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本編
第二三話 第四楽章:幸せへ続くマーチ※
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「運命の女神よ、我らを導きたまえ」
これは誰の祈りだったか。
*
城付近の森に密やかに集まる武装した集団。ついに計画を実行にうつさんとしている反乱軍。
その一団を、少し離れた木の陰から眺める姿がひとつ。
できれば反乱軍が動く前にこっそり忍び込み、混乱に乗じてカミィを連れ出してしまおうと考えたマリクだ。
もはやカミィ本人の意思は関係ない。命あってのなんとやら。
用意した武器は無骨な鉄パイプ一本。それでも、手ぶらよりは心強い。
よし。今なら行ける。
一団に気づかれないようそっと後退。数歩さがって、背中が何かにぶち当たる。
「おっと」
後ろに木でも生えてたかと振り向いて、マリクは硬直。
「お、おま、なんでここに」
「しー」
人差し指を口に当て、立つのは白衣の馬鹿野郎。白馬に乗ってないだけまだマシか。
「ったく。遅いんだよ。反乱の混乱に乗って、やるぞ。戦いになるかもしれねえ。お前、武器は?」
「ポケットにメスが数本」
「……急ごう。カミィの居る部屋は俺が知ってる。ついて来い」
以前忍び込むときに、城の間取りは頭に叩き込んだ。迷うこと無くたどり着けるはず。
まっすぐに城の裏手へ。ジュンイチも黙ってあとに続く。
森を抜け、生け垣に隠れ進むふたりが城の外壁へ差し掛かったとき。
「突撃!」
という声と、慌ただしい足音。続いて響くのは発砲音。
「はじまったか」
もたもたしている暇は無い。作戦、開始。
*
「何だ?」
騒々しい足音に、執務室でトーマスがひとりごとを漏らしたと同時。足音の主の大臣が、大慌てで駆け込んできた。
大臣の顔色は真っ青。丸々としていたほんの数ヶ月前の面影は無くゲッソリとやつれ、未だ丸い目だけがギラギラ光る。
「王様! 大変です! 民が武装して庭園に!」
「はぁ!? 状況は? 兵は何をしてる」
トーマスは腰の後ろに手をまわし、ホルスターから銃を取り出した。
ほくろの神父に穴を開けたあの拳銃。
「正門の見張りは不意打ちでやられたようです。銃声をききつけた中庭の兵が正面の庭園へ急行。現在はそこで応戦中です」
こういうときにこそと、一段と丁寧に銃の解体、点検をこなすトーマスは、劣勢の知らせに舌打ち。
「俺様は念のため奥へ避難する。鎮圧が済んだら呼べよ」
点検を終えた銃をふたたびホルスターにおさめて、大臣を一瞥することもなく執務室を後にする。
「豚どもめ」
正門から遠のけば静かな城内。外で暴動が起こっているという事実は、まだまだ白昼夢。
*
ウトウトとベッドでお昼の夢を見ていたカミィは、急に聞こえたガシャンという音に飛びあがった。
「ぴゃあ!」
音のしたほうを見ると、窓が割れてそこから誰かがはいって来てる途中。
「こ、ここには何もないよぉ!」
ぎゅっと目をつぶって、お膝を曲げて、頭までお布団にかくれんぼ。
「ここには何もないよ、本当だよぉ! 誰もいないよ。わたしはお布団のおばけだから!」
「落ち着いて」
からだがとろけそうな声がして、そっとお布団から顔を出したら、そこに居たのは毎日夢に見る――。
「吾妻様……?」
「そうだよ」
ほんのちょっとのおしゃべりで、心臓がドキドキ。からだはぽわぽわ。
「ぼーっとしてんな! 急げ! 早く逃げるぞ」
「あ、マリク……逃げる?」
もうひとつ声がして、カミィはハッと座りなおした。
「それはダメだよ」
「んなこと言ってられる状況じゃなくなったんだよ! ここは危険だ! 暴動が起きてる! もうすぐここにも反乱軍が来るぞ!」
*
そのとき、バン! と。
何の前触れもなく外側からドアが開かれた。
問答していた三人の注意は一斉にそちらへ向かう。六つの瞳の視線を受けて声を上げたのは――トーマス。
「何だお前達! ここで何をしてる!」
「やべっ見つかった! カミィはやく!」
すぐに事態を把握して、マリクはカミィの腕を引く。
「待てっ。何のつもりだ」
それを引きとめようとするトーマス。
「見つけたぞ、王!」
それをさらに引き止めたのは廊下からの声。
混戦地帯を抜けた反乱兵が五人、ここまでたどり着いたのだ。
「王、あなたを捕縛する。覚悟!」
ひとりの兵がトーマスへ近づくと同時、
「ゲツエイ!」
叫んで、トーマスは部屋の奥へ駆け込んだ。
カミィ達の立つベッドのそばを横切り、さらに奥へ。
あとを追おうと兵が数歩入室した瞬間。
空を斬る黒い風。
――天井から何かが落ちてきた。
部屋にいる人びとが認識したとき、すでに反乱兵のひとりが肉塊へと変わり果てていた。
右半身と左半身、お別れのようです。さようなら。脳天から縦にひとすじ、真っ二つ。裂かれた断面は一直線に芸術的で美しく。花開くように広がり崩れ、ニンゲンの欠片が飛び散れば、粘度の高そうな水音がビチャリ。
その光景はまるでスローモーション。
両隣に立っていた兵は反射的に肉塊を避けてあとずさる。
無意識に皆が壁際まで下がり、輪のようにポカリと開いた部屋の中心。
降り立ったのは、黒い影。二本の足で立つ、何か。
誰も声を出せず、息もできず。
ひとりトーマスだけが余裕の呼吸。
「いいぞ、ゲツエイ。やれ! ここにいる奴ら全員だ!」
ゲツエイはゆっくりと振り返り、愉快にニタっと牙を剥く。
右手にかぎ爪、左手に小太刀。ふたつの刃がきらめいて。
恐慌状態から持ち直した反乱兵が銃を構え直して叫ぶ。
「に、人数ではこっちのほうがう」
刹那にふたり目。首が飛ぶ。
ポーンと跳ね上がる首はブーケのように。
切断面が張り付いて、天井と首が短い逢瀬。重力に引かれ赤い糸を紡ぎ落ちた生首は、フローリングに着地して、運命的なキスでマリアージュ。
ふたつの肉から溢れて混ざり、広がっていく赤い沼。深く、濃く、底無しに。
沼に沈める玩具は何だ?
だるま落としにいたしましょう。
足首、膝、ふともも、腰。下から順に輪切りにすれば、ず、ず、ず、と崩れて落ちる。三人目。
あっという間に、三つの遺体の混ぜあわせが完成。
「もうやめてぇ! こんなのもう嫌ぁよぉ!」
血の匂い満ちる混沌のなか、突如カミィが走り出した。向かうは部屋の奥、トーマスの元。
動くものを標的とする殺人マシンが振り返る。絞られた瞳孔は照準装置。
狙いを定めて、飛ぶ!
「危ない!」
マリクの鉄パイプを奪い、ジュンイチは咄嗟にゲツエイの軌道に割り込んだ。迫るかぎ爪をパイプで弾く。
弾かれた反動を利用し、ゲツエイは後ろに跳躍。
空中高くでくるっと一回転。落下しながら、下に立つ反乱兵の首を股に挟む。足を四の字に曲げて兵の首を固定し、身体を捻れば、「ゴキッ」と重い音。捻った勢いに乗せて足を離すと兵は投げ飛ばされて壁に衝突。力を失いずり落ちる。座ったまま眠っているような姿勢で動かない。死んでいる。四人目。
その場にある全ての目は凄絶な光景に釘付け。
カミィだけがトーマスの足元へ跪いて懇願を続けていた。
「おねがい、あのひとにやめてって言ってよぉ。みんな血が出て痛いよ。だめだよぉ」
后は必死に言葉を投げかける。けれど王は見向きもしない。視線が全て一方通行。
「ごめんねって言ったら、みんないいよって言ってくれるよ。だからね、もうやめて、はやくお医者さんを呼んでみんなを……」
ゲツエイは五人目の首にかぎ爪を突き刺し、すでに息絶えたそれを持ち上げ嬲る。ぶるぶると身を震わせ、絶頂。
その光景から目を離すと、トーマスは腰の後ろに手を差し入れた。
拳銃を取り出し、引き金に指をかけ――
「おまえ、うるさいよ」
――ためらいなく引いた。
「やめろ!」
悲痛な叫びは発砲音にかき消され。
発射された鉛の玉は。
*
ドン。
強いちからがからだを走って。おへそ、手、足、あたま、ぜんぶちゃんとある? わたし、ばらばらになってたらどうしよう。
熱い。とっても熱い。からだのなかで火が燃えてるみたい。どんどんおおきくなる火。
それから、痛い。穴があいたみたい。こころが? からだが? どこが痛い? わからない。だって、いま――。
なにがおきたの?
これは誰の祈りだったか。
*
城付近の森に密やかに集まる武装した集団。ついに計画を実行にうつさんとしている反乱軍。
その一団を、少し離れた木の陰から眺める姿がひとつ。
できれば反乱軍が動く前にこっそり忍び込み、混乱に乗じてカミィを連れ出してしまおうと考えたマリクだ。
もはやカミィ本人の意思は関係ない。命あってのなんとやら。
用意した武器は無骨な鉄パイプ一本。それでも、手ぶらよりは心強い。
よし。今なら行ける。
一団に気づかれないようそっと後退。数歩さがって、背中が何かにぶち当たる。
「おっと」
後ろに木でも生えてたかと振り向いて、マリクは硬直。
「お、おま、なんでここに」
「しー」
人差し指を口に当て、立つのは白衣の馬鹿野郎。白馬に乗ってないだけまだマシか。
「ったく。遅いんだよ。反乱の混乱に乗って、やるぞ。戦いになるかもしれねえ。お前、武器は?」
「ポケットにメスが数本」
「……急ごう。カミィの居る部屋は俺が知ってる。ついて来い」
以前忍び込むときに、城の間取りは頭に叩き込んだ。迷うこと無くたどり着けるはず。
まっすぐに城の裏手へ。ジュンイチも黙ってあとに続く。
森を抜け、生け垣に隠れ進むふたりが城の外壁へ差し掛かったとき。
「突撃!」
という声と、慌ただしい足音。続いて響くのは発砲音。
「はじまったか」
もたもたしている暇は無い。作戦、開始。
*
「何だ?」
騒々しい足音に、執務室でトーマスがひとりごとを漏らしたと同時。足音の主の大臣が、大慌てで駆け込んできた。
大臣の顔色は真っ青。丸々としていたほんの数ヶ月前の面影は無くゲッソリとやつれ、未だ丸い目だけがギラギラ光る。
「王様! 大変です! 民が武装して庭園に!」
「はぁ!? 状況は? 兵は何をしてる」
トーマスは腰の後ろに手をまわし、ホルスターから銃を取り出した。
ほくろの神父に穴を開けたあの拳銃。
「正門の見張りは不意打ちでやられたようです。銃声をききつけた中庭の兵が正面の庭園へ急行。現在はそこで応戦中です」
こういうときにこそと、一段と丁寧に銃の解体、点検をこなすトーマスは、劣勢の知らせに舌打ち。
「俺様は念のため奥へ避難する。鎮圧が済んだら呼べよ」
点検を終えた銃をふたたびホルスターにおさめて、大臣を一瞥することもなく執務室を後にする。
「豚どもめ」
正門から遠のけば静かな城内。外で暴動が起こっているという事実は、まだまだ白昼夢。
*
ウトウトとベッドでお昼の夢を見ていたカミィは、急に聞こえたガシャンという音に飛びあがった。
「ぴゃあ!」
音のしたほうを見ると、窓が割れてそこから誰かがはいって来てる途中。
「こ、ここには何もないよぉ!」
ぎゅっと目をつぶって、お膝を曲げて、頭までお布団にかくれんぼ。
「ここには何もないよ、本当だよぉ! 誰もいないよ。わたしはお布団のおばけだから!」
「落ち着いて」
からだがとろけそうな声がして、そっとお布団から顔を出したら、そこに居たのは毎日夢に見る――。
「吾妻様……?」
「そうだよ」
ほんのちょっとのおしゃべりで、心臓がドキドキ。からだはぽわぽわ。
「ぼーっとしてんな! 急げ! 早く逃げるぞ」
「あ、マリク……逃げる?」
もうひとつ声がして、カミィはハッと座りなおした。
「それはダメだよ」
「んなこと言ってられる状況じゃなくなったんだよ! ここは危険だ! 暴動が起きてる! もうすぐここにも反乱軍が来るぞ!」
*
そのとき、バン! と。
何の前触れもなく外側からドアが開かれた。
問答していた三人の注意は一斉にそちらへ向かう。六つの瞳の視線を受けて声を上げたのは――トーマス。
「何だお前達! ここで何をしてる!」
「やべっ見つかった! カミィはやく!」
すぐに事態を把握して、マリクはカミィの腕を引く。
「待てっ。何のつもりだ」
それを引きとめようとするトーマス。
「見つけたぞ、王!」
それをさらに引き止めたのは廊下からの声。
混戦地帯を抜けた反乱兵が五人、ここまでたどり着いたのだ。
「王、あなたを捕縛する。覚悟!」
ひとりの兵がトーマスへ近づくと同時、
「ゲツエイ!」
叫んで、トーマスは部屋の奥へ駆け込んだ。
カミィ達の立つベッドのそばを横切り、さらに奥へ。
あとを追おうと兵が数歩入室した瞬間。
空を斬る黒い風。
――天井から何かが落ちてきた。
部屋にいる人びとが認識したとき、すでに反乱兵のひとりが肉塊へと変わり果てていた。
右半身と左半身、お別れのようです。さようなら。脳天から縦にひとすじ、真っ二つ。裂かれた断面は一直線に芸術的で美しく。花開くように広がり崩れ、ニンゲンの欠片が飛び散れば、粘度の高そうな水音がビチャリ。
その光景はまるでスローモーション。
両隣に立っていた兵は反射的に肉塊を避けてあとずさる。
無意識に皆が壁際まで下がり、輪のようにポカリと開いた部屋の中心。
降り立ったのは、黒い影。二本の足で立つ、何か。
誰も声を出せず、息もできず。
ひとりトーマスだけが余裕の呼吸。
「いいぞ、ゲツエイ。やれ! ここにいる奴ら全員だ!」
ゲツエイはゆっくりと振り返り、愉快にニタっと牙を剥く。
右手にかぎ爪、左手に小太刀。ふたつの刃がきらめいて。
恐慌状態から持ち直した反乱兵が銃を構え直して叫ぶ。
「に、人数ではこっちのほうがう」
刹那にふたり目。首が飛ぶ。
ポーンと跳ね上がる首はブーケのように。
切断面が張り付いて、天井と首が短い逢瀬。重力に引かれ赤い糸を紡ぎ落ちた生首は、フローリングに着地して、運命的なキスでマリアージュ。
ふたつの肉から溢れて混ざり、広がっていく赤い沼。深く、濃く、底無しに。
沼に沈める玩具は何だ?
だるま落としにいたしましょう。
足首、膝、ふともも、腰。下から順に輪切りにすれば、ず、ず、ず、と崩れて落ちる。三人目。
あっという間に、三つの遺体の混ぜあわせが完成。
「もうやめてぇ! こんなのもう嫌ぁよぉ!」
血の匂い満ちる混沌のなか、突如カミィが走り出した。向かうは部屋の奥、トーマスの元。
動くものを標的とする殺人マシンが振り返る。絞られた瞳孔は照準装置。
狙いを定めて、飛ぶ!
「危ない!」
マリクの鉄パイプを奪い、ジュンイチは咄嗟にゲツエイの軌道に割り込んだ。迫るかぎ爪をパイプで弾く。
弾かれた反動を利用し、ゲツエイは後ろに跳躍。
空中高くでくるっと一回転。落下しながら、下に立つ反乱兵の首を股に挟む。足を四の字に曲げて兵の首を固定し、身体を捻れば、「ゴキッ」と重い音。捻った勢いに乗せて足を離すと兵は投げ飛ばされて壁に衝突。力を失いずり落ちる。座ったまま眠っているような姿勢で動かない。死んでいる。四人目。
その場にある全ての目は凄絶な光景に釘付け。
カミィだけがトーマスの足元へ跪いて懇願を続けていた。
「おねがい、あのひとにやめてって言ってよぉ。みんな血が出て痛いよ。だめだよぉ」
后は必死に言葉を投げかける。けれど王は見向きもしない。視線が全て一方通行。
「ごめんねって言ったら、みんないいよって言ってくれるよ。だからね、もうやめて、はやくお医者さんを呼んでみんなを……」
ゲツエイは五人目の首にかぎ爪を突き刺し、すでに息絶えたそれを持ち上げ嬲る。ぶるぶると身を震わせ、絶頂。
その光景から目を離すと、トーマスは腰の後ろに手を差し入れた。
拳銃を取り出し、引き金に指をかけ――
「おまえ、うるさいよ」
――ためらいなく引いた。
「やめろ!」
悲痛な叫びは発砲音にかき消され。
発射された鉛の玉は。
*
ドン。
強いちからがからだを走って。おへそ、手、足、あたま、ぜんぶちゃんとある? わたし、ばらばらになってたらどうしよう。
熱い。とっても熱い。からだのなかで火が燃えてるみたい。どんどんおおきくなる火。
それから、痛い。穴があいたみたい。こころが? からだが? どこが痛い? わからない。だって、いま――。
なにがおきたの?
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