【完結】神の巫女 王の御子

黄永るり

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後宮の書庫

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 入宮の儀式の二日後、早速、アーシャの願いが聞き届けられた。
 後宮の書庫も侍女も手配された。
 物慣れないアーシャの側にいて、彼女なら色々と教えられるだろうということで、アーシャより二つ年上の十八歳のラダーと名乗る娘がつけられた。
 機転も利き、身のこなしも軽く、王と王妃の許可を得て後宮内にありながら、常に細身の剣を帯刀している。
 アーシャには詳しい身分は語らなかったが、どうやらハジャル王国の貴族の庶子らしい。
 そして後宮の書庫の鍵は、ファディーラからラダーに託されて、ラダーが管理することとなった。
 それゆえにアーシャは、書庫に行きたければラダーを伴って行くだけで良いのだ。

「本日も行かれるのでございますか?」
 そう呆れた声をアーシャの背中に投げかけたのはラダーだった。
 アーシャは、ラダーと書庫の鍵をあてがわれて以来、毎日のように後宮の書庫に通い詰めていた。
 読んでは何かを書き写し、書き写しては王妃に願い出て後宮に蓄えてある乳香や没薬、その他の香料の原料を分けてもらい、何か複雑な実験を繰り返していた。
 最初の頃は王妃も、アーシャの部屋での実験を認めていたのだが、だんだん様々な匂いが混ざった香りが自分の部屋まで及ぶに至って、書庫付近の空き部屋を実験用に使うようにと命じた。
 一か月ほど経った現在は、空き時間があれば書庫と実験室を行ったり来たりしていた。
「良い加減、一日くらい書庫に行かれるのをおやめになられませんか?」
「だめよ。今日からやっと先代の巫女さまの書になるのよ。やっと今に最も近い御方の書物が読めるのですもの。これほど待ちに待ったことはないわ」
 後宮の書庫では、重要な文書などの正本は閉架書庫に置かれていて見ることも読むこともできない。
 開架書庫の書物は読むことはできるものの、貸出禁止になっている。
 だから、書庫付属の閲覧室に入らないとゆっくり読めないのだ。
 もちろんアーシャが何か重大なものを書き写してないかどうかは、ラダーが最後に確認することになっている。
 書庫はいつ入っても良いのだが、その性質上、灯火の持ち込みが禁止されているため、最大で日の出から日没までとなっている。
 閲覧室でアーシャを一泊させないようにと、ラダーは王妃から厳命されていた。
 書物にのめりこみすぎると寝食を忘れてしまうアーシャを心配してのことだった。
 アーシャは、後宮の儀式や行事などがない場合は、基本的に朝餉の後に一度書庫に入り、昼餉の時間にラダーに無理やり出されて、午後は大半が香料の実験に費やすのだが、たまに王妃の命令でラダーと剣術や乗馬など体を動かす運動をさせられたりもする。
 そして夕餉前の時間にまた書庫に入る。
 夕餉の後は大人しく湯浴みに就寝でアーシャの一日は終わっていった。
 
 書庫に通うようになってから、意外にもアーシャの一日は充実していた。
 本来は側室という役目もあるのだが、それも王によって免除されているので、今は生き生きとしながら香料の学びと実験に全ての情熱を注いでいる。
「ラダー、今日はこの先代さまの日記と香料の書物にするわ」
 アーシャは二冊ほど分厚い書物を抱えて閲覧室に入っていった。
「わかりました」
 ラダーはいつものように内側から書庫の扉を閉めた。
 そして抱えていた筆記具を持ってアーシャの後を追って閲覧室に入っていった。
 アーシャは早速、日記の方から読んでいった。
(とてもではないが庶民の娘とは思えない。男子も驚くほどの本の虫だ)
 ラダーはアーシャの姿を見ながら、内心その向学心に舌を巻いていた。

 ラダーはアーシャが書物を読みふけっている間は、適当な本を閲覧室に持ち込んではそれを見るとはなく眺めながら、時間を潰していた。
 最初の頃は、滅多に見られない王族の系譜や貴族の系譜の副本に、物珍しくあれやこれやと見ていたのだが、すでに見たい書物もなくなり暇を持て余すようになった。
 しかも、書庫内は閲覧室も含めて飲食物の持ち込みは一切禁止とされているから、お茶をしながらというわけにもいかない。
 おまけに私物もほとんど持ち込みは許可されていない。
 筆記具は、王妃の権限で許可が出されているから持って入るだけなのだ。
「アーシャ様」
「何?」
 視線は日記に向けたまま、アーシャは返事を返した。
「手水に参ります」
「そう。行ってらっしゃい」
 ラダーの姿を見ることなく、手をひらひらとさせた。
 熟読していると、いつもアーシャはこんな感じになるのだ。
 ラダーは一礼すると、書庫を出て手水場に行った。
 当然ながら、表から閲覧室の鍵も書庫の鍵も閉めていく。
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