そしてふたりでワルツを

あっきコタロウ

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本編

第二十話   ☆誰がために(1)※

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 痩せた果物。傷ついた服飾品。砂の街にまばらに並ぶワゴンは容れ物だけが極彩色。
 反乱軍の同志を求め、細目の男はスラムの大通りへやってきた。誰かに声をかけようとあたりをみまわし、小柄な青年を視界にとらえて足を止める。

「すみません。少しおたずねしたいのですが」
「へ? 何スか?」

 声をかければ、青年はきょとんとした表情で顔を上げた。

「この辺で一番顔が広い方って、どなたでしょうか?」
「ああ! そりゃー、うちのボスッスよ。だってスラムの王ッスからね! 金貸しやってるッス。金に困ったら相談のるッスよ。取り立てはきびしーけどね」

 胸を張り答える姿は自分のことのように得意気。よほど自慢のボスらしい。

「そのスラムの王様とやらには、どこへ行けば会えますか?」 
「この道をまっすぐ行って、突き当りの手前で路地に入って、小さい空き地のそばにあるのがボスの家ッス。今日は仕事休みだから多分家で寝てるッスよ」
「どうもありがとうございます」

 スラムの王と呼ばれる人物なら、その人脈は大きいに違いない。説得すればかなりの戦力になるはず。
 男は丁寧に頭を下げて、教えられた道を歩きだした。




 目的地にあったのは、王が住むにしてはあまりに質素で冷たそうな家。
 薄汚れた壁、歪んだ木のドア。隙間風が吹き込みそうな。

 恐る恐るドアを叩く。コンコンと軽く。
 しばらく待っても返事は無い。もう一度、今度は少し強くゴンゴンと。

「王様ー。スラムの王様はいらっしゃいますか?」
「ああ!? でけー声で何言ってんだ!?」

 勢いよくドアが弾かれて、現れたのは人相の悪い青年。対面してあからさまに細められた瞳で、見た目の凶暴さがさらに増す。

「誰だテメー」
「はじめまして、私は教会組合から参った者です。赤茶髪の青年の紹介で、この辺で一番顔が広いというスラムの王様に話をきいていただきたく」
「ボコのやろーか……。その王様ってのやめろ! 俺の名前はマリクだ」
 
 スラムの王はチッ。と舌打ち。
 ソファへ腰掛け背もたれに肘を置き、片足を上げてふんぞりかえる。どこから見ても悪い王様。そんな態度で。



「で、神父が一体何の用だ? 勧誘なら帰れよ。俺は神なんか信じちゃいねーからな」
「マリクさんは昨今の国王の政治についてどう思われますか?」
「は?」
「上がったまま一向に下がらない税に、皆喘いでおります。城へ掛け合いに向かった仲間は、非道な方法で殺されました。我々国民は今こそ立ち上がるべきです。教会組合と、街の方々、すでにちらほらと賛同者が集まっています。スラムの皆さんにもこの事実を知っていただきたいのです」

 まったくもって興味なさそうに途中あくびを数度見せつつ、スラムの王は黙って話が終わるのを待っていた。
 そして、

「それで?」
「はい。マリクさんから、ぜひともスラムの皆さんにも声をかけていただけ」
「はあ」

 遮って吐かれた息は、「違う、そうじゃない」と言いたげにわざとらしく。

「いくら?」
「え?」
「金だよ。いくら出すのかってきいてんだよ」

 ハッとして、男は頭を振った。

「すみません。お金は用意していませんでした」
「ふざけてんのかテメー。タダでそんなことやる義理はねーよ馬鹿野郎」

 間髪いれずに、眼前のローテーブルが蹴り飛ばされる。

「しかし、スラムの治安も良くなりますよ」
「政治だの治安だの知ったこっちゃねーよ。金を払うか払わないか。それが全てだ。用が済んだならとっとと帰りやがれ」

 追撃に投げられる拒絶の意思。それでも。

「我々はテロ行為を犯すこともやぶさかではない覚悟です。正直に申しますと、あなた方のような暴力に慣れた方にも協力を仰ぎたい」
「あぁ!? テメーは俺達を何だと思ってんだコラ! タダで使える戦力か? ふざけんじゃねぇぞ。傭兵を雇うのだって金がいるだろ。そういうナメた態度で利用しようとしてくる奴が俺は一番ムカつくんだよ」

 立ち上がったマリクに胸ぐらを捕まれて、押し付けられた壁は石の感触。前からも後ろからも伝わる冷気。

「わあほら暴力が」
「うるせえ!」

 殴られる!
 男が覚悟して歯を食いしばったとき、マリクの手がふいに止まった。

「テロって言ったな? 何するつもりだ」

 服ごとひっぱり上げられ、飢えた狂犬が目と鼻の先。震えるなと言うのは無理な距離。

「武器を入手し、直接城へ攻め込むつもりです」
「武器を持って、城へ……?」

 何かを考え込んだ様子で、スラムの王の手が緩む。その隙に捕獲から逃れ、男は脱兎のごとく家から飛び出した。

「さ、さようならっ!」

 恐怖が追って来ませんように。振り返る勇気すらなく、ただ祈りながら。




 ほうほうのていでマリクのところから逃げ出した男は、広い通りへ戻ってやっと一息。幸い、追ってきている気配はない。

「あっ、はやいッスね! ボスとは会えたッスか?」
 背後からかかった明るい声。顔を向けると、そこに居たのはさきほどの青年。この子犬のような彼があの恐ろしい人物の部下だというのが信じられない。

「いえ、それが……」
「そうなんスかー。しゃーないッスね!」

 結果を話すと、青年は残念がることもなく快活に「あはは」。
 もともと上手くいくと思っていなかったか、もしくは脳天気な性格か。緩んだ口元をみるに、後者が濃厚。

「あ、そんじゃ、かわいそーだからもうひとり紹介してやるッスよ」

 そうして青年がしゃがみこみ手に取ったのは、その場に落ちていた大きめの石。握ってガリガリ、薄く砂の積もる地面に描き出される抽象画。蛇のようなミミズのような、不可思議でぐねぐねした細長い線の集合体。
 青年は描き終えると、ぐねぐねの一点を指した。

「ここ! ここに行くといいッス」
「あの、この図は?」
「街の地図!」
「地図ですか」

 思考を凝らせば、なるほどたしかに。
 かろうじて地図に見えなくもないようなこともないようなあるような。

「ここに何が?」
「ディエゴさんって人の便利屋があるッス。貴族とかにも知り合いがいるって噂で、顔も広いし、多分、話聞いてくれるッスよ。報酬は取られるかもしんないけど、ボスよりは優しいはず」
「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げていいか」
「いッスよ! そのかわり、オレに可愛くておっぱい大きい彼女ができますようにって女神様にお願いしといて!」
「はい?」
「神父さんって女神様にお願いする仕事っしょ?」

 青年はどうやら神父という職業について壮大な勘違いをしている。スラムには女神信仰が普及していない事を身をもって実感し、心もからだも痛い。

「承りました。運命の女神の導きがあなたに訪れますように」

 武器を持って城へと言えど、実際はその入手法も考えあぐねていたところ。ついでに相談すれば一挙両得。

 便利屋ディエゴなる人物の事務所。願わくば、スラムの王の居城より暖かな場所でありますように。
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