのだ。
しかし、山中に響き渡る音は己のもののみ。音無く追われる焦燥が、さらに女を駆り立てる。
突如、
「ぐえ」
カエルのような声を漏らし、女が宙に浮いた。
首には、いつの間に巻かれたのか、輪にした縄。
女はしばらく身悶えたが、そのうちに手足をだらりと下げた。
「赤鬼め。我らから逃げきれると思うたか」
標的が息絶えたのを確認し、突如現れた男は握っていた縄から手を放す。
「不吉。血の色をした髪と瞳」
男は触れることすら本意ではないというように苦虫を噛み潰した顔をして、手慣れた様子で死体の眼球を繰り抜いた。
この閉鎖された島国では見かけることのない、赤みがかった瞳の眼球。持ち帰れば、じゅうぶんに獲物を仕留めた証となる。
そして男は、消えた。
音も無く、匂いも残さず。そこには最初から最後まで女ひとりしか居なかったかのよう。
周囲の空気を震わせるのは、女の眼窩から流れるトクトクという血の音だけ。
男が去ってたったの数秒。
血の匂いを嗅ぎつけて、三匹の山犬が現れた。
母親らしい山犬が一匹。子どものような山犬が二匹。
周囲を警戒し、障害が無いと分かると、三匹の山犬は一目散に女の死体に食らいついた。
猛烈な勢いで、鋭い牙を食い込ませ噛み千切る。腕を、足を、首を、そして腹を。
水音混じりの咀嚼音があたりに響き、間もなく。
「ガウ!」
母犬が短く鳴き、子犬達は動きを止めた。
『何かいる……まだ、生きている』
半分ほど食い散らかされた女のからだ。その腹のなか、小さきものが丸くなっていた。
母犬は、前足でそっと、それを突いてみる。
途端、上がる産声。
「ぎゃあぎゃあ」
血まみれのそれをそっと舐めてみれば、泣き喚く声は一層激しく、森中へ響き渡る。
「ぎゃあぎゃあ」
”これには、生きる意思がある。こんなに小さく弱々しいのに、必死で泣き、生きようと足掻いている。”
『母ちゃん。それどうするの? うるさいから早く静かにさせよう』
『やわらかそうだね。早く食べよう』
キャンキャンと吠え立て周りを駆ける二匹の子犬。
『いいえ、これは食べませんよ。今日からお前達の兄弟になるのです。仲良くできますね?』
母犬はそれを咥え、巣への道を引き返しはじめた。
*
それの生命力は凄まじいものだった。
病気ひとつせず兄弟犬と共にすくすくと育ち、獣と話をし、山を駆け、木から木へと飛び移る。闇のなかでもモノが見え、機敏に動き、気配を消して獲物へ近づく。
兄弟が囮になり、または獲物を追い立て、それが待ち伏せとどめを刺す。いつしか、これがこの小さな群れの狩りの完成形となった。
この日も、山で狩りを終えた三匹は仲良く、母犬が待つ岩穴へ帰還。
『母ちゃん。今日は鹿はとれなかったけど、かわりに兎が二羽とれた。それと桃がたくさんとれた。この前嵐があったから、いっぱい落ちてた』
兄犬の報告の横で、それが服のなかから桃をバラバラと落とした。
それの衣類は、昔、毛皮を持たぬそれのために、母犬がふもとの村から盗んで来たもの。
人間の大人サイズの服はそれには大きく、そのままでは着られないので、手首や足などところどころを紐で縛り止めてある。
そうして余った布の部分は、袋のようにものを入れて運ぶのに丁度良い。
衣類の他には、爪や牙の代わりに、小太刀と鉤爪付きの甲手。最後に、牙と角の生えた不思議な面。これは返り血で視界を妨げられるのを防ぐ。
『食事の前に、話があるの』
三匹の持ち帰った収穫を前に、母犬が口を開いた。
『よくお聞き。私はもう歳だし、からだがだんだん言うことをきかなくなってきている。お前達三匹はもう立派な獣としてやっていけている。私が死んでしまっても何の問題もないでしょう』
『だけど』と、母犬はそれに目を向け、
『お前には、もうひとつの選択肢があるんだよ。実はお前は、山犬ではないの。人間という生きものなのよ。お前を拾ってから、私達は人間との接触を避けてきたから、知らないでしょう。このまま獣として生きるのも構わない。でも、人間として生きるという方法もある。死を身近に感じ始めて、私は本当にこのままで良いのか、自分の選択が正しいのかどうか、分からなくなった。お前は人間としてはまだまだ子どもだし、今ならまだじゅうぶんに人間に馴染むことが出来るんじゃないかと、考えはじめたのよ』
それは、ポカンと母犬を見つめて、繰り返した。
『にんげん』
『そう、人間よ。一度、人間の暮らしを見てきてごらんなさい。それから、どちらで生きるか決めれば良い』
「アオオン」
長い長い母犬の遠吠え。すると、天井の隙間から、銀色に輝く糸が一本降りてきた。
その先端に揺れるのは、それの小さな手の爪ほどの蜘蛛。
『人間は私達とは違う言葉を話します。この蜘蛛がお前に付き従い、通訳してくれるでしょう。連れてお行きなさい』
『どーも! オイラ、いろんなものを見てまわりたかったんだな! アンタのお付きになれてラッキーさ』
蜘蛛はぴょんと跳ねてそれのからだを這い上がり、服のなかへ潜り込んだ。
『オイラ、落ちないようにからだのどこかにへばりついてるから、気にせず動きまわってくれな!』
蜘蛛のくぐもった声が途切れると、母犬は、
『夜が来る。まずはこっそり町へ降り、人間がどんなものか見てきてごらん。さあ、お行き』
*
それは闇のなか、山の斜面を駆け下りる。
月は出ているかと空を見上げたが、残念ながら雲に隠れて見えない。
それは月を眺めるのが好きだ。
兄弟達もそうだった。月を見るとなぜだかからだがウズウズして、遠吠えせずにはいられないのだ。と彼らは語った。
それは特に吠えたくはならなかったが、からだがウズウズする気持ちは少し分かるような気がしたし、時には一緒になって吠えた。
【町】。そこは、人間が群れをなして暮らす場所。
たどり着いた町の外れには、それと似た生きものがいた。姿形だけならば、なるほど、兄弟達よりも、よほど。
しかしその生きもの達は、器用に二本の足で立ち、背筋を伸ばし歩いている。
背を曲げ、前足と後ろ足を使って移動する それとは、少し違うもののよう。
同じ【人間】として町で暮らすなら、真似すべきだろうか?
それは見よう見まねで背筋を伸ばして一歩踏み出してみる。二歩、三歩。
何歩進んでも、戸惑うばかり。
これは獲物を狩るのに向いていない。なぜもっと全身を使わないのだろう?
人間の少ないところで考えていると、後ろから声をかけられた。
「僕ゥ、こんな暗いとこで何してるの?」
『ここで何してる? って聞かれてるな! わっ、こいつ臭い! 酒の匂いがプンプンするさ!』
「あらあんた、近くでよく見たら忍び装束を着てるねえ。サイズが全然合っていないようだけど。こんな小さいのに、忍びの人? じゃあもしかして、お金いっぱい持ってるんだ? お姉さんがイイコト教えたげる。小判を弾んでよォ」
『何かいいことを教えてくれるらしいな!』
「アウアオ、ウオン?」
通じていないのだろう。構わず人間はそれの服のなかに手を入れ、あちらこちらを撫で回す。
「だーいじょうぶよ。お姉さんに任せて。とっても気持ちの良いこと教えてあげるからね」
夜の路地裏。数歩先も見えない暗がりで、人間の手が敏感なところをせめたててくる。
はじめて襲い来る謎の感覚。怖い。怖い。怖い!
それの口から呻きが漏れる。
「怖がらなくったっていいのよ。ほら、固くなってきたわ」
人間の手の動きがだんだんとはやくなる。
その動きに合わせて、チカチカと目がくらむ。
徐々に激しく湧き上がってくる抗い難い快感と恐怖が絶頂に達したとき――。
「ウ、ウ、ウアアアア!!」
それは絶叫した。
「ハァ、ハァ」
恐ろしいほどの感情の昂ぶりの後に、とてつもない快感が来た。
人間の首には、思わず突き刺してしまった小太刀。引き抜くと、ビッと一筋飛び出す鮮血。勢い止まず溢れ出る。滝のように。
ドクドクと脈打つ股間は内側から湿り気を帯びて。そこに染み込む人間の血液。生暖かい温度が適度な疲労感と快感の残響を増幅させる。
人間を殺すのは、こんなにも気持ちが良いものか。
人間を殺すのは、とても気持ちが良いものだ。
人間を殺すと、気持ち良くなるんだ。
人間を殺す、快感!
『いいことって、何だった? 何かわかった?』
『人間を殺すと気持ちが良いんだ。山で狩りをするときはこんなことないのに。人間を殺す瞬間に、からだのなかから、何かが飛び出すみたいな』
『へえー、教えてもらえて良かったな!』
『うん。ちょっとお腹が空いた。人間って食べられるかな?』
それは、絶頂の余韻もそのままに、眼前に倒れている人間の柔らかそうな部分を少し切り取り、口に含む。
『大丈夫そうだ。兄弟達にも持って帰ってやろう』
小太刀で肉を削ぎ、美味しそうな部分を選んで服のなかへ。
ジワリと温かい肉が股間に当たると、また少し興奮がやってくる。夢中で肉を詰め込んでいると、背後から声。
「おい、そこで何をして……ヒエッ! あ、赤い髪! や、そ、それに、何だ、血!? し、死体!? だ、誰か! 誰かーー!」
声の主はひとりで喚き立てたあと、背中を向けてどこかへ消えた。
『なんだアイツ? いろんな人間が見れて面白いな!』
『そうだね。また来よう』
おみやげで重くなった服を押さえて、それは駆ける。群れの待つ山へ。
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