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迎え
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ハジャル王国の後宮表口では、身重の王妃が女官の反対を押し切って、夫とアーシャを待っていた。
「陛下! アーシャ!」
溢れんばかりの笑顔で手を振ってくれている。
「ファディーラ!」
ダミールが慌てて駆け寄り、丸くせり出している妻の腹に手をあてた。
「ファディーラ、そなたどうして表口にまで出てきたのだ? 身体は大丈夫なのか?」
「ご心配なさらずとも大丈夫ですわ。ちゃんと御医と薬師に見てもらっておりました。お腹の子も元気に動いておりますよ」
「そうか。ならば良いのだ。だがくれぐれも無茶をしてはならぬからな」
ダミールは優しく妻を抱きしめた。
「心得ております。陛下、お帰りなさいませ」
「ああ。ただいま」
「それで、アーシャは連れて帰ってきて下さいましたの?」
ファディーラから手を放すと、ダミールは己の背後を示した。
「あれがアーシャだ」
示された先、後宮の表扉の前で、アーシャは戸惑いながら立っていた。
「いらっしゃい、アーシャ」
ファディーラは優しく手招きをする。
招かれるままに、アーシャはファディーラにゆっくりと近づいていく。
ファディーラからもアーシャに近づいていき、眼前にきたところで、そっとアーシャを抱きしめた。
「大きくなったわねアーシャ。さあ、私にも顔を見せてちょうだい」
「お、お久しゅうございます。王妃様」
アーシャはファディーラの手放しの歓待ぶりに、正直に驚いた。
最後に見た十年前よりも、少し大人びた薔薇王の三の姫は、変わらず美しかった。
ヴェールから見え隠れする長く黒い髪は、きれいに解き梳かされていて真っすぐに整えられている。
漆黒の瞳は黒曜石のように輝いて見える。
「王妃様、だなんて他人行儀な呼び方はやめてちょうだい。そうねえ。昔のように、名前で呼んでちょうだい」
「あ、あの……」
かつては三の姫様、と呼んでいたこともあったが、名前で呼んでいたことなど一度たりともなかったはずなのだが。
「ね? お願いよ」
「ですが……」
ファディーラの笑顔にその場で無理やり促されたアーシャだった。
そうは言われてもやはり『王妃様』と礼にのっとって呼ばせて頂こうとは思った。
「さあ、参りましょう」
十年前と変わらない穏やかで慈愛に満ちた笑顔のまま、ゆっくりとアーシャの手を引いていく。
「どこへ、でしょうか?」
我ながら当たり前のことを聞いてしまったとアーシャは思った。
「あなたの部屋を用意させたのよ。私の部屋のすぐ近くよ」
「よろしいのですか?」
仮にも王の側室に対して、自分の部屋の近くにおくなど。
「この広い後宮で陛下の女人はずっと私だけでした。やっと仲間が、話し相手が出来たのよ。こんなに嬉しいことはないわ。陛下はちゃんと私の願い通りにアーシャを連れてきて下さった。アーシャ、どうかずっと私の側にいてちょうだいね」
細い指がアーシャの手を包み込む。
「それに新入りの側室に後宮のしきたりを教えるのは、正室である私の役目でもあるのよ」
「はあ……」
完全に戸惑ってしまったアーシャ。
こんなに自分の入宮が喜ばれるなんて想像の範囲を越えていた。
「ではファディーラ、アーシャを頼むぞ」
「かしこまりました」
ダミールはアーシャをファディーラにゆだねると、帰国の報告も兼ねて宮殿の政務を行う広間へと向かって行った。
「さあアーシャ」
ファディーラに促されるままに、アーシャは後宮へと足を踏み入れた。
「陛下! アーシャ!」
溢れんばかりの笑顔で手を振ってくれている。
「ファディーラ!」
ダミールが慌てて駆け寄り、丸くせり出している妻の腹に手をあてた。
「ファディーラ、そなたどうして表口にまで出てきたのだ? 身体は大丈夫なのか?」
「ご心配なさらずとも大丈夫ですわ。ちゃんと御医と薬師に見てもらっておりました。お腹の子も元気に動いておりますよ」
「そうか。ならば良いのだ。だがくれぐれも無茶をしてはならぬからな」
ダミールは優しく妻を抱きしめた。
「心得ております。陛下、お帰りなさいませ」
「ああ。ただいま」
「それで、アーシャは連れて帰ってきて下さいましたの?」
ファディーラから手を放すと、ダミールは己の背後を示した。
「あれがアーシャだ」
示された先、後宮の表扉の前で、アーシャは戸惑いながら立っていた。
「いらっしゃい、アーシャ」
ファディーラは優しく手招きをする。
招かれるままに、アーシャはファディーラにゆっくりと近づいていく。
ファディーラからもアーシャに近づいていき、眼前にきたところで、そっとアーシャを抱きしめた。
「大きくなったわねアーシャ。さあ、私にも顔を見せてちょうだい」
「お、お久しゅうございます。王妃様」
アーシャはファディーラの手放しの歓待ぶりに、正直に驚いた。
最後に見た十年前よりも、少し大人びた薔薇王の三の姫は、変わらず美しかった。
ヴェールから見え隠れする長く黒い髪は、きれいに解き梳かされていて真っすぐに整えられている。
漆黒の瞳は黒曜石のように輝いて見える。
「王妃様、だなんて他人行儀な呼び方はやめてちょうだい。そうねえ。昔のように、名前で呼んでちょうだい」
「あ、あの……」
かつては三の姫様、と呼んでいたこともあったが、名前で呼んでいたことなど一度たりともなかったはずなのだが。
「ね? お願いよ」
「ですが……」
ファディーラの笑顔にその場で無理やり促されたアーシャだった。
そうは言われてもやはり『王妃様』と礼にのっとって呼ばせて頂こうとは思った。
「さあ、参りましょう」
十年前と変わらない穏やかで慈愛に満ちた笑顔のまま、ゆっくりとアーシャの手を引いていく。
「どこへ、でしょうか?」
我ながら当たり前のことを聞いてしまったとアーシャは思った。
「あなたの部屋を用意させたのよ。私の部屋のすぐ近くよ」
「よろしいのですか?」
仮にも王の側室に対して、自分の部屋の近くにおくなど。
「この広い後宮で陛下の女人はずっと私だけでした。やっと仲間が、話し相手が出来たのよ。こんなに嬉しいことはないわ。陛下はちゃんと私の願い通りにアーシャを連れてきて下さった。アーシャ、どうかずっと私の側にいてちょうだいね」
細い指がアーシャの手を包み込む。
「それに新入りの側室に後宮のしきたりを教えるのは、正室である私の役目でもあるのよ」
「はあ……」
完全に戸惑ってしまったアーシャ。
こんなに自分の入宮が喜ばれるなんて想像の範囲を越えていた。
「ではファディーラ、アーシャを頼むぞ」
「かしこまりました」
ダミールはアーシャをファディーラにゆだねると、帰国の報告も兼ねて宮殿の政務を行う広間へと向かって行った。
「さあアーシャ」
ファディーラに促されるままに、アーシャは後宮へと足を踏み入れた。
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