そしてふたりでワルツを

あっきコタロウ

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本編

第十四話   ☆リインカーネーション(1)※

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「なに……これ……」
 紙のうえでおしゃべりする黒いインクは意地悪な顔。大きくなったり、小さくなったり、とびはねながら、目のなかへ。

みて!血だらけのひとの絵が」「嘘じゃないよ!いっぱいあって」「だって知ってる言葉がオフィーリア場所がお城」「わかるでしょう?前の王様の絵も」「全部本当のこと!ひみつの匂い


 
「お前。ここで何をしてる」
 背中のほうで、声がして。
 後ろを向いたら、夜のなかのお月さまみたいな、金色の髪の王様がいた。

「あっ、勝手にお部屋に入ってごめんなさい。お話をしようと思って来たの。あのね、これなぁに? 前の王様は病気でいなくなっちゃったって聞いてたのに、この絵はお怪我みたい」

 トーマス様の冷たい目が細くなって、頭の一番うえから足のさきまで、カミィのからだが寒くなる。逃げ出したくなったとき、王様トーマスは、ふっと、あったかくにっこりした。

「捜査資料を見たんだね。父上が病死だと発表したのは、国民の精神ダメージを考慮してなんだよ。なにせ、たくさんいた兄達もみんな、不幸な病気や事故・・・・・・・・で亡くなったろ? 王族で残ってるのは、もう僕と父上だけだった。ここにきて父上が殺害されたなんて、そんな不穏な真実を発表して、不安を煽らないほうが良いと思ってね。嘘も方便ってやつさ」

 その声は舞踏会のときとおんなじ、マシュマロのふわふわ。甘くて、優しい、とろとろのお菓子。

「でも、でも、これね、前の王様だけじゃなくて、他にもいっぱい、病気じゃなくって」
「なんだ、全部見たのか」
「ほわ?」

 目をパチパチしてるあいだに、マシュマロは石になっちゃった。噛んでガチンと、歯がぽろり。

「好奇心は猫を殺すと忠告したはずだがな。賢く立ちまわれ、とも。若さのせいか、少々頭が弱いとは思ったが、まさかここまでとは。お前の頭はフルーツケーキか? 話していると甘ったるくて吐き気がするよ。生ゴミ」

 王様のお話はチクチクフォーク。ひとつひとつが痛い痛い。

「お前は一体何が目的なんだ? 馬鹿なら馬鹿なりにおとなしくしていればいいだろう。チョロチョロと動きまわって、何を企んでる?」
「わたしは何も……もうちょっとトーマス様のことをわかりたいと思って」

「理解する必要なんか無い!」

 黒い靴がキックする。ボールはわたし。
 転んだ手から、ファイルの紙が逃げてっちゃう。バサバサ空飛ぶ白いページ。どこにも行けない。だってケージのなか。

 痛いところを撫でてそらを見ると、お月さまはやっぱり笑ってた。

「いいか、よく聞け。全て俺様が仕組んだことだ。俺様の邪魔になる奴は・・・・・・・・・・全員殺す・・・・。計画の最後に父上あれの死骸を見たときなんか、こらえきれなくて笑ってしまったよ。愉快だった。ハハハハ」

 ピエロみたいなニコニコ仮面マスク。だけどほっぺに、涙の絵。

「何度も言わせるな。お前も命が惜しければ俺様の言うことを黙って聞いていればいいんだ。余計な干渉や詮索はするな」

「どうして?」

 笑った声が止まって。ニコニコが壊れて。

「詮索するなと言ったそばから! お前はどこまで馬鹿なんだ。それともやっぱり馬鹿のフリをして何かを探ってるのか? どんなに探しても証拠は出ないぞ。残念だったな。だけどこれ以上ウロチョロされても目障りだ。誰か! 誰か居ないか!」

 やってきた兵士に引かれて廊下に出て、カミィはもう外が暗くなっているんだと知った。
「やめてよぉ! 離してぇ」
「そいつを部屋まで連れて行け。外から鍵をかけて見張りを立てろ。指示を出すまで絶対に部屋から出すな」
 そうして、王様はお仕事部屋へ。ゴトリと、重い鍵の音。

「まって! トーマス様! トーマス様!」
「お后様、こちらへ」

 誰もいない廊下。こだまさんも、お返事をくれない。


*


「どこもかしこもゴミばかり……。おい、ゲツエイ!」

 虚しく床に散らばった資料を踏みにじり、虚空に向かってその名を呼べば。

 どこからともなく現れる、黒い衣装の異形な男。
 蒼白の顔に紅化粧。右目に掛かるは双角の面。首の手ぬぐいと、高くひとつに縛った髪が、それぞれ赤く背中に垂れる。
 頭頂からつま先まで、まるっきりこの国のものではない様相。

「しばらくあの女を見張れ。まだ殺すなよ」
 指示を出すと、ゲツエイは首を縦に振り、そのまま音もなく消えた。

 途端、無重力のような疲労感を覚え、トーマスは椅子に身体をあずけた。少しのあいだ目を閉じて、暗闇に感覚を任せよう。




***


 王に引き取られたばかりのトーマスは、まだ自我も芽生える前の幼子だった。

 母は貴族ではなく市井の娘だったが、評判の立つような美しさで、たまたま王が戯れに遊んだだけの女。相手が王だと女が知ったのは、子を身籠ったと分かった後。女は悩み、ひとりでも育てる覚悟で産んだ。
 けれど母ひとり、子ひとりの生活はやはり苦しく。周りのサポートを受けられる状況でもなかった彼女は、ダメでもともと。泣く泣く王に手紙を出し助けを求めた。

 そこではじめて自分に子があると知った王は、「女と暮らすことはできないが、子どもは引き取る」と返事をした。
 自分と居るよりも良い生活が送れるだろうと、女も承諾した。

 そうして城で暮らすことになったトーマスは、乳母の世話のもと、順調に育った。

 しかしすでに十一人もの王子が居た王家では、彼の立ち位置は限りなく低く。
 引き取りはしたものの、王は忙しさで彼に目をかけることはせず(これは他の兄弟達も同様に、王から贔屓して寵愛を受けた子は居なかったが)。
 また、兄達も新しく一族に加わった弟を可愛がろうとはしなかった。それどころか、彼を【雑種】と呼んで陰湿な虐めを繰り返した。
 虐めは王にバレぬよう影でコソコソと行われ、気づいた使用人やメイドも、立場上仕方なく見てみぬフリをした。

 広いお城、たくさんの人。そのなかで、小さな彼はひとりぼっち。

 実力がつけば、認められるはず。
 誰にも文句を言わせないよう、トーマスは勉学にのめりこんだ。勉強をしているときだけは、煩わしい何もかもを忘れられたし、知識が増えるのは純粋に楽しかった。

 それでも時折、ストレスが貯まって仕方のないときがある。
 そんなとき、鬱憤のはけ口は、虫や小動物などの自分より弱くて小さな生きもの。



 ある日。よく晴れた日だった。
 トーマスは城の庭の端にしゃがみこんで、蟻の行列を眺めていた。
 
 少年が落とす影のなか、小さな黒い点達は、せっせと食べものを巣へ運ぶ。
 だが、巣のあるべき場所には土が盛られていて、規則正しい列はそこで崩れてしまうのだ。睡魔と闘いながら鉛筆で線をひいたときのように、一本の線がぐしゃぐしゃのダマになる。

 苦労して食べものを運んでも、ゴール目前で全て無にかえってしまう働き蟻を見ていると、たまらなく愉快。この状況を作り出したのは自分。思い通りの世界。弱者の存在を目にすることで、優越感に浸ることができる。

 鳥肌が立つ感覚をしばし堪能し、満足して立ち上がる。
 最後にはトドメも忘れない。中途半端は一番良くないのだ。巣のまわりで戸惑う集団を踏みにじって振り返ると、いつのまにか真後ろに人が立っていた。

 トーマスとほとんど同じか少し下くらいの年齢に見える少年。

 この国では見たことのない服装、頭に引っ掛けた白い鬼の面、深く紅い髪。どれをとっても異質。にもかかわらず、存在が希薄。人の気配を感じられない。息がかかるほどの至近距離でも、実在しているのか不安になるほど。黒く、はっきりとした輪郭を保っているのに。

「うわ! 何だお前、いつからそこに居た!?」

 異形の少年は答えず、足元に散らばるちっぽけな群れの残りカスを、じっと見つめている。深緋の虹彩を絞って、興味深げに。

「お前もやりたいのか?」

 無言で向けられた針のような瞳に、月色の髪が映り込む。

「ほら、やれよ。どうせならこっちのほうが蟻より面白いぞ。足をちぎるんだ。次に触角、羽は最後だぞ」

 花壇に守られた蝶を捕まえ手渡せば、異形の少年は今度はそれをまばたきもせずに凝視。

「こうやるんだよ」
 言葉が通じているのか疑わしくなり、トーマスは手渡した蝶を奪い取って実演してみせる。

 羽を掴んで動きを封じ、足を一本ずつ引きちぎっていく。
 もぞもぞと動いていた蝶も、動かすパーツが無くなってはどうしようもない。
 最後に羽をもいで、芋虫に逆戻りさせた胴をふたつに分解して、捨て、踏み潰す。

「な? 面白いんだ。やってみろよ」

 異形の少年は頷いて、地に這う虫ケラを一匹捕獲した。蝶じゃなくとも要領は同じ。足を一本、また一本、もう一本。
 弱者をなぶる快感と、命を奪う背徳感。少年達はこみ上げる欲望のままに笑う。合わせ鏡でクスクスと。

 ひとしきり笑い終わると、最後に残った胴体を、異形の少年はそのまま口へ放り込んだ。



「うっ。なんでそんなもの食べるんだよ」

 感覚を共有したと思ったのもつかのま。
 ニヤニヤと咀嚼する少年から、トーマスは一歩距離をとった。
 虫を食べるなんて、普通の人間のやることじゃない。

 異形の少年は興奮冷めやらぬといった感じでハアハアと荒い呼吸音を発す。

「なんなんだよ、お前……」

 人の姿をした、人ではないモノ。コレはきっと、そういうモノ。

「ぼ、僕、もう行くから。じゃあな!」

 背筋にゾクゾクする震えを感じ、トーマスは城内へと走った。異形の少年はその場所から一歩も動かずにじっとどこかを見つめ立っていた。
 
 
 
 
 その夜、部屋でひとり眠りについていたトーマスは、悪夢にうなされていた。

 空も大地もない真っ暗な空間に放り出され、上も下も分からずに浮いている。
 ふわふわと深い海を行くようにその空間を泳ぐと、長い長い時間の果てに一点の光が見える。
 近づくに連れて光は大きく輪になって、くぐり抜けると地に足がつく。

 足裏に伝わる地の硬さを楽しんでいると、どこからか意地悪なピエロが幾人も湧いてきて、彼を取り囲んで嘲笑うのだ。ケタケタ。クスクス。イヒヒヒヒ。
 苦労して辿り着いた先にも救いはないと知ると同時、からだが足元から地面にズブズブと沈み、また何もない空間に逆戻り。

 無情なループが、何十時間もの体感となって、目覚めるまでずっと繰り返される。


 そんな夢を、よくみていた。
 この夢をみているとき、「これは夢だ」という自覚がある。
 苦しんでいる自分をもうひとりの自分が遠くから眺めていて、「はやく終わればいい」と退屈そうにしているのだ。
 朝が来れば終わる。もうひとりのトーマスは、それをただ待っているだけだった。
 

 だが、この日は、朝を待たずとも悪夢のループから抜け出すことになった。
 彼の身体を揺さぶる手によって。

「う……ん……だれ?」

 強制的に夢の世界から引きずり出された視界に飛び込んだのは、白い鬼の顔。

「わっ――」
 叫び出しそうなトーマスの口を抑え、馬乗になった鬼が姿を変える。面が外されその下からあらわれたのは、昼間に遭遇した異形の少年。



 トーマスが落ち着いたのを感じ取ると、少年は手を離し、ベッドからおりた。

「お、お前だったのか。どうしてここに。どこから入った? 見張りに見つからなかったのか?」

 少年はまた質問には答えず、おもむろに自らの衣類をまくった。なかから何かが落ちる。ぼたぼたと音をたてて。

「何だ?」

 サイドランプをあかく灯して、照らし出されたのは、うねり這いずる多量の芋虫。

「ヒッ!」
 トーマスの上擦った悲鳴を素早く手で阻む、ギラギラ輝く深緋の双眸。

 少年は芋虫をふたつにちぎってみせ、ニヤリと笑う。
 それは丁度、トーマスが昼にやってみせたこととよく似ていた。

「お前……僕と遊びたいのか?」

 少年は否定も肯定もしない。
 ただ口角を上げ前を見つめているだけ。
 トーマスはそれを無言の肯定と受け取った。

「いいぞ。それじゃあ子分にしてやるよ。お前、名前は?」

 ずっとニヤニヤしていた少年が、はじめて表情を変えた。
 静かに天窓を見上げ、身を震わせる。そこに言葉は無く。

「言いたくないなら別に言わなくていいけど、呼び名が無いと不便だぞ。仕方ない。僕がつけてやるよ」

 トーマスは少年を眺める。

 少年の視線の先には、完璧な満月。
 深い金色の月光が、国の全てを覆うように強く。

 光は影をともなって。二本の足で立つ少年の長い影は暗い室内よりもなお色濃く。
 境界は薄れ、溶け合って。

 それはまるで。



「月の影……ゲツエイ……うん、いいな。今日からお前はゲツエイだ。どうだ? 気に入ったか?」

 少年はニヤリと首を縦に振った。
 
 彼は今日から、月の影。
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