【完結】神の巫女 王の御子

黄永るり

文字の大きさ
上 下
11 / 26

後宮

しおりを挟む
 ハジャル王の後宮は、いちいち壮麗な世界だった。
 美しいアラベスク模様の装飾タイル、広間のアーチまで細かい透かし彫りが彫られている。
 部屋までの道中に、これらの装飾類も含めた後宮内の施設、空き部屋の話などを王妃自らアーシャに説明されるので、アーシャはただただ恐れ多い気持ちでいっぱいだった。
 さすがに薔薇王の庭で働いていた時は、三の姫に何かを案内されたことはなかった。
 特に今まで側室らしい女性が王にいなかったということで、後宮には空き部屋が多く、またそれに伴う侍女や女官たちも少ないので、仕える彼女たちの部屋も余っているらしい。
 ファディーラは豪快に、気に入った空き部屋があればいつでも自分の第二部屋や第三部屋にしても良いわよとアーシャに言ってくれた。
 ファディーラ自身も、王妃の主な部屋以外に幾つか部屋を持っていて、気分や季節によって部屋を変えているようだ。
 今は妊婦となってしまったので、もともとの王妃の部屋に戻ってあまり無理な移動は控えているらしい。
 ともかく後宮の主からは、好意的に迎え入れられた。
「ここがあなたの部屋よ」
 本当に王妃の部屋の入り口が廊下から伺えてしまえるような位置の部屋に、アーシャは案内された。
「ここ、でございますか?」
 唖然とした。
 これまでの空き部屋もそれなりに広さも装飾品も素晴らしかったが、この部屋は比べるべくもないくらい一級品の調度品が揃えられた部屋だった。
 見上げた天井には星をかたどったモザイク模様の細かいタイルがちりばめられているし、卓も椅子も触れるのをためらうほどの滑らかな細工に貴石が施されたものだし、敷物も金糸銀糸の刺繍がふんだんになされている。
 それに驚いたのは天蓋付きの寝台だった。
 それは昔、薔薇の香料を持って王妃や王女たちの部屋を回った時に、彼女たちの部屋にあった寝台と同じ様式のものだ。
(私、とても身分の高い人になったみたい)
 そう言いそうになって思わずアーシャは喉で言葉を飲み込んだ。
 正室に次ぐ地位、筆頭側室の地位が各国で約束される。
 それが『降嫁巫女』なのだ。
 改めて今の自分の身分を思い知らされた。
 出身身分がどうであれ、もはやアーシャはハジャル王国の降嫁巫女だ。
「それではね。アーシャ、しばらくこちらで旅の疲れを癒しなさい。飲み物もお菓子も準備させておいたわ。あなた付きの侍女も何人かここに控えさせておきますからね。あなたに仕える女官は、あなたが正式に陛下の側室になったらつけられることになるから」
 ハジャル王国の後宮では、私的には侍女が主の世話をし、公的には女官が主の補佐をする。
「ありがとうございます」
「そうそう湯浴みはしておきなさいね。そちらの準備もさせているから」
「湯浴み、ですか?」
 神殿では普段から湯浴みの習慣はなかった。
 水に濡らした布と乾いた布で体を二度拭きするくらいだ。
 湯浴みは週に一度程度だ。
「そう。後で私の部屋に招待するから」
「王妃様のお部屋でございますか?」
 王妃の部屋に伺うたびに事前に湯浴みする習慣がこの後宮にはあるのだろうか。
「そうよ。非公式の私主催の歓迎の宴にご招待するから。絶対に参加しなさいよ」
「はい!」
 昔のような命令口調で言われて、思わずアーシャは返事をしてしまった。
「ふふふ。ではね」
 にこやかに微笑みながら、ファディーラはアーシャの部屋を出て行った。
 アーシャはファディーラを見送ると、ほっとして長椅子に寝そべった。
「少しお休みなさいますか?」
 部屋の隅に控えていた侍女の一人が遠慮がちに声をかけてきた。
「そうですね。少しだけ寝ます」
「わかりました。一人を残して他のものは部屋の外に待機させますので、何かございましたらお声がけ下さいませ」
「ありがとうございます。湯浴みに行かなきゃ王妃様の宴に間に合わない時間まで眠ってしまっていたら、無理やりにでも起こして下さい。お願いします」
 アーシャは侍女相手に頭を下げた。
「わかりました。でも巫女様、私たちにそのようなお言葉遣いは今後はお止めくださいませ。これからこの後宮で巫女様が、丁寧なお言葉遣いでお話頂きますのは陛下と王妃様、王妃様の御子様、あとは賓客の方々だけでございます。それをお忘れなきよう、お願い申し上げます」
「わ、わかりました」
「巫女様」
「すみません」
「慣れるまでにしばらくかかりそうですね」
「そうですね」
 アーシャは侍女たちと顔を見合わせて大笑いした。
 なんせアーシャは、今まで仕えてきた経験ばかりで、仕えられた経験は皆無だった。
 この癖を直すまでは当分かかりそうだ。
 アーシャはふうっとため息をついた。
 一体、ここの暮らしになれるまでどれくらいかかるのだろうか。
 確かに王の後宮は、衣食住の全てが質素だった神殿とは何もかも規模が違っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」にも掲載。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

婚約破棄された令嬢の恋人

菜花
ファンタジー
裏切られても一途に王子を愛していたイリーナ。その気持ちに妖精達がこたえて奇跡を起こす。カクヨムでも投稿しています。

処理中です...