13 / 74
本編
第十二話 ☆捻れて、反転
しおりを挟む
「とても素晴らしかったですわ」「あの賑わいは歴代の王のなかでも一番でした」「お疲れになったでしょう。お着替えと軽食の用意がございますよ」
長いパレードが終わってお城へ帰ったら、たくさんの声が降ってきた。あっちからもこっちからもで、カミィの足はもたもた。目がまわりそう。
そこへ王様が歩いてきて、そっと耳元にひそひそ声で、
「着替えが終わったら執務室へ来い」
はい、ってお返事して顔を上げると、もう王様は遠く。
お城へ来てから毎日、ずっとこんな感じ。
王様は舞踏会の日とおんなじで、優しくて、いつもにこにこ。だけど、一緒のお城に住んでるのに、ふたりでおしゃべりは一回も無い。
顔を見るのもお仕事のときだけで、ご用が終わったら王様はお部屋に帰ってく。
今日はお話があるのかな?
着替えたカミィは言われた通り、ドアをコンコン。
「入れ」
短いお返事は、氷みたい。
いつもと違う感じがして、ソッとゆっくりドアのなかへ。
はじめて入ったお仕事の部屋。埃も、汚れも、ひとつもない。どこを見ても怖いみたいに白いなか、ひとつだけ、深く紅いカーテンがつよい色。
ドアを閉めると、いつのまにかとなりに王様が立っていて、腕を組んでカミィを見てた。
「お前、今日の態度は何のつもりだ」
「ほわ?」
何のことか分からなくて首を振ると、王様は乱暴にカミィの手をひっぱって、
「パレードだよ。国民の前で俯いてばかりいやがって。自分の役割が理解できていないようだな。どうして俺様がお前を選んだかよく考えろ。愛されてるとでも思ったか? そんなわけないだろ。単純に外見がよかったからだ。お前は俺様のアクセサリー、国民の支持を集めるための偶像なんだよ!」
「な、なぁに……?」
手が取れちゃいそうに痛い。
「お前の役目はその外見を活かして国民に愛想を振りまくこと。それだけでいいんだ。どうしてそんな簡単なことができない? おい、ちゃんと聞いてるのか!?」
「えっと、あの」
「チッ、グズめ」
急に目の前がぐらっとなって、押されて転んじゃったんだってわかったのは、床に尻もちをついたから。
「でも俺様はただのいじめっ子なわけじゃない。そんなゴミとは違うんだ。お前の働き次第ではペットくらいの扱いにしてやってもいいと思っている。せいぜい賢く立ち回ることだ」
王様は笑ってる。
話し方も、声も、怒って見えるのに、お顔だけが笑ってる。
雪の女王様が近くにいるんだ。だって、すごく寒くて背中がブルっとした。
そういえば、今日は王様が仮面をしていない。仮面の後ろにあったガラスみたいな青い眼は、いつも綺麗に光ってたのに。今はなんだか、星の無い夜。
「分かったらもう行けよ。ここでのことは誰にも言うな」
王様はドアを開けて、カチコチになったカミィに足をぶつけて部屋から出した。
夕焼け色の廊下、氷が溶けて。やっと頭もからだも動く。
今の人は本当にトーマス様? よく似てるけど違う人?
だって、王様は、クッションみたいにふわふわで、いつも笑顔。乱暴だってしないし、あんなに怖い人じゃ無かった。
これはもしかして悪い夢? 起きたらまだベッドのなかで、吾妻様からもらったお花で遊んでるかも。
でも。
ひっぱられてジンジンする手。撫でると痛いのが大きくなって、これは本当のことなんだよって言ってるみたい。よく見たら赤くなっちゃって。
夢じゃないって分かったら、我慢できなくて大きな涙がポロポロ。
「わたし、どうしたらいいの? パパ、ママ……吾妻様……」
涙が海になったなら、そのまま溺れちゃうかも。そうしたら、泡になって消えちゃうんだね。
***
【ももいろのまると、すばやいはりねずみ】
『愛しの息子へ、愛を込めて――
ふしぎないきものが たくさんくらす ほし ちょこりーむ。
このほしにいる にひきの いきものの はなしを しましょう。
ももいろで まるくて やわらかい いきもの。
なまえが ないので ももいろのまる と よびましょう。
とげとげで さわると すこし いたい いきもの。
はりねずみに にています。
すばやく うごくので すばやいはりねずみ と よびましょう。
すばやいはりねずみは うまれたときから ひとりぼっちでした。
おともだちがほしくて みんなにちかづいても とげとげが いたくて にげられてしまうのです。
すばやいはりねずみは がんばって おともだちを つくろうとしましたが いつも しっぱい していました。
だから ずっと ひとりぼっちでした。
すばやいはりねずみは すばやさをいかして たべものをとるのが じょうずでした。
けれど たべものをとっても いつも ひとりで たべていました。
すばやいはりねずみは さみしい と おもいました。』
***
前の国王が病に臥せったときのこと。
十人以上居る王家の血筋のなかから代理の王として選ばれたのは、一番末っ子のトーマスだった。
「末っ子なんて!」
もちろん異を唱えた者も居た。しかし、偶然なのか何かの意思か、不幸な出来事が重なって、ひとり、ふたりと消えていき、反対の声はだんだん小さくなっていった。
幼い頃より兄弟のなかで一番努力家だったトーマスは、身につけた能力を遺憾なく発揮。
代理の間ずっと、期待以上の仕事ぶりを見せ続けた。彼の政治は、それはそれは見事なもの。
仮面で顔を覆い、笑顔を貼り付け、いついかなるときも理想の王を演じ続けた。
そして今。
本物の王となった彼は、努力することを、やめた。もう、演じる必要は無い。
この日から。
――オフィーリア国歴代最高の王は、最悪の王と成り代わる。
長いパレードが終わってお城へ帰ったら、たくさんの声が降ってきた。あっちからもこっちからもで、カミィの足はもたもた。目がまわりそう。
そこへ王様が歩いてきて、そっと耳元にひそひそ声で、
「着替えが終わったら執務室へ来い」
はい、ってお返事して顔を上げると、もう王様は遠く。
お城へ来てから毎日、ずっとこんな感じ。
王様は舞踏会の日とおんなじで、優しくて、いつもにこにこ。だけど、一緒のお城に住んでるのに、ふたりでおしゃべりは一回も無い。
顔を見るのもお仕事のときだけで、ご用が終わったら王様はお部屋に帰ってく。
今日はお話があるのかな?
着替えたカミィは言われた通り、ドアをコンコン。
「入れ」
短いお返事は、氷みたい。
いつもと違う感じがして、ソッとゆっくりドアのなかへ。
はじめて入ったお仕事の部屋。埃も、汚れも、ひとつもない。どこを見ても怖いみたいに白いなか、ひとつだけ、深く紅いカーテンがつよい色。
ドアを閉めると、いつのまにかとなりに王様が立っていて、腕を組んでカミィを見てた。
「お前、今日の態度は何のつもりだ」
「ほわ?」
何のことか分からなくて首を振ると、王様は乱暴にカミィの手をひっぱって、
「パレードだよ。国民の前で俯いてばかりいやがって。自分の役割が理解できていないようだな。どうして俺様がお前を選んだかよく考えろ。愛されてるとでも思ったか? そんなわけないだろ。単純に外見がよかったからだ。お前は俺様のアクセサリー、国民の支持を集めるための偶像なんだよ!」
「な、なぁに……?」
手が取れちゃいそうに痛い。
「お前の役目はその外見を活かして国民に愛想を振りまくこと。それだけでいいんだ。どうしてそんな簡単なことができない? おい、ちゃんと聞いてるのか!?」
「えっと、あの」
「チッ、グズめ」
急に目の前がぐらっとなって、押されて転んじゃったんだってわかったのは、床に尻もちをついたから。
「でも俺様はただのいじめっ子なわけじゃない。そんなゴミとは違うんだ。お前の働き次第ではペットくらいの扱いにしてやってもいいと思っている。せいぜい賢く立ち回ることだ」
王様は笑ってる。
話し方も、声も、怒って見えるのに、お顔だけが笑ってる。
雪の女王様が近くにいるんだ。だって、すごく寒くて背中がブルっとした。
そういえば、今日は王様が仮面をしていない。仮面の後ろにあったガラスみたいな青い眼は、いつも綺麗に光ってたのに。今はなんだか、星の無い夜。
「分かったらもう行けよ。ここでのことは誰にも言うな」
王様はドアを開けて、カチコチになったカミィに足をぶつけて部屋から出した。
夕焼け色の廊下、氷が溶けて。やっと頭もからだも動く。
今の人は本当にトーマス様? よく似てるけど違う人?
だって、王様は、クッションみたいにふわふわで、いつも笑顔。乱暴だってしないし、あんなに怖い人じゃ無かった。
これはもしかして悪い夢? 起きたらまだベッドのなかで、吾妻様からもらったお花で遊んでるかも。
でも。
ひっぱられてジンジンする手。撫でると痛いのが大きくなって、これは本当のことなんだよって言ってるみたい。よく見たら赤くなっちゃって。
夢じゃないって分かったら、我慢できなくて大きな涙がポロポロ。
「わたし、どうしたらいいの? パパ、ママ……吾妻様……」
涙が海になったなら、そのまま溺れちゃうかも。そうしたら、泡になって消えちゃうんだね。
***
【ももいろのまると、すばやいはりねずみ】
『愛しの息子へ、愛を込めて――
ふしぎないきものが たくさんくらす ほし ちょこりーむ。
このほしにいる にひきの いきものの はなしを しましょう。
ももいろで まるくて やわらかい いきもの。
なまえが ないので ももいろのまる と よびましょう。
とげとげで さわると すこし いたい いきもの。
はりねずみに にています。
すばやく うごくので すばやいはりねずみ と よびましょう。
すばやいはりねずみは うまれたときから ひとりぼっちでした。
おともだちがほしくて みんなにちかづいても とげとげが いたくて にげられてしまうのです。
すばやいはりねずみは がんばって おともだちを つくろうとしましたが いつも しっぱい していました。
だから ずっと ひとりぼっちでした。
すばやいはりねずみは すばやさをいかして たべものをとるのが じょうずでした。
けれど たべものをとっても いつも ひとりで たべていました。
すばやいはりねずみは さみしい と おもいました。』
***
前の国王が病に臥せったときのこと。
十人以上居る王家の血筋のなかから代理の王として選ばれたのは、一番末っ子のトーマスだった。
「末っ子なんて!」
もちろん異を唱えた者も居た。しかし、偶然なのか何かの意思か、不幸な出来事が重なって、ひとり、ふたりと消えていき、反対の声はだんだん小さくなっていった。
幼い頃より兄弟のなかで一番努力家だったトーマスは、身につけた能力を遺憾なく発揮。
代理の間ずっと、期待以上の仕事ぶりを見せ続けた。彼の政治は、それはそれは見事なもの。
仮面で顔を覆い、笑顔を貼り付け、いついかなるときも理想の王を演じ続けた。
そして今。
本物の王となった彼は、努力することを、やめた。もう、演じる必要は無い。
この日から。
――オフィーリア国歴代最高の王は、最悪の王と成り代わる。
0
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

転生したのに平凡な少女は呪いを解く旅に出る
冬野月子
恋愛
前世、日本人だった記憶を持つミア。
転生した時に何かしらのチート能力を貰えたはずなのだが、現実は田舎町で馬方として働いているミアは、ある日公爵子息の呪いを解くために神殿まで運んで欲しいという依頼を受ける。
「これって〝しんとく丸〟みたいじゃん!」
前世で芝居好きだった血が騒ぐミアが同行して旅が始まるものの、思わぬ事態が発生して———
神殿にはたどり着けるのか、そして無事呪いを解く事が出来るのか。
そしてミアの隠された真実は明かされるのか。
※1日1〜2回更新予定です。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。



生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる