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後宮
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ハジャル王の後宮は、いちいち壮麗な世界だった。
美しいアラベスク模様の装飾タイル、広間のアーチまで細かい透かし彫りが彫られている。
部屋までの道中に、これらの装飾類も含めた後宮内の施設、空き部屋の話などを王妃自らアーシャに説明されるので、アーシャはただただ恐れ多い気持ちでいっぱいだった。
さすがに薔薇王の庭で働いていた時は、三の姫に何かを案内されたことはなかった。
特に今まで側室らしい女性が王にいなかったということで、後宮には空き部屋が多く、またそれに伴う侍女や女官たちも少ないので、仕える彼女たちの部屋も余っているらしい。
ファディーラは豪快に、気に入った空き部屋があればいつでも自分の第二部屋や第三部屋にしても良いわよとアーシャに言ってくれた。
ファディーラ自身も、王妃の主な部屋以外に幾つか部屋を持っていて、気分や季節によって部屋を変えているようだ。
今は妊婦となってしまったので、もともとの王妃の部屋に戻ってあまり無理な移動は控えているらしい。
ともかく後宮の主からは、好意的に迎え入れられた。
「ここがあなたの部屋よ」
本当に王妃の部屋の入り口が廊下から伺えてしまえるような位置の部屋に、アーシャは案内された。
「ここ、でございますか?」
唖然とした。
これまでの空き部屋もそれなりに広さも装飾品も素晴らしかったが、この部屋は比べるべくもないくらい一級品の調度品が揃えられた部屋だった。
見上げた天井には星をかたどったモザイク模様の細かいタイルがちりばめられているし、卓も椅子も触れるのをためらうほどの滑らかな細工に貴石が施されたものだし、敷物も金糸銀糸の刺繍がふんだんになされている。
それに驚いたのは天蓋付きの寝台だった。
それは昔、薔薇の香料を持って王妃や王女たちの部屋を回った時に、彼女たちの部屋にあった寝台と同じ様式のものだ。
(私、とても身分の高い人になったみたい)
そう言いそうになって思わずアーシャは喉で言葉を飲み込んだ。
正室に次ぐ地位、筆頭側室の地位が各国で約束される。
それが『降嫁巫女』なのだ。
改めて今の自分の身分を思い知らされた。
出身身分がどうであれ、もはやアーシャはハジャル王国の降嫁巫女だ。
「それではね。アーシャ、しばらくこちらで旅の疲れを癒しなさい。飲み物もお菓子も準備させておいたわ。あなた付きの侍女も何人かここに控えさせておきますからね。あなたに仕える女官は、あなたが正式に陛下の側室になったらつけられることになるから」
ハジャル王国の後宮では、私的には侍女が主の世話をし、公的には女官が主の補佐をする。
「ありがとうございます」
「そうそう湯浴みはしておきなさいね。そちらの準備もさせているから」
「湯浴み、ですか?」
神殿では普段から湯浴みの習慣はなかった。
水に濡らした布と乾いた布で体を二度拭きするくらいだ。
湯浴みは週に一度程度だ。
「そう。後で私の部屋に招待するから」
「王妃様のお部屋でございますか?」
王妃の部屋に伺うたびに事前に湯浴みする習慣がこの後宮にはあるのだろうか。
「そうよ。非公式の私主催の歓迎の宴にご招待するから。絶対に参加しなさいよ」
「はい!」
昔のような命令口調で言われて、思わずアーシャは返事をしてしまった。
「ふふふ。ではね」
にこやかに微笑みながら、ファディーラはアーシャの部屋を出て行った。
アーシャはファディーラを見送ると、ほっとして長椅子に寝そべった。
「少しお休みなさいますか?」
部屋の隅に控えていた侍女の一人が遠慮がちに声をかけてきた。
「そうですね。少しだけ寝ます」
「わかりました。一人を残して他のものは部屋の外に待機させますので、何かございましたらお声がけ下さいませ」
「ありがとうございます。湯浴みに行かなきゃ王妃様の宴に間に合わない時間まで眠ってしまっていたら、無理やりにでも起こして下さい。お願いします」
アーシャは侍女相手に頭を下げた。
「わかりました。でも巫女様、私たちにそのようなお言葉遣いは今後はお止めくださいませ。これからこの後宮で巫女様が、丁寧なお言葉遣いでお話頂きますのは陛下と王妃様、王妃様の御子様、あとは賓客の方々だけでございます。それをお忘れなきよう、お願い申し上げます」
「わ、わかりました」
「巫女様」
「すみません」
「慣れるまでにしばらくかかりそうですね」
「そうですね」
アーシャは侍女たちと顔を見合わせて大笑いした。
なんせアーシャは、今まで仕えてきた経験ばかりで、仕えられた経験は皆無だった。
この癖を直すまでは当分かかりそうだ。
アーシャはふうっとため息をついた。
一体、ここの暮らしになれるまでどれくらいかかるのだろうか。
確かに王の後宮は、衣食住の全てが質素だった神殿とは何もかも規模が違っていた。
美しいアラベスク模様の装飾タイル、広間のアーチまで細かい透かし彫りが彫られている。
部屋までの道中に、これらの装飾類も含めた後宮内の施設、空き部屋の話などを王妃自らアーシャに説明されるので、アーシャはただただ恐れ多い気持ちでいっぱいだった。
さすがに薔薇王の庭で働いていた時は、三の姫に何かを案内されたことはなかった。
特に今まで側室らしい女性が王にいなかったということで、後宮には空き部屋が多く、またそれに伴う侍女や女官たちも少ないので、仕える彼女たちの部屋も余っているらしい。
ファディーラは豪快に、気に入った空き部屋があればいつでも自分の第二部屋や第三部屋にしても良いわよとアーシャに言ってくれた。
ファディーラ自身も、王妃の主な部屋以外に幾つか部屋を持っていて、気分や季節によって部屋を変えているようだ。
今は妊婦となってしまったので、もともとの王妃の部屋に戻ってあまり無理な移動は控えているらしい。
ともかく後宮の主からは、好意的に迎え入れられた。
「ここがあなたの部屋よ」
本当に王妃の部屋の入り口が廊下から伺えてしまえるような位置の部屋に、アーシャは案内された。
「ここ、でございますか?」
唖然とした。
これまでの空き部屋もそれなりに広さも装飾品も素晴らしかったが、この部屋は比べるべくもないくらい一級品の調度品が揃えられた部屋だった。
見上げた天井には星をかたどったモザイク模様の細かいタイルがちりばめられているし、卓も椅子も触れるのをためらうほどの滑らかな細工に貴石が施されたものだし、敷物も金糸銀糸の刺繍がふんだんになされている。
それに驚いたのは天蓋付きの寝台だった。
それは昔、薔薇の香料を持って王妃や王女たちの部屋を回った時に、彼女たちの部屋にあった寝台と同じ様式のものだ。
(私、とても身分の高い人になったみたい)
そう言いそうになって思わずアーシャは喉で言葉を飲み込んだ。
正室に次ぐ地位、筆頭側室の地位が各国で約束される。
それが『降嫁巫女』なのだ。
改めて今の自分の身分を思い知らされた。
出身身分がどうであれ、もはやアーシャはハジャル王国の降嫁巫女だ。
「それではね。アーシャ、しばらくこちらで旅の疲れを癒しなさい。飲み物もお菓子も準備させておいたわ。あなた付きの侍女も何人かここに控えさせておきますからね。あなたに仕える女官は、あなたが正式に陛下の側室になったらつけられることになるから」
ハジャル王国の後宮では、私的には侍女が主の世話をし、公的には女官が主の補佐をする。
「ありがとうございます」
「そうそう湯浴みはしておきなさいね。そちらの準備もさせているから」
「湯浴み、ですか?」
神殿では普段から湯浴みの習慣はなかった。
水に濡らした布と乾いた布で体を二度拭きするくらいだ。
湯浴みは週に一度程度だ。
「そう。後で私の部屋に招待するから」
「王妃様のお部屋でございますか?」
王妃の部屋に伺うたびに事前に湯浴みする習慣がこの後宮にはあるのだろうか。
「そうよ。非公式の私主催の歓迎の宴にご招待するから。絶対に参加しなさいよ」
「はい!」
昔のような命令口調で言われて、思わずアーシャは返事をしてしまった。
「ふふふ。ではね」
にこやかに微笑みながら、ファディーラはアーシャの部屋を出て行った。
アーシャはファディーラを見送ると、ほっとして長椅子に寝そべった。
「少しお休みなさいますか?」
部屋の隅に控えていた侍女の一人が遠慮がちに声をかけてきた。
「そうですね。少しだけ寝ます」
「わかりました。一人を残して他のものは部屋の外に待機させますので、何かございましたらお声がけ下さいませ」
「ありがとうございます。湯浴みに行かなきゃ王妃様の宴に間に合わない時間まで眠ってしまっていたら、無理やりにでも起こして下さい。お願いします」
アーシャは侍女相手に頭を下げた。
「わかりました。でも巫女様、私たちにそのようなお言葉遣いは今後はお止めくださいませ。これからこの後宮で巫女様が、丁寧なお言葉遣いでお話頂きますのは陛下と王妃様、王妃様の御子様、あとは賓客の方々だけでございます。それをお忘れなきよう、お願い申し上げます」
「わ、わかりました」
「巫女様」
「すみません」
「慣れるまでにしばらくかかりそうですね」
「そうですね」
アーシャは侍女たちと顔を見合わせて大笑いした。
なんせアーシャは、今まで仕えてきた経験ばかりで、仕えられた経験は皆無だった。
この癖を直すまでは当分かかりそうだ。
アーシャはふうっとため息をついた。
一体、ここの暮らしになれるまでどれくらいかかるのだろうか。
確かに王の後宮は、衣食住の全てが質素だった神殿とは何もかも規模が違っていた。
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